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相月おーみは鈍い痛みとともに目を覚ました。そして、目の前に広がる見慣れぬ風景に珍しく狼狽した。「ここ、どこよ?」 おーみは目を凝らして注意深く辺りを見た。目だけを一生懸命動かし、まだ冴えきっていない頭に情報を送り込む努力をした。そして部屋の間取りや備え付けられている電灯等からひとつの結論を導き出した。「なんだ、かぐら女子寮か」 ポツリと呟いたおーみの顔を丸っこい顔が覗き込んだ。「ぴんぽーん、ごっ名答!」「おぅわぁ!」 おーみは急にヌッと出現した顔に驚いた。周囲に人がいることもわからないほど頭が回っていなかったのだ。おーみは覗き込んできた顔をジッと見つめた。丸っこい輪郭、細いのに人なつっこい印象を与える目、少しだらしない口元。全体的に隙の多そうな警戒心を抱かせない顔の少女だった。「緋邑か。あんたね、急に驚かさないでよ!」「そういう言い方なしでしょ? やっぱ、デコみはひどいやつだよ。再認識した」 早口なのにのんびりとした声がおーみの神経を逆なでする。「だーっ! あたしにデコって言うなっつってんでしょ!」 おーみが体をピクリとも動かさずに怒鳴ったとき、もう一人の少女が水の入った洗面器を持って入ってきた。少女は入るなり呆れたようにため息をついた。「ふぅ。気がついたみたいね、相月。でもあなたね、こんなときくらい静かにできないのですか?」「ちょっと目覚めが悪かったもんでね。設楽、あんたこそ入って来るなり説教やめてよね。あんたが人に説教するの好きなのは知ってるけど、こっちも体調悪いんだから」 入ってきた少女、設楽かが美は、寝ているおーみの枕元に洗面器を置いて正座をすると、銀縁でレンズの大きいトンボ眼鏡を人差し指で直した。「あなただけなら別に良いのですが、隣で宮樹さんがまだ眠っておりますから」「ええよ、かが美。もうさっきのでしっかり起こしてもろうたから」 おーみの隣で寝かされていた沙羽も目を覚ましていた。沙羽もやはり生気のない声だったが、精一杯の力でしゃべっているように聞こえた。「いけないんだ、親友の安眠を妨害して。やっぱりデコ美は悪いヤツぅ~」「うっさい! だれのせいだ、だれの! 回復したらぜったい泣かすかんね」「やってみそ。道場で待ってるぞぉ。あたしって結構強いんだぞ~」「ばっか。真正面から行くわけないでしょ! 郵便物には気をつけることね!」「いいかげんにしなさぁぁぁい!!」 再び言い争いを始めた刀萌とおーみを見て、早くもキレたかが美が大声を上げた。「か、かが美、少し落ち着き。な? 一番声、おおきなってるで」 興奮して顔を真っ赤にし肩で息をしているかが美を、おそらく一番の被害者であろう沙羽が苦笑交じりになだめた。「ご、ごめんなさい、宮樹さん。でも、やはりどうしても一言言っておかないと。だいたい、このふたりは……」「たっはー、ごめん、ごめん。あたしってばつい調子に乗っちゃって。そうだよねぇ。いくらデコ美だって今はけが人だもんね。沙羽ヤンも調子悪いのに。許して、タラちゃん。どうかひとつ、この顔に免じて」 説教が始まりそうな雰囲気を察し、刀萌が慌てて頭を下げた。「おじさん臭い言い回しね、トモ。まぁ、私も少し興奮し過ぎたかもしれません」 冷静を装い眼鏡を直したかが美の姿を見て、おーみはベロを出した。「では、そろそろ行きましょうか」「あい」 かが美と刀萌はそう言って立ち上がった。「もう行くん?」「もう少しゆっくりしていったら? せっかく同学年が一堂に会したんだから」 冗談めかしたおーみの言葉は、二人にスルーされた。「一応、二人とも目覚めたわけだし、私たちがいることで却って休養の邪魔になってはいけませんから。私たちはいったんこれで失礼します」「うちら、部屋にはいるようにするから、なんかあったら呼びにきてね、自力で。すぐに来るよん! バイビー」 そう言い残すと、かが美と刀萌は部屋から出て行った。残されたおーみと沙羽は、黙って天井を見つめた。逆に言えばそうすることしかできなかった。「はぁぁ。屈辱だわ」 おーみは隣で寝ている沙羽に背を向けるように横臥し、わざとらしくため息をついた。「九尾にやられたことがか?」 沙羽は静かに天井を見つめていた。「ふん。それもそうだけど、設楽と緋邑に借りを作ったことがよ!」「おーみ、そんな風に言うたらあかんよ。二人ともちゃんと世話してくれたやろ。それに」 沙羽はそこで一度言葉を切って、息を吸った。「二人とも、事情、聞いてこおへんかったし」沙羽の言葉に、おーみはもう一度大きくため息をついて見せた。「どうせ、除霊に失敗して怪我でもしたんだろ、くらいに思ってるんでしょ」「んー、そうやないと思う」 沙羽は、おーみの投げやりな返答をきっぱりと否定した。「何でよ?」 おーみは珍しく面白くないのがありありとわかる声で言った。沙羽はそれに気付かないフリをした。「うちらだけならそう思われても仕方ない。二人ともその辺承知しとるしな。でも、自分たちの後輩まで担ぎ困れとるんやで。気になって当然やんか? かが美も刀萌もさらなたちのことについては何も知らないはずやし。でも、何も聞いてこおへんいうのは、気を使ってくれてる証拠なんやないんかな? あたしはそう思う」 おーみは胸の前で手を組み、横向きの状態で伸びをした。「そうかもしんないわね。でも、二人ともあたしに借りがあったのよ。だから優しくしてんのかもしんないじゃない」「あの二人はちゃう思うけどな」「わかんないわよ。あとで、あんとき優しくしてやったんだから、とか言われるんでしょうよ。悔しいわ」「考え方やって。昔助けてもらった人が困ってるとき、今度は助けたいって思うんは素直な人間の感情やないかな? 助けられてるだけはいやや、うちも助けたいってな」「それこそ言葉の問題よ。昔の人はその関係を指して、貸し、借りって言ったんじゃない」「んー。……かもしれへんな」 棘だらけのおーみの言葉を、沙羽は再度否定しようとしてやめた。おーみは拗ねていると感じたのだ。沙羽も最初は信じられなかった。しかし、常に相手より高い位置から自信満々な言葉を投げかけてくるおーみが、今は同級生二人からどう見られたかをしきりに気にしている。(……おーみ、負けるいうことに慣れてないねんな) 沙羽は、不敵の生徒会長として名を馳せる親友の、今まで見せたことのない一面を見た気がした。「でもな、おーみ。もし、そうだとしても、貸しと借りってものをを頻繁にやり取りすることも、人間関係のひとつと言えるんちゃうかな?」 沙羽はそんなことを言っている自分に少し驚いていた。 かぐら学園に入学したての頃の沙羽は、まだ鬼の面の呪いを克服できていなかったこともあって、周囲に馴染めず一人でいることが多かった。そんな沙羽にただ一人声をかけてきたのがおーみだった。おーみに呪いを克服させてもらった沙羽は、おーみのペースに引っ張られる形で学園内の退魔業を一緒にする羽目になった。最初はおーみが自分のことを利用したいだけなのではないかと疑っていた沙羽も、おーみと一緒に人助けをしていくうちに、他人との交流がもてるようになって行った。そしていつしか、おーみと一緒にいる時間が一番安心できるようになっていた。(そういえば、助けた中にかが美や刀萌もおったんやな。こんなこと、ほんまは、あたしがおーみから教わったみたいなもんやのに) おーみから返事がなかったため、沙羽もそれ以上は言わなかった。しばらくして、ノックの音が響き、二人の意識は扉に集中した。「誰かしらね? このタイミングの悪さはさらなかしらね」「だったら素直に喜んでやらなな」「当然。歓迎の一言、お見舞いしてあげるわ」 小声でしゃべる二人の耳にノックの主の声が聞こえてきた。「おーみさん、沙羽さん、さらなです。起きてますか?」
(了)
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