ニプロ
本店:大阪市北区本庄西三丁目9番3号

【商号履歴】
ニプロ株式会社(2001年4月~)
株式会社ニッショー(1977年5月~2001年4月)
日本硝子商事株式会社(?~1977年5月)
和光物産株式会社(1948年7月30日~?)

【株式上場履歴】
<東証1部>1996年12月25日~
<大証1部>1990年3月 日~
<大証2部>1987年2月9日~1990年 月 日(1部に指定替え)

【合併履歴】
2001年4月 日 株式会社ニプロ
1974年4月22日 日本硝子商事株式会社

【沿革】
当社(本店大阪市大淀区(現 北区)、額面500円、資本金3億2000万円、昭和29年7月8日設立)は、株式の額面金額を変更するため、昭和49年1月1日を合併期日として、日本硝子商事株式会社(旧商号和光物産株式会社、本店大阪市東区(現 中央区)、額面50円、資本金320万円、昭和23年7月30日設立)に吸収合併(合併登記日昭和49年4月22日)されました。したがいまして、形式上の存続会社は、昭和23年7月30日設立の会社でありますが、同社は合併以前は休業状態であるため、以下の記載事項につきましては、実質上の存続会社であります被合併会社について記載いたします。
昭和29年7月 京都市下京区に日本硝子商事株式会社を設立し、アンプル用硝子管・錠剤瓶用硝子管の販売を開始。
昭和34年11月 本店を大阪市大淀区(現 北区)に移転。
昭和35年3月 滋賀県大津市に大津工場を設置し、管瓶・小型電球用バルブ等の生産を開始。
昭和38年9月 魔法瓶用中瓶加工の自動機械を開発し魔法瓶用硝子の販売を開始。
昭和40年4月 製薬会社向けに医療機器(輸液セット)の販売を手掛ける。
昭和41年12月 東京都千代田区に東京営業所(昭和63年11月東京都文京区に移転し、平成元年3月東京営業部と改称)を開設。
昭和44年8月 株式会社富沢製作所(現 ニプロ医工株式会社)を子会社とし医療機器の生産を開始。
昭和47年4月 株式会社ニプロに医療機器の国内販売を担当させる。
昭和49年1月 株式の額面金額を変更するため日本硝子商事株式会社(旧商号和光物産株式会社、本店、大阪市東区(現 中央区))に吸収合併される。
昭和52年5月 商号を株式会社ニッショーに変更。
昭和52年5月 滋賀県草津市に技術開発センター(昭和62年2月総合研究所と改称)を開設。
昭和56年4月 秋田県大館市に大館工場を設置し医療機器の生産を開始。
昭和62年2月 大阪証券取引所市場第二部に上場。
昭和63年4月 タイにおいて医療機器の製造、販売を目的としたニッショーニプロコーポレーション(現 ニプロタイランドコーポレーション)を設立。
昭和63年9月 菱山製薬株式会社(現 ニプロファーマ株式会社)に資本参加し医薬品分野へ進出。
平成2年3月 大阪証券取引所市場第一部銘柄に指定。
平成3年5月 ベルギーにおいて医療機器の販売を目的としたニッショーニプロヨーロッパN.V.(現 ニプロヨーロッパN.V.)を設立。
平成6年12月 中国において、医療機器の製造、販売を目的とした尼普洛(上海)有限公司を設立。
平成7年8月 ブラジルにおいて、医療機器の製造、販売を目的としたニプロメディカルLTDA.を設立。
平成8年3月 米国において、医療機器の販売を目的としたニプロメディカルコーポレーションを設立。
平成8年12月 東京証券取引所市場第一部に上場。
平成9年4月 シンガポールにおいて、医療機器の販売を目的としたニッショーニプロアジア PTE LTD(現 ニプロアジア PTE LTD)を設立。
平成13年4月 株式会社ニプロを吸収合併。商号をニプロ株式会社に変更。
平成15年5月 中国において、医療機器の販売を目的とした尼普洛貿易(上海)有限公司を設立。
平成16年4月 竹島製薬株式会社(現 ニプロジェネファ株式会社)に資本参加。
平成17年6月 東北中外製薬株式会社(現 東北ニプロ製薬株式会社)を子会社とし固形剤事業に進出。
平成18年4月 全星薬品工業株式会社に資本参加。
最終更新:2010年05月04日 03:31