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石原産業
本店:大阪市西区江戸堀1丁目3番15号

【商号履歴】
石原産業株式会社(1949年6月~)
三和鉱工株式会社(1949年6月1日~1949年6月)

【株式上場履歴】
<東証1部>1949年7月9日~
<大証1部>1949年7月1日~
<名証1部>  年 月 日~  年 月 日(廃止)
<京証>  年 月 日~  年 月 日(廃止)
<福証>  年 月 日~  年 月 日(廃止)

【沿革】
当社は、大正9年9月に創始者石原廣一郎が、マレー半島ジョホール州スリメダン鉱山(鉄)を開発の為、大阪市に合資会社南洋鉱業公司を設立したのが始まりであります。
大正13年5月 マレー半島の鉱山(鉄、マンガン)を買収、また自社船で海運業を兼営
昭和4年8月 商号を石原産業海運合資会社と改称
昭和9年3月 株式会社に組織変更し、三重県に紀州鉱山(銅、硫化鉱)を開設
昭和13年10月 四日市工場(三重県)建設に着手(昭和16年1月銅製錬所、硫酸工場完成)
昭和18年6月 海運業を日本海運株式会社に譲渡し、石原産業株式会社に社名変更
昭和24年6月 企業再建整備法により解散し、第二会社三和鉱工株式会社を設立し再発足
昭和24年6月 石原産業株式会社に社名復帰
昭和24年7月 東京・大阪両証券取引所に株式上場
昭和25年4月 四日市に除草剤製造工場完成
昭和27年7月 四日市に化成肥料工場完成
昭和29年3月 四日市に硫酸法酸化チタン工場完成
昭和33年6月 四日市に研究所開設(昭和38年6月中央研究所と改称)
昭和36年7月 四日市に硫安工場完成
昭和38年3月 四日市に黄色顔料チタンイエロー工場完成
昭和40年4月 中央研究所を滋賀県草津市に移転
昭和45年9月 四日市に総合排水処理施設完成
昭和46年6月 四日市に合成ルチル工場完成
昭和49年10月 四日市に塩素法酸化チタン工場完成
昭和49年12月 四日市に硫黄専焼による硫酸工場完成
昭和51年1月 肥料の製造販売を子会社石原肥料工業株式会社(平成2年2月に解散)に移管
昭和53年5月 紀州鉱山を閉山
昭和56年10月 四日市に有機中間体CTF製造工場完成
昭和58年12月 四日市に磁性酸化鉄製造工場完成
昭和61年8月 シンガポールに、子会社ISKシンガポール社を設立し、塩素法酸化チタン工場建設
平成元年8月 農薬の国内販売を子会社石原産業アグロ株式会社(現石原バイオサイエンス株式会社)に移管
平成2年4月 西豪州の鉱石採掘会社を買収(現ISKオーストラリア社)
平成2年11月 米国の農薬事業会社を買収(ISKバイオサイエンス社)
平成3年4月 米国の磁性酸化鉄事業を買収(現ISKマグネティックス社)
平成5年3月 新石原ビル完成。同年4月に本店移転
平成6年12月 フランスにファインケミカル生産の合弁会社(SUD ISK―SNPE社)を設立(平成17年7月に共同事業契約を終了)
平成8年7月 欧州地域の農薬販売を子会社のISKバイオサイエンスヨーロッパ社に移管
平成10年2月 ゼネカ社(現シンジェンタ社)に米国の農薬事業子会社を売却
平成11年2月 四日市で医薬品原体の生産開始
平成13年3月 ビデオテープ用磁性酸化鉄事業から撤退
平成13年12月 四日市に遺伝子機能解析用HVJ―Eベクター製造設備完成
平成17年3月 富士チタン工業株式会社を完全子会社化
平成17年11月 中国に農薬販売の合弁会社(浙江石原金牛化工有限公司)を設立