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司に遅れることしばらく、風呂から出たベアはつらそうにこめかみを押さえた。
頭がぼうっとする。
理由はおそらくふたつ――まず第一に長く浸かり過ぎた。
もうひとつは、司だ。
もっというなら、先ほどの司の――――いや、やめておこう。
言葉にすれば先ほどの光景を思い出してしまいそうだから。
若い娘の考えることは、オッサンには刺激的過ぎる。
振り払うように無意識的に頭を振ってすぐさま己の馬鹿さ加減をのろった。
血が上りきった頭には大打撃で、くらくらとよろめいたベアはそのまま倒れそうになる身体を壁にもたせかけてなんとか事なきを得た。
……ように思えたが。
急激に視界がブラックアウトし、背中に当たる壁の感触も曖昧になっていく――――。



次に目を開けると、心配そうな司の顔のアップがあった。
「!!」
がばりと身を起こすと途端にセカンドインパクトが脳天に直撃した。
「……大丈夫?」
大丈夫じゃないかもしれない。
少しの吐き気と頭痛があり、もう少し横になっていたかった。
「はい、お水」
「ああ、ありがとう」
コップを受けとったベアは深く考えずに一気に中身を飲み干した。
水じゃなかった。酒だった。
一気に心拍数が跳ね上がり、アルコールを全身に運ぶ。
眩暈がして、再びベッドに背中から逆戻りした。
「つ、司……、これ……」
「うん、実はお酒なんだ。ごめんねベア、でもこうでもしないと駄目かなって思って」

いったいぜんたい今何がおきてこういうことになっているんだ。
ベアは目だけ動かしてできるだけ現状を把握しようとした。
ここは……どうやら俺の部屋らしい。
ベッドに寝かせられているようだった。
すぐ横には司がいて、覗き込むように自分を見ている。
――――下着
あー、ええと。
落ち着け、まず落ち着け。
ようやく復帰した頭の中のコンピューターは急ぎ先ほどからの状況を反芻している。
どうやら自分はのぼせて倒れたらしい。
それを司がベッドまで運んで寝かせた。
心配してずっとついていてくれたのだろう。
そこまでは理解できるのだが。
だめだ。酔いの回りが速く考えがなかなかまとまらなかった。
なんのために自分に酒なんか飲ませたのか?
なんで彼女は服を着ていないのか?
なにが駄目なのだ?
彼女の目的はいったいなんだ?
うんしょ、とベッドの上に司が乗る。
スプリングがきしみ、手を突いた箇所のシーツにしわがよる。
視界に水色がちらついて、ベアは、司が身に着けているのが先ほど背中を流したときに着ていたブラジャーではないことに気づく。
当たり前か、風呂に入ったのだから。
「僕、考えたんだけど」
ああ、教えてくれ。
何を考えているのか。
「女としてみてもらうには、まずエッチかなって」
思考回路は停止を通り越してスパークした。
「司……、冗談がきつすぎるぞ」
「僕、本気だもん。ベアだって覚悟しておくって言ったくせに」
ぎしり、とベッドの上の重みが移動する音。
「わかってるのか? 自分がどういうこと言ってるのか」
「ちゃんとわかってるよ」
視界に影がかかって暗くなる。
被さってくる体の、なんと柔らかそうなことか!
「俺がその気になったらどうするんだ」
「その気にさせるためにやってるんじゃん」
「やめてくれ、どうなってもしらんぞ」
「別に平気だってば」
「俺だって男なんだ、理性が切れたらもし嫌だと言っても途中でやめることはできないんだぞ」
「嫌なんて言わないし、やめなくっていいよ」
風呂上りの水とシャンプーとボディソープのにおいがする。
断ち切るようにベアは怒鳴った。
「お前になにをするかわからないんだぞ!!」
「なにかしてくれたほうが嬉しいよ!!」
司も怒鳴った。
「何がいけないの!? 僕はベアにならいいのに!!」
泣きそうになりながら、司はベアの胸に倒れこんだ。
ベアはゆっくり息を吐いた。
天井がとても高く見える。
長年のタバコの煙で薄汚れた天井。
「いいんだな?」
「そんなに何度も言わせないでよ……」
そっと自分の背に回された手を感じて、司は目を閉じた。
ホックをはずそうと、ベアの手が背中を探っている。
下着一枚で湯冷めしたのか、司の身体はひんやりとしていて、それが彼の火照った身体には心地よかった。
「……?」
ホックが――――ない。
あせるベアだったが、くすくすと司の肩が震えているのに気づいた。
「フロントホックだよ、これ……あはは」
「ああ、どうりで……」
司はベアの手をホックに届きやすくするために上半身を起こした。
男の無骨な指が、華奢なレースの下着のホックにかかり、ぷちんとそれをはずす。
ブラジャーが左右に……割れる、といった表現がしっくり来るだろう。
まるで、外側を覆っていた殻が割れて、中から白桃に似た実が弾け出るかのようだった。
セックスなんて久しぶりだった。
もうどうにでもなれ、という気もしていた。
酒の勢いも手伝った。
だから、溺れた。
夢中になった。
ベアは思うさま、司の胸に顔をうずめた。
若い肌はみずみずしくきめ細やかだった。
司の腕が彼の頭を抱え込み、乾ききらず湿った髪をかき乱した。
「あん……あっ、はっ……ふ、ふぁぁああんっ」
果実のような胸をむさぼるうちに、ベアはうっかり歯を立ててしまった。
「いっ……」
「! 悪い!」
「ううん、平気……」
司の顔が、笑っていたのに――それでもどこか寂しそうに見えたのは、気のせいなどではなかった。
「乱暴にしたければ、してもいいよ? ……僕、痛いのは……慣れてるから……」
不審に思った。
いや、以前から疑っていたことが確信になった。
ベアは司を寝かせ、その足から下着を引き抜いた。
「ひゃっ……ベ、ベア?」
ベアはじっと、司の性器とその周りを凝視していた。
太ももの内側にうっすらとだが赤い痕がある。
おそらくはやけどの……あと。
一気に酔いがさめた気分だった。
「タバコか?」
その単語にびくり、と司が反応した。
「やられたのか、父親に」
一瞬にして司の顔から表情が消えうせる。
「……司?」
「……てるときに」
「え?」
「挿れてるときに……押し当てると、僕が痛みで緊張するから……中がしまって……きつくなって、気持ちいいんだって……父さんが……」
「なんてことを」
「ほんとかどうかなんてわからないけど……痛がるのが嬉しかっただけかも、しれないし」
性的虐待。
あの父親を見て、その可能性を考えなかったわけではなかった。
なのに、自分は今いったい何をやっている!?
頭から冷水をざばっと浴びせられたような感じがしていた。
これでは自分も、司の父親と同じだ。
こんな気持ちで彼女を抱く自分は。
何も変わらない。
最低な行為を司にしようとしていた。
「……やめよう」
「ベア?」
今度は司が驚く番だった。
「なんで? 僕、汚い……? 実の父親とやってるような子だから……気持ち悪くて、抱く気なんかしない……?」
「そうじゃない」
「じゃあ、どうして?」
司の目にみるみる涙が盛り上がっていく。
「やっぱり、女として見れないってこと?」
「違う、俺が言いたいのは、もっと自分を大事にしろってことなんだ」
「わかんないよ、そんなの! 僕は、ベアならいいって……そう、言ったじゃないか!」
「司、聞け」
「もういいよ、ベアの馬鹿あっ!!」
司は手近にあった枕をつかむと、思い切りベアの顔に投げつけた。
「うっ!」
視界がふさがった瞬間に、司がベッドから飛び降りた。
ばたばたと部屋から出て行く司を呆然と、ベアは枕を抱えたまま見送ることしかできなかった。
半開きのドアの隙間から、バン、司の部屋のドアが閉まった音が聞こえて、続いてしゃくりあげるような声がかすかに流れてくる。
今はそっとしておこうとベアは思い、布団をひっぱり上げてかぶった。
眠りに落ちるまでずっとその泣き声が聞こえていた気がする。



……次の朝、部屋にも、キッチンにも、どこにも司はいなかった。