洞爺丸


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

洞爺丸【十字架の愛】


 青函連絡船「洞爺丸」の海難事故から、もう50年以上も過ぎようとしていますが、ご年配の方であればまだ記憶に新しいことと思います。1954年(昭和29年)9月26日の夕刻から夜にかけて大型の台風15号が北海道を襲い、函館市をはじめ、その周辺の町や村は大きな被害を受けました。台風は陸上だけでなく海でも猛威をふるい、甚大な被害をもたらしました。この夜、函館湾内では幾隻もの船が荒れ狂う風と波の直撃を受けて座礁転覆し、多くの人々が尊い生命を失いました。

 当時の青函連絡船「洞爺丸」は、最新鋭の連絡船で、スマートで美しい船体をしていたので「海峡の女王」と呼ばれていたそうですが、その洞爺丸が大型の台風が近づく函館港を出港、青森へ向かおうとしていました。50年前は今と違って気象衛星などなく、観測体制は不十分でした。このため、北海道に接近しつつあった台風の位置、大きさ、速度を正確に知ることはできませんでした。そのため、船長は判断を誤り、「洞爺丸」を出航させてしまったのです。出帆を遅らせたものの、風波は高く、港内にあることは危うくなり、港外に出たのですが、高波のためにそれ以上進むことが出来ず、一時投錨することになりました。

 そして、やがて午後10時半頃、船内放送で乗客全員に救命胴衣(Life jacket)の着用指令が出されました。船に乗り合わせた人々は数時間にわたって恐怖にさらされることとなりました。船は大波にあおられ、乗客はパニックに襲われました。その船客の中に、アメリカから日本へ伝道のために来ていた宣教者ディーン・リーパーという若いクリスチャンと、カナダから日本に来ていた宣教者のアルフレッド・ラッセル・ストーンさんがいました。その背後に明らかに神の摂理があったことは否めません。

 船内はパニック状態で、急に騒然とした雰囲気になり、約1000人余りの船客は、恐れと慄きでわななきながら、懸命に救命胴衣を身に着けようとしていました。ストーンさんとリーパーさんは、あわてたり、泣き叫んだりする乗客をなだめ、励ましつつ救命胴衣の着用の手助けをしてやりました。その中で、一人の少女が自分の救命胴衣の紐が切れて、着けられなくなって泣きそうになっていたのですが、それを見たリーパーさんは、急いで自分の身に着けていた救命胴衣を外しながら、冷静沈着に「私よりもあなたの方が若い。これは、あなたが着けるべきです。私は泳ぎも出来るし、安心しなさい・・・・」と、手早く、その少女に救命胴衣を着けさせたのです。何と驚くべき愛でしょう。

 「洞爺丸」は、風速50メートルを超える暴風と高さ10メートル近い荒波に翻弄され、ついに座礁し、間もなく、ドーンと鈍い音を立てて船は転覆してしまいました。この海難事故で亡くなった死者の数は1155人、海難史上2番目といわれるほどの大惨事になったのです。助かった人はわずか160名ほどで、事故から2日後にストーンさんの遺体が、それからさらに後にリーパーさんの遺体が発見されました。多くの犠牲者は救命胴衣を着けたまま亡くなっていたのに、この2人は救命胴衣を身に着けていませんでした。2人とも自分の救命胴衣を日本人に譲って死んでいったのです。しかし、船内で、リーパーさんの救命胴衣を着けてもらったその少女は、奇跡的に命が救われたのです。
 
この話は、後にあの時に自分を助けてくれた宣教者がリーパーさんだったことを知って、この少女の証言によって明らかになったのであります。
2人の外国人の愛の行為は多くの人々に深い感動を呼びました。亡くなった時、ストーンさんは52才、リーパーさんは33才の若さでした。リーパーさんは、愛妻と4人の子供さんを遺して亡くなったのです。キリストの十字架の愛を身をもって示し、日本人の生命を救ったという話は、その後も人々の間に語り継がれています。
 

●「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」(ヨハネの福音書15:13)。

 

●「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。だから、わたしたちも兄弟のために命を捨てるべきです。」(ヨハネの第一の手紙3:16)。

 

●「実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった。正しい人のために死ぬ者はほとんどいません。善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。」(ローマ人への手紙5:6-8)。

 
 ストーンさんとリーパーさんは、確かに見ず知らずの他人のために自分のいのちを犠牲にしてまで、人々のいのちを救ったすばらしい人に違いありません。しかし、この話を書いたのは、この2人の偉業を讃えるためではありません。それよりも忘れてならないのは、イエス・キリストの十字架の身代わりの死であります。イエス・キリストは、わたしたち、世界中のすべての人々の罪のために十字架上で身代わりとなって死んでくださった救い主なのであります。この尊い救い主を信じて永遠のいのちをご自分のものとなさいますよう、お勧めいたします。

Total Hits: -
Today Hits: -
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。