佐々木満男のドント・ウォリー④


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ヨハン早稲田キリスト教会 文書宣教部

佐々木満男のドント・ウォリー ④


弁護士 佐々木 満男


■本稿は月刊誌"Sight21"(2000年3月号)の記事の原稿です。



1.プールサイドにて

あるときニューヨークのホテルのプールサイドのデッキから、皆が泳いでいるのを眺めていた。若い男性がゆっくりと泳いでいる後ろから、老婦人が猛スピードのクロールで追いついてきた。二人はドンとぶつかると同時にゴールに達し、プールサイドに上った。プールの係員に、「お客さん、背中から血がでていますよ!」と呼びかけられてはじめて、その男性は自分の背中に大きなひっかき傷があるのに気がついた。すかさず老婦人は、「これは正当防衛です。私が泳いでいたらその人が近づいてきたので、自分を守るために押し退けたのです!」と叫んでいる。

被害者なのに悪者扱いされた男性は、怒りのあまり真っ赤になって、大声で言い争いになった。背中からどんどん血が流れているのに、夢中で口論している光景は異様である。プールにいた全員が唖然として見守っていた。しばらくして、係員がつれてきた医師に説得されて男性は医務室に向かった。紛争のその後の結末がどうなったかはわからない。


2.法は万能か

これを見て、アメリカの社会では、市民生活の隅々にも法意識が徹底していることを思わされた。道路でころんで小さな怪我をしても政府が訴えられる国柄である。

人権の擁護と正義の実現のために法律は必要である。これは弁護士の使命である。しかし法律だけを杓子定規にふりかざすならば、不安と恐れを生じさせ、かえって無用な争いを引き起こすことになる。賠償請求を恐れて、うそをついてまで法律で自分を守ろうとするようになるからである。法律を適用する前提として、市民一人ひとりに隣人を愛する心がなければならない。

あの老婦人が心から「すいません」「ごめんなさい」と言えば、「ああ、いいですよ。すぐになおると思いますから気にしないでください」で済んだことだと思う。


3.愛こそが万能

聖書には「愛には恐れがない」と書かれている(Ⅰヨハネ四章二十節)。また「愛は隣人を害しない」、だから「愛は法を全うする」とも書かれている(ローマ一三章十節)。お互いに愛し合い、許し合うことができれば、そもそも争いは生じない。生じてもすぐに解決してしまう。このように隣人を愛する心を持つことによって、日常生活のさまざまな不安や思い煩いや恐れから解放されていく。しかしこの愛は、単なる友情や恋愛や親子の愛ではない。聖書の言う「敵を愛し、迫害する者のために祈る」ような愛である(マタイ五章四四節)。イエス・キリストが実践した「友のために命を捨てる」ような愛である(ヨハネ一五章一三節)。

このような愛は隣人を害しないだけでなく、隣人を生かす力である。朝鮮動乱のときに韓国の孫良源牧師は、最愛の二人の息子を殺された。けれども孫牧師は、息子を殺して捕まった犯人を直ちに許したばかりか、当局にその釈放を嘆願して聞き入れられた。さらに本来なら死刑になるべきであった犯人を心から愛して、自分の養子(孫載善)として自宅に迎え入れ、立派に養育して社会に送り出した。

このような愛があるならば、どのような状況にあっても、私たちは人を恐れたりうらんだりすることなく、人を生かしていく力になることができる。このような愛は人の心に自然に生まれてくるものではない。イエス・キリストを信じることによってのみ生み出されてくる神の愛である。


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