湯けむりかぐら女子寮 ~寮生ぞくぞく登場編~ (その1)

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 ガランとした風呂場に、玄麻だけがポツンと一人きりで湯船につかっていた。しかも、誰もいないのにわざわざ湯船の角に小さくなって座っていた。そして、目の前に浮かんでいる何かを沈めたり浮かべたり落としたりして遊んでいた。

脱衣所で誰かの気配がしたが、玄麻は特に気にする様子もなく、いつもの無表情に時折小さな笑顔を織り交ぜながら手遊びを続けていた。

「二年、御影ささな、入りますよー。あ、やっぱり玄麻か」

 入ってきたのはささなだった。ささなは、脱衣所に置いてあった服から玄麻が入っていることに気付いていたのだ。

「……こんばんは、ささなさん」

 ここで初めて玄麻は手を止めて顔を上げた。

「あ、玄麻、また猫ちゃんいじめてるんだ」

 ささなが猫ちゃんと呼んだのは、先ほどから玄麻がいじっているもののことだった。それはビニール製の人形で、浮き袋をつけたへちゃむくれな黒猫の姿をしていた。

「……いじめてません。……むしろ助けてます」

 玄麻はそう言うと、黒猫を思いきり深く沈め、手を放した。勢い良く浮かび上がってきた黒猫は一度水面から飛び出し、ゆらゆらと着水した。

「あはは。でも猫ちゃんで遊んでるってことは、玄麻、なにか気になることでもあったの?」

 玄麻は悩み事や考え事があるとき、風呂場にこの猫の人形を持ち込んで延々と長風呂をしていた。最初は気味悪がっていた他の寮生もしばらくするとこの光景に慣れた。玄麻の普段の言動や持ち前の影の薄さが相乗効果となって誰も気にしなくなったのだ。

「……研究が行き詰まっちゃって」

「今度はどんな黒魔術なの?」

「……胸の成長を、身長に変換する魔法」

真剣な口調だが玄麻の眼は座っていた。

「へ、へぇー。た、大変だねぇ」

ささなは苦笑しながら答えるのが精一杯だった。

体を洗い、髪の手入れを終えたささなは、湯船に浸かって大きく伸びをした。

「んー、気持ちいい。人が少ないとのびのび使えていいな。お姉さまたちが三人だけで入りたかったのもわかる気がするな。あ」

 ささなは慌てて口を抑えた。

「ご、ごめんね。今日はお姉さまたちがお風呂占領しちゃってて」

 謝罪するささなを、玄麻は無表情で見つめていた。

「……いいです。……あのくらいは気にしません」

「そう? そう言ってくれると助かるな」

「……それに、私からも一言、言っておきましたから。……うふふ」

 玄麻はその時の光景を思い出してクスリと笑った。

「そうなんだ。一番年下の玄麻に言われちゃ、お姉さまたちも反省するしかないもんねー」

 玄麻の微笑みの意味も知らず、ささなは呑気に答えた。二人はしばらく口をつぐんで、それぞれに風呂を楽しんだ。ささなはとろけそうな笑顔で静かに湯に浸かっていた。彼女はかぐら女子寮内でも長風呂の方で、その点はさらなと違っていた。玄麻は再び黒猫をいじり始めた。

「飽きないねぇ、玄麻」

「……こうしてると、リラックスできます。……この子、名前も決まってるんですよ」

「え、そうなの? なんていう名前?」

「……さらな」

「うそ?」

「……白犬のささなも部屋にいますよ。……見たいですか?」

「こ、今度ね」

「……かわいいですよ。……うふふふふ」

 玄麻は、笑いながら黒猫を高く上げると、湯面に軽く叩きつけた。黒猫は一度沈んでからプカリと浮かび上がった。

「と、ところでさ、玄麻」

 お湯に入っているのに寒気を感じたささなは、苦笑しながら話題を変えた。

「……はい?」

「玄麻って、随分喋るようになったよね」

「……そうでしょうか?」

 無理矢理な話題転換だったが、玄麻は少し怪訝な顔をしただけで素直に話題に乗った。

「うん。もうちょっと無口かなって思ってたけど。話始めに間が空くだけで、ちゃんとお話してるよね」

「……ええ。……最初の……は癖みたいなものですから」

「そうなんだ」

「……でも、昔よりは喋るかも。……部屋での独り言も少し減りました」

 玄麻はそう言ったものの、玄麻の部屋での独り言については今でもたまに苦言を呈する寮生がいることもささなは知っていた。勿論、ここではそれに触れなかったが。

「……早口言葉なんかも、できますよ」

「え、そうなの?」

 驚くささなの顔を少し見つめた後、玄麻は急に口を開いた。

「…………ナマムギ、ナマゴメ、ナマタマゴ、はいっ」

 言い終わるが早いか、玄麻はささなに手を差し出した。

「え、ええ? ナ、ナマムギナマモメ、ナマ、ナマ、ナマ」

 急に振られ慌ててかみ倒したささなを見て、玄麻は湯面から小さく指を二本突き出した。

「……ぶい」

「ちょ、いまのはずるいよ、玄麻。急に振るんだもん。あたしだって落ち着いて言えばこれくらい。あー、ナマムミ、ナマナ、ナ、ナ、ナナナナナぁ! うう……全然ダメだ」

「……ぶいぶい」

 がっくりと肩を落とすささなに、玄麻はもう二本指を突き出した。そんな時、脱衣場に人の気配が感じられた。その人物は比較的ゆっくりと服を脱いでいるようで、なかなか浴室に入ってこなかった。

「んー、なかなか入ってこないねェ、玄麻」

「……はい」

 中の二人がいい加減ふしぎに思いだした頃、カラカラと小さな音を立てて扉が開いた。

「三年、安璃葦珠子(ありよしたまこ)。入らせていただきます」

 あまり大きくはないがはっきりと通る声が響いた。

「あ、案璃葦さん。こんばんは」

「……こんばんは」

「お二人とも、こんばんは。お邪魔しますわね」

 安璃葦珠子という少女は静々と浴室の中に入ってきた。正しい姿勢でゆったりと歩く姿にはお嬢様然とした育ちのよさが感じられた。また、透き通るような白い肌と笑顔を絶やさない卵形の整った顔には気品が漂っていた。それもそのはず、彼女はこの国で最大級といえる神社の一人娘なのだ。ひとつだけいつもと違う所があるとすれば、普段は驚くほどカールされたマジカルリングだらけの髪の毛が、邪魔にならないようにおとなしく束ねられているていることだった。

「珍しいですね、案璃葦さんがこんな時間にお風呂に入られるなんて。私、安璃葦さんとご一緒するの初めてです」

「……私も」

「そうですね。私、あまりごみごみとした時間にお風呂に入るのがあまり得意ではないので。みんなとは違う時間に入ってますからね」

 二人の言葉に珠子は、体にお湯をかけながら笑顔で答えた。ただ体にお湯をかけるだけの姿もなにか優雅な感じがした。もっとも、肌は白くて透き通るような美しさをしているものの、胸の大きさやウエストの太さ、足の長さや太さ等のスタイルは非常に平凡な女子中学生のそれだった。

「得意じゃないと言いますと?」

「単なる私のわがままですわ。お気になさらないでね」

「……正直」

 珠子は体を洗いながらため息をついた。

「人が多いと、何かと騒がしくて。私、あまり体も強くないのでゆっくりとしたいのですが。みなさん、どうして静かにお風呂の時間を楽しめないのかしら?」

 珠子の言葉に二人は少しギクリとした。

「え、ええ。そうですね」

「あなた方も、お風呂ではあまり騒いではいけませんわよ。エチケットというものですからね?」

 二人の気持ちを見透かしたかのように、珠子の静かな声が響く。

「はい。すみません。反省します」

 萎縮したささなを見て、珠子は目元の微笑をさらに深めた。

「ごめんなさいね。別にいいんですのよ、先ほどはお二人だけだったんですものね。仲が良いことは良いことです」

 そう言うと、今度は珠子の表情は苦笑しているように見えた。同じ笑った目でも随分と変わるようだ。


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