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最終回殺人事件

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「いくぞ! ファイナル・ムーンクラーッシュ!」
「ギャァァァァァァ!」
 僕たち、月光戦隊ムーンファイブは五十四体目の戦闘怪人を打ち倒した。見る見るうちに怪人の表皮や肥大した筋肉が溶け、核にされるために操られていた人間が現れた。
「長官!」
 僕たちのリーダー、赤い強化服を身にまとったレッドムーンが月光戦隊の生みの親に駆け寄る。
  敵、邪陽宗団アポロンは長官を人質にとった。僕らは先手を打ち、やつらのアジトに潜入。同時に通常部隊(強化服をまとった僕らとは違い、通常兵器で攻撃す る部隊だ)による総攻撃を開始した。でもまさか、長官自身を戦闘怪人の核にしてくるとは思ってもみなかった。どこまでも卑劣なやつらだ。
「すいません、長官。僕の作戦ミスです」
 長官は僕、作戦担当のブルームーンを見て言った。
「気にするな、それよりも、邪陽指令ダークサンを、早く……ガフッ」
 長官が吐血した。
「救護班、はやく!」
 ホワイトムーンの声が響いた。マスク越しに表情は見えないが、医者として長官の状態を判断したに違いない。
 長官が運ばれていく中、冷静な声を発したのは、常にクールな女性、ブラックムーンだった。
「ここまで来たんだから、急ごう」
「あんたって冷たいね。少しは長官のことも心配しなさいよ」
 ブラックの態度に憤ったのは同じく女性隊員のイエロームーンだった。好物のカレーパンを食べ損なったときのような声だ。
「ま、まあまあ、落ち着いてください」
 僕は二人の間に入った。
「ブルーの言う通りだ。とにかく今はダークサンの居所を突き止めよう。やつを倒して、戦いを終わらせるんだ」
 レッドが言う。落ち着きのある声がイエローのはやる気持ちを押さえるのが目に見えてわかった。
「手分けしましょう。通常部隊と合流し、各人が五つの分隊を編成、敵司令官の捜索を開始する。これでいかがです?」
 僕は作戦を提案した。戦闘は現場で起きている、なにごとも臨機応変に、だ。
「それで行こう!みんな、油断するなよ!」
 レッドは愛用の武器、ムーンソード(剣)を胸の前へかざした。ブラックはムーンウィップ(鞭)、イエローはムーンハンマー(槌)、ホワイトはムーンシックル(鎌)、そして僕,ブルーはムーンアーチェリー(弓)をレッドにならってかざす。生きて再び会うことを誓って。

 戦いはアポロンと僕たちの総力戦になった。再生怪人が僕たちの前を阻む。ダークサンが以前に作り上げた怪人の遺伝子を流用しているのだろう。だが,体内に核となる人間がいないために、以前に戦ったときより弱い。単純な動きしか出来ない人形のようだ
「テイッ! タァ!」
 あまり格闘の得意でない僕の攻撃でも倒れて動かなくなってしまう。これなら、苦労せずに行けるはずだ。
 しかし、通常部隊の隊員は一人、また一人と倒れていく。いつしか、僕の部隊は僕だけが一人、ダークサンの捜索を続けていた。
 それでも何とか、コンピュータのある部屋ににたどり着いた。メインコンピュータから、立体映像で、地中にあるこのアジトの地図を出す。ダークサンの居所は……。ビンゴ!
「各人、座標確認! 見つけました!」
 僕は手首に装着しているムーンバンドに向かって叫んだ。同時に、ダークサンの座標も打ちこむ。立体モニターに弾き出された。僕のいる場所からは一本道だ。
「了解!」
  四人から返事が来る。よかった、みな無事だ。通路に出ると、再び怪人たちが襲ってきた。五十回ほどの戦闘で見覚えのあるやつらばかりだ。腕が包丁になって るやつ、こん棒を持ってるやつ、花みたいな頭をしたやつ,亀のようなやつ。羽根の生えてるやつ。いっぺんに襲ってくるけれど、やはりスピードが遅い。正確 に僕を狙うわけでもない。もう敵を倒そうと言う意志すら感じない。そいつらの腕の下を潜り抜けて、振り向きざまに五本、矢を放ってやった。かきぃぃぃぃ ン。一本跳ね返されたみたいだったが、僕はかまわず先を急いだ。
 十分もかからないうちに、座標に最も近い場所に立った。
 三方からの入り口があるその部屋は祭事を行う部屋のように見えた。祭壇が一番奥,僕から見て右手にあり、広くホール状に伸びた空間が左手へと伸びていた。僕が入ってきたのは祭壇から見てすぐ左手の入り口だった。正面の大きな入り口は開いていた。
 すでにイエローとレッドが渾身の力をこめて祭壇の奥にあるおどろおどろしい顔に取り付いている。二人は正面入り口から入ってきたのだろう、最初、僕は彼らが何をしているのかわからなかった。
「開けよ、この口、このやろぉぉぉぉぉ」
 アポロン版の真実の口、とでも言えばいいのだろうか。人ひとりは簡単に呑みこめそうな頭像の口を彼らはこじ開けようとしていた。強化服を着れば一番力のあるイエローでもびくともしない。彼女が振り向いたとき、ゴーグルの中で目が合った。
「ブルー,見てないで手伝え! 隠し扉だ!」
 僕は座標を確認した。たしかにダークサンの座標はこの頭像の向こう側にだった。
 後ろから足音がした。ブラックのヒールの音だ。向かいにある祭壇横の入り口が開き、ホワイトが姿をあらわした。ちょうど五人そろったとき、レッドが言った。
「よし、ファイナル・ムーンクラッシュだ!」
 レッドの掛け声に、僕たちはムーンバンドを組み合わせ、転送座標をセットした。
「クラッシュキャノン、転送!」
 ホワイトの声紋認識。みんなが構えた。
「月の力!満ちた今こそ! ファイナルムーンクラァァァァァッシュ!」
 レッドのパスワード照合も、いつもより気合が入る。
 シュゥゥゥゥゥゥゥゥ、バギャァァァァアァァンッ。
 五色の閃光が飛び散り、一瞬ののちに爆風を感じた。
 目の前にあった頭像はバラバラになって吹き飛んでいた。その奥に隠し部屋があった。
「いくぞ!」
 レッド、イエローが駆け込む。僕はキャノンの返送処理をしてから、一歩遅れて隠し部屋の中に飛び込んだ。
 そこが怪人製造室だということは一目でわかった。
  人間よりもふたまわりほど大きい怪人達が、筒状になったガラスの中で眠っていた。まるでガラスの棺だ。その他にも、怪人のパーツが入った大きな培養漕や、 独自のインターフェイスで構成されたコンピュータが並んでいた。奥に仲間の四人が立っていた。僕はなにかを見下ろしている四人の円に入った。僕らの足元に は邪光指令ダークサンの死体が横たわっていた。床の上には血の海が広がっている。憎むべき敵の首領は滅多切りになっていた。
「これは……」
 僕の声に反応する者はいなかった。マスク越しにも、呆気にとられた空気が伝わってきた。僕は悟った。ダークサンは殺されていた。彼の右手には太陽をかたどった杖を持ったまま。僕らが手を下すまでも無く……。
「うおおぉぉぉぉ!」
 破壊された入り口から雄叫びと共に通常部隊がなだれ込んできた。すぐさま僕たちの周りを取り囲む。そして彼らは敵の司令官が死んだことだけを認識した。
「うおおぉぉぉぉ!」
 今度の雄叫びは勝ち鬨だった。勝利と祝福、僕たち五人はその波に呑まれ、製造室を後にした。


 次の日。僕は眠い目を擦りながら司令室へのエレベータのボタンを押した。ゆっくりと開いた扉の内側に入り込む。
「ちょっとまった!」
 イエロー、小鳥夏黄が男前なジーンズ姿でエレベータの扉が閉まるのを制した。朝から威勢良く、金髪がまぶしい。女であることが本当に惜しい。
「お疲れ、青島ちゃん」
「ブルーでいいですよ、一応勤務中だし」
「あたしゃコードネームの方が呼びにくいんだってば。それより、終わったね」
 白い前歯を見せて、イエローは笑った。その笑顔は、いつもどおり無邪気な輝きに見えた。
「ええ、終わりました」
 そう、すべては終わったのだ。僕らは勝った。しかし……。
 ヒュン。
 軽い音を立ててエレベータが司令室へついた。他の三人と、長官の視線が僕らに集まった。
「すまないな、昨日の今日だと言うのに」
 包帯姿の長官が言った。
「長官こそ、大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ」
 そういう長官の顔はやや歪んでいた。当然だろう、本来なら起きていられる怪我ではないはずだ。
「それでは、昨日の作戦のアフターミーティングを始める。青島君」
 呼ばれた僕はモニターの前に座った。
「それでは、作戦中の映像を流します」
 今までだったら、自分がよく生きて帰ってこられた、と確認するために見ていたが、今日は違う。今日は、大きな疑問が解決することを願いながら、僕はスイッチを入れた。
 戦闘の記録が映し出された。僕たちの見た映像はデータ解析用に記録される仕組みになっている。だが今回の作戦は途切れ途切れの映像しか残っていない。もう強化服も限界だったんだ。
 記録の最後はあっけなく終わった。ラストシーンはダークサンの骸が静かに横たわっているだけだった。
「今回の戦闘は成功しました。そして、僕たちの悲願であったアポロンの壊滅にも成功しました」
 僕は言った。反応は無い。
「やっと、終わったんです」
 まだ沈黙。
「そうだ、終わったんだ」
 やはり最初に声を上げたのはリーダーの朱宮哲緒だった。しかし、その声にはいつものメリハリがなく、なにか迷っている風だった。
  見ると、ホワイト、白井朔弥が眼鏡を直す振りをして涙をぬぐった。いつも彼は医者のくせに涙もろいと自分を評している。つられているのか,隣りのイエロー の瞳も潤んでいるみたいだった。金髪が細かく揺れている。僕にも感傷が押し寄せてきた。長い、戦いの日々。しかし、僕がかかえていた疑惑の黒雲は晴れな かった。
「何かいいたそうだね。ブルー」
 唐突に、ブラック、真野漆美が僕を見て言った。いつもは切りそろえた前髪の下で節目がちになっている目が、はっきりと僕の顔を見据えている。美しい女姓の怒りが恐ろしいことは五十回を超す戦いの中でよく知っている。
「どういう、ことです」
 僕だって、早くこの疑問を吐き出してしまいたかった。
「とぼけないでほしいな、青島君」
 ブラックはあくまでも僕の言葉を待つつもりだ。それなら、言うしかないだろう。
「……一つ質問があります。ダークサンを倒したのはどなたですか?」
「俺もそれを聞きたい」
 レッドが僕の後に続いた。ブラックは目を閉じて壁に寄りかかった。
「ちょ、ちょっと、どういうこと。なんか、やな雰囲気が漂ってるんだけど」
 イエローが眉間に皺を寄せて僕に訊いて来た。
「誰がダークサンを殺したのか、ということをはっきりさせる必要があるんだ」
 長官の声で、みんなが動かなくなった。
「いいか、作戦上、我々は死者が出ることは知っている。しかし、このような事態は起きてはならないことなんだ」
「いいじゃないですか、書類上は何でも書けるでしょう」
 豪快に言い放つイエローを制したのはホワイトだった。
「それはだめですよ。私たちは第2第3のアポロンが出てくるのを防がなくちゃ……」
 クックック。
 声を押し殺した笑い声はブラックのものだった。
「何が可笑しいんだ」
 とレッド。
「いや、お役所づとめも因果なもんだと思って。なにせ……結果が良くてもそれを受け入れることは出来ない。そこに至るまでが合法じゃないから。そうでしょう、レッド」
「そうだ」
 レッドが真面目な顔で答えた。
「要するに、作戦でダークサンが死んだのなら問題は無いんです。誰かが個人的に彼を殺したとなっては、僕たちは正義の味方を名乗れません」
 僕が言うと、ブラックはまたこちらを見た。
「本当にそう思っているの?」
 僕は訊かれたことだけに答えた。
「はい」
 ブラックはあきらめたように肩をすくめた。彼女は冷静だ。僕の本心はすっかり見ぬいているのだろう。
「では教えてくれ。誰がダークサンを倒したんだ?」
 誰も名乗り出なかった。
「ちょっと、どうしたんです,みんな?」
 ホワイトが不安げに眼鏡を押し上げた。
 誰も名乗り出なければ,誰が殺したのかはわからない。誰の映像にも、ダークサンとの戦いは記録されていないからだ。
「よろしい」
 長官が水のように静かな声で告げた。
「一時解散しよう。疲れを癒してくれ。明日、同じ時間にここに集合だ」


 僕は司令室に残ることにした。傍には、満月の顔をした秘書ロボット、リンダムーンが立っている。僕は繰り返し繰り返し、さっきの記録映像を見ていた。なにか手がかりがあるかもしれない。僕の映像を見始めたとき、リンダが言った。
「大丈夫、ですか、ブルー?」
 最後が妙に上がるイントネーションでリンダが訊いてきた。いくら調整してもこの癖だけは直らなかった。
「何を心配してるの?」
「思い詰めて、いらっしゃる、ようですかラ」
 そのとおりだ。
「リンダ、大丈夫だよ」
 せいぜい明るく振舞うことにした。リンダの仕事は僕らのアシストだしロボットとしては人間を不快さから脱出させるのが仕事だからだ。。
 だから,ちょっと困らせたくなった
「僕は記録を改ざんなんかしないよ。長官に言われているんだろう。僕を見張れ、と」
 横目でリンダがゆっくりと頷くのを確認する。彼女の陽電子頭脳では軽い電位異常が起きているのだろう。そう、いつも作戦を立てる僕を手伝うリンダと様子が違っている。長官から命令されているのだ。
「さっき、自分がダークサンを殺したと誰も言わなかった。なぜがわかるかい、リンダ」
「その前に、一つ、質問があります。ブルー」
 僕はリンダに顔を向けた。彼女の陽電子頭脳は何を訊きたがっているのだろう。続きを目で促した。彼女は察してくれた。
「長官はなぜあなたの行動をモニターするように私に命令したのでしょう。特に必要が無いとオモワレますが」
「長官はそれについて、僕に悟られないようにしろとは言わなかったんだ」
「はい」
「それでは僕への疑いはわりと軽いと見えるね」
「そこです。長官はなぜ皆さん、五人のムーンファイブを疑わなくてはならないのですか?」
「それはね,リンダ」
 僕は単刀直入に言うことにした。
「僕らの中に裏切り者がいるからだよ」
 沈黙。

「いくぞ! ファイナル・ムーンクラーッシュ!」
「ギャァァァァァァ!」

 映像が、ちょうど長官を核にした怪人を倒したところまで進んだ。短い沈黙を破ったのはリンダだった。
「なぜそんなことを言うのです、ブルー」
「本当のことだからだよ」
 いつに無く投げやりな気持ちになっていることに気がついた。見ると、リンダは泣きそうな顔をしている。いや、リンダの光沢のある頭部は表情を作るようには出来ていない。僕自身が彼女をそう見ているだけだ。
「リンダ、君たちは基本的に人間を疑ったりするようには作られてはいない、そうだね」
「そうです。私の陽電子頭脳はそのようには作られていません」
 そうだ、それがロボットの原則だ。
「だけどね、人間はどんなに信頼している人を疑うこともできるんだ」
「けれど、なぜ今、なのです?あなたたちはアポロンを壊滅させた。作戦は完遂されています」
「たしかにプランは達成された。だから,裏切り者がいることがはっきりしてしまったんだ」
 燃えるゴミのように,疑うなんてくだらない考えも捨てることができたらいいのに。
「一つ質問をしよう、リンダ。なぜ僕らがアポロンの壊滅にいたるまでに、五十数回作戦を重ねなければならなかったか、わかるかい」
「それは、アポロンの側が常に先手をうち、神出鬼没のゲリラ活動を行っていたからです」
「そう、たしかに技術、戦術面では彼らの方が機動性もあり、有利だった。だけれどね、我々も含めた、国連をはじめとする各国軍隊の方が物量は遥かに上だ。戦争の勝敗は物量で決まると言う第一定理は揺ぎ無いはずじゃないか」
 やれやれ、僕は自分の存在意義がなくなるようなことを言ってるな。リンダが否定をしないので、僕は続けた。
「しかし、彼らを倒したのは僕たち、たった五人の特殊部隊だ。それでも、時間がかかりすぎている。そうなった原因の一つに『裏切り』があったとしても驚かないだろう?」
 リンダはそのままだった。ひょっとしたら、最初からその可能性は彼女の中で計算されていたのではないだろうか。実質的な被害者を出さないまま作戦を終えていた僕らの毎回の行動が、彼女にその可能性を言い出せなくしていたのではないだろうか。まあいい。
「戦術、戦略を問わず、情報は最大の武器だ。それが敵に駄々漏れだったとしたら? トップシークレットであるはずの部隊に裏切り者がいたとしたら?」
 僕は胸に詰まっていた物を吐き出しつつあった。視線はモニターへ向けた。リンダを見ていられなかった。
「その可能性は高い、です。あくまでも、ブルーの仮定が正しければ、ですガ」
 そう、そして何人かは薄々そのことには気がついていたんだ。そしてこの作戦で決定的になった。先刻の様子からして,長官、レッド、ブラックはすでに僕と同じ疑いを抱いているようだ。
「ダークサンを殺した犯人は、僕たちの中の裏切り者であり、口封じのために彼を殺したんだ」
 やっと胸につかえていたものが形を成した。映像に五筋の青い光が走る。僕が五体の怪人に向かってブルーアローを飛ばしたところだ。やはり一本だけ当たっていない。その映像は、五人のうち、裏切り者が一人いることを暗示しているようだった。
「だけど、僕じゃない」
  リンダと話をしていると、自分のなかにある混乱や錯綜が次第にほどけて自分がすべきことが見えてくる。思えば作戦を立てるときもそうだった。リンダは沈黙 したままだったが、僕は次の作業に取り掛かかるエネルギーがマグマのように湧いてくるのを感じていた。これが僕の中の正義なのだろうか。
「やるべきことは、ダークサンを殺した犯人を突き止めることだ。まずあのときのそれぞれの行動をはっきりさせよう。リンダ、手伝ってくれ」
「はい、ブルー」
 彼女は従った。まるでそうすることだけが、仲間を疑う痛みに耐える方法であるかのように。

 僕は長官を含んだ六人の,あのときの行動をできるだけ分析した。
 そして次の行動に移ることにした。

 訓練場。畳の敷いてある一角でレッドが真剣を振っている。凄みのある風切音がまるで生物のように彼の周りに跳んでいた。傍らにはDVDカメラがある。
「レッド、よろしいですか」
 僕が声をかけるとレッドはカメラのスイッチを切って近づいてきた。
「どうだ、ブルー、誰があいつを殺したのか、わかったか?」
「いいえ、まだですよ。どうしてそんなことを聞くんですか」
「記録が残ってるんじゃないかと思ってな。戦闘の解析はお前の仕事だろ? その様子だと、だめだったみたいだな」
 記録が残っているのは突入前のものだけだった。一人一人、訊いていくしかない。
「これから尋問が始まるわけか。俺はなんでも話す。やってないからな」
 レッドはやはりこうなることを予想していたようだった。
「レッド、あなたが疑われる理由は凶器です。あなたのムーンソードの形状は最も高い可能性で傷の形状と一致します。ダークサンは鋭利な刃物、それも刃渡りの相当長いもので滅多切りにされています」
 犯行現場にはそれに類する凶器はなかった。
「なるほど、それで、犯行時のアリバイは?」
「それを訊きに来たんですよ。ダークサンが長官を怪人のなかに閉じ込めたのが、僕らが彼の死体を見つける三十分前でした。長官はあの中にいる間、意識があったそうです。もっとも彼の杖によって操られていましたけど」
「と言うことは、俺たちのなかに犯人がいるとすれば、散開作戦をとったあと、と言うことになるな。しかし、俺も含めて各人に通常部隊がついていたはずだ。俺は最後の負傷者とわかれて直ぐに座標を確認した。ホールに入ってイエローを見たのはそれから五分だな」
「そうですか」
 五分有ればダークサンを殺し、一旦現場を離れて何食わぬ顔で改めて駆けつけることも可能かも知れない。イエローとレッドは別の道を通ってホールにたどり着いている。通常部隊に姿さえ見られなければ……。
 レッドは僕を見つめた。僕も彼の目を見つめ返した。二人ともなにも言わなかった。
「失礼します」
 僕は踵を返した。後ろで、刀を振る音が聞こえた。

「イエロー。君が現場に一番乗りしたのは本当だね」
「そ、そしてあの像のアゴが閉じるのを見て、直感したんだ。あそこに隠し部屋があるってね」
「そしてこじ開けようとしたらレッドが来た」
「うん,本当にすぐだったよ。わたしと同じ正面の入り口から入ってきたし」
「最後に通常部隊とはなれたのは?」
「わりに早かったよ。ブルーが座標を教えてくれる五分前にはわたし一人だったなぁ」
 いつもだったら、苦笑いで納得するところだ。相変わらずの猪突猛進ぶり。食堂の片隅で現場のことを語るイエローはいつもと変わりがなかった。カレーパンもいつもどおり山盛りだ。
「青島ちゃんも大変だよね、書類の帳尻合わせなんてさ」
 イエローの言動からは深刻な事態になっているなんて思ってもいないようだ。だが、彼女が現場に一番に着いていたこと、これに間違いはない。

 ホワイトはメディカルルームにいた。長官も一緒だった。もっとも長官はガラスを隔てた検査室に入っていた。アポロンの怪人にされた人達のケアはホワイトの役目だった。最後の患者が長官というわけだ。
「長官のご様子は」
「万事心配ないよ、ブルー。けど……」
 ホワイトの痩身に乗っている笑顔が暗かった。どこか呑気で純真なる彼もようやく今起きていることの重大さに気がついたらしい。
「ダークサンの検死、見ましたか」
 ホワイトが眼鏡を触りながら頷く。
「ひどいね、一体誰が……まさかブルー、私を疑ってるのか」
「そうは言ってませんよ」
 しまった。まずい答えだ。
「たしかに。けれど、武器の形状が刃物なのは私とレッドだけだ。私達の武器は一旦原子レベルで分解圧縮されて持ち運ばれるから血がついても判らないしね」
「長官の具合はどうです」
 僕は無理矢理話題を変えた。
「ちょっと頭痛をきたしているだけだ。大丈夫だよ」
 ホワイトは検査室へと開いた窓へ目をやった。長官は横たわってCTを受けている。
「世間話なら、後でするよ」
 そっけない調子に少し、苛立ちを覚えた。
「ホワイト、あなたは一人であのホールに入ってきましたね。通常部隊とはいつわかれたんですか」
 悲しげな目が縁なし眼鏡の向こうから僕を見た。
「ブルー。君は知ってるだろう。残って記録を見てたじゃないか? ノーコメントだ」
  こうなると彼の純真さが邪魔になる。いままでだったら彼は仲間から疑われて傷ついている、と素直に思うことが出来た。今は,彼が犯人だから言おうとしない のか?と思えてしまう。だが、彼の記録はほぼ完全な形で残っていた。彼はホールに入ってくる直前まで通常部隊の面倒を見ながら戦っていた。記録だけでな く、証言も取ってある。一人になったのは一分足らず。
「一つだけ言っとくよ」
 ホワイトは長官を見たまま言った。僕は考えるのを止め、彼を見た。
「君だって怪しいもんだぜ。座標の割り出しは見事だったね。あらかじめ知っていたんじゃないのか?」
 ホワイトは僕を見てはいなかった。僕も彼を見るのをやめた。僕は部屋を出た。

 司令室に歩いていくと廊下にブラックがいた。
「ブルー。歩きながらでいい、話せる?」
 僕は頷いた。ブラックが横に並ぶ。長い髪の毛からさわやかな香りがたつ。
「だいぶ苦労しているみたいだ」
 彼女は唇の端だけで笑った。
「そうですね。ところでブラック,あなたの意見を伺いたいですね」
「私は私のことしか話せないよ。君から座標を受け取った後、一番近い道をとってホールにたどり着いた。時間にして五分」
 その八分前には通常部隊とわかれている、と僕は頭の中で記録を整理した。ブラックはアリバイのない時間がもっとも長い。だが……。
「楽をさせてもらっちゃったね。再生怪人は君が露払いをしてくれたから」
  そう、ブラックは僕の後ろから来た。そしてコンピュータ室からホール、製造室までは一本道。仮に彼女がダークサンを殺したとして、どうやって僕の後ろから 来ることができるだろう。他の二つの入り口から迂回は出来ない。通路のそこかしこに傷ついた通常部隊、目撃者となる皆さんがいるのだ。
「そしていま君と話したいのは私がどれだけ疑われているかということ」
 考えに耽り始めた僕の洞穴のような耳に、彼女の声が響いた。
「疑うだなんてそんな」
 慌てて取り繕う。
「で、本音は?」
 ブラックの瞳は美しい。僕は常々思っていた。
「ひとつだけ質問させてください。あなたは座標が判明するまで何分ひとりでしたか」
「十分弱。主に雑魚の相手で時間がつぶれちゃった。しかも一番座標から離れたところでね」
「わかりました」
「方向音痴は私の欠点だけど、今回のが最大のミス。ダークサンに一太刀も浴びせられなかったことが……」
 ブラックは薄い唇を噛んでいた。

 司令室に戻ると、リンダがこちらを振り向く。
「いかがでしたか?ブルー」
「大体予想どおり」
  僕は司令室の椅子に音をたてて倒れこんだ。そのままモニターに映っている犯行現場に吸いこまれる。犯人はこの場所でダークサンを殺した。彼の暴力の源であ る、怪人製造室で。ダークサンは暴力に屈した。結果が正義にとって都合がいいとしても僕らは見逃してはいけない。そう、僕らは、僕らは……正義の味……。

(このまま終わるのはつまらな……)
(……義の味方はなんでもわかる)
(早く解決しないと次の番……)
(……と比べると画期的な展開)
「うわっ」
 人の声を聞いた。いつのまにかウトウトしてしまったらしい。いつもの自室の天井とは違う、それを見上げながら夢うつつの状態で聞いた空耳を反芻した。何千、いや、何万もの声のようだった。
 汗をかいていた。
 今の声はなんだったんだろう。
 僕はいらだっているのかもしれない。骨の髄まで正義の味方であるというこの運命に。いいじゃないか、もう。もう終わらせたい。自分が正義の味方であるということを。こんな思いまでして、なんのためになるというのだろう。
(がんばって、ブルー)
 今度ははっきりと聞こえた。妙に甲高い声だ。僕に呼びかけている。
(がんばって、負けないで)
 そうだ。
(悪いやつは誰なの?)
 犯人は誰か、これに答えられないと、僕、いや、ムーンファイブの負けになる。保身を図った殺人者。悪そのものに負けるんだ。
 僕はモニターに向かった。また最初から繰り返し、繰り返し、記録を見た。この謎を僕が解かなきゃいけない。そんな気になっていた。どうしようもなく衝動が身体を駆け巡る。
 きちんと終わらせなければいけない。僕らは正義を、そして正義を信じる人々を守らなければならないんだ。
 そしてある一点に気がついた。納得がいかない、理屈に合わない、どうしてそうなのかわからない。そしてそれが鍵だった。それを説明するには……。また声が聞こえる。
(悪人は誰?)
(誰なの?)
(誰だ?)
(誰?)
 そうか、そういうことだったのか。

 一時間後、司令室には全員が集まった。
「ブルー、犯人がわかったって本当か?」
 僕は犯人以外にはそう言って集めた。犯人はほんの少し眉を上げた。
(有りがちなパターン)
(焦らすんだよね)
 空耳がひどくなっている。僕はモニターのスイッチを入れた。潜入のシーンから始まる。
「みんな、僕は映像を見ていてあることに気がついた。みんなもその個所を見てくれるね」
 みんなは無言でモニターを見た。モニターのスイッチを入れながら、話し始めた。
「僕は最初、イエローが怪しいと思ったんだ」
「はぁ?」
 イエローが素っ頓狂な声を上げた。目をピンポン玉のようにしてこっちを見ている。彼女が騒ぎ出す前に僕は続けた。
「理 由はイエローがあの像をを入り口と認識したこと。つまり、隠し部屋であることを知り得た、その中に入っていた人間だったとしたら。レッドが到着したとき、 イエローは自らが隠し部屋から出てきたところだったと仮定してみます。レッド、あなたはイエローがホールに入っていくところを見たわけではありませんね」
「それは,そうだが」
 僕の問いにレッドが納得のいかない様子で答える。イエローは声も出ないほど驚いている。
(なんだそりゃ)
 空耳は聞こえた。
「しかしこの推理では凶器の問題が解決しません。イエローの武器はハンマーですし、現場には凶器は有りませんでした」
 映像はまだ目当ての個所に到達しない。
「僕は繰り返し記録を見ました。そして、時間に発想を転換しました。もし、ダークサンがすでに殺されていたとしたら、それは僕達が犯行時間を狭める前のことだったとしたら。僕達が長官を助け出す前にすでに殺されてたとしたら」
 ひと呼吸置く。
「犯人は長官、いえ、怪人を作るテクノロジーで自らの姿を変えたダークサンその人だと言えるのです」
今度はみんなが長官を見た。彼は微動だにしない。
(おいおい)
 空耳も益々はっきりしてきた。
「ありえないな」
 そういいながらもホワイトは長官を見つめたままだった。
「そうですね。長官はあなたのケアを受けています。あなたも共犯でない限り長官が入れ替わっている可能性はなくなります」
 僕だって本気ではない。記録が、その個所に近づいてきた。
「僕にはどうしても引っかかる事がありました。考えれば考えるほど、筋が通らないのです。それは、ここです!」

  五体の怪人が僕に向かって襲ってきた映像が流れた。アポロンから押収した資料によると、ホウチョウロン、ゲンジンロン、バラバラロン,キッコーロン、エン ジェロンという名前だった。そいつらの腕の下を潜り抜けて、振り向きざまに五本、ブルーアローを放つ。一本、二本、三本、四本。狙いはたがわず、突き刺さ る。だが,
 かきぃぃぃぃン。
 一本だけ跳ね返された。映像の端にそれを捕らえながら、僕の視界は百八十度巡り、通路の奥に向かった。だが、映像には怪人のうち、ただ一体だけが身体を貫かれなかったことが焼き付いていた。僕の矢を跳ね返したのは、腕が包丁になっている、ホウチョウロンだった。

 早送りのボタンを押す。
「もうおわかりでしょう」
 僕は焦らさずにあっさりと言った。
「犯人はブラックです」
(あっさり言い過ぎじゃない?)
 また聞こえた。
「アハハハハハハハハッハ,どうして私?」
 ブラックが今まで聞いたことのない声で笑った。
「引っかかったんです。ただ倒されるためだけに出てきたような怪人がどうして僕のブルーアローを防ぐことが出来たのか。そしてその引っかかりを考え始めたとき、次の疑問も出てきました」
 ゆっくりとみんなを見まわした。ぼくを見つめるブラック以外は二人の間に視線をさまよわせている。
 空耳よ、答えてやる。
「なぜ犯人は、製造室に行ったのでしょう」
「そんなの、ダークサンがいたからに決まっているじゃない」
 いてもたってもいられないという風にイエローが言った。
「ダークサンがいたから、と言うのは犯人が裏切りものでない場合の条件です。つまり、僕たちが知り得なかったように、犯人もダークサンの所在を知らなかった場合です。しかし、この場合は違います」
「犯人は、アポロンのアジトに精通していたはずだ」
 僕は長官の言葉に頷いた。
「ダークサンの居所だって知っていたはずです。それに,犯行のためにダークサンを怪人製造室に誘導することだって出来ました」
「しかし、やつを誘導したとして、その目的は一体?」
 ホワイトが眉間に皺を寄せた。僕は犯人、をブラックに言い換えた。
「ブラックは凶器と、自分に疑いがかからないようにする仕掛けを手に入れるために、製造室を犯行現場に選び,ダークサンをそこで殺したんです」
「うまい作り話だね」
 唇の歪みが大きくなる。真っ直ぐこちらを睨んでいる。黒い炎がその瞳の中にあった。
「残念ながら真実です。あなたが犯人である以外に、再生怪人が、僕の矢をなぎ払えるほどの力を持っていたことの説明がつかないんです」
 彼女の瞳に吸いこまれそうだ。
「ブ ラック、あなたの凶器はホウチョウロンの包丁です。正確に言えば、ホウチョウロンの肉体自身です。あなたは自ら怪人の核になったんです。あなたは怪人を着 ぐるみのように着こんだ。あるいは最初に包丁だけ使ったかもしれない。とにかく、ダークサンを殺し、僕の方に向かって来た。うまく僕をやり過ごすと皮を脱 ぎ捨て、ホールに来たんです。メンバーの誰かより遅れて到着すること。それが、疑われないための条件だからです」
 ブラックはまだ落ち着いていた。
「証拠がない」
 頭痛がする。そう、たしかに証拠はない。だが、僕は彼女をここまで問い詰めればいいだけだ。いいだけ? なぜ、僕はそれを知っている?。
 見ると、彼女も頭痛がするらしい。苦しそうに顔を歪める。そうか、僕の言わねばならないセリフはまだあった。セリフってなんだ?
「ブラック、お願いです。早くホワイトの治療を受けてください。月エネルギーで浄化されない限り、怪人の核となったあなたは細胞レベルでダメージを受けているはず……」
 グウゥゥゥッ。
 僕が全部言い終わらないうちにブラックは気管がつぶれたようなうめき声をあげた。
(あ、ブラックが)
 うずくまる彼女の頭が、髪が揺れる。
「いけない、発作だ」
 駆け寄ろうとするホワイトをレッドが止めた。
「危険だ、ホワイト! 月エネルギーが」
 レッドはブラックがムーンバンドのスイッチを入れたことに気づく設定になっていた。設定?頭に思い浮かぶことを理解できないまま、頭痛と声は益々ひどくなる。
(うわぁ)
(これから戦闘かな)
 ブラックの周りに新月の光が集まる。やがて彼女の姿を包みこみ、強化服を着せた。しかし、見る見るうちに彼女の身体は膨張し、いままでの怪人と同じくデコラティブな容姿となった。
「ヴァ、せ,正義なんか、幻だヨ……」
 ブラックの口からは呪詛が漏れる。悲しい告白だ。
 そして僕らは戦う。ヒーローだから。そう、僕らはヒーローなんだ。
(なかなか意外性のあるラスボス)
(……マンみたいだ)
(でもどうかな?やっぱり正義の味方は……)
(面白いよ、見てごらん)
 戦闘中、僕の頭の中の声はどんどん大きくなっていった。そして。
(この怪人、弱点は?)
(古傷ですね。第二十三話で負った怪我のところを狙うんです。凝った複線でしょう)
(撮るほうとしては苦労しそうだよ)
 と言う声が聞こえたとき、レッドが言った。
「肩に一点集中だ!」
 クラッシュキャノンの使えない僕らはそうするしかなかった。
「ガァアアアッッッッ」
 本当に最後の怪人、ブラッガロンが崩れる。なぜ僕は名前を知っている?
「ブラック!」
 僕たちは駆け寄った。
 溶けていく肉の中から彼女自身が現れた。だが、肩から胸にかけて、手の施しようがない深さの傷が刻まれていた。
「どうして、どうしてなの、ブラック」
 イエローが咽びながら訊く。ブラックは僕を見た。
「ブルー。君にも聞こえているでしょう。私に聞こえた声が。私は、私たちは、正義の味方じゃない。私たちは虚構に過ぎない。そのことに、絶望したの」
 吐血するまでの彼女の呟きは僕にしか聞こえなかった。なぜなら、脚本では、
「わたしが女だから。いいえ、性別じゃない。わたしが人間だから、愛した人、ダークサンを……殺したの」
 というセリフのはずだからだ。脚本? なんだ、それは。
 暗転。ラストシーン。ブラックの墓標の前。夕日。ナレーション。
 そうだ、僕は正義のために戦いはしなかった。正義を伝えるために戦ったんだ。正義を信じる子供達、人々のために、一生懸命……。
 
  声が聞こえる。いくつものブラウン管。子供達の玩具。ネットのページ。日のあたるステージ。様々な物を通して、僕らは生きていた。沢山の声が僕らに届い た。みんなが僕たちを見つめていた。僕は絶望なんかしない。僕は、僕らは、覚えていてほしいんだ。どうか、忘れないで……。どうか僕らの正義を。どう か……。
 勇ましい音楽が聞こえる。そう、僕は知っている。次の世界が始まることを。新しい希望の世界がみんなの前に示される。僕らの伝えたかったことを、違う形にして伝えるんだ。僕らは終わることはないんだ。けっして……。

「来週からは探偵戦隊ミステリレンジャーが始まります!みんな、応援してね!」

―――結

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