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ノザワ
本店:神戸市中央区浪花町15番地

【商号履歴】
株式会社ノザワ(1969年12月1日~)
野澤石綿セメント株式会社(1949年4月~1969年12月1日)
野澤石綿興業株式会社(1944年10月~1949年4月)
日本石綿盤製造株式会社(1913年9月28日~1944年10月)

【株式上場履歴】
<東証2部>2013年7月16日~
<大証2部>1966年8月 日~2013年7月15日(東証に統合)
<大証1部>1949年5月16日~1966年 月 日(2部に指定替え)
<東証1部>1949年5月16日~1952年2月18日(売買高僅少、株式分布不良)

【合併履歴】
1944年10月 日 野澤石綿鉱業株式会社
1939年9月 日 昭和セメント株式会社

【沿革】
明治30年8月 野澤幸三郎商店を創立。
明治39年3月 外国産石綿盤の輸入開始。
大正2年9月 石綿盤の国産化を企図して、初代社長野澤幸三郎が神戸市に於いて日本石綿盤製造株式会社を設立。同時に、兵庫県本山村(現神戸市東灘区甲南町)に工場建設着手。同4年8月製造開始。
昭和12年8月 門司市(現北九州市門司区)に門司スレート工場建設。
昭和14年9月 姉妹会社昭和セメント株式会社を吸収合併。
昭和19年10月 姉妹会社野澤石綿鉱業株式会社を吸収合併し、同時に、商号を野澤石綿興業株式会社に変更。
昭和23年8月 東京都森ケ崎に東京スレート工場建設着手、同年11月運転開始。
昭和24年4月 商号を野澤石綿セメント株式会社に変更。
昭和24年5月 大阪証券取引所市場第一部に上場。
昭和28年5月 東京都蒲田にスレート工場建設着手、同年11月運転開始。同時に東京スレート工場を移設併合し、東京工場と呼称す。
昭和36年4月 埼玉県鶴ケ島町にスレート工場建設着手、翌年1月運転開始。同時に、東京工場を移設併合し、東京工場と呼称す。
昭和39年6月 兵庫県播磨町に播州スレート工場建設着手。翌年10月運転開始。
昭和41年1月 滋賀興産株式会社にセメント部門を営業譲渡。
昭和41年8月 大阪証券取引所市場第二部に指定替え。
昭和43年3月 高砂市伊保町に高砂スレート工場建設着手。同年12月運転開始。
昭和44年3月 高砂工場新設に伴い、神戸工場閉鎖。
昭和44年10月 ノザワ興産株式会社を設立。
昭和44年12月 商号を株式会社ノザワに変更。
昭和45年6月 株式会社ジャック・エイム・ジャパンを設立。(ノザワ商事株式会社へ商号変更)
昭和45年9月 東京工場でアスロック(押出成形セメント製品)の製造開始。
昭和52年6月 東京工場をアスロック専門工場に転換。
昭和60年1月 播州工場にアスロック製造プラント建設着手、同年8月製造開始。
平成元年8月 埼玉県吉見町に埼玉工場建設着手。平成2年11月竣工、運転開始。東京工場閉鎖。
平成2年3月 埼玉県深谷市に新技術研究所建設着手。平成2年10月竣工。
平成3年7月 株式会社エスピーノザワ(現株式会社ノザワトレーディング)を設立。(現連結子会社)
平成6年12月 門司工場製造中止。
平成7年4月 北海道工場を分社化し、フラノ産業株式会社を設立。
平成11年7月 埼玉工場で住宅用軽量外壁材(押出成形セメント製品)の製造開始。
平成14年1月 フラノ産業株式会社を解散。
平成17年3月 ノザワ商事株式会社を解散。
平成17年4月 株式会社六甲スレートは株式会社ノザワ商事へ商号変更し、株式会社ノザワが100%出資する連結子会社となる。
平成17年10月 ノザワ興産株式会社を解散。