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 事の発端は、東風谷早苗が外の世界より持ち込んだ、一冊の新書本だった。
 書の名は『バトル・ロワイアル』。二〇〇一年に、太田出版よりR指定で発売された、曰くつきのアクション小説である。
 その内容の過激さ故か、はたまた単に面白かったからか―
 バトル・ロワイアルは、二〇〇一年の日本で、毀誉褒貶の話題を席巻しながらベストセラーを記録し、
 そしていま、ここ幻想郷でも的外れな絶賛を受けながら、ベストセラー記録を更新し続けていた。

 ***

「これがバトル・ロワイアルなのか?」
 魔が潜む暗い森の奥で、少女の形をした妖怪たちが、何やら怪しげな会話をしている。
 妖怪たちの話題は、仲間が持ち込んだ一冊の新書本についてだ。
「そうよ。主催者から『プログラム』という名のデスゲームを強要された少年少女たちが、最後の一人になるまで殺し合うの」
 と、言った妖怪がうっとりと両目を細める。彼女はロマチックだよね、と扇情的に呟いた。
 さて、何故バトル・ロワイアルが彼女たちの心を惹きつけたのか、余人には知るよしもない。少女の身とは仮の姿、元より彼女たちは妖怪なのだ。
「いいなあ。私も一度でいいから、大勢の人間たちと殺し合ってみたいなあ」
 妖怪の一人が、両手を握り合わせて、まるでお星様に願い事をするかのように言った。他の妖怪たちも、口々に同意を示す。
「それでね。今日はみんなに話があるの」妖怪たちのリーダー格が、頃合いとばかりに切り出した。「私ね。プログラムをこの森で再現しようと思うんだ」
 みんなもぜひ手伝ってよ、と彼女は軽口で誘う。
「いいわね。どうせならやるなら、プログラムよりも、もっと大規模な催し物にしましょう」
「そうね。千人ぐらい人間たちを連れてきて、盛大に殺し合いましょう」
 さてさて、そんなこんなで、妖怪たちは和気藹々と殺し合いごっこの計画を練りはじめた。

 ***

 いま八坂神奈子は窮地に立たされていた。
 事の発端は、彼女が早苗から勧められた一冊の新書本、バトル・ロワイアルだった。
 早苗からバトル・ロワイアルを勧められた時、神奈子はピンっと閃いたのだ。この本を外の世界に流布した大量製本技術を、山の河童たちにも授けてみてはどうか。
 そうすれば、ゆくゆくは幻想郷にも大衆文芸が育つはずだ。自陣で掌握可能な巨大メディアがあれば、やがては必ずや我らが布教活動の糧となるだろう。
 思い立ったが吉日、神奈子はさっそく山の河童たちと守矢書房を立ち上げ、この遠大なる計画の手始めに、幻想郷でバトル・ロワイアルを出版したのだった。
 ……それがこのザマである。

 神奈子は切り立つ崖の上に仁王立ちし、傍らで膝をつく、河童の会計報告に耳を傾けていた。
「先月出荷したバトル・ロワイアルは、先生のご指導の下、めでたく完売のお運びとなりました。つきましては、来月分の印刷数を、今月分の倍とさせて頂きたいと思います」
「仔細、分かった。なるほど、嫌になるほど順調じゃないか!」
 と豪気な言葉使いをしてみせても、神奈子の内心は穏やかではない。いま幻想郷は、彼女の想定外の事態に陥っていた。バトルロワイアルを読んだ妖怪たちが、事もあろうにプログラムの再現を望みはじめたのだ。
 何故このような事態になったのか、神奈子にも、事後分析ではあるが、大方の検討がついている。否、二〇〇一年の外の世界を知る彼女にしか、この状況は理解できないのだろう。
 かつて外の世界にバトル・ロワイアルが登場した頃、物分りの悪い大人たちの間で、まだ頑固に信じられていた謳い文句があった。
 残虐な小説やゲームが、子どもたちの情操に悪影響を及ぼす、云々。いまでは表現規制の口実ぐらいにしかならない与太話だが、少なくとも、十年前にはまだ信憑性があったのだ。いわば時代が許し、時代に忘れられた都市伝説といったところか。
 神奈子たちは、幻想郷でバトル・ロワイアルを出版した事により、おそらくはアレの幻想入りを誘発させてしまったのだろう。
 ……。
 いま、神奈子は忌々しげに下界を見下ろした。いまや幻想郷の山、森、川、湖、その他あらゆる所で、少女の形をした"キレやすい"妖怪たちが、プログラムの再現を画策しているのだ。
 彼らのゲリラ的な活動は、やがて一本の大きな潮流となり、この幻想郷を崩壊に導くことだろう。もはや、これを止める術はない。
 いまさらバトルロワイアルの出版を差し止めたところで、既に回収不可能な量の初版が市場に出回ってしまったのだ。
  ならば神奈子に残された、否、幻想郷に残された唯一の道は―

 と、そのとき、神奈子の上空に気配があった。察して見上げると、陽の一段と眩しいところから、ひらひらと新聞紙が落下してくる。
「号外! 号外だよ~!」
 そして、たったいま新聞を落としていった黒い翼は、もう空の向こうに遠ざかっていた。
「あれは、鴉天狗の射命丸でございます」傍らの河童が述べた。
「名前は聞いてるよ。幻想郷で一番すばしっこい奴だとな」
 神奈子は落ちてきた新聞紙を拾い上げた。埃を払って、一面に目を向ける。
 途端、神奈子は目を剥いた。一面の大見出しにはこう書かれていた。
 ――第一回バトロワごっこ開催決定!
 馬鹿なっ、と神奈子は記事に食らいついた。いくらなんでも早すぎる。まだ一か月は猶予があったはずだ。
 だが、神奈子を真に驚愕させる言葉は、この記事の文中にこそあった。
 ――八雲紫、八坂神奈子両名が、満を持して大会の主催者へ名乗り出る!
 ぐしゃり。
「あの法螺吹き天狗めえ!」
 神奈子は新聞紙を握り潰し、射命丸文の追跡を開始した。

 * * *

「失礼します。ただいま戻りました」
 八雲亭の応接間に戻った文は、直角にお辞儀を取った。頭を下げたまま、長い溜めを作る。くれぐれも粗相は許されない。いま応接間の中央の長テーブルには、レミリア・スカーレットや西行寺幽々子など、幻想郷の重鎮たちが列席しているのだ。
「お帰りなさい。で、首尾の方は?」
 そんな粒ぞろいの顔ぶれを遇して、この屋敷の主、八雲紫は余裕の構えを取っていた。力みのない彼女の物腰には、なるほど、確かに射命丸文を顎で使うだけの貫禄が備わっている。
「はい。ご依頼された広告の件ですが、まずはノルマの半分ほど、西の妖怪たちに配らせて頂きました」文は慇懃に報告した。
「あら! 本当に仕事が早いのね」紫は満足げに頷いて、問うた。「ところで、もうひとつ無理を頼んでおいたけど」
「はい。客人のご案内ですね」文はふうと溜息を付いた。「そちらの方もなんとかかん―」

「いやあ。まんまと釣られちゃったねえ」
 と豪気に言って、文の後ろから神奈子が応接間に入ってきた。文は神奈子に会釈して、入れ替わるように、失礼しましたと退室した。
「ようこそ」紫は底知れぬ笑みを浮かべた。「八坂神奈子。あなたを主賓としてもてなすわ。さあ。座って頂戴」
 神奈子は長テーブルの端の席、八雲紫の対面に座り、卓上にしわくちゃの新聞紙を放った。「さて、色々と説明して貰おうか」
「あら、なんだかけんか腰ね」と紫はおちゃらけた。「私とバトロワごっこを共催するのは不満かしら? それとも、他の方と大会を共催したいの?」
「不満も何も」神奈子は苛立たしげに腕を組んだ。「私はそのバトロワごっことやらについて、一切説明を受けていないが?」
「だって、説明してないもの」
 挑発を止めない紫を、神奈子は静かな双眸で睨み据えた。「では、いまから説明して頂こうか」
「ふふふ、つまりはこういう事よ」紫は神奈子の顔面を指差した。「私は、否、私たちは、あなたに自分が仕出かしたことの落とし前をつけて欲しいの」
 神奈子は紫を見返し、この場に居合わせた者たちを見回してから、ふてぶてしく鼻を鳴らした。「戯言を。私が一体何をしたと言うんだ」
 と、列席者たちの敵対的な視線が、神奈子の元へ一斉に殺到した。その幻想郷中の実力者たちから放たれたプレッシャーの凄まじさたるや、さしもの軍神の神奈子すら唸らざるを得ないほどだった。
「雑種どもをたきつけたのは貴方でしょ? あの分厚い本を、幻想郷中にばら撒いて」とレミリア・スカーレットが傲岸に切り出した。
「違うわ。この方にも悪気はなかったのよ」西行寺幽々子がすまし顔でフォローした。「心が黒いことと、頭が白いことはまた別の話じゃなくて」
「普通に考えれば、駄目だと分かりそうなものだけどね」蓬莱山輝夜が呆れた風に述べた。それに八意永琳が言い添える。「この伝統と永遠の大地に、外の世界の流行文芸を流布すれば、波並が立つのは当然のことでしょ?」
 ……などなどと、非難百出。
 ……。
 列席者たちは口々に神奈子を叱責した。神奈子は両目を閉じて、それをひたすらに受け流した。しばらくして、紫がまあまあと場を収めた。
「私に限ればね。何も、貴方に土下座をさせたいわけじゃないわ」
 紫は、さも理解するような目で神奈子を見た。「ただ、貴方がバトロワごっこの主催を引き受けてくれさえすれば、それで十分なのよ」
「だから!」と神奈子は議論をたきつけるように気色ばんだ。「私は、そのバトロワごっこが何なのかと聞きに来たんだ!」
 と、またもや列席者たちが神奈子に射るような視線を向けてきた。きっと、この場のお約束のようなモノなのだろう。幻想郷の住民は、基本的にノリがいいのである。
「プログラムの再現、殺し合いの蔓延など、我々は断じて看過できません」聖白蓮が断固とした口調で切り出した。
「だが、もはやプログラムの再現自体は避けられない」古明寺さとりが冷静に述べた。「それだけ、幻想郷中の妖怪たちの期待値が高いのです。これをいまから鎮火するのは、我々をもってしても難しいわ」
「ならば、もう残された道は一つしかないでしょう」豊聡耳神子がしたり顔で言った。「私たちと志を同くする者が、プログラムの主催者側に回り、これを掌握、無害化するしかないわ」
「状況からして、その主催者には貴方が適当だわ。八坂神奈子」比那名居天子が調子よくまとめに入った。「既に、紫が主催役に挙手してるから、貴方も共に大会を運営して、私たちが推奨するプログラム、"バトロワごっこ"を成功に導いて頂戴」
「と、まあ、そんなところよ」紫が結んだ。
 ……。
「なるほど、もはや是非もないな」神奈子は腕を組んで、苦笑した。これ見よがしに溜息をひとつ。「だが、まあ、いまいちノリ気にはなれんのだが」
「何も、そうネガティブにばかり捉える事はないわ」紫が宥めるように言った。「貴方が犯した失態なんて、今大会の主催さえ引き受けてくれれば、その時点でチャラよ」
 神奈子の眼光が鋭く輝いた。「ほう、つまり?」
「つまり」紫は最後の一押しとばかりに笑みを濃くした。「今大会を成功に導ければ、その名声は私とあなたのモノになるわ。信仰の足しとしては、十分すぎる報酬じゃなくて?」
「ふふふ、まいったなー」神奈子は聞きたかった言葉を聞けて、口元をにかりと綻ばせた。「まったく、あんたらには敵わないわ」
 紫は両手のてのひらを合わせた。「じゃあ、今大会の主催、私と共に引き受けてくれるかしら?」
「ああ」神奈子は首肯して、真顔になった。「この八坂、己が神徳の全てを賭けて、バトロワごっこの成功を約束しよう!」
 おおっ、と列席者たちから歓声が昇り、続いて拍手が巻き起こった。なんと調子のいいこと。すぐさま宴会の準備がはじまる。
 彼らの喜色に合わせて、神奈子も口端を邪悪に吊り上げた。実は、彼女も 最初 からノリ気だったのである。

 * * *

「号外! 号外だよ~!」
「寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! 幻想郷中を巻き込んで、バトロワごっこが開催されるよ~!」
 夕暮れ時、博麗霊夢が境内を箒で掃いていると、いま綺麗にしたばかりのところに、文が新聞紙を落としていった。
 溜息をひとつ、霊夢は緩慢な動作で新聞紙を拾う。と、一面の見出しが目に留まった。
 ――第一回バトロワごっこ開催決定!
 なんだこれ? 霊夢は記事のサブタイトルに視線を流した。
 ――幻想郷中を巻き込んだ総勢三十四名によるサバイバルゲーム!
 なんだこれ? 霊夢は瞼をぱちぱちと瞬かせた。
 ――優勝賞品はなんと!『願い事をひとつ叶える権利』
 なんだこれ? 霊夢はころりと首をひねった。「新手の異変かしら?」

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