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 二人の愉快犯が、私の死神を呼び寄せる。
 早く彼らの傍から立ち去りたい。荒い息を地べたに吐き付けながら、蠢動して逃げ道を求める。
 だが四方八方どこもかしこも前方の床が途切れていて、その下は断崖絶壁。
 助けてくれ、と誰かに哀願しようにも、もはや満足に声も出ない。
 ……。
 混乱が絶望に転じ、私はわずかばかりの冷静さを取り戻した。
 ふと感傷的に大空を仰ぐ。どうしてこんなことに、と嘆いたつもりがワンという鳴き声になる。
 本当に、どうしてこんなことになったのだろう。



 いまから遡ること数十分前、ゲーム開始時から自分はここに立っていた。
 妖怪の山の麓の、森林が開けたところにある物見やぐらの上から、朝焼けのミニ幻想郷を炯々と見下ろしていた。
 確かに、あの頃はまだ古明地さとりの本来の姿で、瞳に大志の光を灯していた。
 わたしには、己に課した使命がある。今大会の協賛者の一人として、ゲーム内部からバトロワごっこを成功に導くことだ。
 各勢力間のバランサーとなり、メタ的な意味で大会を終盤まで盛り上げる。
 具体的には、第2回放送の終了時点で、脱落者十七名より少なければ無差別マーダー側に、そうでなければ対主催者に回る予定だ。
 しかし、これにはまず第2回放送まで生き延びることが前提となる。

 * * * 

 ……さて、わたしは見張り台の上から他の参加者の気配を慎重に見探った。身の安全を確かめてから、手元のデイパックを開封する。
 すべての支給品を手に取ってみて、色々と気付いた事があった。
 一番問題なのはランダム支給品だが、これは厄介すぎるので後回し。とすると、次に気になるのが食料だ。
 ルールブックには二日分の保存食および飲料水とあったが、どうもこれが多すぎる。嵩張る。
 一日分の食料を残して、他は捨ててしまうが吉だろう。私は保存食を一日分ほど見張り台からから投棄して、飲料水の入った水筒を開封した。
 思いのほか美味しい水に口を付けながら、次に時計を確認する。
 時計には、どうも目覚まし機能があるらしい。音を鳴らせば周囲の敵に居場所を悟られる。使いどころに心当たりはあるが、なるべくなら使いたくない。
 またその他にも地図の記載内容のいい加減さや、ロープの強度などが気になるところではある。
 だが、これに比べればそのようなものは些末だろう。
 私はまた水を口に含んで、己のランダム支給品『獣人の首輪』を手に取った。
 獣人の首輪、なんだか中二病ちっくなネーミングセンスだが、その見た目は酷く簡素である。明け透けに言えば、なんの変哲もない犬の首輪だ。
 だが、これが一筋縄にいかないマジックアイテムならしい。説明書にはこう書かれている。

『じゃじゃあ~ん、大アタリ♪ こちらは『獣人の首輪(上白沢慧音のリボンの劣化版)』です。
 装着者に獣人と同等の変身能力を与えます。変身後は、一部の能力もそちらのものに上書きされますのであしからず。ちょっとした魔法少女気分?』

 わたしは、まず説明書の文面に違和感を覚える。書き手に見当がつくからだ。この説明書を安易に信用してはならない。
 第一、なぜリボンの劣化版が首輪なのか。自分以外の誰かに対する迂遠な嫌がらせの匂いがする。
 そういえば、この物見やぐらはいかなる目的の施設なのだろう。もしや哨戒天狗たちの監視塔では―
 ……いや、わたしは思考を切り替えることにした。
 それよりも、肝心なのはこの支給品の効能だ。
 どうやら装着者を獣への変身能力を身に付けさせる類のもののようだが、"一部の能力もそちらのものに上書きされますのであしからず"のくだりが少し気になる。
 簡略すぎるのは紙幅の都合か。それとも暈したいことがあったからか。
 いくら悩んでも、答えはでない。
 実際に使ってみてからのお楽しみ、ということだろう。意地の悪い趣向だ。

 * * *

 兎に角、試着してみるしかないらしい。
 わたしは水筒の水を手に載せて、それで顔を洗った。目がさっぱりした。気合を入れる。
 首輪を手に取り、それを恐る恐ると首に装着した。
 果たして、変化はすぐに訪れた。無痛の違和感と共に、全身が服ごと内側に折り込まれて縮小、変容する。
 歯が軋み、体毛が逆立ち、耳と尻尾が生えて、わたしは一瞬で真っ白いアイヌ犬に変身した。首には、首輪が嵌っている。
 言い得のない感動が、己の胸中にふつふつとこみ上げてきた。

「……すごい」と素直に感嘆したつもりが、ワンという鳴き声になる。

 わたしは、試しにその場を四足で走ってみた。風を切る疾走感が心地よい。獣にしか味わえない生きる喜びを実感する。
 もっと広いところを走りたくなった。この物見やぐらは、獣の姿には狭すぎる。いったん元の姿に戻り、デイパックを担いで地上に降りよう。
 わたしは上機嫌で首輪を外そうとした。手で首輪の金具を掴む。
 いや、掴めなかった。同時に気づく、犬の前足で、犬用の首輪を外せるわけがない。
 血の気が引いた。
 じたばたと金具を引っ掻く。関節が痛むほど前足を持ち上げて、体位を変えたりして、とにかく金具を引っ掻いた。
 自分は体力を5/100ぐらい消費した。無駄だった。

 だが、わたしは次の手を閃いた。手で取り外すことが不可能ならば、弾幕を代わりに使えばいい。
 金具のフックに弱い弾幕を当てれば、それで首輪が外れるはずだ。
 わたしはそのような弾幕の放とうとして、力んだ。
 次の瞬間、己のお尻の尻尾が左右に振幅をはじめた。

 今度こそ、自分はパニックに陥った。いくら弾幕を放とうとしても、尻尾の振幅が大きくなるだけだ。
 まさかと思い立ち、その場から飛行を試みる。だが、やはり尻尾が振幅が―
 わたしは悟った。すべては、あの説明書の文句にあった。

 "一部の能力もそちらのものに上書きされますのであしからず"

 つまり己の特殊能力の大半は、尻尾を振る程度の能力に上書きされてしまったらしい。
 恐るべし権力の首輪。恐るべし射命丸文。

 だが、わたしは最後の一手を閃いた。支給品のデイパックの金具に、首輪の金具のフックを掛けて引っ張るのだ。
 犬だって自力で首輪を外すことがある。その可能性にすべてを賭けよう。こんなところで諦められない。
 デイパックに首輪をすりつけまくる。五分ほど頑張った。体力を5/100ぐらい消費した。無駄だった。
 そして、わたしは首輪の解除を諦めた。

 * * *

 しばらくして、誰かが物見やぐらの梯子を昇ってくる気配がした。
 わたしは不信に思った。こんなところにわざわざ誰が来るのだろう。籠城しようにも、銃器の的になるだけだ。
 相手の素性が怪しい。もしや、オーブ探知機でこちらのオーブを探知したのかもしれない。
 ならば狙いはなんだ。オーブを奪いに来たのか、それとも私の仲間になりにきたのか。
 いや、どちらにしても好都合だ。自力で首輪を外せない以上、わたしは誰かに首輪を外してもらう他ない。
 当たって砕けろだ。なんとか交渉してみよう。

 果たして、相手は特に警戒した様子もなく、見張り台の上に昇ってきた。
 参加者名簿の写真に照らせば、彼女は封獣ぬえだ。背中から珍妙な翼をたくさん生やしてるので、簡単に特定できる。
 おそらく、まだこちらには気づいていない。
 わたしは駄目もとで、ぬえに対して心を読む程度の能力を行使してみた。
 能力制限に上に能力劣化が重なっているが、ここ十分ほどの記憶についてのみ、なんと掠め取ることが出来た。

 果たして、ぬえは拡声器を支給されて、高所を探す内にここへ辿りついたらしい。
 ……嫌な予感がした。
 ぬえは片手で拡声器を構えて、下界に何かを訴えかけようとしている。
 止めなくてわ。こんなところで拡声器を使えば、マーダーたちの的になる。わたしは慌ててワンと鳴いた。
 ねえは肩を震わせて、ゆっくりとこちらへ振り向いた。目が合う。

「マミゾウさん?」

 ぬえは予想外のリアクションを示した。マミゾウさんとは二ッ岩マミゾウのことか。
 いまのわたしには、ぬえの心の機微を読み取る力はない。だが、表情を見れば彼女がマミゾウを信頼している事ぐらいは分かる。
 親密な関係なのだろう。厄介事の香りがする。この間違った好意には乗じない方が得策だ。
 通じるか通じないかは定かでないが、わたしは無言で首を横に振った。

 ぬえは首を捻り、腰に手を当てた。「む、その上品な態度は、マミゾウさんじゃないな。うーん、じゃあ、お前はそこなデイパックに入っていた支給品かい?」

 わたしはまた首を横に振った。
 なるほどと言って、ぬえは頷いた。「不運にも、最初の主人は犬アレルギー。支給品ごとここで見捨てられた、ってところかな」

 違う。わたしは首を横に振りまくった。ぬえに近寄り、喉仏の首輪を見せつける。お願いだから、こいつを外してくれ。
 ぬえは驚いた顔になった。首の下に手を差し出してくれる。
 我が目には、ぬえの顔が天使のそれに見えた。やっと、分かってくれたか…。
 だが次の瞬間、わたしの喉元に形容しがたい快楽が押し寄せてきた。全身が本能的に痙攣をはじめる。

「ははは、こいつめえ。随分と人懐っこいな。よーし、よーし、こちょこちょして上げるよ」

 わたしは「違う、違う」と訴えようとした。しかし、それはワンワンという扇情的な鳴き声になった。なんだか無性に悔しい。

「ははは、まだまだ催促するか! まったく強欲だなあ。よしよし、大会中は私が面倒みて上げるよ」

 でも、なんだろうこの気持ち。ああ、このままただ尻尾を振り続けるだけの動物になれたら幸せかもしれない。
 いや駄目だ。私は地霊殿の館長で、バトロワごっこの共催者である。己の実存に賭けて、犬の身に甘んじるわけにはいかない。
 理性を総動員して、危険な衝動を必死に抑え込んだ。五分ほど頑張った。体力を5/100ほど消費した。心が開けた。
 そして、わたしは尻尾を振りはじめた。

 * * *

 またしばらくして、「そこに誰かいるの?」と見張り台の下から声がかかった。

「いるけど、上がってきちゃ駄目よ」ぬえが応えた。
 拡声器を片手に構え直す。どうやら、意地でも演説をやりたいらしい。
 だが、先方はぬえの言葉を無視して梯子を上ってきた。

 鍵山雛だった。ゴスロリ服を数段と暑苦しくしたようないでたちなので、簡単に特定できる。
 わたしが記憶を読んだところ、雛は大声で仲間を求めながら妖怪の山を降りてきたところで、自分たちを見つけたらしい。
 なるほど、無警戒にもほどがある。ちなみに、彼女の支給品は毒蜂が三匹入った虫かごだ。

 ぬえが「ここは関係者以外は立ち入り禁止よ」などと文句を垂れる。
 雛はそれを無視して、拡声器に好機の目を走らせてから、言った。「こんにちは、私は鍵山雛よ」

「知ってるわよ」
 ぬえは仕方なさそうに会話に乗った。「参加者名簿があるんだから、名乗りは不要でしょ。私は封獣ぬえよ」

 雛は笑った。「いい自己紹介ね。ところで、いいものを持ってるじゃない、右手のそれよ」

 ぬえは、さっと拡声器を背中の後ろに引っ込めた。「何よ。ものほしそうに」

「いいから、ちょっと貸しなさいよ」雛が両手の指先をわきわきさせながら、ぬえに接近する。「ちょっとだけ、ね?」

 身の危険を感じたぬえが、慌てて拡声器を構えた。「それ以上、近づいたら撃つわよ」

「拡声器で?」雛が目を丸くした。

 どちらともなく笑い出した。そして、笑いながら雛が言葉を続ける。「ねえ、ぬえさん、一緒に演説ごっこをしましょ」

 * * *

 この緩い空間は何だろう、といまだシリアスの住民のつもりでいるわたしは独白する。
 どうも会話を傍聴している感じだと、この二人はバトロワの趣旨にあまり乗り気でないようだ。
 一大イベントなので記念参加してみたものの、拡声器で一発芸をかまして、笑いが取れればそれで十分ぐらいに思ってるのかもしれない。
 だが、自分は違う。
 地霊殿の館長で、バトロワごっこの協賛者で、バトロワごっこの進捗を見守らなければならない立場で―

 だから、自分は二人の演説をここで阻止しなければならない。いま、拡声器の大音響でマーダーを呼び寄せるわけにはいかないのだ。
 ワンワンと惨めに吠えまくって、二人の演説を妨害しよう。それぐらいしか出来ることがない。
 わたしは最後のプライドのために吠え立てた。五分ほど頑張った。体力を5/100ほど消費した。疲れた。
 そして最後には、最後にはぬえと雛のくすぐり攻めに合い、満足げに喉をごろごろさせて、古明地さとりは身も心も犬になってしまった。

 * * *

 見張り台の塔頂から、愉快犯たち放送が流れ始めた。

「皆さん、お願いです。どうか、野蛮な戦いに走らないでください」
 愉快犯の一人、ゴスロリ服を数段と暑苦しくしたようないでたちの少女が、拡声器を片手に声を張り上げた。
 彼女は両目を細めたり、開いたりしながら演説している。「たとえ仮想空間でも、悦楽で他人を殺してはいけないわ。
 私たちは、人間だろうと妖怪だろうと、同じ生物である事に変わりないでしょ。
 お互いを愛し合う間柄にも成れるはずよ。大会前、暴力に走った者たちに、不信と非道が世界の全てでない事を見せつけましょう。
 平和を信じる皆さん、どうか、ここに来てください。私たちは、貴方との出会いを歓迎するわ。
 ――て、ちょっ、何をするの!」

「ふん、あんたの芸風は耳が痒いのよ。おまけに話が長い長い。そろそろ、私のターンね」
 もう一人の愉快犯、背中から珍妙な羽根を六本も生やた少女が、拡声器を強引にひったくった。「皆、ちゃんと聞こえてる?
 聞こえてるなら、すぐに姿を晒して私の軍門に下りなさい。ちゃんと聞こえてる? 勝ち馬に乗れという話よ。
 いや、いやいや、皆のツッコミたい気持ちもよーく分かるわ。つまりは、巫女に、鬼に、月人に、手練れのひしめく今大会で、いまさら貴方が何様よ、とそう思ってるわけでしょ?
 ちっ、ちっ、ちっ、甘いわ、甘い。私はね、伝説の最強妖怪、ぬえ様なのよ。参加者名簿の写真の姿は仮初のモノ、私には伝説にたがわぬ能力が備わっているわ。
 この能力の詳細は企業秘密なんだけど、そうねえ、まあ全知全能する程度の能力とでも言っておこうかしら。
 くくくっ、私はいま、私の優秀さが恐ろしい」

「あなた、自分で言ってて悲しくならないの?」横合いから冷静なツッコミが入った。
 演説者はそれを無視した。「兎に角、私はビッグで大物なのよ。恐れなさい。震え上がりなさい。どう? 私の軍門に下りたくなってきたでしょ?
 私に刃向おうだなんて愚かなのよ。来なさい、秒で殺して上げる――て、ちょっ、最後まで喋らせなさいよ」

「もお、戦いを煽ってどうするのよ!」
 ゴスロリ少女が拡声器を奪い返そうとして、翼の生えた少女と綱引きになった。

「ちょ、止めてよ。これは、もともと私に支給されたメガホンなのよ。この泥棒」
「だからなんなのよ。大体ね、そんな自己顕示欲が駄々漏れの演説じゃ、己の価値を貶めるだけよ」
「なな、そっちこそさ、こんなところで暴力反対して何になるのよ! 原作パロの一発芸? それともベビーフェイスのキャラ作り?」
「あ、こいつ、言ったな。言ったな」


【E-2 妖怪の山の麓の見張り台 朝(6:30)】
【古明地さとり】
[状態]:吾輩は犬である。名前とかはもう忘れた
残り体力(80/100)
[装備]:獣人の首輪
※装着者を獣人の変身能力を付加します。体に水をかけると犬に変身し、お湯をかけると元に戻ります。首輪を外した時にどうなるかは不明
犬に変身した者は、特殊能力の大半を尻尾を振る程度の能力に上書きされます。
[道具]:オーブx2 ディバック(「開催場所の地図」「方位磁石」「時計」「写真付きの参加者名簿」「筆記用具とノート」「ロープ」「保存食1日分」「飲料水1日分」「懐中電灯」)
[思考・状況]
基本方針:もう犬でいいです
1.誰か首輪を外してほしい
2.マーダーが怖い。とにかく生き延びたい
3.大会が円滑に進行するといいね

※白いアイヌ犬の姿に変身しています。
※首輪を外せば変身が解けると勘違いしています。
※大会の能力制限と獣人の首輪の効能の重複で、心を読む能力が、他人から過去10分ほどの記憶を読める能力に劣化しています。

【E-2 妖怪の山の麓の見張り台 朝(6:30)】
【封獣ぬえ】
[状態]:心身健康
残り体力(100/100)
[装備]:拡声器
※音声を増幅し、隣のエリアまで音声を届けます
[道具]:オーブx2 ディバック(「開催場所の地図」「方位磁石」「時計」「写真付きの参加者名簿」「筆記用具とノート」「ロープ」「保存食2日分」「飲料水2日分」「懐中電灯」)
[思考・状況]
基本方針:捻くれ者の性、大会の趣旨に素直に乗りたくない
1.恐怖演説をするよ
2.鍵山雛とはダチになれそう
3.犬は私が面倒を見る

【E-2 妖怪の山の麓の見張り台 朝(6:30)】
【鍵山雛】
[状態]:心身健康
残り体力(100/100)
[装備]:毒蜂が三匹入った虫かご
[道具]:オーブx2 ディバック(「開催場所の地図」「方位磁石」「時計」「写真付きの参加者名簿」「筆記用具とノート」「ロープ」「保存食2日分」「飲料水2日分」「懐中電灯」)
[思考・状況]
基本方針:平和主義者の性、大会の趣旨に乗りたくない
1.平和演説をするよ
2.封獣ぬえとは友達になれそう
3.犬が可愛い


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