hanrei @Wiki H17.10.25 甲府地方裁判所 平成16年(ワ)第301号 平成17年(ワ)第205号 平成17年(ワ)第273号 自衛隊イラク派遣違憲確認等請求(甲事件)(乙事件)(丙事件)



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平成16年(ワ)第301号 自衛隊イラク派遣違憲確認等請求事件(甲事件)
平成17年(ワ)第205号 自衛隊イラク派遣違憲確認等請求事件(乙事件)
平成17年(ワ)第273号 自衛隊イラク派遣違憲確認等請求事件(丙事件)

          主    文
 1 甲事件原告A,B,C,D,E,F,G及びH,乙事件原告I並びに丙事件原告Jの請求の趣旨(1)ア,イ記載の各請求に係る訴え(本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴え)をいずれも却下する。
 2 上記甲,乙及び丙事件原告ら10名のその余の請求並びにその余の甲,乙及び丙事件原告らの請求(本件損害賠償請求)をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,甲,乙及び丙事件原告らの負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 請求の趣旨
 (1) 甲事件原告A,B,C,D,E,F,G及びH,乙事件原告I並びに丙事件原告J(以下「原告Aほか9名」という。)の請求
 ア 本件派遣差止請求
   被告は,イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法(平成15年法律第137号,以下「イラク特措法」という。)及び同法4条に基づき定められたイラク特措法に基づく対応措置に関する基本計画(以下「基本計画」という。)により,自衛隊をイラク並びにその周辺地域及び海域に派遣してはならない(以下,この請求を「本件派遣差止請求」といい,同請求に係る訴えを「本件派遣差止めの訴え」いう。)。
 イ 本件違憲確認請求
   原告Aほか9名と被告との間において,被告が,イラク特措法及び基本計画により,自衛隊をイラク並びにその周辺地域及び海域に派遣し,同法及び同計画に基づく活動を行っていることが憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることを確認する(以下,この請求を「本件違憲確認請求」といい,同請求に係る訴えを「本件違憲確認の訴え」という。)。
 (2) 甲,乙及び丙事件原告ら(以下,単に「原告ら」という。)の請求(本件損害賠償請求)
  被告は,原告ら各自に対し,金1万円並びにこれに対する甲事件原告らについては平成16年9月29日から,乙事件原告らについては平成17年5月3日から及び丙事件原告らについては平成17年6月28日から,いずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(以下,この請求を「本件損害賠償請求」という。)。
 (3) 訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,被告の負担とする。
 (4) 上記(2)につき仮執行宣言
 2 請求の趣旨に対する答弁
 (1) 本案前の答弁
 ア 原告Aほか9名の本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えをいずれも却下する。
 イ 訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,原告らの負担とする。
 (2) 本案の答弁
 ア 原告らの請求をいずれも棄却する。
 イ 訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,原告らの負担とする。
 ウ 担保を条件とする仮執行免脱宣言及び執行開始時期を判決が被告に送達されてから14日経過後とする宣言
第2 事案の概要
 1 事案の要旨
 本件は,原告らが,「被告(国)は,イラク特措法及び基本計画に基づき,自衛隊をイラク並びにその周辺地域及び海域に派遣しているところ(以下,この派遣を「本件派遣」という。),原告らは,本件派遣によって,①憲法前文を根拠とする平和的生存権,②憲法前文及び13条を根拠とする平和追求権,③憲法前文の平和的生存権を制度的に具体化した憲法9条を根拠とする戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに④人格権又は人格的利益を侵害され,多大な精神的苦痛を被った。」などと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,前記精神的苦痛に対する慰謝料の一部として,各1万円の支払を求めるとともに(附帯請求は,甲,乙及び丙事件の各訴状送達の日の翌日からの民法所定年5分の割合による遅延損害金請求である。),原告Aほか9名が,前記①ないし④の各権利に基づき,被告に対し,本件派遣の差止めを求め,また,被告との間で,本件派遣が憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることの確認を求めている事案である。
 2 前提となる事実(当裁判所に顕著な事実)
 (1) イラク特措法は,平成15年7月26日,国会において可決され,同年8月1日,公布,施行された。
 (2) 政府は,平成15年12月9日,同法4条に基づき,基本計画を閣議決定した。
 (3) 防衛庁長官は,同法8条2項に基づき,基本計画に従い,対応措置として実施される業務としての役務の提供について実施要項を定め,平成15年12月18日,内閣総理大臣の承認を得た上,翌19日,陸上,海上及び航空自衛隊に対し,対応措置を実施するよう命じた。
 (4) これを受け,同日以降,自衛隊は,順次部隊を現地に派遣し,医療,給水,公共施設の復旧・整備,物資などの輸送を中心とした活動(人道復興支援活動)や諸外国が行うイラクの国内の安全と安定を回復する活動の支援(安全確保支援活動)を行っている。
 (5) 基本計画に示された派遣期間は1年間とされていたが,政府は,平成16年12月9日,基本計画の変更を閣議決定し,自衛隊による活動を継続することとし,同日,防衛庁長官は,実施要項を変更し,内閣総理大臣の承認を得た。
 3 原告らの主張(請求原因及び被告の主張に対する反論等)
 (1) 本件訴訟の意義
  本件訴訟は,原告らが,政府によって日本国憲法が決定的に侵害され,自衛隊のイラク派兵が強行されるのを目の当たりにして,これを黙認すれば,憲法の根幹が破壊され,立憲主義は崩壊し,再び戦争への道が開かれるのではないかという強い危機感を抱き,提訴したものである。
  米英によるイラク戦争は紛れも無い侵略戦争であり,この戦争を支持すること自体が違憲行為である。ましてや自衛隊のイラク派兵は,国連憲章にも国際法にも違反する米英の侵略・占領への積極的加担であり,憲法秩序を根底から破壊するものといわざるを得ない。すなわち,自衛隊のイラク派兵は,以下に述べるとおり,明白に違憲である。
  第1に,自衛隊のイラク派兵は,そもそもその根拠となるイラク特措法が憲法9条違反であるばかりでなく,重火器等を携行していること,占領軍の一員として占領支配の一翼を担うこと,国際法上違法な米英軍の侵略行為と占領に加担するものとして憲法前文及び9条に違反する。
  第2に,現状での自衛隊のイラク派兵は,「現に戦闘行為が行われておらず,かつ,そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる」(イラク特措法2条3項)とはいえない地域で実施されており,明らかにイラク特措法に違反している。また,イラク南部のサマワで人道復興支援活動を展開する陸上自衛隊が始めからその正当防衛の限度を超えた重火器等を携行して他国の領土で活動していることは,自衛の範囲を超え,実施地域での武力行使を招くおそれがあり,自衛隊法3条1項にも違反している。
  また,イラクに派兵されている自衛隊をイラク多国籍軍に参加させることも憲法違反である。
  そこで,原告らは,下記(2)で述べる権利等に基づき,裁判所が違憲審査権を行使することを求め,提訴するものである。
 (2) 本件派遣によって侵害される原告らの権利等について
 ア 平和的生存権
   憲法前文は,「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」したことを受けて,「全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利」を有することを確認している。この憲法前文は,近代憲法の下において,平和が人権保障の基本的な条件であるにもかかわらず,平和に関する問題が個々人の権利の問題ではなく,多数決によって運用される代表民主制の論理の支配する事項とされ,結局,人権は多数決原理によっても侵すことのできないものではあったが,その基本的な条件である平和に関する事項が多数決原理によって支配されていたため,絶対的に保障されるはずの人権が,「多数決原理によって決められる国の政策によって平和が達成されている限り」という留保付きで保障されるにすぎなかったことを克服した規定である。また,憲法前文には,裁判規範性が認められ,かつ,憲法前文には,「平和のうちに生存する権利」と明記してある。この憲法前文によれば,全世界の国民には,戦争などに起因する恐怖や欠乏に脅かされない権利,すなわち平和的生存権が保障されているというべきである。憲法前文,9条及び13条などを総合的に解釈すれば,平和的生存権は,「戦争などに起因する恐怖や欠乏に脅かされない権利」であり,極めて明快な内容を有し,決して抽象的な権利ではなく,明らかに裁判規範性を有する具体的な権利である。
   被告は,平和的生存権は具体的権利ではない旨主張し,平和的生存権の具体的権利性を否定したこれまでの裁判例を指摘する。しかしながら,①本件派遣においては,自衛隊が専守防衛の範囲を明らかに超えて,武器を携帯して海外の戦闘地域に派遣されていること,②現代社会においては,国際紛争に武力介入することによって民間人に対する無差別テロ行為の危険性が非常に高まっていること,③海外で活動する日本人が増加していること,④アメリカ合衆国の国家安全保障戦略が先制攻撃を肯定するに至ったことなど,従前の平和的生存権の具体的権利性が争われた裁判時の社会情勢とは全く異なっており,仮に本件派遣以前の自衛隊の海外派遣時には平和的生存権の具体性が依然として顕在化していなかったとしても,本件派遣によって平和的生存権の具体性が明確に顕在化したというべきである。
 イ 平和追求権
   平和的生存権は,上記アで述べたとおり,それ自体具体的な権利であるが,それにとどまらず,憲法解釈の指針になると解すべきである。したがって,憲法の各条項の解釈に当たっても,憲法前文に定められている平和的生存権の理念を反映することが求められる。そして,憲法13条は,生命,自由及び幸福追求に対する権利を保障している。この生命,自由及び幸福追求に対する権利は,戦争のない社会が前提となって初めて認められる権利である。「生命」も「自由」も「幸福の追求」も,戦争をする,あるいは戦争をしようとする国家の下では保障されない。そこで,憲法13条を憲法前文の平和的生存権の理想と一体化してとらえた場合,生命,自由,幸福を追求する13条の核心部分として,平和な社会の実現を目指し,能動的に平和を追求する権利が保障されていると解すべきである。そもそも,平和な社会を実現する権限は,国家の専権であるはずがない。憲法13条及び憲法前文によって,原告ら各自に,日本国の内外を問わず,平和な社会を追求する権利(以下「平和追求権」という。)が保障されていると解すべきである。
 ウ 戦争や武力行使をしない日本に生きる権利
   憲法は,前文で確認された平和的生存権を制度面で具体的に実現すべく,9条により国が戦争や武力の行使,武力による威嚇をすることを禁止した。これにより,国は,戦争や武力行使をしない義務が課されているというべきである。この義務に違反する国の活動は,憲法の根本原理である平和主義に対する緊急かつ重大な憲法違反行為であり,国会の審理において民主的に違憲状態が回復されることを待つことのできない決定的な違憲状態にあるといえる。したがって,国が憲法9条の義務に反する違憲行為をした場合には,原告らは,直接「恐怖や欠乏」に陥ることがない時点においても,すなわち,憲法前文の「平和的生存権」の侵害に至らない時点においても,国が憲法9条に反する活動をしたこと自体によって,直ちに違憲行為の排除を請求する権利,すなわち戦争や武力行使をしない日本に生きる権利が保障されていると解すべきである。そして,国が「戦争や武力行使」に至る違憲な行為に及んだ場合には,戦争や武力行使をしない日本に生きる権利が侵害されたこととなり,憲法9条によって直ちに国に対してその違憲行為を差し止める権利が保障されていると解すべきである。
 エ 人格権
   本件派遣は,日本人や日本に生活する人々を実際に戦争状態に巻き込む危険性(テロ行為や人質事件に巻き込まれる危険性も含む。)の高い行為である。そして,原告らは,平和主義を原則として,戦争及び戦力の放棄を宣言している憲法の保護の下にあり,この憲法の平和主義の理念を支持している。したがって,原告らは,政府の行為によって,戦争や人殺しに加担しないことが法的に予定されるという一定の特殊な地位にあるというべきである。原告らは,本件派遣によって,戦争や人殺しに加担したくないという信念を踏みにじられ,イラクで子供を含む多数の市民が死亡していることや日本人が拉致,殺害されたことに深い悲しみを覚え,無差別テロ行為の被害に遭いたくないという恐怖感を抱くなど,本件派遣による不快感,不安感及び焦燥感などの精神的苦痛は深刻である。これらの感情は,通常の社会生活上生じ得ないような精神的苦痛であり,社会通念上受忍すべき限度を超える。したがって,本件派遣は,原告らの人格権又は国家賠償法上保護に値する人格的な利益を侵害するというべきである。
 (3) 本件派遣差止めの訴えについて
 ア 本件派遣は,自衛隊を海外に派遣し,外国の軍隊と一体となって戦争遂行に加わる国家の行為であり,憲法9条に明白に違反し,原告Aほか9名の平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益を重大かつ根本的に侵害するものである。この侵害行為に対して損害賠償が認められたとしても,その侵害行為である本件派遣の差止めが認められなければ,前記各権利に対する侵害が継続することになり,日本人や日本に生活する人々を実際に戦争状態に巻き込む危険性(テロ行為や人質事件に巻き込まれる危険性も含む。)は,極めて高くなる。また,自衛隊に対して攻撃が加えられれば,自衛隊は反撃せざるを得なくなり,報復と憎しみの連鎖により,武力衝突は拡大の一途をたどり,前記各権利への侵害は,もはや事後的な損害賠償では回復不可能となる。また,そもそも前記各権利は,戦争を事前に回避するという差止請求こそが正に権利の内実をなすというべきである。そうすると,前記各権利は,その権利の内容として,侵害の差止めを求めることができる権利であると解すべきであり,本件においては,民事上の請求として,被告である国に対し,本件派遣の差止めを求めることができる権利であると解すべきである。
 イ よって,原告Aほか9名は,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権による差止請求権に基づき,被告に対し,本件派遣の差止めを求める。
 ウ 被告は,本件派遣差止めの訴えが法律上の争訟ではない旨主張する。しかしながら,法律上の争訟の要件は,①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること,②それが法令の適用により終局的に解決できるものであることの2点であり,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益は,上
記(2)で述べたとおり,具体的な権利であるから,上記①の要件を充足する。また,本件派遣の差止めが認められれば,原告Aほか9名の前記各権利に対する侵害が除去され,紛争を終局的に解決するから,上記②の要件も充足する。したがって,本件派遣差止めの訴えは,法律上の争訟であり,不適法ではない。
 エ また,被告は,「本件訴訟は,一見,具体的な争訟事件のごとき形式を採っているものの,実際には,私人としての原告らと被告との間に利害の対立は存在せず,原告らは,司法的解決のために本件を提起したものではない。本件訴訟の目的は,日本国政府に政策の転換を迫る点にあることは明らかである。」と主張する。しかしながら,原告らは,本件派遣が違憲,違法であり,本件派遣によって原告らの具体的な権利が侵害されていると主張しているのであって,原告らの請求が認められた結果,日本国政府が政策転換を余儀なくされたとしても,それは立憲主義の帰結であって,憲法を頂点とする現行法体系の予定するところである。
 (4) 本件違憲確認の訴えについて
 ア 上記のとおり,本件派遣は違憲であるので,原告Aほか9名は,被告に対し,本件派遣が憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることの確認を求める。
 イ 被告は,本件違憲確認の訴えは,法律上の争訟ではなく,また,確認の利益もないから不適法であると主張する。しかしながら,本件違憲確認の訴えは,本件派遣が原告らの平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利を侵害し,憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることの確認を求める訴えであるから,法律上の争訟である。また,本件派遣は,単なる事実行為ではなく,専守防衛の範囲を超えた戦争行為であり,日本人や日本に生活する人々に必然的に戦争状態下での生活を強いるものである。戦争状態下では,生命,身体の安全が脅かされ,あらゆる人権が戦争遂行の目的のために制限を受けることになり,最大の人権侵害と具体的損害を与えるものであることは明白である。仮に,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益への侵害が認められたことによって本件損害賠償請求が認容されたとしても,本件派遣が違憲であることの確認がなされなければ,本件派遣が延長され,あるいは,いったん派遣が中止されても再開され,今後も違法行為が繰り返される危険がある。したがって,本件確認の訴えには,確認の利益が存在し,本件違憲確認の訴えは適法である。
 (5) 本件損害賠償請求について
 ア 原告らは,本件派遣によって,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益を侵害され,多大な精神的苦痛を被った。
 イ よって,原告らは,国家賠償法1条1項に基づき,被告に対し,本件派遣によって原告らが被った精神的苦痛に対する慰謝料の一部として,1万円及びこれに対する各事件の訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 4 被告の主張(本案前の主張及び原告の主張に対する反論等)
 (1) 原告らの主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利について
 ア 平和的生存権
   平和的生存権が憲法上保障された具体的権利であるか否かについては,最高裁平成元年6月20日第三小法廷判決(民集43巻6号385頁)が,「上告人らが平和主義ないし平和的生存権として主張する平和とは,理念ないし目的としての抽象概念であって,それ自体が独立して,具体的訴訟において私法上の行為の効力の判断基準になるものとはいえない。」と判示し,同様の判断が多数の裁判例によって繰り返されている。
   また,平和的生存権が具体的権利ではないことは,学説の通説的見解である。すなわち,権利には極めて抽象的,一般的なものから,具体的,個別的なものまで各種,各段階のものがあるが,そのうち裁判上の救済が得られるのは具体的,個別的な権利に限られる。しかし,平和的生存権は,その概念そのものが抽象的かつ不明瞭であるばかりでなく,具体的な権利内容,根拠規定,主体,成立要件,法律効果など,どの点をとっても一義性に欠け,その外延を画することさえできない極めてあいまいなものであり,このような平和的生存権に具体的権利性を認めることはできない。憲法前文で確認されている「平和のうちに生存する権利」は,平和主義を人々の生存に結びつけて説明するものであり,その「権利」をもって直ちに基本的人権の一つとはいえず,裁判所の救済が得られる具体的権利であるということはできない。
 イ 戦争や武力行使をしない日本に生きる権利
   原告らは,平和的生存権のほかに,戦争や武力行使をしない日本に生きる権利の侵害を主張するが,このような権利が憲法9条によって保障されているという主張は,原告ら独自の見解であり,結局のところ,平和的生存権を若干具体的な表現を用いて言い換えたものにすぎず,その実質は,平和的生存権と同一であるから,上記アの平和的生存権に関する議論が当てはまり,その具体的権利性は否定される。
 ウ 平和追求権
   憲法13条については,憲法に列挙されていない道徳的権利ないし理念的権利ともいうべき抽象的な利益が一定の段階に達したとき,それを憲法上保護される法的権利とみなす根拠となる規範であり,同条後段にいう幸福追求権は,個別的基本権を包括する基本権であって,個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体であるとする見解も有力である。しかしながら,そのような見解においても,その中身を構成する権利,自由として具体的にどのようなものが考えられるのかは明確でなく,その具体的権利性を安易に認めると「人権のインフレ化」を招いたり,裁判官の主観的な価値判断によって権利が創設されるおそれがあるから,幸福追求権の内容として具体的な権利と認めるためには,要件を厳格に解することが必要であるというべきである。
   そして,原告らは,その請求の根拠として平和追求権なる権利を主張する。しかしながら,原告らは,平和追求権の具体的な内容を何ら主張しておらず,被告のいかなる行為によって,どのように原告らに保障された具体的な権利の侵害が生じるというのか全く判然としないことは明らかである。
   結局のところ,原告らの主張する平和追求権は,その主張する平和的生存権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利とその内実を同じくするものと解されるところ,前記各権利について具体的権利性が認められないことは上記のとおりであるから,平和追求権も具体的な権利ではないというべきである。
 エ 人格権
   原告らは,本件派遣によって原告らの人格権又は人格的利益が侵害された旨主張するが,そもそも人格権とは,各人の人格に本質的な生命,身体,健康のほか,名誉,氏名,肖像,プライバシー,自由及び生活等に関する諸権利の総称にすぎず,個別的,具体的権利として人格権という権利が存在するわけではないから,人格権に基づく請求をする場合には,まずもって,その具体的内容を特定して主張しなければならず,人格権の具体的内容が特定されていない請求は,法的根拠を欠き,主張自体失当というべきである。そして,原告らは,人格権の具体的内容を何ら特定していない。
   また,仮に人格権の具体的内容を観念し得るとしても,原告らの主張する人格権の具体的内容は,結局,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利にほかならず,原告らの主張するこれらの権利が憲法上保障された具体的権利でない以上,人格権としても観念し得ないというべきである。
 (2) 本件違憲確認の訴え及び本件派遣差止めの訴えは,法律上の争訟とはいえないことについて(本案前の主張)
 ア 裁判所の審判の対象
   裁判所は,一切の法律上の争訟について裁判する(裁判所法3条)。すなわち,我が国の裁判所が現行の制度上与えられているのは司法権を行う権限であり,そして司法権が発動するためには具体的な争訟事件が提起されることを必要とする。裁判所は具体的な争訟事件が提起されないのに将来を予想して憲法及びその他の法律命令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な判断を下すごとき権限を行い得るものではなく,特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ裁判所にその判断を求めることができるのであり,裁判所がかような具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有するとの見解には,憲法上及び法令上何等の根拠も存しない(最高裁昭和27年10月8日大法廷判決・民集6巻9号783頁)。また,裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は,裁判所法3条にいう「法律上の争訟」,すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,法令の適用により終局的に解決することができるものに限られ,したがって,具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であっても,法令の適用により解決するに適しないものは,裁判所の審判の対象となり得ないというべきである(最高裁平成元年9月8日第二小法廷判決・民集43巻8号889頁)。このように,裁判所の審判の対象は「法律上の争訟」でなければならず,「法律上の争訟」といえるためには,①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること,②それが法令の適用により終局的に解決することのできるものであること,以上の2つの要件を満たすことが必要である。
 イ 法律上の争訟性の具体的な判断事例
   福岡高等裁判所那覇支部平成16年1月22日決定(乙2)は,自衛隊のイラク派遣執行停止申立事件の却下決定に対する即時抗告事件において,「抗告人は,本件本案訴訟は抗告訴訟であると主張するけれども,自衛官をイラク共和国に派遣するとの決定は,抗告人個人の権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的効果を有するものではないから,本件本案訴訟が抗告訴訟であるとすればその要件を満たさない不適法なものであることは明らかである。抗告人は,自衛官をイラク共和国に派遣することによって日本が戦争の惨禍に巻き込まれ,抗告人の生命や財産その他の諸権利が危殆に瀕することになると主張するけれども,このような理由をもって,自衛官をイラク共和国に派遣する行為が抗告人個人の権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的効果を有するということはできない。」と判示した上,「本件本案訴訟は法律上の根拠を欠く不適法な訴えである」としている。
   同裁判例の判示するとおり,当該訴えが適法となるためには,その対象となる行為が,国民一般に抽象的な影響を及ぼすのみでは足りず,国民個々人の具体的権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼすものでなければならないと解される。
   そして,前記のとおり,原告らの主張する平和的生存権,戦争や武力行使をしない日本に生きる権利及び平和追求権が具体的権利として国民個々人に保障されたものではないことは明らかである。したがって,前記各権利を根拠とする本件違憲確認の訴え及び本件派遣差止めの訴えは,原告ら個人の具体的権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼすことを根拠とするものではないから,不適法であるというべきである。
 ウ まとめ
   以上のとおり,原告らが主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,いずれも憲法上保障された具体的権利ということはできず,また,原告らの主張する人格権も観念し得ないから,被告との間で具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争が起こり得ないことは明らかである。すなわち,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えは,原告Aほか9名の具体的な権利義務ないし法律関係に直接かかわらないものであり,「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること」との要件を欠く。本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えは,原告Aほか9名が,国民(主権者)としての一般的な資格,地位に基づき日本国政府に政策の転換を迫る民衆訴訟の実質を有するものというべきであるから,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たらず,不適法というほかない。よって,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えはいずれも却下されるべきである。
   原告らは,原告ら自身の主観的利益に直接かかわらない事柄に関し,国民としての一般的な資格・地位をもって上記請求をするものであり,本件を民事訴訟として維持するため,一見,具体的な争訟事件のごとき形式を採ってはいるものの,実際には,私人としての原告らと被告との間に利害の対立紛争は現存しない。原告らは,司法的解決のために本件を提起したものではなく,本件訴訟の真の目的が日本国政府に政策の転換を迫る点にあることは明らかである。
 (3) 本件違憲確認の訴えが確認の利益を欠くことについて(本案前の主張)
 ア 具体的紛争解決制度たる訴訟制度は,基本的に現在の争いを解決することを目的とするものであるから,端的に原告らの具体的な権利又は法律関係についての紛争の解決を求めるべきものであり,単なる事実ないし過去の法律関係の存否の確認は,原則として訴訟制度の目的に沿うものではなく,事実ないし過去の法律関係の存否を確認することが現在の紛争の直接的かつ抜本的な解決手段として最も有効かつ適切と認められる場合に限って許される。
 イ ところで,原告Aほか9名が本件違憲確認請求の根拠として主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,前記のとおり,憲法上保障された具体的権利ではなく,また,原告らの主張する人格権も観念し得ず,前記原告らの法的地位を基礎付けるものではないから,本件派遣は,原告らの有する法的地位に何らの影響を及ぼすものではなく,何らの法律効果も伴わない単なる事実行為にすぎないのであって,このような単なる事実行為が違憲であることの確認を求める訴えは,確認訴訟における対象適格性を欠くというべきである。
 ウ また,本件派遣によって原告Aほか9名が具体的に権利を侵害されたというのであれば,端的にそれを理由として損害賠償を求めれば足りるのであり,現に,原告Aほか9名は,本件派遣が違憲・違法であるとして,本件損害賠償請求も行っている。したがって,本件損害賠償請求とは別個に本件派遣の違憲等確認判決を求めることは迂遠であって,原告らの主張する上記各権利の救済手段として有効かつ適切であるとはいえない。したがって,本件違憲確認の訴えは,確認の利益を欠き不適法である。
 エ よって,本件違憲確認の訴えは,確認の利益を欠くから,却下されるべきである。
 (4) 本件派遣差止請求について
 ア 前記のとおり,本件派遣差止請求は,本件派遣の差止めを民事上の請求として求めるものであるが,仮に,本件派遣差止請求に係る訴えの適法性の問題をおくとしても,係る請求が成り立ち得るためには,原告らが当該行為を差し止め得る私法上の権利,すなわち差止請求権を有していることが不可欠である。
   しかしながら,上記のとおり,原告らが差止請求権の法的根拠として主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,いずれも国民個々人に保障された具体的権利とはいえず,また,原告らの主張する人格権も観念し得ないことは明らかであり,原告Aほか9名が,前記各権利に基づく差止請求権を有しない。
 イ したがって,本件派遣差止請求は,主張自体失当である。
 (5) 本件損害賠償請求について
 ア 原告らは,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益を被侵害利益として,本件損害賠償請求をしている。しかしながら,前記のとおり,原告らが被侵害利益として主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利及び人格権は,いずれも具体的な権利ではなく,また,国家賠償法上保護された利益とも認められない。
 イ また,本件派遣は,原告らに向けられたものではなく,原告らの法的利益を侵害するということはおよそあり得ない。
 ウ さらに,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求においては,原告らの国家賠償法上保護された利益が現実に侵害されたことが必要であり,侵害の危険性が発生しただけでは足りないところ,原告らは,現実に侵害が発生したことについては何ら主張していない。
 エ したがって,本件損害賠償請求は,いずれにしても主張自体失当である。
第3 当裁判所の判断
 1 平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利について
 (1) 原告らは,本件派遣によって,憲法前文を根拠とする平和的生存権,憲法前文及び13条を根拠とする平和追求権並びに憲法前文の平和的生存権を制度的に具体化した憲法9条を根拠とする戦争や武力行使をしない日本に生きる権利という憲法上保障された人権が侵害されたと主張する。そこで,以下,原告らの主張するこれらの権利が,憲法上保障された具体的権利ないし利益であるといえるか否かについて検討する。
 (2) まず,平和的生存権について検討する。
  確かに,憲法前文は,「日本国民は,恒久の平和を念願し,人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて,平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは,平和を維持し,専制と隷従,圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと務めてゐる国際社会において,名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と宣言し,憲法9条は,戦争放棄,戦力不所持及び交戦権の否認を規定している。この平和主義が憲法上極めて重要な理念であることはいうまでもない。そして,全世界の国民が平和のうちに生存することは,その基本的人権の保障の基礎的な条件であって,憲法が全世界の国民について平和のうちに生存する権利を確認し,それが実現されることを希求していることも解釈上疑義がない。
  しかしながら,憲法が上記のような理念を採用していることと,憲法前文に規定されている「平和のうちに生存する権利」がその侵害に対して裁判上の救済を求めることが憲法によって保障されている具体的権利ないし利益であることとは,解釈上別個の問題である。
  確かに,いまだ主権国家間,民族,地域間の対立による武力紛争が地上から除去されていない国際社会においては,全世界の国民の「平和のうちに生存する権利」を確保するため,国家は,憲法の基本原理である平和主義に従って平和を維持するよう努め,国民の基本的人権が侵害,抑圧されるといった事態を生じさせることのないように努めるべき憲法上の責務を負っているというべきである。そして,国家がこの義務に反した結果,憲法上保障された基本的人権に対して違法な侵害,抑圧が具体的に生じた場合には,当該国家の行為によって基本的人権を侵害された個人は,当該基本的人権の侵害を理由として,裁判所に権利の救済を求めることは可能といえよう。
  しかしながら,「平和」という概念は,万人によってその実現を希求されるべき究極の理想ではあるものの,あくまでも理念ないし目的としての抽象的概念であって,各人の思想,信条,世界観及び価値観などによって,多義的な解釈を余儀なくされるものである。それゆえ,各人の「平和」観も様々であるといわなければならない。また,「平和」とは,ひとり個人の内心において達成できるものではなく,常に他者との関係を含めて達成し得るものであり,「平和」を具体的に実現する手段や方法も,様々な考え方が成り立ち得る多様なものである。このことは,国民の負託を受けた国会が「我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に資することを目的」として立法したイラク特措法(同法1条参照)に対して,原告らが非常に否定的な評価を下し,同法に基づく本件派遣によって,かえって我が国の平和と安全が害されていると主張していることからも分かる。また,原告らは,憲法は一義的に「非武装平和」を「平和」の実現手段として採用していると主張するが,「非武装平和」の概念も,やはり多義的な解釈を余儀なくされるものである。
  そして,憲法前文や9条など現行憲法の規定からも,「平和」の概念や「平和」を達成するための手段や方法のうち,いずれが正当であるか,また,いずれが優れているかを直ちに導き出すことはできない。したがって,なるほど憲法前文には,「平和のうちに生存する権利」という文言が存在するが,現行憲法の解釈によって「平和のうちに生存する権利」の個別具体的な内容を一義的に確定することは困難であり,結局,権利の個別具体的な内容を確定し得ない以上,憲法前文によって「平和のうちに生存する権利」という具体的権利ないし利益が保障されていると解することはできない。すなわち,原告らの主張する平和的生存権をもって,個々人が,同権利を侵害する国の行為について救済を求め得る裁判規範性を有する具体的権利ということはできないといわざるを得ない。
 (3) そして,上記(2)で述べた「平和」概念の多義性やその達成手段の多様性によると,原告らが憲法13条を根拠として主張する平和追求権についても,同じく憲法上保障された具体的な権利ないし利益とはいえないと解さざる得ない。
 (4) また,上記(2)に述べたところに加えて,憲法9条が国家の統治機構ないし統治活動について定めたものであって,国民の権利を直接保障したものとはいえないことにかんがみると,原告らが主張する戦争や武力行使をしない日本に生きる権利についても,憲法上保障された具体的権利ないし利益であるということは到底できない。
 (5) なお,原告らは,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,相互に重なり合い,関連し,補完し合って広義の平和的生存権を形作っていると主張する。この広義の平和的生存権という概念が,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利とは別個の権利として存在する概念として主張されているとしても,上記(2)で述べた「平和」概念の多義性やその達成手段の多様性などによると,広義の平和的生存権なる権利が憲法上保障された具体的権利であるということはできない。
 (6) 以上のとおり,原告らが主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,いずれも憲法上保障された具体的権利又は利益ということはできない。
 2 原告らの主張する人格権又は人格的利益について
 (1) 原告らは,本件派遣によって,戦争や人殺しに加担したくないという信念を踏みにじられ,イラクで子供を含む多数の市民が死亡していることや日本人が拉致,殺害されたことに深い悲しみを覚え,無差別テロ行為の被害に遭いたくないという恐怖感を抱くなど,本件派遣による不快感,不安感及び焦燥感などの精神的苦痛は深刻であると主張する。
 (2) しかしながら,本件派遣によって,原告らの人格権又は保護に値する人格的な利益が侵害されたとはおよそ認められず,そもそも,本件派遣によって原告らの人格権又は保護に値する人格的な利益が侵害されるという事態は想定し得ないというべきである。その理由は,次のとおりである。
 ア まず,本件派遣は,原告らに対して何らかの直接的な義務を課したり効果を及ぼしたりする性質のものではない。したがって,本件派遣によって,直接,原告らの生命,身体に対する侵害への恐怖と不安が発生するとはいえない。この点,原告らは,本件派遣によって,日本人又は日本で生活する者に対して無差別テロ行為の危険性が高まったと主張する。しかしながら,テロ行為の動機,原因が多様であることは公知の事実であり,本件派遣によって原告らの主張するような無差別テロ行為の具体的,現実的危険性が高まったか否かはそもそも確定できる性質のものではないから,原告らの主張は採用することができない。このことは,甲事件原告Fが主張するイラクにおけるボランティア活動がいわゆる反米武装勢力によるテロ行為などによる治安の悪化などによって困難になったという不利益についても同様である。
 イ また,確かに,原告らの多くが本件派遣に対して激しい嫌悪感等を抱いていることは容易に推測でき,これを精神的苦痛と表現することができないわけではない。しかしながら,それは間接民主制の下において決定,実施された国家の措置,施策が自らの信条,信念,憲法解釈等に反することによる個人としての義憤の情,不快感,焦燥感,挫折感等の感情の領域の問題というべきであり,そのような精神的苦痛は,多数決原理を基礎とする決定に不可避的に伴うものである。そして,①本件派遣が原告らに何らかの直接的な義務を課したり効果を及ぼしたりする性質のものではないこと,また,②本件派遣が多数決原理によっても侵すことのできない原告らの人権を侵害するものではないことにかんがみると,本件派遣によって原告らに生じた精神的な苦痛は,間接民主制の下における政策批判や原告らの見解の正当性を広めるための活動等によって回復されるべきか,又は,間接民主制の下において不可避的に発生するものとして受忍されるべきである。したがって,本件派遣によって原告らの感じた精神的な苦痛が原告ら個々にとって主観的にはいかに深刻であろうとも,こうした個人の内心的感情が法的保護に値するものであるということはできず,本件派遣によって原告らの人格権が侵害されたとか,原告らの精神的な苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えたものであるということはできない。
 3 本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えについて
 以下,上記1,2で検討したところを前提に判断する。
 (1) 原告Aほか9名は,本件派遣によって,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利という憲法上保障された基本的人権並びに人格権を侵害されていると主張して,被告に対し,民事上の請求として,本件派遣の差止めを求め,また,本件派遣が憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることの確認を求めているので,これらの訴えの適法性について検討する。
 (2) 原告Aほか9名が本件派遣差止請求及び本件違憲確認請求の根拠として主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,上記1で判示したとおり,憲法上保障された具体的権利ないし利益とはいえない。また,同原告らの主張する人格権又は人格的利益も,上記2で判示したとおり,本件においては法的保護に値するものではない。したがって,同原告ら自身は本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えについて民事上の請求であると主張するが,前記各訴えは,同原告らの固有の法律上の利益に基づき提起されたものと認めることはできず,その実質は,単に国民ないし市民一般の地位に基づき,本件派遣の差止め及びその違憲の確認を求めるものであるというべきである。すなわち,いずれの訴えも,「(国の)機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟」で,「自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの」であり,行政事件訴訟法に規定された民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)に該当し,民事訴訟としては不適法である。
  そして,民衆訴訟は,「法律に定める場合において,法律に定める者に限り,提起することができる」(同法42条)が,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えに類する訴訟は現行法上認められていないから,結局,いずれの訴えも法律に定めのない民衆訴訟であり,行政訴訟としても不適法というほかなく,却下を免れない。
 (3)ア 仮に,原告Aほか9名が主張するように,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えを同原告らの個人的な権利利益を目的とする主観訴訟と解するとしても,以下のとおり不適法というべきである。
 イ イラク特措法は,同法に基づく人道復興支援活動又は安全確保支援活動(以下「対応措置」という。)の実施に関し,次のとおり規定し,本件派遣は,これらの法令に定められた手続に基づき実施されている。
  a 内閣総理大臣は,対応措置のいずれかを実施することが必要であると認めるときは,当該対応措置を実施すること及び当該対応措置に関する基本計画の案につき閣議の決定を求めなければならない(同法4条1項)。
  b 防衛庁長官は,基本計画に従い,対応措置として実施される業務としての役務の提供(自衛隊による役務の提供に限る。)について実施要項を定め,これについて内閣総理大臣の承認を得て,自衛隊の部隊等にその実施を命ずるものとする(同法8条2項)。
 ウ 上記イによると,本件派遣は,政府が閣議決定した基本計画とこれに基づく防衛庁長官の実施命令を根拠とするものであるが,まず,閣議決定は,内閣の意思決定であり,それ自体が外部に効力を及ぼし国民の具体的な権利義務を形成し,又は確定する効力をもつものではない。次に,防衛庁長官の実施命令は,行政内部の指揮監督権の行使にすぎないから,これも国民の具体的な権利義務を形成し,又は確定する効力をもつものではない。したがって,いずれも行政処分には当たらず,本件派遣差止めの訴えは,行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟,すなわち抗告訴訟(行政事件訴訟法3条1項)には当たらない。
   とはいえ,本件派遣差止めの訴えは,行政権の行使に直接介入することを目的とするものであるから,抗告訴訟と同様の規律に服すべきである。このような観点からみると,本件派遣差止めの訴えは,抗告訴訟でいえば,義務付けの訴え(行政事件訴訟法37条の2)又は差止めの訴え(同法37条の4)のいずれかに相当すると解される。そして,義務付けの訴え,差止めの訴えのいずれにおいても,訴えを提起しようとする者に「重大な損害を生ずるおそれ」のあることが訴訟要件となっているところ(同法37条の2第1項,37条の4第1項),本件において原告Aほか9名が主張する権利ないし利益は,上記1,2で詳論したとおり,具体的権利ないし法的保護に値する利益とはいえないから,同原告らについて「重大な損害を生ずるおそれ」を観念することができない。そうすると,本件派遣差止めの訴えは,抗告訴訟としての義務付けの訴えや差止めの訴えの場合と同様,その余の点について判断するまでもなく訴訟要件を欠き,不適法といわざるを得ないから,却下すべきである。
 エ また,本件違憲確認の訴えは,確認の訴えであるから,まずもって原告Aほか9名の有する権利又は法律関係に現に存する不安ないし危険を除去すべき現実的必要性があって初めて訴えの利益が肯定される。しかし,これも上記1,2で詳論したとおり,同原告らの主張する権利ないし利益は,具体的権利ないし法的保護に値する利益とはいえないから,それらに対する不安ないし危険は存在せず,訴えの利益を認めることができない。したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件違憲確認の訴えは不適法であり,却下すべきである。
 (4) 以上のとおり,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えは,いずれの見地から検討しても不適法であるから却下すべきである。
 4 本件損害賠償請求について
 (1) 原告らは,本件派遣によって,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益を侵害され多大な精神的苦痛を被ったと主張する。
 (2) 国家賠償法1条1項の損害賠償請求の対象となる国の不法行為は,確立された権利に対する侵害行為のみならず,いまだ権利としては明確に確立されていなくとも,法律上保護されるべき利益に対する侵害が違法であると認められれば成立するものというべきである。そして,個人の精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるような場合には,人格的な利益として法的に保護すべき場合があり,それに対する違法な侵害があれば,その侵害の態様,程度いかんによっては,不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。
 (3) しかし,まず,上記1で判示したとおり,原告らの主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,具体的権利ないし利益とはいえないから,本件派遣によって,これらの権利が侵害されることはあり得ない。したがって,これらの権利ないし利益が侵害されたとして慰謝料を請求する本件損害賠償請求には理由がない。
 (4) 次に,上記2で判示したとおり,本件派遣によって,原告らの人格権又は国家賠償法上保護に値する人格的利益が侵害されたとはおよそ認められず,そもそも,本件派遣によって原告らの人格権又は国家賠償法上保護に値する人格的な利益が侵害されるという事態は想定し得ないから,これらの権利ないし利益が侵害されたとして慰謝料を請求する本件損害賠償請求にも理由がない。
 (5) そうすると,その余の点につき検討するまでもなく,原告らの本件損害賠償請求は,いずれも理由がないから,これを棄却すべきである。
 5 結論
   よって,主文のとおり判決する。
    甲府地方裁判所民事部

         裁判長裁判官   新  堀  亮  一

            裁判官   倉  地  康  弘

            裁判官   岩  井  一  真