H17. 9.26 福岡高等裁判所 平成16年(行コ)第31号 健康管理手当認定申請却下処分取消請求控訴事件

判示事項の要旨:
1 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律27条2項にいう「都道府県知事」は,「居住地の都道府県知事」に限定されるものではない。
2 同法施行規則52条1項は,健康管理手当認定申請書の提出先を「居住地の都道府県知事」に限定し,在外被爆者の国外からの申請を一律に不可能にしている限度において,同法52条の委任の範囲を超えた無効なものというべきである。
3 したがって,亡Aが長崎市に居住も現在もしていないことを理由としてされた本件却下処分は違法であって,取消しを免れない。


主    文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求める裁判
 1 控訴の趣旨
  (1) 原判決を取り消す。
  (2) 被控訴人らの請求を棄却する。
 2 原審におけるAの請求の趣旨
   控訴人がAに対してした,平成16年1月22日付け健康管理手当申請却下処分を取り消す。
第2 本件事案の概要等  
 1 本件事案の要旨
   本件は,大韓民国に居住していたAが,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「法」という。)に基づいて,健康管理手当認定申請をしたところ,控訴人が,Aが長崎市に居住も現在もしていないことを理由として同申請を却下したことから,同人がこの却下処分の取消しを求め,原審がこれを認容したため,控訴人が控訴した事案である。
   なお,Aは平成16年7月25日死亡し,その相続人である妻B及び子ら(その余の被控訴人ら)がその権利義務を承継した。
2 法及び法施行規則の概要,当事者間に争いのない事実等並びに当事者の主張
上記概要,当事者間に争いのない事実等及び当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」の2及び3並びに「第3 当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決2頁12行目の「制令」を「政令」と,同4頁6行目の「細目」を「細則」とそれぞれ改める。)。
第3 当裁判所の判断
 1 当裁判所も被控訴人らの請求は理由があるものと判断する。その理由は後記2のとおり改め,後記3のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」記載の理由説示と同一であるから,これを引用する。
2(1) 原判決11頁24行目の「考えられない。」の後に行を改めて次のとおり加える。 
「 これに対し,控訴人は次のとおり主張する。すなわち,法には,例えば,戦傷病者戦没者遺族等援護法1条のような『国家補償』の文言自体は置かれておらず,むしろ,法の立法の過程において,国の戦争責任に基づく補償について立法したものではないことを明確にする意図で,『国家補償』の文言を敢えて盛り込まないようにしたものである,また,法の立法当時の政府側の答弁から窺われる立法者意思に照らしても,法が国家補償的性格を有するとすることについては疑問がある,さらに,仮に,法が人道目的の立法であるとしても,そのことから直ちに,法が国外からの健康管理手当認定の申請を許容しているとの結論が導かれるものではなく,現に,法制定当時の参議院厚生委員会の審議において,政府委員は,法の適用については日本国内に居住する者を対象とする旨答弁しているというものである。 
    確かに,法には,『国家補償』との文言は盛り込まれておらず,また,乙8によれば,法制定当時の国会審議(参議院厚生委員会)において,当時の厚生大臣が『今回の新法におきましては国家補償という文言を盛り込むことは適当でないと考えた』旨答弁し,当時の内閣総理大臣が,法の前文に『国の責任において』という表現を盛り込んだことについて,『被爆者対策に関する事業の実施主体としての国の役割というものを明確にしたものでありまして,・・・被爆者の方々の実情に即応した施策を講ずるという国の姿勢を新法全体を通じる基本原則として明らかにしたものでございまして,これはあくまでもこの援護対策を講ずる主体が国の責任にあるんだということを明記したものであるというふうに御理解を賜りたいと思います。』と答弁していることが認められる。
    しかし,前記の厚生大臣の答弁は,『国家補償』という用語については,どのような概念を指すものか確立した定義がないということを前提に,法において国家補償という用語を使った場合には,被爆者に対する国の戦争責任の問題が出てきて,一般戦災者との均衡上の問題が生じざるを得ないところから,法に『国家補償』との文言を盛り込むことは適当でないと考えたことによるものであることが認められる(乙8)のであって,上記答弁ないし法に国家補償という用語が盛り込まれていないことから,法の国家補償的性格が明確に否定されるものとはいえない。前記の内閣総理大臣の答弁も,それ自体で法の国家補償的性格を否定するものということはできない。法の性格を検討するに当たっては,立法の背景にある歴史,立法に至る経緯,そして何よりも法文全体に顕れた立法者としての国会の意思こそが尊重されなければならないのであって,前記認定判断は相当というべきである。
なお,乙9によれば,平成6年12月6日,参議院厚生委員会において,政府委員が,議員からの質疑に対し,法の適用については,「現行の原爆二法と同様に日本国内に居住する者を対象とするという立場をとっております。」と答弁していることが認められ,同答弁によれば,国外からの健康管理手当認定の申請は認められないことになるところ,かかる当時の法案説明担当者の発言は法解釈の一つの手掛りになることは否めないものの,あくまでも一つの材料にすぎないものというべく,それのみをもって,客観的に独立した存在としての法の内容を規定するものということは到底できないから,上記事実も前記認定判断を左右しない。」
(2) 原判決12頁1行目の「これに対し」を「次に」と改める。
(3) 原判決12頁24行目の「べきである。」の後に行を改めて次のとおり加える。
  「 控訴人はまた,法27条2項の『都道府県知事』を『居住地の都道府県知事』に限定しないとすれば,国外からの認定申請をいずれの都道府県知事が受理すべきか不明であるし,仮に全国のいずれの都道府県知事に対しても健康管理手当認定の申請ができるとすれば,当該申請者と何のかかわりもなかった都道府県知事が認定判断を行うこととなり,同認定判断に必要な当該申請者に係る事情の把握等を適正にすることが困難となるし,いずれの都道府県知事に対しても申請ができるということになれば,手当の二重申請・二重支給等を防止し得ず,我が国における被爆者援護事業が混乱に陥るなどと主張する。
しかし,上記の点については,被爆者はいずれも都道府県知事から被爆者健康手帳の交付を受けている(法1,2条)のであるから,例えば,国外から上記申請をしようとする被爆者は,その者に被爆者健康手帳の交付をした都道府県知事に対してこれを行う,などという取扱いをすれば解決することであって,何ら上記判断の妨げとはならないものというべきである。」
(4) 原判決14頁7行目の「国内に居住する」から同頁10,11行目の「いえない。」までを「国内に居住する被爆者に関する限り,施行規則52条1項は合理性を有するものであって,その限りでは法の委任に反するものとはいえない。」と改める。
  (5) 原判決14頁12行目から同15頁8行目までを次のとおり改める。
「 (3) しかしながら,前記のとおり,法の目的等に照らせば,法は,在外被爆者に対しても援護を行うことを想定しているというべきであるにもかかわらず,施行規則52条1項は,健康管理手当認定申請書の提出先を『居住地の都道府県知事』に限定することによって,在外被爆者の国外からの申請を一律に不可能にしているのであって,その限度において,同条項は,法52条の委任の範囲を超えた無効なものといわざるを得ない(なお,控訴人は,施行規則52条2項の『法第19条第1項の規定による指定を受けていない病院又は診療所の医師の診断書』には,国外の医療機関が作成した診断書は含まれないと主張するが,上記1(2)アで述べたことからすれば,そのような解釈を採ることはできない。)。
     以上の理は,在外被爆者が,来日して申請手続を行うことが不可能ないし極めて困難な者であるか否かによって異なるものではない。   
   3 そのほか,前記認定判断を左右するに足りる主張,立証はない。
   以上によれば,Aが長崎市に居住も現在もしていないことを理由としてした控訴人の本件却下処分は違法というべきである。」
3 なお,職権により本件における訴訟承継の成否について判断する。
  (1) 本件は,A自身が健康管理手当認定申請をし,その認定前に死亡した事案であるところ,法27条5項は,「健康管理手当の支給は,第2項の認定を受けた者が同項の認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,その日から起算してその者につき第3項の規定により定められた期間が満了する日(その期間が満了する日前に第1項に規定する要件に該当しなくなった場合にあっては,その該当しなくなった日)の属する月で終わる。」と規定しているから,死後に認定された場合には,当然に上記の期間に対応する定額の健康管理手当を受給することのできる具体的な権利(以下「未払手当受給権」という。)が発生し,これが相続の対象とならないと解すべき根拠はない(控訴人も,かかる未払手当を相続人に支給する取扱いをしている。乙6)。
  (2) 健康管理手当の受給権は,法により譲渡や担保に供することが禁じられている(法44条)ものの,前記認定のとおり,法は国家補償的性格をも併せ持つものであるから,未払手当受給権をもって,例えば本人自身の最低限度の生活の需要を満たすものとして相続の対象となり得ないとされる生活保護法に基づく保護受給権などと同様に相続性を否定すべきものということはできない。
  (3) 以上によれば,未払手当受給権は相続の対象となるものと解されるところ,かかる受給権は控訴人の認定によって発生するものであるから,Aの相続人たる被控訴人らは,本件却下処分の取消しを求める法律上の利益を承継するものと解すべく,訴訟承継を肯認するのが相当である。
4 以上のとおりであって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。 
    福岡高等裁判所第2民事部

       裁判長裁判官   石  井  宏  治

          裁判官   永  留  克  記

          裁判官   髙  宮  健  二


【参考:第1審判決】
主    文
    1 被告が原告に対してした,平成16年1月22日付け健康管理手当申請却下処分を取り消す。
    2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1 申立て
 1 原告
   主文同旨
 2 被告
   原告の請求を棄却する。
   訴訟費用は,原告の負担とする。 
第2 事案の概要等  
 1 事案の概要
   本件は,韓国に居住する原告が,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「法」という。)に基づいて健康管理手当認定申請をしたところ,被告が原告の居住地が長崎市ではないことを理由として同申請を却下したことから,この却下処分の取消しを求めた事案である。
 2 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律等の規定
  (1) 健康管理手当に関する法制度の概要
   ア 法は,原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は制令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者等であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものを「被爆者」とし,被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ,国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するために制定された法律である(法前文,1条)。健康管理手当の支給に関する制度は,このような援護の一つとして同法27条に規定されている。
   イ 被爆者健康手帳は,交付を受けようとする者の居住地(居住地を有しないときは,その現在地。以下,単に「居住地」という。)の都道府県知事(広島市及び長崎市については市長。以下では,特に断らない限り,単に「都道府県知事」という。)が,交付を受けようとする者の申請に基づいて審査し,当該申請者が法1条各号のいずれかに該当すると認めるときに交付するものとされている(法2条1項,2項,法49条)。
  (2) 健康管理手当
   ア 法は,「都道府県知事は,被爆者であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているものに対し,健康管理手当を支給する。」と規定し(法27条1項),被爆者が健康管理手当の支給を受けようとするときは,同項に規定する要件に該当することについて都道府県知事の認定を受けなければならないと定めている(同条2項)。
   イ 後記(3)の法の規定その他の規定に基づいて原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則(以下「施行規則」という。)が定められ,同規則51条は,同法27条1項に規定する障害を以下の障害と規定している。
一  造血機能障害
二  肝臓機能障害
三  細胞増殖機能障害
四  内分泌腺機能障害
五  脳血管障害
六  循環器機能障害
七  腎臓機能障害
八  水晶体混濁による視機能障害
九  呼吸器機能障害
十  運動器機能障害
十一 潰瘍による消化器機能障害
     また,施行規則52条1項は,「法27条2項の認定の申請は,健康管理手当認定申請書に,前条に規定する障害(厚生労働省令で定める障害)を伴う疾病についての法第19条第1項の規定による指定を受けた病院又は診療所(被爆者一般疾病医療機関)の医師の診断書を添えて,これを居住地の都道府県知事に提出することによって行わなければならない。」とし,同条2項は,「都道府県知事は,前項の場合において,同項に規定する診断書を添えることができないことについてやむを得ない理由があると認めるときは,法第19条第1項の規定による指定を受けていない病院又は診療所の医師の診断書をもってこれに代えさせることができる。」と規定している。
  (3) 省令への委任
    法52条は,「この法律に特別の規定があるものを除くほか,この法律の実施のための手続その他その執行について必要な細目は,厚生労働省令で定める。」と規定している。
 3 当事者間に争いのない事実等
  (1) 原告は,昭和55年5月2日,被告から被爆者健康手帳の交付を受け,現在大韓民国に居住している(甲7,11)。
  (2) 原告は,平成16年1月8日,被告に対し,疾病名を「腰椎部退行性関節炎」として代理人を通じて健康管理手当認定を申請したが,被告は,原告の居住地が長崎市ではないことを理由として,同月22日付けでその申請を却下した(以下「本件却下処分」という。)(甲1,2の①及び②)。
  (3) 原告は,同年2月20日,本件却下処分の取消しを求めて,当庁に本件訴訟を提起した。
第3 当事者の主張
 1 原告
  (1) 原告は,健康管理手当認定申請について実体的要件を具備している。
  (2) 法は,健康管理手当の支給義務を負う者について,単に「都道府県知事」と規定しているだけであり,居住地の都道府県知事とは限定していない。また,現行法上,代理申請が許されているのであるから,現行法の解釈としては,現在地要件を代理人について決するという解釈も可能であり,本件却下処分は違法である。
  (3) 日本国内に居住又は現在しない者の申請が一律に排除されるとなれば,在外被爆者の権利行使が事実上不可能ないし困難となり,法律によって認められた権利について,日本国内に居住ないし現在しない在外被爆者だけが不合理に差別されることになる。とりわけ,在外被爆者で,死ぬまで身動きできない身体状態にある者は,絶対的,永久的に権利行使の手段,可能性を剥奪される結果となり,憲法の平等条項に違反することになる。申請を居住地の首長に制限する規定は無効としなければならない。
 2 被告
  (1) 原告は,日本に居住も現在もしないにもかかわらず,健康管理手当認定申請をしたものであるところ,以下に述べるとおり,法は,健康管理手当認定の申請について,被爆者の住居地の都道府県知事に対してすることとし,国外からの申請を想定していないというべきであるから,本件却下処分は適法である。
   ア 法全体の趣旨との適合性
     法は,被爆者健康手帳の交付申請について,「交付を受けようとする者は,その住居地の都道府県知事に申請しなければならない。」としている(法2条1項)。この規定によれば,申請者は我が国国内に居住ないし現在することが前提とされ,国外からの申請を想定していないことは明らかである。これに対し,健康管理手当の申請手続(以下「本件申請手続」という。)については,被爆者健康手帳の交付申請の場合と異なり,法の文言上は単に「都道府県知事」とされ,「その住居地の都道府県知事」とはされていない。しかし,本件申請手続の場合においても,その申請先は,被爆者健康手帳の交付申請の場合と同様,「その住居地の都道府県知事」と解すべきである。すなわち,法は,「被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉の向上を図るため,…被爆者に対する援護を総合的に実施するものとする。」(法6条)とし,そのために,都道府県知事が,健康管理のための健康診断等(法第3章第2節),各種手当等の支給(同第4節),福祉事業(同第5節)を行うものとしている。このように,法の目的は被爆者の健康保持,増進及び福祉の向上であり,それに定める各種の援護措置を実施するのは都道府県知事とされている。そうすると,ここで実施される事業は,いずれも,被爆者の日常的な健康状態と密接に関わるものであり,それらを容易に把握することのできる居住地(現在地)の都道府県知事が行うことが,法の目的の達成及び事業の適正な運営に資するものである。このような法の援護事業の目的及びその具体的な援護事業の内容,性質に照らすと,法文上は単に「都道府県知事」との文言を使用しているとしても,その意味するところは,「その住居地の都道府県知事」と解すべきである。実際,法の条文中には,法2条2項のように,文言上は単に「都道府県知事」とされているものの,それが同条1項の「その住居地の都道府県知事」を意味することが明らかであるような条文も存在するのである。
     もっとも,医療特別手当(法24条),特別手当(法25条),原子爆弾小頭症手当(法26条),健康管理手当(法27条)及び保健手当(法28条)の各支給(認定は除く。)については,いったん認定されて受給権を有するに至った者が国外に移転した場合にその受給権を喪失すると解することは相当でないため,その支給を行う都道府県知事は,「その居住地の都道府県知事」のみならず,受給権者が国内に居住地及び現在地を有しない場合の当該受給権者の国内における最後の居住地又は現在地の都道府県知事も含まれるものと解される。しかし,これはあくまで上記手当の支給の性質に照らした合理的かつ例外的な解釈にすぎないものであって,本件申請手続の場合にはこのような例外的な解釈をすべき事情はない。
   イ 実質的合理性
    (ア) 法が被爆者健康手帳の交付の申請先を居住地の都道府県知事としている趣旨
      法は,被爆者健康手帳の申請時に,当該申請者が日本に居住ないし現在することを要件としている(法2条1項)。この趣旨は,当該申請者が法1条各号所定の要件に該当するか否かの審査が,当該申請者を「被爆者」と認めて各種給付を受ける権利を付与するか否かを判断するための重要な審査であることや,被爆者に対する各種手当等の支給財源が租税収入による公費であることから,単なる書面審査にとどまることなく,申請者本人や申請者の被爆の事実を証明する者などから事情聴取を行うなどして十分な関係資料を収集し,可能な限り事実確認等に努め,もって,被爆者健康手帳交付事務の適正を図ろうというものである。
    (イ) 施行規則52条が健康管理手当の申請先を居住地の都道府県知事とした趣旨
      各種手当等の申請についても,その手続の適正を図るために,申請時に被爆者が日本に居住ないし現在することを求めることが合理的であることは,被爆者健康手帳の交付申請について述べたことと同様である。すなわち,健康管理手当についてみれば,都道府県知事が法27条1項に規定する要件該当性の認定・不認定を決定するに当たっては,当該申請をした「被爆者」が同条項に定める疾病にかかっているかどうかを医学的専門知識を有する専門家の意見を聴いた上で,可能な限り,診断を行った医師から事情聴取を行う等の実質的審査が必要となる。これに対して,国外からの健康管理手当支給申請を許容するとなれば,診断を行った医師から事情聴取を行う等の実質的審査が困難となり,提出された診断書の記載についてだけの審査となることから,本来受給資格のない申請者に対して支給認定がなされるおそれも生じかねず,法が,都道府県知事の事務として,そのような事態を予定していないことは明らかである。このため,施行規則52条は,健康管理手当支給認定の申請時に被爆者が日本に居住又は現在し,申請者に被爆者一般疾病医療機関の診断書を添えることを要件としたものであり,このような施行規則の定めに合理性があることは,上記の法2条1項の定めに合理性があることと同様,明白である。
      ところで,施行規則52条2項は「都道府県知事は,前項の場合において,同項に規定する診断書を添えることができないことについてやむを得ない理由があると認めるときは,法第19条第1項の規定による指定を受けていない病院又は診療所の医師の診断書をもってこれに代えさせることができる。」と規定しているが,同条項は,あくまで国内の病院又は診療所の医師の診断書を想定しているものであって,国外に居住しているために,国内の被爆者一般疾病医療機関の医師の診断書を添えることができない場合を予定したものではない。すなわち,施行規則52条1項は,健康管理手当支給認定申請書には,原則として,法27条所定の障害を伴う疾病についての被爆者一般疾病医療機関の医師の診断書を添えて提出しなければならない旨規定するが,この趣旨は,被爆者の負傷又は疾病に係る診断・治療等を行う医療機関としてあらかじめ指定した被爆者一般疾病医療機関(法19条)の医師の診断書を要求することによって,類型的にその診断の適正と高度の信用性を担保しようというものである。このような趣旨を踏まえて施行規則52条2項を検討すると,国内の医療機関の診断書であれば,医師の免許制度や,不正行為に対する刑事罰及び行政処分による制裁制度などによって一定の信用性が担保されているのに対し,国外の医師・医療機関が作成した診断書の場合には,そのような制度によって信用性が類型的に担保されているとはいえない。また,一般に国外からの申請を許容すれば,国によっては,その言語を翻訳できる者が限られているような少数言語で記載された診断書が提出される可能性も否定できないが,都道府県知事においてそのような言語における専門用語を適切に翻訳し,その内容を審査することは困難である。さらに,国内の医療機関,特に被爆者一般疾病医療機関であれば,申請者の健康管理手当要件該当性につき都道府県知事が照会等を行うのも容易であるのに対し,国外の医療機関に対し都道府県知事が照会等を行うことは,言語の問題,外交上の問題等から事実上極めて困難である。このように,外国の医療機関が作成した診断書については,被爆者一般疾病医療機関の診断書と比較してはもちろん,国内の被爆者一般疾病医療機関以外の医療機関の診断書と比較しても,その信用性には類型的に格段の差異が存在する上,実質的審査を行う上で必要となる照会等も困難であることにかんがみれば,施行規則52条2項は,あくまで国内の病院又は診療所の医師の診断書を想定したものというべきである。
    (ウ) 審査の実務
      審査を行う各地方公共団体においては,上記のような実質的な審査による適正な認定を行うために必要な手続,体制を採っている。長崎市においては,健康管理手当の疾病要件に係る審査は,申請者から提出された所定の形式の診断書に基づき,その記載を前提として,専門の医師7名(平成16年4月以降は3名)によって構成される,健康管理手当等の認定に関する連絡会議の合議によって行われ,当該連絡会議委員が適否の判断をするに当たっては,必要に応じて,検査データ,治療状況,経過等について診断書作成医師に文書で照会を行っている。国外からの申請を許容するとすれば,外国において作成された診断書等の信用性を連絡会議その他長崎市の機関において判断することとなるが,それは困難であることに加え,疾病の状況等に関する診断書作成医師に対する照会も不可能ないし極めて困難となり,適正な認定のための疾病要件に関する実質的な審査は不可能ないし極めて困難となる。
  (2) 原告は,現在地要件を代理人について決することもできると主張するが,上記で述べた施行規則52条の趣旨等に照らせば,そのような解釈は許容し得ないものである。また,原告は,法27条の「都道府県知事」が「居住地の都道府県知事」に限られないとの解釈に立って,施行規則52条が違法であると主張するが,法27条2項の「都道府県知事」は「その居住地の都道府県知事」と解すべきであるから,この施行規則の定めが法の委任の趣旨に適合することは明らかである。さらに,原告は,憲法14条違反を主張するが,被告の主張する法27条の解釈及び施行規則52条の規定には合理的な理由があるのであるから,原告の主張は失当である。
第4 当裁判所の判断
 1 法27条2項の「都道府県知事」の意義
  (1) 法27条2項は,健康管理手当を支給するための要件(同条1項)に該当することについて都道府県府県知事の認定を受けなければならないと規定していることは前記のとおりであり,法は,この他に同手当の申請先に関する規定を置いていない。この点,被告は,法における全体の構造や,健康管理手当認定制度の適正を確保する必要性などを理由として,法27条2項の「都道府県知事」とは「その居住地の都道府県知事」と解すべきであると主張する。
    しかし,被告も認めるとおり,法は「その居住地の都道府県知事」と「都道府県知事」を一応区別して規定しているほか,法27条2項の文言が単に「都道府県知事」となっていること,被告の主張を前提としても,法におけるすべての「都道府県知事」の文言を一律に「その居住地の都道府県知事」と解釈することはできず,例外を認めざるを得ないこと(同条1項の「都道府県知事」が被爆者の居住地の都道府県知事に限られないことは被告も認めている。)などからすれば,形式的な解釈から直ちに同条項の「都道府県知事」が「その居住地の都道府県知事」を意味するものと断定することはできず,法の立法目的や趣旨を踏まえて実質的に検討する必要がある。
    法は,前文において,「(前略)国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ(中略)るため,この法律を制定する。」と規定し,同法が国家補償の性格をも併有する特殊な立法であることを明らかにしている。このように,法は,被爆による健康被害に苦しむ被爆者を広く救済することを目的として立法化された法律であるから,その各条項の意味及び趣旨が一義的に明らかでない場合は,この立法目的に沿うよう合理的な解釈をすべきである。
    このような見地から法27条の「都道府県知事」の意義を検討すると,前記のような法の複合的性格,さらに,法が被爆者が被った特殊の被害にかんがみ被爆者に援護を講じるという人道目的の立法であることなどに照らしても,法は,法1条の「被爆者」たる地位をいったん取得した後に日本国内に居住も現在もしなくなった被爆者(以下「在外被爆者」という。)について,日本国内に居住も現在もしなくなったという事実をもって当然に「被爆者」たる地位を喪失させるものではないと解される。そうである以上,在外被爆者であっても法の定める総合的な援護対策の対象に当然含まれるのであるから,これらの者について法27条1項の要件に該当するのに,健康管理手当を事実上受給することが不能であるといった事態を招くことは法の趣旨に反するものというべきである。特に,在外被爆者の中には,被爆により被った障害の程度やその後の高齢化により,来日して法の定める各種申請手続をするのが不可能ないし極めて困難な者が存在することは容易に推測されるところ,このように特に援護の必要性の高い被爆者について,被爆により健康被害を被った者の救済を目的とする法が,その援護を全く想定していないということは考えられない。
    したがって,法27条2項の「都道府県知事」は,必ずしも「その居住地の都道府県知事」に限定されるものではないと解するのが相当である。
  (2)ア これに対し,被告は,健康管理手当支給認定の適正を確保するためには,法27条2項の「都道府県知事」を「その居住地の都道府県知事」と解する必要があると主張する。
     確かに,健康管理手当支給認定の審査の適正が確保されなければならないことは被告の指摘するとおりであり(なお,法27条5項が定める要件喪失の認定についても同様である。),そのためには法27条2項の「都道府県知事」を「その居住地の都道府県知事」と解するのが相当である旨の被告の主張についても,その合理性を一概に否定できないことは後記のとおりである。しかし,仮に,国外からの健康管理手当支給認定の申請を認めることによって,法27条1項の要件該当性の判断に困難が伴うことがあるとしても,被爆者健康手帳の交付を受けている者につき,現在のように通信技術の発達した時代において審査のために必要な資料が全く入手できないということは考えにくく,何よりも代理人を通じての確認や資料の提出を促すなどの方法によって大半は手当可能なものであるから,上記の困難性は,来日することが不可能ないし著しく困難な在外被爆者の申請を一切認めないことの理由としては合理的なものではない。また,被告は,国外の医療機関が作成した診断書は類型的に信用性が高くないと主張するが,必ずしも外国の医療機関の作成した診断書が国内の医療機関が作成したものよりも信用性が劣るというわけではないであろうし,在外被爆者の申請を個々にみれば,必要な資料を具備し,十分な事実確認をすることができる場合もあり得ると考えられるのであるから,被告の主張する事情は,個別の在外被爆者による申請について不認定とする場合の理由とはなり得ても,在外被爆者による申請を一律に否定する理由にはなり得ないというべきである。
   イ また,被告は,法の援護事業の目的及びその具体的な援護事業の内容,性質に照らすと,このような事業を最も適切に遂行することができるのは,被爆者の居住地の都道府県知事であるから,法27条2項の「都道府県知事」は「その居住地の都道府県知事」に限定されるべきであると主張する。しかし,本件で問題となっているのは医療の給付や健康診断ではなく,健康管理手当支給の前提としての法27条1項の要件該当性に関する認定なのであるから,前記のとおりこれが居住地の都道府県知事しか適切に遂行し得ないというものではない。したがって,このような事情を理由として,法27条の「都道府県知事」を「その居住地の都道府県知事」と解するのは相当ではないというべきである。
   ウ 以上により,被告の主張はいずれも採用できない。
 2 施行規則52条1項について
  (1) 施行規則52条1項は,「法27条2項の認定の申請は,健康管理手当認定申請書に,前条に規定する障害を伴う疾病についての法第19条第1項の規定による指定を受けた病院又は診療所の医師の診断書を添えて,これを居住地の都道府県知事によって行わなければならない。」と規定し,文理上,在外被爆者の申請を一切認めないものとなっている。
  (2) ところで,法27条2項の都道府県知事の認定は,①被爆者が同条1項及びその委任を受けた施行規則51条に定める障害を伴う疾病にかかり,②その疾病が原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかではなく,③その者が医療特別手当,特別手当又は原子爆弾小頭症手当の支給を受けていないという同条1項に規定する要件の該当性を判断するものである。このうち,③は認定権者が容易に審査し得るものであるが,①及び②の要件は,医学その他の専門的な知見を要するものであり,申請の内容によっては被爆者本人から直接事情を聞いたり,これを診断した医師から追加的な資料の提供を求め,診断の内容を問い質すなど実質的な審査が必要な場合がある。また,通常被爆者の居住ないし現在する都道府県の知事が,その被爆者との関連が最も深いのであるから,一般的には上記要件の審査を最もよくなし得るということができる。施行規則52条1項の趣旨は,上記のような事情にかんがみ,法27条1項に規定する要件の審査を,単なる書面審査で終わらせることなく,申請者本人からの事情聴取などにより可能な限り事実確認等に努めさせ,審査の実質化を図らせるとともに,他方で,被爆者一般疾病医療機関の作成した診断書を要求して審査結果の正当性を担保し,もって,健康管理手当支給事務の適正を確保しようというものであると解される。このような趣旨からすると,国内に居住する被爆者ばかりでなく,日常は外国に居住している被爆者についても来日を要請し,原則として被爆者の居住ないしは現在する都道府県の知事に対して法27条1項の要件該当の認定申請を要請する施行規則52条1項は,その限りで法の委任に違反するものとはいえない。
  (3) しかしながら,前記のとおり,法の目的等に照らせば,同法は,来日して申請手続を行うことが不可能ないし極めて困難な在外被爆者に対しても援護を行うことを想定しているというべきであるにもかかわらず,施行規則52条1項は,これらの在外被爆者が申請手続を行う場合の例外規定を設けていない。そして,上記のような状況にある在外被爆者についても来日して現在する都道府県の知事に対して申請手続をしなければならないとすれば,このような在外被爆者は,事実上健康管理手当の支給を受けることができないことになり,このような結果は,法の立法目的に反し,法の実施のための手続その他その執行についての必要な細目のみを規則に委任することとした法52条の趣旨にも反するというほかない。
    したがって,施行規則52条1項は,来日して申請手続を行うことが不可能ないし極めて困難な在外被爆者に対しても,健康管理手当認定申請書等の提出先を居住地の都道府県知事と指定している限度において,法52条の委任の範囲を超えた無効なものと判断せざるを得ない(なお,被告は,施行規則52条2項の「法第19条第1項の規定による指定を受けていない病院又は診療所の診断書」には,国外の医療機関が作成した診断書は含まれないと主張するが,上記1(2)アで述べたことからすれば,そのような解釈を採ることはできない。)。
 3 被告は,原告が来日して健康管理手当認定申請をすることが不可能ないし極めて困難であるか否かについて何らの調査・確認もせずに,単に原告が長崎市に居住及び現在していないことを理由として,本件却下処分を行ったのであるが,以上説示したところによれば,かかる処分が法27条1項及び同条2項に反し違法であることは明らかである。
第5 結論
   よって,原告の請求には理由があるから,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 
   長崎地方裁判所民事部

       裁判長裁判官   田 川 直 之

          裁判官   上 拂 大 作

          裁判官   河 畑   勇

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最終更新:2005年10月19日 10:30
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