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  ~第三十章~


時折、分厚い雲の中を、閃光が走る。
激しい雨風が、六人の身体に、容赦なく吹きつけてきた。
誰の足取りも重い。雨は身体ばかりでなく、心まで冷やしてゆく。


悪い足場に苦闘しつつ、漸くにして桜田藩との國境に到着してみれば、
数多の難民でごった返し、通行も儘ならない状況だった。

混乱の中、少なくとも三頭の馬を確保するため、翠星石と蒼星石は人混みを掻き分けて、
詰所へと向かった。金糸雀は簡易診療所に赴き、負傷した難民の治療を手伝っている。
残る三人は、情報を集めるべく、避難民の間を縫って歩いた。

待ち合わせの時間に、真紅と水銀燈、雛苺が顔を揃える。
誰もが、浮かない表情をしていた。

 「想像以上に、侵攻が早いみたいね」
 「まだ、城下へは到達してないみたいよぉ。ま、時間の問題でしょうけどねぇ」
 「薔薇しぃたちのコトも、心配なのー」
 「あの娘たちなら大丈夫……と言いたいところだけどぉ」
 「楽観は出来ないわ。敵の部隊が、どう展開しているか判らないもの」

防衛側は『線』を構築する必要があるのに対して、攻撃側は『点』で事足りる。
一点集中で破られてしまったら、側背に回り込まれ、補給線が断たれてしまう。
それは防衛線の瓦解、及び、桜田藩の終焉を意味していた。

薔薇水晶と雪華綺晶が、いかに奮戦したとて、城が陥落したら意味がなくなる。
早く合流して、穢れの侵攻部隊を撃退しなければ。
やきもきする真紅の元に、翠星石たちが馬の手綱を引き、戻ってきた。

調達できたのは、最低限にも満たない二頭だった。
それでも、確保できただけマシである。
ただちに金糸雀を呼び寄せて、出発の準備を始めた。

 「真紅と金糸雀、雛苺は、馬に乗った経験がないんだね」
 「じゃあ、ヒナちゃんは私が面倒みるわぁ」
 「わぁ~い。銀ちゃんと一緒なの~」

雛苺は、無邪気に喜んだ。ややもすると重く沈みがちな空気が、彼女の笑い声で華やぐ。
水銀燈も、満更でもない表情で雛苺の髪を撫でていた。
どちらかというと陰の雰囲気を醸す水銀燈と、陽の気に満ちた雛苺。
正反対の存在は、大概にして、強く惹き合うものだ。
この二人も、無意識のうちに、自分に足りない部分を補おうとしているのかも知れない。

 「……となると、ボクか姉さんが、金糸雀と一緒に氷鹿蹟に乗るワケか」
 「しゃ~ねぇですね。私が、金糸雀の精霊に乗ってやるです。
  ありがたく思えですぅ」
 「なんで、そんなに偉そうなのかしら」
 「まあ良いわ。みんな、準備してちょうだい」

蒼星石は慣れた動作で馬に跨ると、真紅に手を貸して、背後に座らせた。
水銀燈の方は太刀を背負い、雛苺を前に座らせ、しっかりと両腕で挟み込んでいる。
そして、金糸雀と翠星石はと言うと……。

 「金糸雀が前に来ると、行李が邪魔で窮屈です。後ろに座れですぅ」
 「了解かしら。ところで、翠ちゃん――」
 「んぁ? なんです?」
 「鹿に乗ったコトって……あるのかしら?」

かなり心配そうな声に翠星石が振り返ると、金糸雀が上目遣いに見詰めていた。
翠星石が、ニンマリと意味深長な笑みを浮かべる。

 「ある、なんて思ってやがるですか?」
 「そ、それじゃ、やっぱり!?」

途端に頬を引き攣らせて、金糸雀は翠星石の胴に回した腕を、
ぎゅうっ……と締め上げた。
本人は振り落とされまいと必死なのだろうが、腹部を圧迫される翠星石は堪らない。
余りの息苦しさに、翠星石は右の肘鉄を金糸雀に叩き込んでいた。

 「ひぎゃっ! な、なんて事するかしらっ!」
 「このバカちん! 真に受けるなです」
 「……はぃ?」
 「私は猪だって乗りこなせるですよ。
  猪突猛進のアレに比べたら、馬や鹿なんて、バカらしいほど大人しいですぅ」

質の悪い冗談だったと判って、金糸雀は少しだけ安心した。
あくまで、少しだけ――
自信満々なところが逆に胡散臭く思えてしまったが、この際それは口にしない。
そんな金糸雀に、蒼星石は笑いながら話しかけた。

 「大丈夫だよ、金糸雀。姉さんを信じてあげて」
 「え? ええ……そうするかしら」
 「大体、氷鹿蹟は金糸雀の精霊ですよ。金糸雀を振り落とす筈ねぇです」
 「貴女たち、用意は良いの? 出発するわよ」
 「はいはぁい。いつでも良いですぅ」

翠星石が応じたのを合図に、蒼星石と水銀燈が、それぞれ馬を走らせる。
そして、翠星石も金糸雀を促し、氷鹿蹟を疾駆させた。




途中、何度か検問に引っかかったが、蒼星石と翠星石が同行していたお陰で、
悶着を起こすことなく通過できた。
良くも悪くも、二人のことを憶えている者は、少なくなかったのだ。
けれど、誰一人として、戦いに赴く彼女たちを引き留めはしなかった。
ばかりか、諸手を上げて、通過を許す者も居たほどだ。

 「なぁんか、気に入らないわねぇ。この空気ぃ――」
 「自分たちの身代わりになってくれるなら、誰でも歓迎って感じなのだわ」
 「所詮は下っ端どもです。あんな奴等に腹立てるだけ損するですよ」

翠星石は意に介した様子もなく、氷鹿蹟の頚を撫でながら言った。
姉の言葉に、蒼星石も鼻先で微笑する。
以前にも、いろいろと嫌な思いをしてきたのだろう。
それを乗り越えてきた二人の態度は、人生を達観した感を、見る者に抱かせた。



國境に近付くに従って、路傍の避難民は数を減らしていく。
そして、遂に誰の姿も見かけなくなった頃――

 「……来るよ」

雨靄の彼方から、空気を震わす轟音が流れてきた。
敵か……。
味方か……。
方角から考えれば、敵の可能性は濃厚である。
しかし、敗残兵という事も、充分に考えられた。

馬を走らせながら、全員が得物に手を添える。
やがて、風雨を裂いて、数騎の鎧武者が姿を現した。
が、誰もが桜田藩の旗指物を背負っている。旗の色からして、伝令らしかった。
その内の一騎が、急に馬を竿立ちにさせて、蒼星石に向けて怒鳴った。

 「ちょっと待った! 蒼星石どの? 蒼星石どのじゃないか!」
 「え? ああっ! キミは――」
 「こいつ、ジュンの小姓だったヤツですぅ」

伝令の将は、嘗て二人と共に、ジュンの側仕えをしていた山本という男だった。
なんでも以前、ジュンの姉を思慕していたらしいが、その頃の事を、蒼星石たちは知らない。
山本は、顔見知りに会えた為か、安堵したように表情を緩めた。

 「君の剣技の冴えは承知してるけど、この先は危険だ。化け物どもが――」
 「知ってるよ。一昨日の戦いで大敗を喫したことや、彼が出奔した事もね」
 「! まさか、蒼星石どのは若の居場所を?」

彼の問いに、蒼星石は頚を横に振った。山本が、あからさまな落胆の色を見せる。
本当のところ、居所を知らない訳ではない。
けれど、雪華綺晶の話を聞いた後では、ジュンと呼ぶことに抵抗があった。
今や彼は、征夷大将軍……いや、鬼祖軍団の長、木曽義仲という存在なのだ。

 「それより、状況を説明してくれないかな。國境が、どうなっているのか」
 「私たちは穢れの者どもを殲滅すべく、戦っているのだわ。
  貴方の知っている限りの情報を、教えてちょうだい」
 「そうだったのか。では――」

誰でも良いから、話を聞いて欲しかったのかも知れない。
若い武士は、様々な情報を口から迸らせた。




山本と別れて、馬を駆りながら、蒼星石は背後の真紅に話しかけた。

 「敵の主力は明伝藩に向かったんだね。多分、四天王も」
 「となると、この藩に侵攻した部隊は、直ぐに駆逐できそうだわ」
 「うん。でも、金糸雀が……気の毒に思えるよ」
 「あの娘、明伝藩で暮らしていたのよね」

山本が明伝藩の危機を語ったとき、金糸雀は一見して判るほど青ざめていた。
彼女の知人や友人は、無事なのだろうか。
心配しても、どうしようもない。何も出来ない。
真紅たちは絶望と敗北感に打ちひしがれながらも、決意を新たにした。

――なんとしても鈴鹿御前を斃し、平和な世の中を取り戻さなくてはならない。



國境の街に辿り着く前に、難民の集団と擦れ違った。
赤ん坊を抱えた女性、お年寄り、怪我をした子供……。
誰もが力無く項垂れて、雨に打たれながらトボトボと歩いていた。
炊き出しをしている場所は、まだ遠い。
この先、どれだけの人が途中で力尽きてしまうかと思うと、やるせなくなった。

 「早く街を解放して、救護施設を造ってもらわないと」
 「さっきの若侍が伝えてくれれば、きっと藩主も動いてくれるわ」
 「うん……そうだよね、きっと」

桜田藩主――ジュンの父親は、厳格だが物事の道理を弁えた傑物だ。
身分の違いから蒼星石とジュンの仲を決して認めなかったが、この非常事態に、
蒼星石への協力を惜しんだりはしないと確信していた。
公私の区別に厳しい点では、蒼星石と一脈相通じる人物だったからだ。



街に着き、惨状を目の当たりにして言葉を失った彼女たちの元に、先行していた二人が合流する。
薔薇水晶と雪華綺晶は、殆ど負傷していない。
四天王並の強敵が居なかった証拠だった。

 「思ったより、早いお着きでしたわね」
 「翠ちゃんたち、とっても有名人さんなの~」
 「流石に、仕官してただけあってねぇ。まぁ、顔が広い広い」
 「そうでしたか。取り敢えず、付近の敵は一掃しておきましたわ」

雪華綺晶の言葉通り、周辺に穢れの者どもの気配は感じられなかった。
だが、街中には噎せ返るほどに、死の臭いが充満している。
街の規模から見積もっても、かなりの住民が暮らしていた筈だ。
真紅は目を伏せて、胸元に拳を握りしめた。

 「一体、どれだけの人々が犠牲になってしまったのかしらね」
 「数えてないけど……たくさん」
 「負傷者の捜索は、どうなってるのさ?」
 「確認できる範囲でなら。隅々まで見て回る余裕は、ありませんでしたわ」
 「じゃあ、手分けして探しましょう。まだ、救える人が居るかも」

真紅の指示で、娘たちは素早く方々へ散ってゆく。
故郷が襲撃されて気落ちする金糸雀と、凄惨な光景を見慣れていない雛苺は、
その点を配慮されて現場待機となった。
捜索班の六人が街中を隈なく調べると、負傷して動けない者や、床下に隠れていた者、
草むらで気を失っていた者など、かなりの生存者を発見できた。

生き延びた人々は、見た目に無傷でも金糸雀の診察を受け、
蒼星石と翠星石が作った簡単な食事を口にして人心地ついた。
真紅と薔薇水晶は、周辺の民家から麦などを拝借して、握り飯をせっせと作る。
それを、水銀燈と雪華綺晶が、街道で擦れ違った難民の一団の元へと届けた。
生存者たちは、雛苺の明るさに癒され、笑顔を取り戻しつつある。
たとえ焼け石に水だとしても、今は人々の悲しみを和らげるのが先だった。

そうこうする内に、山本が藩の守備隊と救援物資を携えて、駆け戻ってきた。
後事を任せて、速やかに進撃しようとしたものの、再び緊急事態が発生する。
日暮れが近づき、影が落ちなくなったため、氷鹿蹟が使用不可能となったのだ。

急遽、山本の馬を借りて、一行は狼漸藩との國境を目指した。
敵の後続部隊と遭遇戦になるかと覚悟していたが、予想に反して敵の姿は無い。
夜の帳が下り始めている。敵も、日暮れを待っているのだろうか。
押し寄せる闇が、降りしきる雨と相俟って、視界を更に悪化させた。

 「……妙ね。静かすぎるのだわ」
 「いいじゃなぁい。苦もなく國境を越えられるんだからぁ」

思い出したように轟く雷鳴に消されないように、水銀燈は声を張り上げた。
このまま、鈴鹿御前の居城に辿り着けるなら、無駄な体力を消耗せずに済む。
けれど、水銀燈の胸中には、もう一つの想いが隠されていた。

――めぐとは、出会いたくない。戦いたくない。

もしかしたら、めぐは明伝藩に向かったかも知れない。
今なら、彼女と顔を合わせずに済むのではないか?
希望的観測でしかないが、この際、どんな可能性にも賭けてみるしかなかった。
でなければ、待っているのは――

考えかけて、水銀燈は慌てて頭を振った。
いけない、いけない。
悪い想像は、不幸を呼び寄せてしまう。もっと希望を持たなくてはダメだ。
水銀燈は顔を上げて、正面に広がる闇を、ぐっ……と睨み付けた。




篝火が灯された城の通路を、走り抜ける人影が、ひとつ。
その人物は、二本の剣を両腕で抱え込み、走り辛そうにしている。
実際、呼吸が苦しいのだろう。
しかし、息も絶え絶え、額に玉の汗を掻きながらも、彼は脚を止めなかった。

早く、この剣を届けなければならない。
そして、戦況を伝えなければ……。

 「遅くなりました、殿。御前様」

将兵が居並ぶ謁見の間に踏み込むなり、笹塚は玉座の前に進み出て、平伏した。
玉座に座っているのは、義仲――ジュンだった男。
彼に寄り添っていた巴が、階段を降り始める。
笹塚は二振りの剣を、両手に掲げて、恭しく差し出した。

 「ご命令の品、ここに完成いたしましたので、ご査収ください」
 「そう。ご苦労さま、笹塚」

素っ気ない労いの言葉をかけて、巴は笹塚の手から、二振りの剣を受け取った。
暫し、品定めをして「ふぅん?」と呟く。

 「あの……御前様。お気に召しませんか?」
 「……いいえ。上出来よ、下がって良いわ」

巴は、床に額を擦りつけて平伏する笹塚に背を向けると、階段を昇って、
禍々しい気を放つ一振りの剣を、義仲に差し出した。

 「義仲さま。この剣は、鈴鹿御前様からの賜り物です」
 「ほぅ? 見事な造りだな。銘は、何と言うのだ?」
 「皇剣『霊蝕(たまむし)』と。正しく、新皇義仲さまに相応しい剣でしょう」
 「ふ……なるほどな。どれ」

すら――と、鞘から引き抜いた途端、魂を蝕む穢れの輝きが溢れ出した。

 「これはまた……並の人間では耐えられない邪気だな」
 「義仲さまを措いて、誰がこの剣を所有できましょうか」
 「……ふふ、気に入ったぞ。それで、もう一振りは誰に?」
 「これは、彼女に下賜される物です」

巴は再び階段を降りると、将兵の最前列に立つ四天王の娘に剣を差し出した。

 「受け取りなさい、めぐ。龍剣『緋后(ひきさき)』を」
 「ははっ! ありがたく拝領いたします」

めぐは、新しい得物を手に瞳を輝かせて、感激を露わにした。
剣の銘は、緋色の甲冑を纏った自分のことだろう。
直ぐに、この剣に愛着が湧いた。

一通りの授与式を終えたところで、義仲は笹塚に問い質した。

 「それで……戦況は、どうなった?」
 「ははっ! 明伝藩は、もう間もなく陥落すると思われます。
  ただ、桜田藩の方は……先鋒が撃退されまして」
 「しぶといな。窮鼠猫を噛む、というヤツか」
 「それが……戻った者の報告では、雪華綺晶が寝返った由にございます」
 「……なに?」

謁見の間が、俄にざわめき立つ。
四天王の一人が裏切るなど、あってはならない事態だ。
のりと、めぐは息を呑み、互いの顔を見合わせていた。


  =第三十一章につづく