日野原重明


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聖路加国際病院院長、日野原重明


 日本はクリスチャンの人口がわずか1%にも満たない国です。そんな日本であっても、ダイナミックな活躍をしているクリスチャンは数多くおります。今回紹介する日野原重明さんも超人的に活躍しているクリスチャンの一人です。

 日野原さんは1911年の明治生まれ。1941年に聖路加国際病院の内科医となり、内科医長、院長を歴任します。2001年12月に出版した著書『生きかた上手』は120万部以上を売り上げ、日本最高齢のミリオンセラー作家となりました。高齢者の希望の星的存在となっています。2005年、文化勲章を授与されます。

 現在は同病院名誉院長であり、数多くの著書で知られています。その活動の幅は広く、日本ユニセフ協会の大使を務め、さらには牧師であった父親が戦中院長を務めた広島女学院で客員教授も務めています。日野原氏が執筆に携わった絵本「葉っぱのフレディ ~いのちの旅~」は後にミュージカル作品となっています。すでに98歳を超えていますが、なおスケジュールは2、3年先まで一杯という多忙な日々を送っています。わずかな移動時間も原稿執筆に使い、もともとは日々の睡眠時間は4時間半、週に1度は徹夜をするという生活でしたが、96歳にして徹夜をやめ、睡眠を5時間に増やしたそうです。

 マスコミのインタビューで「病院ではエレベーターを使わない」と答えてしまったので、どんなに疲れていても、公衆の面前では、エレベーターを使えなくなってしまいました。食事は、活動量に見合わない簡素なものです。

 朝食はジュースにオリーブオイルをかけて飲み、昼食は牛乳とクッキーだけで済ませます。夕食は少し多めに食べ、その日の体調に合わせて食べ物を変えるということです。

本人曰く「集中していれば空腹にならない」とのこと。

 日野原氏は、東京大空襲の際に満足な医療が出来なかった経験から、「過剰投資ではないか」と言う批判を抑えて、大災害や戦争の際など大量被災者発生時にも機能出来る病棟として、聖路加国際病院の新病棟を1992年に建設しました。この備えは1995年の地下鉄サリン事件の際に遺憾なく発揮されたのでした。

 院長であった日野原の判断により、事件後直ちに当日の全ての外来受診を休診にして被害者の受け入れを無制限に実施し、同病院は被害者治療の拠点となり、朝のラッシュ時に起きたテロ事件でありながら、犠牲者を最低限に抑えることに繋がりました。この時の顛末はNHKのドキュメンタリー番組『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』でも取り上げられています。

献身の生涯を全うされたイエス・キリスト、彼に従う者たちもその奉仕を通して、多くの人々に希望をもたらしています。


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