ドラゴンライド1

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窓から竜が飛んでいるのが見えた。首から生えた花弁が、背に乗る竜騎士を覆っている。
 窓は、蛇のような長い胴をもつ“浮竜”の下に拵えられた船室の窓。
 極東地方の特徴を残した胴長の浮竜は、大空を高速で駆けている。スピードを出さずに飛び、文字どおり空に浮く浮竜は、荷物や人を大量に運ぶのに向いている。今それを高速で引っ張るのもまた竜。中規模編隊を組み、浮竜をロープで引く大型飛竜。
護衛竜騎士は、隊の横上下をくまなく守り、苦もなくついてくる。
 窓の外の青い空と白い雲海は、まったく動かないようでいて、恐ろしい速さで後ろに過ぎていく。
 窓の内側の少女。
 濃いブラウンの髪を長く伸ばした少女は、眼下にうねる雲を疲れの濃いすみれ色の目で見下ろす。
 青と白の二色に染まった窓には、少女の求めるものはなかった。それはただの通過点。自分が通り過ぎていくのではなく、自分を通り過ぎていく背景に過ぎない。
 彼女の表情には、何もなかった。端正な横顔は作り物の貌。それは少女の自覚。ただただ、回りの期待を裏切らない中庸的な表情。
 その瞳が覗く窓と同じくらい透明な横顔に、声をかける者。
「ミリィ姫様、よそ見をしては困りますよ」
 少女の隣の簡易椅子に腰掛けている、髪を結い上げた女性が諭す。
「はい。フジコ先生」

 少女は無機質な動作で机に目を戻す。
 普段は執務用の机に広げられたマト語の『ドラゴン学序説』。

 この世界の基本であり、最新のテクノロジーであるドラゴン学を最初にまとめた本。政治、経済、工学、農学等々、学問の出発点であるテクスト。
 他国の言語で読むことは、言葉の勉強にも、基礎知識のおさらいにもなる。
 少女がゆっくりとページに目を落とすと、今度は机の向かい側からのったりとした声があがった。
「ふおっふおっふお。まあ先生」
 机の正面にある長椅子から、横に広がった脂肪に包まれた男が笑った。
「あー、内務大臣たる私が特別外交官のお勉強に口出しするのもなんじゃが、姫もお疲れのご様子。一休みしたらどうだね」
 口の下に申し訳程度に生えた髭を大げさに引っ張りながら、ロスト国内務大臣ダスティ・パク・テイラー卿は言った。
「次の目的地はわが領であることであるし」
 ロスト共和国の中でも大きいほうの浮陸、テイル島。
 ミリィは、若いながらも共和国中枢のヤ・ロスト国特別大使として、テイル島を訪れる。

「テイラー卿、ミリィ姫にはより深い教養が必要ですから。それを身に着けていただくのが私の教師たる使命です」
「ふおっふおっふお。そのとおりじゃな。これはとんだ老爺心というやつだ」
 ミリィと呼ばれた少女は、無自覚のうちに計算した。ここではテイラー卿に対して声をかけなければいけない。
「いいえ、外を眺めていた私が悪いのです。ご心配おかけしました、テイラー卿」
 失礼にならないように、あくまでもしとやかに。ほんの少しだけ唇を微笑みの形に変えて、会釈をした。
「いや、いや」
 大臣は人を使うことに慣れたしぐさで頷いた。
 教師の声が続く。
「それでは、よろしいですか。八五ページからになります」
 ミリィは外に渦巻く気流の音に消されない程度の音量で読み始めた。
「" 竜は人類にとってかけがえのない資源であり、特に運輸、通信の面において、ドラゴン前史との比較が重要である。そもそも人類は個々の浮陸において文明を築 いたわけであるが、ドラゴン前史においては、気流で運ばれることによる浮陸同士の邂逅が、他の浮陸との唯一の交易の機会であった。A.D.1485年、マ ゼランによる……」
 しばらく朗読が続くと、テイラー卿は厭きたように執務室を出て行った。
 こぢんまりとした室内には、姫と呼ばれる特別外交官とフジコと呼ばれる教師の二人だけ。
 有能な外交官でもある少女、やんごとなき血族の一員ミリィ・クーマ・ロストは、一つの決意を胸に秘め、空を渡る。

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