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プロルート丸光
本店:大阪市中央区久太郎町二丁目1番5号

【商号履歴】
株式会社プロルート丸光(1988年6月~)
丸光株式会社(1951年3月27日~1988年6月)

【株式上場履歴】
<大証JASDAQ>2010年4月1日~
<ジャスダック>2004年12月13日~2010年4月1日(取引所閉鎖)
<店頭>1988年11月7日~2004年12月12日(店頭登録制度廃止)

【沿革】
昭和26年3月 元会長前田光一が、大阪市東区南久宝寺町1丁目で資本金3,500千円にて丸光株式会社を設立し、センイ丸光と呼称する。
昭和34年9月 大阪市東区南久宝寺町2丁目54番地(現2号館)に4階建ビル(延売場面積1,320㎡)竣工開店する。セルフサービス方式による総合衣料品前売現金問屋に業態を転換する。
昭和39年12月 本館西売場(現2号館)1,193㎡を開店する。
昭和43年9月 地下1階地上8階の北館(現2号館)延売場面積5,223㎡を竣工開店する。
昭和46年9月 オンラインコンピューターを導入し、コンピューターによる単品管理(ユニット・コントロール)体制に入る。
昭和50年9月 堺筋に東館(現2号館)4,829㎡を竣工する。
昭和51年4月 呼称をファッション丸光に変更する。
昭和52年9月 大阪府箕面市箕面船場団地に箕面流通センター4,200㎡を竣工する。
昭和54年3月 箕面流通センターを9,662㎡に増床する。
昭和54年9月 貿易部門の将来の取引拡大に備えて、子会社のライト貿易㈱を設立する。
昭和58年8月 新館(現1号館、地下1階、地上13階、延売場面積34,345㎡)が完成し、前売問屋業界の単一ビルとしては日本最大となる。CI戦略を導入し、呼称をプロルート丸光に変更。売場拡大とともに靴、鞄、宝石、アクセサリー等の服飾分野に進出する。
昭和59年11月 業界で初めてプロルートカード(キャッシュレスの小売店用仕入れカード)システムを開発する。
昭和62年4月 首都圏進出のため、東京店(旧1号店)延売場面積814㎡を開店する。
昭和63年6月 株式会社プロルート丸光に商号変更。
昭和63年11月 社団法人日本証券業協会に店頭登録。
平成元年4月 首都圏における営業拡大のため東京2号店延売場面積1,417㎡を開店する。
平成3年8月 東京1号店及び東京2号店を閉店し、新東京店(東京プロルート丸光)延売場面積2,339.79㎡を開店する。
平成4年9月 九州鳥栖店(九州プロルート丸光)延売場面積1,297.36㎡を開店する。
平成6年5月 物流効率化のため箕面流通センターを売却し、新たに天理流通センター(延床面積13,241㎡)を竣工する。
平成7年5月 中国上海市に上海丸光金球服装有限公司を設立、平成8年1月より正式営業を開始する。
平成8年9月 独立採算により物流コストの低減をはかるため子会社の㈱プロルート天理流通センターを設立する。
平成10年4月 子会社のライト貿易㈱の特別清算を決定する。さらに中国の子会社である上海丸光金球服装有限公司についても撤退を決定。
平成14年4月 プロルート丸光福岡店延売場面積2,817.82㎡を開店する。
平成14年6月 大阪2号館西側隣接の土地建物を買収し、西館(延売場面積1,394.87㎡)を増設する。
平成15年3月 物流コスト低減メリットが薄れたため㈱プロルート天理流通センターの事業を廃止し、当社天理流通センターに業務を引き継ぐ。
平成16年3月 賃借していた大阪1号館を購入し、自己所有とする。
平成16年4月 大阪1号館が自己所有となったことに伴い、本店所在地をそれまでの大阪2号館(大阪市中央区南久宝寺町二丁目1番1号)から大阪1号館(大阪市中央区久太郎町二丁目1番5号)へ変更する。
平成16年9月 ㈱プロルート天理流通センターの商号を㈱ビークロスへ変更し、子会社による婦人服、服飾雑貨等の小売販売を行う新規事業の展開を図る。
平成16年12月 日本証券業協会からジャスダック証券取引所への移行に伴ない、ジャスダック証券取引所へ上場する。
平成17年1月 新規事業の展開のひとつとして、関東を中心に店舗展開し紳士服、婦人服、服飾雑貨等の小売販売を行っている㈱サンマール(現・連結子会社)を買収する。
平成18年3月 子会社の㈱ビークロスの解散を決定する。