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湯けむりかぐら女子寮 ~トシマイザー3、襲来編~ (その2)

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 作業が始まって一週間が過ぎた。紗月たちは最後の仕上げに入っていた。結界石の配置は全て終了し、あとは要石との接続を安定させる段階だった。紗月がその能力を使って微調整していき、全ての波長が合うようにするこの作業。普通なら一部で済むものが、今回はチャンネルが全て合うまでやめることが出来ないため、紗月と、助手として入っている蘭、鳳は不眠不休で作業に当たっていた。紗月は食事の時間も取れないため、水を浸した綿を蘭が口許に運ぶ事で、なんとか水分だけ補給しているような状態だった。蘭と鳳も自分たちだけ休むわけにも行かず、律儀に付き合っていた。

「お姉さまたち、大丈夫かな?」

「信じましょ、ささな。私たちが降りて行っても足手まといになるだけよ」

「うん……」

 いい加減みんなが心配になってきた三日目の朝、三人がようやく地下から姿をあらわした。

「あ、出てきましたよ」

「姉さん! 蘭先生! 鳳先生!」

「だ、大丈夫ですか?」

 青い顔でフラフラと地上へ出てきた三人を、寮長であるさらな、ささな、そして紗月のことが心配で見に来たかが美が出迎えた。

「お疲れ様でした、御影先生!」

「結界の方は上手くはれたんですか?」

「と、とにかくつかまってください。蘭先生と鳳先生も!」

 特に疲労が激しい紗月をかが美が真っ先に支えたので、さらなとさささなはそれぞれ蘭と鳳を支えた。

「し、心配かけてごめんなさい。じ、時間はかかったけど、成功よ」

「これで、あの狐野郎も入ってこれやしないさって、ふわぁぁぁ」

「なんか、もうどうでもいいわ。つ、疲れたのよ、あたしゃ……」

 三人はかつぎ込まれるように、布団の敷かれた空き部屋に寝かされた。三人とも既にピクリとも動かなくなっていた。

 半日以上たって、三人はやっと眼を覚ました。室内が薄暗くなっているのは、カーテンだけのせいではなかった。

「ねぇ、二人とも、起きてる?」

 真ん中で寝ていた蘭が、まだ眠そうな声で二人に声をかけた。

「ええ。先ほど目が覚めました」

「あたしもだ」

 紗月と鳳もやや眠そうだが、比較的はっきりした声で答えた。

「そう。よいしょっと」

 蘭は寝返りを打って腹ばいになり、カーテンが閉められた窓を見つめた。

「すっかり、寝ちゃったわね」

「仕方ないわ。とにかく、過酷な作業でしたから」

「本当だ。まともなお日様ってのを何日も見てないもんな」

 紗月は首だけ、鳳は体ごと蘭の方にむけた。蘭は二人の顔を確認するように左右を見た。

「二人とも、だいぶ回復してるみたいね。ところで……」

 蘭はわざとらしく着ている白衣の匂いを嗅いだ。

「なんか、臭くなってる気、しない?」

 紗月は蘭のしぐさにやや顔をしかめた。

「そ、そうかしら? まぁ、確かにほぼ二晩作業に追われていましたからねぇ」

 鳳は蘭に習って自分の匂いを気にした。

「うーん、そうだなぁ。そういや、作業に入ってからこっち、まともに風呂って入ってないんだよね」

「そこで提案!」

 蘭は大げさにポンと手を叩いた。

「この間さ、ささながこんなこと言ってたわよね? お姉さまたち、もしも作業終わったら、寮のお風呂に入っていってくださいよ、ってね」

 蘭の提案に、紗月と鳳はあっと口を開いた。

「そ、そういえば、そうね。ここのお風呂って、本当に銭湯みたいに広いのよね。でも、やっぱり迷惑じゃないかしら……」

「あー、思い出すなぁ、かぐら寮のお風呂。よくみんなで一緒に入ったよね。寮祭の後とかさ。でも、なんか学生と一緒に風呂はいるのもなんか恥ずかしいよね」

 二人は困惑と期待が混ざったような表情でそわそわしだした。その様子を見て、蘭はふふんと鼻を鳴らし、ウィンクして見せた。

「それについては私にひとつ案があるのよ。ちょっと紗月に一肌脱いでもらうことになるけど。期待してるわよ」

「いやーん、やっぱしひろーい! うれっしー!」

 風呂の扉を開けるなり、蘭が両手を広げて感嘆の声をあげた。

「おいおい、はしゃぐなよ。しかし、たしかに広いな……」

 蘭の後ろから入ってきた鳳も思わず立ち止まって中を見回した。

「もう十何年ぶりになるけど、全然狭くなったって感じないもんな。これ、本当に広さは旧寮と一緒なんだよな?」

「一緒って言うけどさ、こっちのが広くない? だいたい、まったく一緒だったら、ここがかぐら学園の全寮中一番広いお風呂って言われないでしょ?」

「そうだよな。中等部男子寮も同率一位って言われるよな」

 二人はかけ湯をして、体を洗い始めた。

「はぁ! おかしな話よね。飲んだ後とか、もうお風呂なんか面倒くさい、入んなくて良いやなんて思っちゃうこともあるのにさ、今はお湯を浴びただけでもう死んでも良いくらいに幸せを感じちゃってるわ」

 蘭は肩からお湯をかけただけで、もう幸福の笑みを浮かべてうっとりとしていた。

「そうか? あたしは酔っ払っても風呂だけは入りたいと思うけど、別に今はそこまで感激してないぞ」

 鳳は頭から豪快にお湯をかぶった。

「あんたは昔からすぐお風呂出ちゃうもんね」

「それがさ、最近風呂が長くなってるんだよ。疲れてんのかな?」

「歳じゃない?」

「歳かな?」

「歳だよ! ……って、バ~カ」

二人が雑談をしながら体を洗っていると、少し遅れて紗月が入ってきた。

「御影紗月、入ります」

「うん、わかってるが」

「その癖、抜けてないのね」

 かぐら女子寮では、風呂に入るとき、誰が入ってくるかわかるように名乗るのが慣わしとなっていた。

「なんだか、扉を開けたら懐かしい気がして、ついつい口にしちゃったのよ」

 紗月は照れくさそうに二人の隣に座った。

「はは。仕方ないさ。あたしだって先に誰か入ってたら、言うと思うもの」

「あたしも、あたしも。ちっちゃいときの習慣って怖いわね」

 並んで座った三人の後ろ姿には、微妙な違和感があった。髪の毛の長い紗月と蘭が髪を上でまとめているのに対し、普段はツンツンに立っている鳳の髪が、濡れたおかげで下がっているためだ。

「それにしても……」

 紗月は一旦手を止めた。

「本当に、私たち三人だけで使ってしまってよかったのかしら?」

 心配そうにため息をつく紗月に、頭を洗う準備をしながら蘭が呑気な声で答えた。

「いいの、いいの。あたしたちは寮のために身を粉にして働いたのよ。当然の報酬よ」

「でも、あんなやり方、気が引けるわ」

「本人が喜んでやってたから、大丈夫でしょ?」


 その頃、脱衣所の扉の前では、さらなとささな、そして風呂道具を持った寮生数名が扉に張られた一枚の紙を見つめていた。その紙には几帳面な字で『現在、先生方が入浴中です。先生方は寮のために働いてくれて、大変疲れております。寮生は入浴の邪魔をしないようにお願いします』と書かれていた。

「これ、設楽さんの字だよね」

「それがみんなに分かるのも狙いのうちなのよ。もう、姉さんたちったら!」

 張り紙を見た寮生から事情を聞かれたさらなとささなは、慌てて確認しに来た。二人も寝耳に水の話だったのだ。

「三年生には意見しづらいもんね。ごめん。私が使っていいよなんて言ったから……」

 ややご立腹のさらなに対し、ささなはしょげ気味だった。

「仕方ないわよ。こんなことするなんて誰も思わないもの。んー、でも、寮のために働いてくれたのは確かなのよね。ごめん、みんな、それぞれ時間の都合とかあると思うけど、今日だけは大目に見てあげて!」


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