日立造船
本店:大阪市住之江区南港北一丁目7番89号

【商号履歴】
日立造船株式会社(1943年3月~)
株式会社大阪鉄工所(1934年8月~1943年3月)
株式会社日本産業大阪鉄工所(1934年5月29日~1934年8月)

【株式上場履歴】
<東証1部>1949年5月16日~
<大証1部>1949年5月16日~2013年7月15日(東証に統合)

【合併履歴】
2002年10月 日 株式会社エイチイーシー
1989年9月 日 大阪プラントエンジニアリング株式会社
1989年9月 日 ニチゾウ陸機設計株式会社
1989年9月 日 ハイシステムコントロール株式会社
1989年9月 日 株式会社日立造船技術研究所
1989年9月 日 日立造船地所株式会社
1989年9月 日 株式会社日立造船船舶設計所
1971年4月1日 舞鶴重工業株式会社
1943年9月 日 向島船渠株式会社
1943年9月 日 原田造船株式会社

【沿革】
明治14年4月 英国人E.H.ハンターが大阪鉄工所(当社の前身)を大阪安治川岸に創立
明治33年4月 桜島造船場(元桜島工場)操業開始
明治44年9月 因島船渠株式会社を買収して因島工場とする。
大正3年3月 株式会社大阪鉄工所設立、前大阪鉄工所の事業一切を継承
大正9年12月 株式会社原田造船所より築港工場を買収
大正13年6月 彦島船渠株式会社を買収して彦島工場とする。
昭和9年5月 日本産業株式会社が株式会社大阪鉄工所の全株式を取得して株式会社日本産業大阪鉄工所(資本金1,200万円)を設立(昭和9年5月29日)し、旧株式会社大阪鉄工所の事業一切を継承
昭和9年8月 社名を株式会社大阪鉄工所と改称
昭和11年2月 日本産業株式会社保有の当社全株式が株式会社日立製作所に肩代りされ、同社の経営系列下に入る。
昭和18年3月 社名を日立造船株式会社と改称
昭和18年9月 向島船渠株式会社(現向島工場)および原田造船株式会社(元大浪工場)を吸収合併
昭和18年12月 旧海軍の要請により彦島工場を三菱重工業株式会社に譲渡
昭和19年6月 神奈川造船所(現神奈川工場)操業開始
昭和19年9月 ミツワ製材工業株式会社を買収して小林工場とする。
昭和20年3月 大阪市大淀区の此花商業学校校舎を買収して大淀工場とする。
昭和22年1月 株式会社日立製作所保有の当社全株式が持株会社整理委員会に譲渡される。
昭和23年12月 全株式を一般に放出・公開
昭和24年5月 大阪・東京証券取引所に上場
昭和24年9月 大浪工場閉鎖
昭和25年4月 技術研究所(大阪市此花区)新設
昭和25年9月 小林工場閉鎖
昭和26年1月 大淀工場を日立ミシン株式会社に譲渡
昭和39年2月 株式会社富岡機械製作所(現・日立造船富岡機械株式会社)を系列化。
昭和39年8月 福井機械株式会社(現株式会社エイチアンドエフ(現連結子会社))を設立
昭和40年7月 堺工場操業開始
昭和46年4月 舞鶴重工業株式会社(現舞鶴工場)を吸収合併
昭和47年10月 瀬戸田造船株式会社(1944年11月設立)が、田熊造船株式会社(1951年6月設立)を合併し、内海造船株式会社に商号変更
昭和48年4月 有明工場操業開始
昭和50年1月 日立造船非破壊検査株式会社(現株式会社ニチゾウテック(現連結子会社))を設立
昭和52年12月 アタカ工業株式会社(現アタカ大機株式会社(現連結子会社))を経営系列化
昭和52年12月 電算部門を分離独立させ、日立造船情報システム株式会社設立。
昭和60年12月 株式会社クリエイティブ設立。
昭和61年7月 築港工場閉鎖
昭和62年1月 堺工場閉鎖
平成元年9月 全額出資子会社6社(大阪プラントエンジニアリング株式会社、ニチゾウ陸機設計株式会社、ハイシステムコントロール株式会社、株式会社日立造船技術研究所、日立造船地所株式会社および株式会社日立造船船舶設計所)を吸収合併
平成3年4月 茨城工場操業開始
平成5年10月 旧堺工場跡地に堺工場(鉄構工場)を新設、操業開始
平成6年3月 大阪市大正区に技術研究所を新設・移転
平成8年12月 環境総合開発センターを舞鶴工場内に開設
平成9年10月 有明機械工場操業開始
平成9年12月 桜島工場閉鎖
平成9年12月 南港ビル(大阪市住之江区)完成。同ビルを営業・設計・エンジニアリング・調達および本社部門の拠点とする。
平成11年10月 有明機械工場を日立造船ディーゼルアンドエンジニアリング株式会社(現連結子会社)として分社化
平成14年10月 造船事業を日本鋼管株式会社との共同出資会社であるユニバーサル造船株式会社(現持分法適用関連会社)に営業譲渡
平成14年10月 株式会社エイチイーシー(連結子会社)を吸収合併
平成16年12月 株式会社クリエイティブの全株式を譲渡。