hanrei @Wiki H17.10. 4 青森地方裁判所 平成16年(ワ)第37号 損害賠償請求事件



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主文
1 被告は,原告Aに対しては1673万7382円,原告B,原告C,原告D及び原告Eに対しては各418万4346円並びにこれらに対する平成15年6月21日から各支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告らの負担とし,その1を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
    被告は,原告Aに対しては3008万7000円,原告B,原告C,原告D及び原告Eに対しては各726万6750円並びにこれらに対する平成15年6月21日から各支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
第2 事案の概要
    本件は,亡F(以下「亡F」という。)が平成15年4月9日に被告病院において胆石摘出のために内視鏡的乳頭括約筋切開術を受けた際に十二指腸穿孔を生じ,その後,後腹膜膿瘍,易感染宿主を惹起し,最終的には肺炎により死亡したことについて,亡Fの相続人である原告らが,被告病院を設置経営する被告に対し,診療契約の債務不履行又は民法715条の使用者責任規定による不法行為損害賠償請求権に基づき,亡Fの死亡による損害金の支払を求めたところ,被告が,担当医師には過失がなく,債務不履行もないとして争っているという事案である。
    その中心的争点は,担当医師の診療契約上の注意義務違反(帰責事由)又は不法行為法上の過失の有無,具体的には,(1) 十二指腸穿孔が担当医師の内視鏡操作上の過失により発生したものであるかどうか,(2) 十二指腸穿孔発見後の緊急開腹手術の際の洗浄不十分の過失の有無,(3) 緊急開腹手術後に胆汁漏出を来したことに関する過失の有無,(4) 肺炎治療に関する過失の有無,(5) 人工呼吸器による呼吸管理に関する過失の有無である。
 1 前提事実
   以下の事実は,括弧内に記載した証拠により認めることができるか,又は当事者間に争いがない。
  (1) 胆石摘出のための亡Fの被告病院への入院
    亡Fは,平成14年9月の健康診断において胆石を指摘され,その後通院していたかかりつけ病院の医師より内視鏡的乳頭括約筋切開術(以下「EST術」という。)を受けることを勧められ,被告病院を紹介されたことから,平成15年4月6日,被告病院へ入院した。
 (2) EST術時の十二指腸穿孔の発生とその緊急縫合手術
    平成15年4月9日,亡Fは,被告病院において,胆石摘出のため,内視鏡医であるG医師によるEST術を受けたが,その際,亡Fの十二指腸下行脚中央の外側後壁に直径1㎝大の穿孔(以下「本件穿孔」という。)が生じたことが確認された。
    そのため,亡Fは,直ちに同病院外科医であるH医師により,腹部を切開して穿孔部分を縫合する緊急外科手術を受けた。
  (3) その後の右後腹膜腔膿瘍形成による再手術
    しかし,その後,右後腹膜腔膿瘍が形成されたため,平成15年4月24日,亡Fは,再手術(開腹ドレナージ術)を受けた。
  (4) その後の胆道感染
    しかし,その後も,亡Fは,胆汁漏出により胆道感染を生じるなどして,その全身状態が悪化した。
  (5) その後の肺炎発症による亡Fの死亡
    また,平成15年6月11日には肺炎に罹患していることが確認され,同月20日,亡Fは,呼吸状態の悪化により死亡した(甲B1)。
  (6) 原告らによる亡Fの相続
    亡Fの夫が原告A,長男が原告C,長女が原告D,次男が原告B,次女が原告Eであり,原告らは,亡Fの権利義務を相続した。
 2 原告らの主張
  (1) 被告の債務不履行責任又は使用者責任
   ア 被告病院の担当医師の過失
    (ア) EST術時の内視鏡操作上の過失
         被告病院の内視鏡医であるG医師は,平成14年4月9日,亡Fに対し,EST術を施行するため,十二指腸内に内視鏡を用いてスコープを挿入したのであるが,そのスコープ操作に当たっては,かりそめにも十二指腸粘膜・外壁に暴力的に接触して穿孔を生じさせることがないようにすべき注意義務があるのに,これを怠り,スコープ操作の手技を誤って十二指腸の粘膜・外壁に暴力的に接触した過失により,十二指腸に約1㎝四方に及ぶ穿孔を発生させ,穿孔による腹膜炎を生じさせた。
    (イ) 緊急開腹手術時の洗浄不足の過失
         上記のとおり,穿孔による腹膜炎を防止しなければならない非常事態になったため,同日,亡Fに対し,同病院の外科医であるH医師による緊急開腹手術が行われ,穿孔された十二指腸穿孔部位を縫合する手術がされたのであるが,その縫合に当たっては術野を適切に洗浄して,かりそめにも細菌等により膿瘍が生じないようにすべき注意義務があるのに,同医師はこれを怠り,術野の洗浄を十分に行わなかった過失により,細菌等による膿瘍のため高熱状態,CPR値の上昇,ガス産生を伴う膿瘍を形成させ,右胸水,ダグラス窩に腹水を生じさせた。
    (ウ) 胆汁漏出に関する過失
         上記の膿瘍・腹水を改善させるため,平成14年4月23日,亡Fに対し,膿瘍ドレナージ手術が行われたが,そのドレナージを装置させる際にはドレナージチューブを挿入部位に的確に接着させて万一にもその挿入部位から胆汁等が漏出する事態にならないようにすべき注意義務があるのに,被告病院の担当医師は,これを怠り,ドレナージチューブを挿入部位に的確に接着しなかった過失により,Tチューブ挿入部位から胆汁を漏出させ,細菌感染の傷害を負わせた。その上,4月30日には,その胆汁漏れを掴み,これが担当医師と担当部長に報告されたのであるが,直ちに胆汁漏れを防止する処置を講ずべき注意義務があったのに,被告病院の担当医師らは,これを怠り,何らの処置も講じなかった過失により,胆汁漏れを進行させ,逆行性感染の傷害を負わせた。
    (エ) 肺炎治療に関する過失
         亡Fは,その発熱状態が続いた上,平成14年6月2日には胸水増強,呼吸困難等の症状に追い込まれ,同月4日には酸素飽和度の急激な低下も認められるに至ったのであるから,被告病院の担当医師としては,その症状からみて亡Fが肺炎であることを予見してその呼吸状態を改善させる処置を講ずるべき注意義務があったのに,これを怠り,肺炎を疑わず,同月18日まで気管挿管のタイミングも逃すなど何らの措置を講じないで,貴重な時間を浪費させた過失により,肺炎による呼吸停止状態を生じさせた。
(オ) 人工呼吸器管理に関する過失
 人工呼吸器による管理に際しては,亡Fの気管と人工呼吸器とを結ぶ気管カニューレがはずれて酸素吸入に支障が生ずることがないように十分な患者管理をすべき注意義務があるのに,被告病院医師らはこれを怠り,患者の気管から気管カニューレが抜けて酸素不足の状態になったことに気付くのが遅れた過失により,亡Fを死亡させた。
   イ 被告の債務不履行責任
       亡Fは,平成15年4月6日,被告病院との間で,胆石摘出を目的とする診療契約(以下「本件診療契約」という。)を締結していたのであるから,被告病院には,本件診療契約の履行に当たって信義に従い,誠実に亡FのEST術を適切に行い,かつ,術後治療も適切に行い,万が一にも死亡するという事態が発生しないようにこれを防止すべき義務を負っていた。
       そうであるのに,被告病院は,上記義務に違反し,その債務不履行により亡Fを死亡させてしまった。
     したがって,被告には,上記債務不履行により亡Fが被った損害を賠償すべき債務不履行責任がある。
   ウ 被告の使用者責任
        被告病院の担当医師は,亡FのEST術,その後の治療について,医師としての注意義務を怠り,その過失により亡Fを死亡させたのであるから,上記医師の行為は不法行為を構成し,上記医師の使用者である被告には民法第715条の使用者責任規定による損害賠償責任がある。
  (2) 損害
   ア 亡Fの損害
    (ア) 逸失利益                1117万4000円
370万円(平成12年度賃金センサス)×6.04(10年〔平均余命の2分の1〕のライプニッツ係数)×0.5(生活費控除割合50%)=1117万4000円
    (イ) 慰謝料                     3000万円
    (ウ) 原告らの相続
      亡Fの死亡により,原告らは,上記損害賠償請求権4117万4000円(上記(ア)+(イ))を次の割合で相続した。
       原告A    (夫・相続分2分の1)  2058万7000円
       原告B    (子・相続分8分の1)   514万6750円
       原告C    (子・相続分8分の1)   514万6750円
       原告D    (子・相続分8分の1)   514万6750円
       原告E    (子・相続分8分の1)   514万6750円
   イ 原告ら固有の損害
    (ア) 葬儀費用 100万円(原告Aがこれを負担した。)
    (イ) 慰謝料
      原告A                      500万円
      その余の原告ら                 各125万円
    (ウ) 弁護士費用
      原告A                      350万円
      その余の原告ら                  各87万円
   よって,本件診療契約の債務不履行による損害賠償請求権又は民法715条の使用者責任規定による不法行為損害賠償請求権に基づき,被告に対し,原告Aにおいては損害金3008万7000円,原告B,原告C,原告D及び原告Eにおいては各損害金726万6750円並びに各原告ともこれらの各損害金に対する平成15年6月21日(亡Fの死亡の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求める。
 3 被告の主張
  (1) 被告病院の担当医師の過失の不存在
   ア EST術時の過失の不存在
      (ア)  内視鏡医のG医師は,経験も豊富な医師であり,スコープ操作を正しく,愛護的かつ慎重にしており,その手技に過失はない。原告らが主張する暴力的な手技など断じて行われていない。
         EST術後,G医師は,穿孔の可能性を十分考慮し,すぐに外科医と連絡を取り,厳重な状態観察と緊急検査を行って,穿孔の診断と緊急外科手術の決断を迅速かつ適切に行った。そして,その穿孔は,同緊急手術により縫合され治癒している。
      (イ)  本件では,結果的に穿孔が生じているが,その原因は,以下のように考えられ,本件穿孔は避けることのできない不可避的なものであり,G医師の過失によるものではない。
         すなわち,スコープ操作は,正しく,愛護的かつ慎重に行われており,通常そのようなスコープ操作によっては穿孔が起こり得ない。そうすると,それ以前の手術の影響等により十二指腸や総胆管が偏位しており,穿孔を生じさせざるを得ない方向にスコープが行ってしまうような解剖学的構造になっていたものと思われる。そのようなことは非常にまれなことであり到底予測不可能であって,防ぎようがない。
         そして,EST術後の外科緊急手術の所見では,穿孔部分の状況は,裂傷様の穿孔ではなく,内視鏡が直接破ったものではないと考えられたのであり,本件では,偏位等により十二指腸壁にもともと脆弱な部分があって,そこにスコープ操作の影響等により,不可避的に穿孔が生じたものと考えられる。
   イ 緊急開腹手術の過失について
       原告らは,術野の洗浄が十分でなかったため膿瘍が生じたと主張しているが,膿瘍を形成したのは術野(腹腔内)ではなく後腹膜腔である。担当医師は,術中きれいな部分が露出するまで後腹膜を剥離して洗浄しているが,それ以上後腹膜のきれいな部分まで剥離して洗浄することはかえって感染を広げることになる。
       術野の洗浄が適切かつ十分であったことは,平成15年4月24日に施行した再手術の所見において,腹腔内には,後腹膜膿瘍の炎症による反応性の腹水を認めるのみで,膿瘍の形成が認められていなかったことからも明らかである。
       本件においては,結果的に,術後に後腹膜膿瘍を発症しているが,その原因は,十二指腸穿孔部より流出した腸液に起因するものと思われるが,術野の洗浄を適切かつ十分に行っても,全ての細菌を除去することは不可能であり,術後に残った細菌が増殖するのはやむを得ない事態である。腹腔内,後腹膜の膿瘍は,穿孔性腹膜炎の手術時には高頻度に予想される合併症であって,術中の洗浄を十分に行っても起こりうることが認められており,本件後腹膜膿瘍は不可避的なものであった。
       また,本件においては,発症した後腹膜膿瘍に対し,適切な治療が速やかにされており,平成15年4月24日の再手術後,6月初旬ころまでに顕著に改善されている。
   ウ 胆汁漏出に関する過失について
    (ア) ドレナージチューブ装着の点
         原告らはドレナージチューブとTチューブを混同している節がうかがわれるが,両者は,全く別のものであり,ドレナージチューブの挿入部位への的確な装着と,Tチューブ挿入部近傍からの胆汁の漏出とは無関係である。したがって,原告らの主張するドレナージチューブを挿入部位に的確に装着しなかった過失はない。
         なお,確かに,本件においては,結果的に,2回目の手術後,Tチューブ挿入部近傍から胆汁の漏出が認められたが,この原因を事後的に推測すると,Tチューブは2回目の手術手技の対象ではないのであるが,2回目の手術時,Tチューブ挿入部近傍は炎症の波及により,また,血管損傷の危険等から,手をつけられる状況ではなく,確認や処置は不可能な状況であったため,手術操作時に不可避的にTチューブに何らかの影響が及んでしまい(例えば,Tチューブに張力が加わるなど),結果的に胆汁の漏出を来してしまったものと思われる。これは,手術操作にミスがあったわけではなく,手術操作に伴う不可避的な事態であった。
    (イ) 胆汁漏れに対する処置について
         被告病院では,胆汁漏れを確認後,別紙「診療経過一覧表」記載のとおり注意深く経過観察が行われ,必要な治療,処置等が適切に行われているのであって,原告らが主張するような直ちに胆汁漏れを防止すべき処置を講じなかった過失はない。
         結果的に,4月25日の胆道感染確認後,5月27日ころまでの経過において胆道感染を来しているのであるが,胆汁漏出を放置していたわけではなく,別紙「診療経過一覧表」記載のとおり,膿瘍の洗浄,ドレーンの吸引,抗生物質の投与等できる限りの保存的治療を連日施行してきた。
         膿瘍近傍での胆汁漏出から胆道感染が併発することはやむを得ない合併症と考えられる。また,胆道感染が示唆された5月27日以降は,胆汁の培養検査を行い感受性のある抗生物質に変更するなど胆道感染に関する対処が適切に行われ,胆道感染は改善している。
   エ 肺炎を生じさせた過失について
        亡Fに対する診療経過等は,別紙「診療経過一覧表」記載のとおりであるが,肺炎の所見が認められたのは6月11日の胸部レントゲン検査の所見においてであり,それまでは呼吸状態の悪化が肺炎によるものであることを示唆する所見及び症状はなく,適切な診療がされている。
        また,呼吸状態の改善についても専門医に相談した上で適切な診療がされており,何らの措置を講じないで,貴重な時間を浪費させた過失はない。
 オ 人工呼吸器管理に関する過失について
  人工呼吸器は,亡Fが自ら気管カニューレを抜去しようとして浮き上がらせたために,その呼吸状態が悪化したものであり,被告病院医師らについて人工呼吸器管理に関する過失はない。
 カ 原告ら主張の過失と亡Fの死亡との間の因果関係の存在を否認する。
 (2) 損害について
   原告ら主張の損害については,これらを否認し,争う。
第3 当裁判所の判断
 1 裁判所が認定した本件事実経過
   前提事実のほか,証拠(G証言,H証言,原告B供述,甲B8,乙A1から9の3まで,乙B1から7まで,10から13まで)及び弁論の全趣旨により認めることができる事実を加えると,本件の事実経過等は,以下のとおりである。
  (1) 亡Fの診療経過等
     ア 平成14年9月ころ,亡Fは,I町の人間ドックにおいて総ビリルビンの高値を指摘されたため,J病院において諸検査を受けたところ,総胆管結石症と診断され,EST術による治療を勧められたが,年末を控えて家事(同居の夫原告A,次男原告B,次女原告Eと,小学6年生の孫Kの世話)に忙しく,痛みもなかったために同手術を断った(乙A4の165頁)。
       その後,亡Fは,かかりつけの個人病院へ通院し,総胆管結石症の経過観察を受けていたが,平成15年3月27日(以下,特に  断りのない限り日付は平成15年のそれを指す。),CT検査を受けたところ,やはり,総胆管結石,胆管の拡張が認められた。そこで,亡Fは,かかりつけ医から,EST術による治療を強く勧められ,2つの病院を紹介されたことから,そのうち被告病院においてEST術を受けることにした(甲B8,乙A1の21頁)。
     イ 4月6日,亡Fは,被告病院に入院し,内視鏡科部長であったG医師(日本消化器内視鏡学会の専門医・指導医であって,上部消化管検査の経験を1万例以上,EST術やERCP〔EST術と同様に内視鏡を用いて十二指腸乳頭部から膵管及び胆管内に細経チューブを挿入し,造影剤を注入して撮影する施術。内視鏡的逆行性胆管膵管造影〕の経験を1000例以上持つ医師)から,総胆管内に結石があってこれを放置すれば黄疸,発熱,腹痛の原因(胆管炎)になり,重症化すれば命に関わることもあるとの病状説明や,結石を内視鏡を利用して除去するEST術についての説明を受け,スタッフや時間に余裕のある4月9日にEST術を受けることとになった(乙A2の6頁以下)。
     ウ 4月9日午後3時15分ころ,G医師は,亡F(当時69歳6か月)に対してEST術を開始し,プル法によりスコープ操作を行った際に視野が不良となり,いわゆる「赤玉」の状態(赤い粘膜が付着するなどしてほとんど視野がない状態)となった。そこで,G医師は一度スコープを引き,今度はプッシュ法によりスコープ操作を行ったが,やはり視野が不良となった。その際,十二指腸下行脚に陥凹(粘膜欠損)を認め,そのすぐ口側の粘膜には発赤と出血が認められたため(別紙「本件穿孔写真」の右側,乙A9の3),G医師は,EST術を行うことが不可能であると判断してスコープを抜去し,同日午後3時20分ころEST術を中止し,カルテには,「憩室様の陥凹あり,Scopeのストレッチに伴い,Scopeの先頭が陥凹内へ迷入」などと記載した(乙A2の3頁,8頁,34頁,乙B10。なお,憩室とは,管腔臓器を構成する壁の一部が周囲に脱出した状態,又はその部分のことをいう。)。また,G医師は,亡Fに対し,二度謝った上,次男の原告Bに対しても,「憩室かどうか分からないが,十二指腸の中に何か袋のようなものがあり,内視鏡がどうしてもその穴みたいな所に入ろうとするので,中止した。」とのみ説明し,スコープ操作により穿孔を生じさせたかもしれない旨の説明を一切しなかった(甲B8,原告B供述)。
       他方において,G医師は,スコープを抜去した後に,十二指腸乳頭対側の憩室(乙B1の6)へのスコープの迷入による穿孔の可能性があると考え,緊急に腹部単純写真撮影及び腹部CT検査を実施することとしたほか,緊急手術の可能性を含めて集中的な管理が必要であると考え,外科医師にも連絡を取って緊急開腹手術の準備をし,外科と同じ病棟への転棟を手配した(乙A2の8頁,9頁,乙B10)。
       EST術実施後1時間ほどしてから亡Fが腹痛を訴え,CT検査を実施した結果,十二指腸の穿孔が確認されたため,G医師は,被告病院外科のH医師と相談し,亡Fに対して緊急外科手術をすることとした(乙A2の11頁,12頁)。
     エ 同日午後8時ころ,外科のH医師は,G医師立会のもとで,亡Fの十二指腸穿孔に対する緊急開腹手術を実施した。亡Fの腹腔内は,前回(54歳時)の胆嚢結石症に対する胆嚢摘出手術により腹腔内の十二指腸と大腸及び胆嚢床等との癒着が高度であったため,H医師はそれらの癒着を剥離して十二指腸を露出させ,その穿孔部を確認し,穿孔部を縫合閉鎖した上,術野を温生食1000mlにより洗浄した。
       上記手術の際,十二指腸下行脚中央,外側後壁に1cm大の本件穿孔が確認され(別紙「十二指腸病変」図の×印の位置付近。乙B12の1),後腹膜には空気が流入しており,十二指腸外側からウィンズロー孔にかけて胆汁の漏出が認められた。穿孔部分には憩室を認めることができず,裂傷のような形を呈することなく円形に十二指腸壁前層が欠損していた。また,穿孔部分の周囲には膿苔の付着が認められた(乙A4の55頁,56頁)。
       なお,H医師は十二指腸穿孔に対する手術のほかに,総胆管結石症に対する治療として,総胆管載石及びTチューブドレナージ術を施行したほか,術後の胃十二指腸の減圧等を目的として胃瘻を増設した(乙B11)。
     オ 緊急手術後,亡Fは,4月11日に1回のみ38.6度の高熱を出したものの,それ以外は37度台の発熱にとどまっていたが,4月13日には2回にわたって38度2分の発熱をし,4月14日早朝には38.9度の発熱をし(乙A4の109頁・検温表),同日のCRP値も21.53まで上昇した。そこで,H医師は膿瘍の形成を疑い,CT検査を実施することとした(乙A4の15頁,79頁,168頁から171頁,乙B11)。
       4月15日,CT検査が実施され,右後腹膜腔に膿瘍の形成が認められ,その膿瘍は,右腎周囲腔,前後の傍腎腔,右腸腰筋に沿って骨盤内まで及んでいることが確認された。また,右胸水及びダグラス窩に腹水も認められ(乙A8の5頁),それらが発熱の原因であると疑われた(乙A4の80頁)。
     カ その後も亡Fは発熱が続き,4月16日にはそのCRP値が28.54に上昇した。そして,同日には外科部長の回診が行われたが,その際,H医師が外科部長に対し,「十二指腸穿孔の手術後の患者であり,全身状態は改善傾向にあるが,発熱があり,CT上は膿瘍の疑いがある。」旨の説明をしたところ,外科部長は,もう少し経過観察をするのが良い旨の意見を述べた(乙A4の80頁)。そこで,H医師は,ドレーンを新設し,抗生物質を変更してその効果を見ることとした(H証言38頁以下)。
       しかし,4月17日には黄だん症状が現れ,4月18日には挿入されたドレーン周辺部から滲出物が多量に出てくるなどの状態となった(乙A4の15頁,80頁,81頁,172頁,173頁)。
       4月22日,前日の血液検査ではCRP値が19.02となっていたものの,発熱が継続していることから,H医師は,再度CT検査を行ったところ,膿瘍の増大が認められるなど後腹膜膿瘍の増悪が認められたため,4月23日の外科部長回診の際,外科部長に対し,開腹ドレナージ手術が必要であると考える旨の説明をし,外科部長も同じ意見であったことから,翌4月24日に再手術を施行することにした(乙A4の15頁,82頁,83頁,乙A8の7頁)。
     キ 4月24日,H医師が再手術(開腹ドレナージ術)を施行し,後腹膜を開いて膿を吸引するとともに膿瘍腔を温生食5000mlで洗浄し,ドレナージチューブを留置した。
       上記手術の際,肝門部近傍(Tチューブ留置付近)が炎症により一塊となっており,後腹膜を開くと広範囲にわたって膿瘍の存在が認められた(乙A4の63頁,64頁)。
     ク 4月25日,緊急手術(4月9日実施)の際に留置されたTチューブ挿入部付近から胆汁の漏出が認められた。造影検査が行われ,胆汁漏出部分が確認されたが,Tチューブを留置している部分の炎症が強く一塊となっておりその漏出部分を外科的に処置することが不可能であると判断されたため,経過観察とされた(乙A4の83頁,84頁,乙B11)。
       同日以降,亡Fに対しては膿瘍腔の洗浄等の保存的治療が実施され,4月28日にはCRP値が11.06まで低下し,全身状態も改善の傾向が見られたが,発熱は依然として継続しており,5月3日にはTチューブからの排液がほとんどないという状態になった。また,5月4日には,膿瘍内のドレナージチューブから胆汁が滲みだし,流出が認められた(乙A4の15頁,84頁から87頁,180頁から182頁)。
     ケ 5月6日,胆道造影が実施され,胆汁漏れの増悪が認められた。また,Tチューブが浮いていたため再固定をするとともに,胆汁が膿瘍内に広がらないようにドレーンを継続吸引とし,漏れの限局化を図った(乙A4の88頁)。
       同日以降,亡Fの発熱が持続し,Tチューブ付近からの胆汁漏れの多い状態が継続した(乙A4の89頁,90頁,182頁から184頁)。
     コ 5月13日,CT検査が行われたが,4月22日に行われたCT検査の際に認められた右後腹膜腔を右腸腰筋に沿って骨盤内に進展する膿瘍はほぼ消失し,右腎周囲腔,右前後傍腎腔に認められるのみとなった。また,右胸水はわずかに増量していたが,ダグラス窩の腹水はほぼ消失していることが認められた(乙A4の90頁,乙A8の9頁)。
       同日以降,胆汁漏れの拡大傾向は認められなかったが,亡Fの発熱は依然として継続しており,5月20日の胆道造影の際には総胆管の屈曲が確認され,Tチューブが有効に作用しなくなっていることが示唆された(乙A4の90頁から93頁,185頁から190頁)。
     サ 5月27日,胆汁に胆泥が混入するようになり,胆道感染が疑われたため,経皮経肝胆管ドレナージ(胆管内に挿管して胆道の減圧を図る方法の一つであり,経被経管的に肝内胆管を穿刺し,胆管内にドレナージチューブを挿入・留置するもの。PTCD。乙B1の12)挿入後,Tチューブを抜去する方針とされた。
       5月29日に上記方針に従ってTチューブが抜去され,PTCDが挿入されたが(乙A4の94頁),亡Fの発熱は,同日以降も継続した(同190頁から192頁)。
なお,5月28日には,原告ら家族が亡Fの診療について不信感を持っていたことから,原告ら家族の申し入れにより,被告病院の外科部長,H医師,事務長らと原告ら家族との面談の機会がもうけられた。
     シ 5月31日夜,亡Fから胸部不快の訴えがされ,午後8時にはSAT(血中酸素飽和度)が90%まで低下したが,酸素投与が行われて改善された(乙A4の95頁,192頁)。6月1日にも亡Fは呼吸苦を訴え,一時的にSATが低下したが,酸素投与により改善された。
       6月2日にも亡Fが胸部不快を訴えたため,レントゲン検査が実施され,胸水の増加が認められたが,様子を見ることとされた(乙A4の95頁,193頁)。
     ス 6月4日,胆管内に結石が遺残しているかを検索するため胆道内視鏡検査が行われたところ,胆管に胆泥が多いものの,結石は認められなかった。レントゲン検査も行われ,両側に胸水が認められたが,肺炎の所見は見られなかった(乙A4の98頁)。
       また,同日午後10時ころ,SATが88%まで低下し,呼吸状態の悪化が認められたが,酸素投与により改善された(乙A4の98頁)。
     セ 6月5日にはCT検査が行われ,検査の結果,後腹膜膿瘍は前回(5月13日)のCT検査時より縮小傾向にあるが,両側胸水は増量しており,骨盤内に少量の腹水の出現していることが確認された(乙A8の11頁)。
       H医師は,増強がみられた胸水については,肺炎の所見が指摘されておらず,全身状態がなお良くないことから,侵襲をかけないようにと考え,利尿剤でコントロールを試みることとした(乙B11)。
     同日以降も亡Fの全身状態の顕著な改善はみられず,その発熱も継続していた(乙A4の194頁,195頁,乙B11)。
     ソ 6月11日に行われたレントゲン検査において肺炎の所見が認められた。
       同日午後にはSATも低下してきたため酸素投与量が増加され,胸腔ドレーンが挿入され,浸出液600mlが引き抜かれた(乙A4の100頁,101頁,196頁)。
       6月12日には呼吸状態の悪化についてH医師が呼吸器内科と相談し,気管切開を行うこととする治療方針を決定したが,原告ら家族の希望により,抗生剤,利尿剤,気管支拡張剤による保存的治療が継続された。
なお,6月12日にも不信感を抱いている原告ら家族の申し入れにより,被告病院の外科部長,G医師,事務局長と原告ら家族が面談の機会をもうけた。その際,G医師は,原告Bらに対し,「内視鏡の先は丸くなっているし,手術の時に見ても十二指腸には穿孔のあとはみられなかったのでミスということは考えられない。ただ自分が入れた内視鏡により何らかの影響を受けて腹膜炎を起こしたことは事実ですから,あれは事故である。」旨の説明をした(甲B8の11頁)。
     タ その後も亡Fの呼吸状態は不良な状態が続き,H医師は,6月16日には呼吸状態が不良であることの原因が心不全である可能性もあると考え,心エコー検査を実施した。
     チ 6月18日,呼吸状態が更に悪化したため,H医師は,気管切開術を施行し,人工呼吸器を装着したが,原告ら家族の希望に従い,人工呼吸器による呼吸補助を行わなかった(乙A4の106頁)。
     ツ 6月20日,家族がいる状況において,呼吸状態の悪化した亡Fが自ら人工呼吸器の気管カニューレを抜去しようとして人工呼吸器から浮き上がらせたために,その呼吸状態が一層悪化し,家族からのナースコールにより看護士がかけつけたが,午前6時30分ころ心肺停止状態となり,緊急処置が講じられたが回復せず,午前7時45分,亡Fは死亡した(乙A4の108頁,205頁)。
  (2) EST術等に関する知見
     ア EST術は,胆管結石除去のために開発された内視鏡的治療法であり,ワイヤー状電気メスを装備したカテーテルを乳頭から胆管内へ挿入し,高周波電流を用いて乳頭縦ひだを切開開放するものである(乙B1の1)。
       EST術に際しては,狭い十二指腸下行部においてスコープと平行する十二指腸乳頭への処置を行うため,通常の上部内視鏡検査に用いられる直視鏡ではなく,側視鏡(スコープ先端付近の側面にCCDと鉗子孔がある消化管内視鏡)が用いられる(乙B13)。
     イ EST術では側視鏡が用いられ,また,スコープの挿入時に時間がかかって空気が胃内部へ多く入るとスコープが直線化しにくくなり,その後の処置に支障を来すことから,素早い操作により胃内に空気をほとんど入れずに通過させる必要がある。そのため,内視鏡画面がほとんど見えない状態でスコープが十二指腸球部に入る。したがって,スコープ操作に当たっては抵抗を手で敏感に感じることが重要とされている(乙B13)。
       十二指腸球部から乳頭部までスコープを挿入する手技には,スコープをそのまま押しながら挿入するプッシュ法と,上十二指腸角を越えたところからスコープにひねりを加えながら引き抜く操作を行ってスコープの先端を進めるプル法の2つの手技がある。現在のスコープはプル法に適するようにできているので,通常はプル法で行うことが多いが,乳頭の正面視が困難な場合には,プッシュ法に切り替えることとされている(乙B2の1,13)。
     ウ EST術の合併症としては,急性膵炎,出血,十二指腸穿孔等があり,EST術と同様に内視鏡を用いて十二指腸乳頭部から膵管及び胆管内に細経チューブを挿入し,造影剤を注入して撮影するERCPの合併症として生ずる穿孔の頻度は,0.01%程度である(乙B1の2,2の2,5,6の2)。
       ERCPの際,通常穿孔が生ずることはないが,いわゆるゲップやシャックリをすると穿孔を生ずることがある。また,憩室内乳頭の場合に乳頭口が分からずにカニューレ(細い管)で探りながら操作すると,憩室を突き刺し,穿孔を生ずることがある。穿孔が生じた直後は,患者は激痛を訴えることがほとんどなく,不快感があるだけのことが多く,その後痛みが強くなっていく(乙B5,13)。
また,「内視鏡を十二指腸に入れた直後にいわゆる内視鏡の直線化を行うが,内視鏡をゆっくり引き抜いて直線化するときに先端を進める力は考える以上に大きいようで,直線化の直後に内視鏡が十二指腸外へ出て腹腔内の脂肪組織が見えたという事例もある。したがって,乳頭近くまで下行脚に深く入って直線化を始めると,先端が入りすぎて十二指腸下角に穿孔を生じさせる可能性が高くなる。内視鏡の直線化は十二指腸球部を少し超えた付近で行うのが安全策である。」旨指摘する医学文献もある(乙B4の2)。
 2 被告病院の担当医師の過失について
    (1)ア 前記認定のとおり,G医師が亡Fに対してEST術を実施して,スコープを十二指腸に挿入した際に,十二指腸下行脚中央,外側後壁に1cm大の本件穿孔が生じており,当初プル法によるスコープ操作を行った際に視野が突然不良となっている。そして,一般的にも内視鏡をゆっくり引き抜いて直線化するときに先端を進める力が予想以上に大きいと指摘されていることを勘案すると,当初のプル法によるスコープの操作の際に,スコープの先端等が十二指腸乳頭部対側に向き,粘膜面に対して垂直方向に大きな外力を与えたことにより本件穿孔を生じさせたものであることが強く推認される(乙B8)。
     イ また,スコープの先端部の大きさ(先端部外径13.5㎜〔乙A10〕)及び形状と,本件穿孔の1㎝大という大きさ及び形状はほぼ一致している。すなわち,外径13.5㎜のスコープ先端部による穿孔が縮むと本件穿孔のような1㎝大になることがあるであろうし,本件穿孔の形状は,スコープ先端部の形状が縮んだものと理解しても矛盾はないということができる(別紙「本件穿孔写真」の右側参照)。したがって,本件穿孔を生じた直後の本件穿孔の画像の点からも,スコープの先端部が粘膜面に対して垂直方向に外力を与えたことが本件穿孔の原因であるものと認めても差し支えない。
     ウ さらに,前記認定のとおり,G医師が内視鏡手術を中止した後に,亡Fに腹痛が出現する前の段階で直ちに緊急の腹部単純写真撮影及び腹部CT検査を実施し,外科医師にも連絡して緊急開腹手術の準備等を済ませた上(G証言12頁,23頁),亡Fに対しては内視鏡手術の中止を二度謝っていたこと,原告ら家族に対してはスコープ操作により本件穿孔を生じさせた可能性があることを明確に説明しておらず,曖昧な説明をしていたことからすると,G医師は自分の不適切なスコープ操作により本件穿孔を生じさせた可能性もあることを内視鏡手術の中止直後から自覚していたのではないかとうかがわれる。
     エ 以上の諸事情に加えて,一般的にEST術と同様のERCP術により穿孔が発生する確率が約0.01%と極めて少ないと報告されていることに照らすと,本件においては,EST術を実施したG医師にはスコープの操作上の過失があるものと推認するのが相当である。
    2) これに対して,被告は,「亡Fは以前の胆嚢摘出手術の影響等により十二指腸や総胆管が偏位して穿孔せざるを得ない方向にスコープが行ってしまうような解剖学的構造になっていたものと思われる。したがって,G医師には過失がない。」旨主張する。
      しかしながら,十二指腸穿孔を生じた当日の緊急開腹手術時の医療記録には,癒着の存在のみが記載されており,十二指腸や総胆管に著しい偏位があった旨の記載はないし,緊急手術後の被告病院の原告ら家族に対する数回にわたる説明の中においても被告病院医師らがそのような偏位の可能性を指摘したことがなかった。そして,何よりも,本件の医療記録中には被告が主張するような偏位の存在を裏付ける足りる客観的証拠がない。したがって,亡Fの十二指腸や総胆管に顕著な偏位があったものと認めることはできない。
      なお,仮に被告主張のような前回手術後の癒着による顕著な偏位があったとしても,亡Fが54歳時に胆嚢摘出手術を受けていたことはG医師らにおいても既に認識していたことであるから,当然に癒着に伴う偏位があるかもしれないと予想しながら慎重にスコープ操作をすべきであったということができるから,前回手術後の癒着による顕著な偏位の存在をもってG医師の過失の存在の前記認定を覆すことはできない。
    (3) 次に,被告は,「G医師のスコープ操作は適切であった。本件穿孔は裂傷様の穿孔ではなく,内視鏡が直接破ったものではないと考えられ,内視鏡操作のみによる穿孔ではなく,もともとあった脆弱部分が内視鏡操作の影響などで開放されるに至った可能性がある。」などとも主張し,これに沿った大学付属病院医師の意見書(乙B8)を提出している。
      しかしながら,緊急開腹手術の際には憩室の存在を疑っていたG医師の立会のもとで本件穿孔部分には憩室の存在しなかったことが確認されているから,憩室の存在に伴うような脆弱な部分が本件穿孔付近にあったということはできない。また,本件の被告病院の医師らは,当時から不信感を表明する原告ら家族に対する説明の中においても,そのような脆弱な部分があったから本件穿孔が生じたとの説明をしていなかった。さらに,前記意見書は,L大学付属病院の勤務経験のあるG医師が自らL大学医学部助教授に依頼して作成してもらったものであるから(G証言14頁),たやすく採用することができない。そして,何よりも,本件の医療記録中には,亡Fの十二指腸にもともと脆弱な部分が存在していたことを認めるに足りるような客観的証拠がない。かえって,本件穿孔の内視鏡画像(乙A9の1から3)によれば,本件穿孔の周囲が他の粘膜と同様の健全な粘膜組織であって,特に脆弱な部分の存在がうかがわれず,スコープの先端部にほぼ近い形状で本件穿孔の欠損が生じていることからすると,脆弱な部分はなかったことがうかがわれる(脆弱な部分があったがためにその脆弱な部分のみ粘膜欠損が生じたとすると,その脆弱な部分の形状がスコープの形状と偶然にもほぼ一致していることになろうが,そのような偶然の一致は考えがたい。)。
 (4) そして,G医師が日本消化器内視鏡学会の専門医・指導医であって,ERCPやEST術の経験を1000例以上有することも,前記過失の推認を左右するには足りない。
 (5) 以上の検討によれば,本件の担当医師にはスコープの操作上の過失があるというべきである。
 3 被告の責任(因果関係等)について
     そして,前記の事実経過に照らせば,本件穿孔を生じた後の緊急手術時の術野洗浄に関する過失,胆汁漏出に関する過失,肺炎治療に関する過失,又は人工呼吸器管理に関する過失の有無を問わず,本件穿孔を生じた後の容態悪化は本件穿孔後の病状の推移の一つとして想定されうる範囲内のものであると認めることができるから,上記担当医師の過失と亡Fが死亡した結果との間には相当因果関係があるものというべきである。
     したがって,その余の点(緊急手術時の術野洗浄に関する過失,胆汁漏出に関する過失,肺炎治療に関する過失又は人工呼吸器管理に関する過失の有無)について判断するまでもなく,G医師を雇用している被告には,民法715条により,亡F及び原告らに生じた損害を賠償すべき不法行為損害賠償責任がある。
なお,原告ら主張の債務不履行責任については,原告ら固有の慰謝料請求や弁護士費用相当の損害賠償請求が認められず,遅延損害金の起算日の点においても,不法行為責任よりも原告らにとって不利であるから,上記のとおり不法行為責任が認められる以上,本件においては,判断するまでもない。
 4 損害について
  (1) 亡Fの損害
   ア 逸失利益     1047万4765円
       亡Fは昭和8年9月30日生(死亡時69歳)で,家事に従事していたものであるが,そうであれば,逸失利益算定の基礎収入は,平成15年賃金センサス65歳以上女子労働者の平均賃金額(294万7400円)を基礎とし,就労可能年数を平均余命の2分の1である9年とし,生活費控除率を50%とするのが相当である。そして,これを前提に中間利息を控除すれば,亡Fの逸失利益は,次のとおり1047万4765円となる。
    294万7400円×(1-0.5)×7.1078=1047万4765円
   イ 慰謝料 1500万円
     亡Fの慰謝料としては,1500万円が相当である。
ウ 原告Fの損害額(原告ら相続額)       2547万4765円
   原告A             1273万7382円
    原告B,原告C,原告D及び原告E     各318万4346円
  (2) 原告ら固有の損害
   ア 葬祭費用 100万円(原告A)
   イ 慰謝料  原告A                    300万円
            原告B,原告C,原告D及び原告E 各100万円
  (3) 相続分と固有損害を加えた原告らの損害額
      原告A                     1673万7382円
  原告B,原告C,原告D及び原告E     各418万4346円
 5 結 論
     以上によれば,原告らの請求は,民法715条の使用者責任規定による不法行為損害賠償請求権に基づき,被告に対し,原告Aにおいては損害金1673万7382円,原告B,原告C,原告D及び原告Eにおいては各損害金418万4346円並びに各損害金に対する不法行為の後の平成15年6月21日(亡Fの死亡の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからそれらの限度で認容し,その余は理由がないからいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
     青森地方裁判所第2民事部
        裁判長裁判官  齊    木    教    朗
             裁判官  伊    澤    文    子
             裁判官  石    井    芳    明