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「先生方はいつもこんな風に凰先生に呼び出されるんですか?」 私は聞かずに入られませんでした。「ん? そうだなぁ。あいつのアレは昔からだからね。それにさ、あいつが根を上げる前にこっちが片付けたくなっちゃうんだよ」「へー、意外。鳳先生ってキレイ好きなんだ」「意外……ま、キレイ好きっていうか、整理されてないのがダメなんだ。A型だからかな?」「そうね。鳳はこう見えて、机の上とか書類とか、几帳面に物を置いておかないと気がすまないタイプなのよ」「こう見えて、ね。ハハハ……ったく、あんたらって奴は従姉妹揃ってあたしの事どう見てんだ?」 鈴置先生は、苦笑いしながら拗ねたように横を向きました。正直、見たままですよ。しかし、今まで、ガサツで頭の中まで筋肉だと思っていた(失礼)鈴置先生の意外な一面を知りました。 「私も頼まれるとイヤって言えないし、お掃除は嫌いじゃないから手伝ってしまうのよね」「そうですか。でも、鈴置先生ってA型なんですね。てっきりO型だと思ってました」 私は思わず思っていることをそのまま口にしてしまいました。「あー、普通はそう見るよね。残念ながら違うんだ。Oはね、この人」 そう言って、鈴置先生は御影先生を指差しました。う、これも意外。「え? 御影先生、Aじゃないんですか?」「ええ。よくA型に見られるけど、私はO型」「紗月は細かそうに見えるもんね。でも、意外と大雑把なところもあるんだ。人に言いっぱなしで内容忘れる事もよくあるし、逆に言われた事を忘れるのが上手い」「鳳、あなた、そんな人聞きの悪いことを。設楽さんもいるのに」 御影先生と鈴置先生の掛け合いに、ささなが笑顔で割り込んでいきました。この子、こういうところ上手いのよね。さらなは逆に下手なのに。「ちなみに、私とさらなもO型ですよ。設楽さんは?」「わ、私はA型ですが」 私のは、なんだか意外性がなくてつまらないかも。「へぇ、設楽もAか。やっぱり本とかCDは順番に並んでないと気持ち悪い?」「ええ。そう言う傾向はあると思います。」「じゃあさ、料理する時とか全部分量をきっちり量らないと気が済まないタイプ?」「はい。なんだか安心できなくて」 私とは正反対だと思っていた鈴置先生なのに、妙な連帯感が生まれてしまった。恐るべし、血液型の魔力。「あたしもなんだよ。その点、紗月なんか目分量でドバドバ入れるんだよね。そこがあたしらにゃ信じられないんだ。な、設楽」「は、はぁ。そうですね。量を計らないと不安にはなります」 確かに、家庭科部で見ていても、御影先生がきっちり分量を量っているのをあまり見たことがないかもしれません。あれは熟練の技かと思っていたのですが。「うーん、それは慣れってやつよ。これくらいかなっていう感覚があって」「でもさ、後ろでよく見てるけど、毎回量が違うんだぜ。それでも紗月のが上手いんだもん。やんなるよな、設楽」 な、なんでいちいち私に同意を求めるんですか? そこまで見てないですよ。「そ、それは気付きませんでしたが」「んー、そうねぇ。家庭料理にこれって言う味付けはないと思うの。料理している状況とかも味に影響してくるし、同じ人が十回やって十回同じ味にはならないから。私の場合、まず自分の中にその料理の味をイメージして、それにむけて大体のところで味を整えていくわね。味付けは不可逆的な所があるから、あまりきっちりやろうとしすぎると、却って戻れない所に踏み込んじゃうから、そこは気をつけて」 勉強になります。感動しました。「でも、御影先生ってすごいです。あんなにお仕事の方が優秀なのに、お料理やお掃除も得意で……あこがれちゃいます」 あ、思わず言っちゃった。軽率だったかしら。上目遣いに御影先生の表情を確認する。「ありがとう、設楽さん」 ニッコリと、女神のようなほほ笑み。御影先生、綺麗……そうじゃなくて。「紗月は相変わらず褒められるの好きだよね。顔が溶けそうだよ」 そ、そんなこと。鈴置先生、言いすぎです。「あ、あらそう? 気をつけなきゃ」 認めるんですか、御影先生?「設楽さんがお姉さまのこと、えーと、尊敬してるのは結構有名ですもんね」「え、そう? そんなに有名?」 ささな、そのえーとは何かしら?「そうですね。わりと。副寮長でしょ、風紀委員長でしょ、それに家庭科部部長。全部お姉さまが顧問ですから」「そう言われれば。で、でもね、他意はなかったのよ。別にたまたま御影先生が顧問をしておられる団体の活動が、私の性に合っていただけで。それに、活動を通して顧問の御影先生を尊敬するようになるのは当たり前でしょ?」 「な、なんかムキになってませんか?」 は。ちょっと興奮してしまった。いけない、いけない。そう。別に私にはやましい気持ちなんかないんだから。「とにかく、私は優秀な教師なのに、一般的に言われる女性としての素養も兼ね備える御影先生は立派だと思い、尊敬しているのです。私も御影先生を見習って、家事もおろそかにしない立派な職業婦人になりたいと思います」 さりげなく言えた、ハズ。「職業婦人か、古い言葉知ってるな。でもその見方はちょっと違うかもな」 鈴置先生が紙コップにお茶をもう一杯注ぎながら言った。「どういうことでしょうか?」「うん。紗月の場合はね、女性として立派であるために教師としても優秀であろうとしているって感じなんだ」 なにをおっしゃっているのかわかりませんが?「あ、分かりにくいか。えーと、紗月、パス」 そんな無責任な。御影先生も困ってるじゃないですか?「ええ? そうね。私としては、女性として生まれたからには、結婚して出産して子育てをしてという宿命からは逃れられないと思うの。ならば、夫に対しては良き妻でありたいし、子供に対しては良き母親でありたいと私は思うわ。でも、女性だからと言う理由で仕事をおろそかにするのはイヤなの。その時その時、自分のできるだけのことをしていきたいと思っているわ」 「それでは、良き妻、良き母になるためにいずれ教師を辞めるつもりなんでしょうか?」「それが必要なら、ね」 御影先生、そんな風にお考えだったんですね。若干のショック。「やはり女性にとって、結婚や出産の方が仕事よりも大切なことなのでしょうか?」「どの姿が正しいというのもないと思うの。旦那様になる人の考え方にもよるし、子供の性格もあるし。いずれにせよ、最上の選択をするためには、どれもおろそかに出来ないと考えているだけよ」 そうなんだ。正直、イメージと違ったかもしれない。御影先生は自立した女性で、結婚とかそういう既成の概念にとらわれない人かと思っていた。「がっかりした?」「いえ、……素晴らしい考え方です。今までの思考を改められました」 これは本気です。でも、なんだか御影先生の笑顔は複雑そう。「設楽さん、憧れの対象として見てもらえるのは教師としてありがたいことだけど、あまり私の言っていることを鵜呑みにしないでね。憧れの人が絶対みたいに思ってはいけないわ。自分でよく考えることが大切よ」 「いえ、そんなつもりでは……」「そうそう。紗月の言うとおりだよ。自分の生き方は自分で見つけなくちゃ。設楽かが美は御影紗月じゃないんだ」「それはそうですが」「だいたい、こいつだって偉そうに言ってるけどさ、そのステキな旦那様ってのをいつまでたっても見つけらんないんだから。思い通りにゃ行かないさ」 失礼なこと言いますね、鈴置先生。御影先生、なんだか笑顔がひきつってますよ。「鳳、もう一杯飲む?」笑いながらお茶を飲み干した鈴置先生に、御影先生が急須にお湯を注ぎながら問い掛けた。そして、答えを待たずに御影先生が差し出した急須は、鈴置先生の手の甲に当たる。 ……え?「ぅ熱っつー! おい、紗月、あんたなにすんだよぉ! いきなり!」「あら、ごめんなさい。ちょっと手がすべっちゃって」「あー、絶対わざとだ! 火傷してたら訴えてやるからな! いいか、設楽、紗月はこういう奴なんだぞ。絶対真似しちゃダメだぞ!」 た、たしかに私もわざとだったと思います。ささなも苦笑しているところを見ると、わざとだと思っているようです。で、でも、今のはきっと鈴置先生が悪いです。多分。 「私なんかが手本になるかはわからないけど、憧れの人を目標にしてがんばることは悪い事ではないわよね。設楽さん」「はい」「実は私にもね、あなたぐらいの頃に憧れていた人がいるのよ」「御影先生もですか?」「ええ。私が巫女を志したのもその人の影響なのよ。その人は優秀な巫女でしたが、結婚してからも、妻として母親として、とても尊敬できる人でした。その上、優しくて、上品で、それでいて芯のしっかりした強さも兼ね備えた、まさに女性として、人間として完璧な人。あの人に比べたら、私なんてまだまだ……」 御影先生が陶酔モードに入ってしまいました。ささなと鈴置先生は呆れ顔です。そうか、御影先生にもそんな方が……。「凰蘭上等兵、ただいまゴミ出しから戻ってまいりました! あら? どうしたの?」 凰先生、帰って来ちゃいましたか。状況が飲み込めずキョトンとしている凰先生に、鈴置先生が無言で御影先生を指差してみせました。それだけで凰先生も何かを理解したらしく、呆れたようにため息をつきました。 「はぁ。ったく、頭からハートマークがダダ漏れね。また、ささなのママさんの話?」 凰先生の言葉に私は驚いてしまいました。「ええ? 今の話って、ささなのお母さまのことなの?」「ええ。まぁ、そうみたいなんですけどね」ささなは苦笑しながら答えました。確かに、身内を絶賛されるのは恥ずかしいかも。「正直、ママってお姉さまが言うほど、そんなにすごい人なのかなって思っちゃいますね。全然実感がわかないって言うか」「ささな、何度も言うようだけど、叔母さまは本当に倭撫子の鏡のような人よ。あなたも十分に見習って素晴らしい大人になりなさい」 そう言う御影先生の目には、なにか恐怖を感じさせる真剣さが感じられました。……ひょっとして私もああなのでしょうか。「そうかなぁ。お姉さまはママのこと上品だって言うけど、ママ、結構お風呂上りとか、バスタオル一枚でウロウロしてるよ」「う、それは……」 御影先生の様子が変です。急にささなから眼をそらしました。こころなしか妙な汗もかいているようです「その格好のまんまビール出して飲んでたりするから、よくさらなに風邪ひくよって怒られてるし。最近、テレビに相槌を打つことが多くなったって自分で言ってたよ」 子犬のような表情でみつめるささなに、御影先生が追い詰められていくのが分かります。「さ、ささな、何度も言うようですが、私は認めませんよ。そんなお姉さまのそんな姿」 無茶苦茶です、御影先生。「えー、でも実の娘の私が言ってるんだよ?」「そうよ、紗月。いいかげん、現実を直視しなさいって」「だいたい、さっき設楽に、憧れの人が絶対だと思うなって言ったばっかりジャン」 三人の集中砲火を浴びた御影先生は、急にこちらを向くと、これ以上ないくらいニッコリとほほ笑みました。「認めないと言ったら、認めません!」 口調だけは異様にきっぱりとしていました。「お姉さま、横暴ですよ!」「真実から眼を背けるなぁ! 紗月の頑固者ぉ、いじっぱりぃ、負けず嫌いぃ、」「何を言われても結構です。あら、急に耳の調子も悪くなってきたわ。はて、なにか言われたかしら?」 その光景を見て唖然とする私を、鈴置先生が肘でつつきました。「設楽、驚いたかい?」「鈴置先生……。はい。正直、驚いてます。これが本当にあの御影先生の姿でしょうか?」「そうさ。設楽が尊敬しているのも紗月の一面なら、こういう、まぁなんて言うか、意固地でとぼけてるのも紗月なんだよ。人間にはいろんな部分があるって事は覚えといて損はないぞ。それに……」 鈴置先生は苦笑しながら、二人から糾弾されて耳をふさいでいる御影先生を指差しました。「ああいう風に、自分が嫌なことから眼を背けるのはいけない」「はい。気をつけます」 まさか、御影先生を反面教師として見ることがあろうとは。ちょっとショック。でも、私はきっと、御影先生だけじゃなくて、鈴置先生も、凰先生も、ささなのことだって、本当はほとんど何も知らないのでしょう。なにか、寂しい物を感じます。 (次のページ)
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