正しいセルフ・イメージを持つ①


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正しいセルフ・イメージを持つ①

ヨハン早稲田キリスト教会 文書宣教部セレクト

佐々木 満男

■本稿は〝恵みの雨"連載記事「あらゆる問題は解決できる」の2000年2月号の原稿です。


1.「神の子」の自覚

問題に取り組み、これを解決しようとするときに、自分が「神の子」であることを自覚することが大切です。

私たちはイエス・キリストを信じ受け入れることによって「神の子」とされました。同時に、信仰を持つことによって「罪意識」が深まります。それは、キリストが十字架にかかって血を流してくださった神の絶大なる愛を悟るために必要なことです。

けれども、「罪意識」をいたずらに持ちつづけていると、ささいなミスであってもすべてが自分の責任であると思い込んだりすることがあります。そうすると、「こんな罪深い自分は神から厳しい罪を受けるのが当然だ」と思って、無抵抗のまま問題に押し流されてしまいます。往々にして過剰な「罪意識」は問題の正しい解決の妨げになります。

私たちが自分の罪を告白するなら、神はその罪を許してくださいます(Ⅰヨハネ一章九節)。人に対して犯した罪は適切に謝罪しなければなりませんが、謝罪した以上は、問題にひきずり回される必要はないのです。このようにいつも「罪意識」を解消していただいて、「今私は神の子として父なる神の無限の愛を受けている」という自覚を持ちつづけるべきです。


2.大きな遺産

「アメリカの弁護士から書類が届いたのですが、法律のことなので内容がよくわかりません。遺産相続のことのようです」と言ってTさんが英語の文書を持ってきました。

読んでみると、最近亡くなったアメリカ在住の叔母さんが、唯一の相続人であるTさんにかなり大きな資産を与える遺言を書いているので、これを相続するかどうかの返事が欲しいとのことでした。

「Tさん、ラッキーですね。神の恵みです。これで老後は安心して生活できますよ」と言うと、「とんでもございません。私は叔母の財産を相続する資格はありませんから、放棄します」との返事です。驚いてそのわけを聞きました。「私はある事で叔母を憎んでいました。そしてずいぶん叔母の悪口を言ってきたのです。ところが、その事が私の誤解だったとわかりました。叔母に謝ろう謝ろうと思いながら、謝れませんでした。そのうちに亡くなってしまったのです。ですから、私には叔母の財産を相続する資格はありません」と涙を流して説明してくれました。

「でも、叔母さんはTさんを許してくださったから、遺産を残されたのではないですか。感謝して受けた方が遺言者の意思に沿うのではないですか」と説得しました。しかし、「叔母が私を許すはずがありません。また罪深い自分を私は許すことができません。どうしても相続はできません」と言い張ります。

しかたなく、アメリカの弁護士に事情を説明して相続放棄の書類を送りました。ところが、「こんな話は聞いたことがない。あとで気が変わって相続したいと言われても困るので、もう一度本人に確認をとって、それを本人の署名入りの文書にして欲しい」という返事がきました。

そこで、 「もう一度よく考えて、家族の方々とも相談してみてください」とTさんにお願いしました。その結果、家族の方々の強力な説得によって、自分が叔母さんから許されていることを納得でき、感謝して遺産を相続する気になりました。

Tさんは十年以上前にご主人に先立たれ、苦労に苦労を重ねて子供たちを養育してきました。あまり苦労をしたために、ある事で誤解をして裕福な叔母をひどくうらんでしまったのです。今は病気がちで職もなく生活保護を受けている状態です。子供たちは学校を出たばかりで、母親の生活の面倒をみる余裕がありません。Tさんは自分の老後はどうなるのかと非常に心配していました。子どもたちは、母親をどうしようかと悩んでいたのです。

Tさんの「罪意識」が正しく解消されなければ、せっかくの神の恵みを受け損なって、自分だけでなく家族をも問題に巻き込んでしまうところでした。


3.正しいセルフ・イメージ

「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんな大きな愛を父から賜ったことか、よく考えてみなさい」(Ⅰヨハネ三章一節)とあります。神の御子イエス・キリストの十字架の犠牲と復活によって、私たちに「神の子」としての身分が授けられているのです。もし私たちが「神の子」であるなら、神の相続人であり、キリストと共同の相続人なのです(ローマ八章十七節)。神の相続人は神の国の無限の富を相続する権利を持っています。

私たちは「神の子」としての正しいセルフ・イメージを持つ必要があります。「私は救われた罪人にすぎません」と謙虚になることも大切です。しかしいつまでもそこに留まらず、一歩進んで積極的に罪を悔い改めることによって、自分の義ではなくキリストの義によって父なる神の御前に「神の子」として立つことは、もっと大切であると思います。

私たちの神は、「神の子」にすべての物を豊かに備えて楽しませてくださるお方です(Ⅰテモテ六章十七節)。神の御旨に従って願い求めるならどんな事でも神は聞き入れてくださるという特権が、「神の子」には与えられているのです(Ⅰヨハネ五章十四節)。
わたしに求めよ、わたしはもろもろの国を嗣業としておまえに与え、地のはてまでもおまえの所有として与える(詩篇二篇八節)。



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