hanrei @Wiki H17. 9.28 名古屋違法裁判所 平成16年(ワ)第2625号 損害賠償請求事件



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 建築請負契約の締結に際し仲裁契約がなされた事案において,建設工事紛争審査会による仲裁が訴訟に比較して消費者保護に欠けることはない等として,不法行為又は請負人の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求の訴えを却下した事案


主     文
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事     実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告に対し,5238万5185円及びこれに対する平成14年2月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁(本案前の答弁)
主文同旨。
第2 当事者の主張
1 本案前の主張
(1) 被告の主張
ア 仲裁合意(妨訴抗弁)
原告と被告は,後記2「本案についての主張」(1)ア(ア)の請負契約(以下「本件請負契約」という。)の締結に際し,同請負契約に関して紛争が生じた場合には,民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款第34条(2)の規定に基づき,B建設工事紛争審査会の仲裁に付し,その仲裁判断に服することを合意した(以下「本件仲裁合意」という。)。よって,本件訴えは訴訟要件を欠き,不適法である。
イ 錯誤無効関係
(ア) 錯誤無効に対して(否認)
被告の担当者Aは,原告に対し,仲裁合意の説明をしている。
また,本件仲裁合意書の裏面には,仲裁合意の説明が記載されているところ,原告は,仲裁合意書の綴じられた請負契約書を預かって検討していたものである。
したがって,原告は仲裁合意について理解していた。
(イ) 原告の重過失(再々抗弁)
仮に,原告が,本件仲裁合意書に署名する際に,裏面の説明を全く読んでいなかったというのであれば,原告には重過失があるというべきであり,原告は仲裁合意の錯誤無効を主張できない。
(ウ) 追認(再々抗弁)
被告は,平成14年8月6日,B建設工事紛争審査会に対し,請負代金の支払いを求める仲裁申請を行い,平成14年10月23日,第1回仲裁期日が開かれているところ,その際,原告は,仲裁委員から仲裁制度の説明を受けている。その後,原告は,同審査会に対し,建物の取り壊し,請負代金の返還等を求める仲裁の申請をしている。
遅くとも原告の上記申請の段階では,原告は仲裁の意味・効力を理解していた筈であるから,この段階で仲裁合意について原告の追認があったというべきである。
(エ) 信義則違反(再々抗弁)
上記(ウ)のとおり,原告は,被告の仲裁申請に対し,却下を求めるどころか,仲裁合意の成立を前提に,建物の取り壊し,請負代金の返還等を求める仲裁の申請をしている。また,被告が仲裁を申し立てた平成14年8月6日以降,平成16年8月26日までの間に,計7回の仲裁期日が開かれているところ,原告から仲裁合意が無効であるという異議は一切出されなかった。
したがって,本件仲裁合意が無効であるという原告の主張は,原告の従前の行動と矛盾するものであり,信義則に反する。
(2) 原告の主張
ア 仲裁合意に対して(否認)
原告は,本件請負契約締結の際,契約書に2か所の署名・押印を求められ,言われるままに署名・押印したに過ぎず,被告から仲裁合意についての説明などを受けておらず,仲裁合意書の存在すら意識していなかった。
原告が仲裁の意義及び仲裁合意の法的効果を認識しないで,仲裁合意書に署名した以上,仲裁合意は成立していない。
イ 錯誤無効関係
(ア) 錯誤無効(妨訴抗弁に対する再抗弁)
一般に,消費者は建築業者が契約書どおりの瑕疵のない建物を建てる良質な業者であろうとの期待のもとに建築請負契約を締結するのであり,消費者である原告が,建築業者との紛争を予期した上で,仲裁の意義,法的効果を正確に理解し,仲裁を紛争処理手段として選択する意思の下,仲裁合意書に署名押印することなどあり得ない。
通常取引における一般消費者が「仲裁合意の成立によって裁判所への訴訟提起ができなくなる」という法的効果を正確に知っていたのであれば,かかる仲裁合意書に署名することはあり得ないから,原告の意思表示は「要素の錯誤」に該当する。
(イ) 重過失に対して(否認)
原告は本件仲裁合意書の裏面を読んでいないが,社会通念上,消費者としての注意義務を尽くしていたものであり,仲裁合意書に署名・押印するに際して,重過失はない。
(ウ) 信義則違反に対して(再々々抗弁)
以下の諸事情に照らすと,原告が本件仲裁合意が無効である旨主張することは,信義則に反しない。
a 平成16年3月1日に施行された仲裁法が,その附則により,仲裁合意をした消費者に,同合意の無理由解除権を与えた趣旨(附則3条2項)は,訴訟による解決が出来なくなるという仲裁の意義を理解している消費者が少ないことなどに照らし,将来生じる紛争を対象とする仲裁合意をした場合でも,現実に紛争が発生した時点で,紛争解決手段として仲裁又は訴訟その他の手段のいずれによるかを選択する権限と機会を認めようとしたことにある。
本件仲裁合意は,仲裁法の施行前になされたものであるが,消費者が仲裁の意義を理解していない点は,本件の原告にもそのまま当てはまるものであり,仲裁法附則3条2項の趣旨に照らして,仲裁合意の効果を排除すべきである。
b 本件請負契約により建築された建物(以下「本件建物」という。)に関する瑕疵は,仲裁委員も訴訟で解決することを提案した経緯さえある程の重大な紛争であるところ,原告はこのような事態が生ずるとは予想すらしなかった。
このような場合に,訴訟による解決が図れなくなることは極めて理不尽である。
c 原告は,被告から仲裁申請をされたから,同じ手続での対抗手段として仲裁申請をしたのであり,仲裁合意書にしたがって申請をしたものではない。原告は,仲裁申請以外に訴訟提起もできると考えていた。
2 本案についての主張
(1) 請求原因
ア 請負契約の成立と被告の設計及び施工
(ア) 原告は,被告との間で,平成13年9月20日,原告を施主,被告を請負人として,以下のとおり,原告宅新築工事建築の請負契約を締結した。
工事場所  名古屋市a区b町c-d
請負代金  4420万円(うち消費税210万4761円)
(イ) 被告が本件建物の建築施工をし,被告代表者のCが本件建物の設計及び監理並びに建築確認申請の代理を行った。
イ 建築確認の虚偽申請
本件建物の軒高実測は9.5メートルであり,D建設一級建築士事務所作成の鉄骨詳細図にも軒高9.5メートルとされているところ,Cは,関連法令上,軒高が9メートルを超えない建物につき,構造計算書等の添付及び鉄骨製作に関する受入れ検査等が免除されることを逆手に取り,建築確認申請書に軒高9メートルと虚偽の申請をした。
ウ 本件建物の瑕疵
本件建物には,以下の(ア)ないし(エ)をはじめとして,それ以外にも建築基準法及び同法施行令に違反する瑕疵が多々ある。
(ア) 柱耐力が梁耐力の1.5倍以上を満足しないこと
(イ) 1階鉄骨柱脚につき,アンカーボルト下端のかぶり厚さが全く確保されていないなどの欠陥があること
(ウ) 柱梁接合につき,内蔵ダイヤフラムが入れられていないなどの欠陥があること
(エ) マット基礎につき,コンクリート強度が不足しているなどの欠陥があること
エ 原告の損害
(ア) 取り壊し・建て替え費用
本件建物を法令に適合するように修補するためには,本件建物を一旦取り壊して,建物を建て替えるほかないところ,建物取り壊し,再築に要する費用は以下のとおりである。
① 本件建物の取り壊し費用    729万8340円
② 本件建物新築費用      4420万円
(イ) 仮住まい費用
本件建物の取り壊し・建て替えに要する工事期間は,約8か月間であるところ,本件建物相当の床面積を持つ賃貸住宅を借りる必要がある。
同期間の賃料相当損害金の合計は,158万円である。
(ウ) 犬の保管費用
原告は,グレートデン(犬)を飼っているところ,同犬を飼うことができる賃貸住宅はないので,専門の施設に管理を委ねる必要がある。
8か月間の管理費用として,少なくとも90万円を要する。
(エ) 引越費用等相当損害金
上記(イ)の仮住まいのため,家財道具の移転等,引越をしなければならないところ,これに要する費用は以下のとおりである。
① 搬出費用           397万2150円
② 搬入費用            99万4000円
(オ) 登記費用             16万3927円
(カ) 不動産取得税 81万5100円
(キ) 照明器具・換気扇
本件建物の建て替えにより,本件建物用に購入して据え付けた器具等が使用不可能となるところ,これらの時価相当額は以下のとおりである。
① 照明器具・換気扇       130万3008円
② ロールスクリーン         1万4000円
(ク) 一級建築士へ依頼した調査費用
本件建物の瑕疵については,通常人が容易に認識しうるものではなく,専門家の調査によらなければ,その有無・程度を知ることができないところ,同調査費用として,既に87万8760円を支出している。
(ケ) 慰謝料
原告は,妻,子供6人とともに本件建物に住んでいるが,建物基礎や建物構造上の欠陥の判明によって,建物の安全性に不安を抱き,常に建物崩壊のおそれと背中合わせに日々の暮らしを送らなければならず,現に,原告ら家族は,本件が解決するまでの間,別に住居を借りて仮住まいをするか否か検討しているほどである。
欠陥住宅被害は,財産的損害であることは勿論のこととして,本来心安らげて落ち着けるはずの場所である生活の本拠に,建物倒壊等による自らの生命,身体の安全に対する懸念を持ち込んでいるという点で,居住者の精神的損害は相当なものがある。
本件においても,原告の被った損害は,財産的側面にとどまらず,精神的損害にも及んでおり,これに対する慰謝料は,少なくても500万円を下らない。
(コ) 弁護士費用
本件訴訟が,高度に技術的・専門的訴訟追行能力を要することはいうまでもなく,本件訴訟提起及びその追行のためには弁護士への委任が必要不可欠であった。
そのための費用として,被告が負担すべきは600万円である。
オ 被告の責任原因
(ア) 建設業法25条の25第1項は,建設業者は,施工技術の確保に努めなければならない旨定めるところ,建築基準法に定める基準は,建築物の敷地,構造及び建築設備に関する「最低の基準」であって,同法に定める基準は,建築業者たるものが守らなければならない最低限度のものである。したがって,建築基準法令に違反した建物を建築した場合には,私法上も不法行為を構成する。
特に本件建物の建築に当たっては,上記イのとおり,Cが虚偽申請をしており,意図的かつ悪質な手抜きであり,故意による不法行為である。
(イ) 被告は,本件建物の請負人として,民法634条2項所定の瑕疵修補に代わる損害賠償責任を負う。
カ よって,原告は,被告に対し,不法行為又は請負人の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権7311万9285円から未払請負金2073万4100円を控除した5238万5185円及びこれに対する本件建物の引渡が終わったことが明らかな平成14年2月2日から前記損害賠償金の支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(2) 請求原因に対する認否
なし
理      由
1 被告は,本案前の抗弁として,本件請負契約においては原告と被告との間に本件仲裁合意が存在するから,本件訴えは訴訟要件を欠く不適法なものであると主張する。以下,本案前の抗弁について判断する。
2 前提事実
証拠(甲2,5の1,2,乙1,2,3,4,5,6,証人A,原告本人及び被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 被告担当者Aは,平成13年2月ころから,実家建物を二世帯住宅に建て替えることを検討していた原告に対し,建物新築工事の営業活動を行い,平成13年9月20日乃至10月ころ,原告と被告との間で,代金額4420万円(消費税込み)の請負契約(以下「本件請負契約」という。)が成立した。すなわち,上記契約は,工事請負契約書,仲裁合意書,民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款,見積書,図面類が一体として綴じられた書類を2部作成し(甲5の1,2,乙6),原告と被告が各1部を保有する方式でなされているところ(争いがない),工事請負契約書に記入されている日付けは平成13年9月20日であり,Aも同日に原告と被告代表者の署名がなされた旨証言するものの,見積書の日付は同年10月23日であり,原告が「実際に署名したのは10月に入ってからだと思う」旨供述していること,この点に関するAの記憶は明確でなく,ワープロミスを可能性として挙げるに止まるから,契約書の作成日,すなわち契約の成立日は判然としない。
(2) 仲裁合意書(以下「本件仲裁合意書」という。)の表面には,「裏面参照のうえ建設工事紛争審査会の仲裁に付することに合意する場合に使用する。」との説明書に続き,「仲裁合意書」という表題,「工事名 E邸新築工事」,「工事場所 名古屋市a区b町c-d」との記載があり,本文として「平成13年9月20日締結した上記建設工事の請負契約に関し紛争が生じた場合は,民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款第34条(2)の規定にもとづき,建設業法により定められた下記の建設工事紛争審査会の仲裁に付し,その仲裁判断に服する。」と,さらに管轄審査会名として「B建設工事紛争審査会」と明記されている。裏面には,「仲裁合意書について」との表題のもと,大要,(1)建設工事紛争審査会は,建設業法にもとづき設置され,建設工事の請負契約に関する紛争の解決を図るため,斡旋・調停及び仲裁を行っていること。裁判所の訴訟に代えて審査会の仲裁に付するためには,当事者の合意が必要であるので,仲裁合意書が添付されたものであること。(2)適法になされた審査会の仲裁判断は,裁判所の確定判決と同一の効力を有し,たとえその仲裁判断の内容に不服があっても裁判所で争うことができなくなること。建設工事紛争審査会の仲裁制度はいわゆる一審制であることなど,仲裁制度に関する説明が14行の文章でなされている(乙1)。
(3) 被告は,平成14年2月1日,本件建物を原告に引き渡したが,原告が建物の瑕疵を理由に既払い額2346万5900円の残額2073万4100円の支払いを留保していることから,同年8月6日,本件仲裁合意書の規定に基づき,B建設工事紛争審査会(以下「本件審査会」という。)に対し,仲裁の申請をした(乙4参照)。
同年10月23日,第1回仲裁期日が開かれたところ(争いがない),第1回仲裁調書には,「審査会が,申請人(被告)・被申請人(原告)双方に仲裁について説明した」旨の記載がある(乙5)。
原告は,同年11月27日,被告を被申請人として,本件審査会に対し,本件建物の取り壊し,請負代金の返還等を求める仲裁の申請をした(争いがない,乙4)。
仲裁廷は,その後の仲裁期日において,当事者双方に対し,仲裁は施工ミスが中心で,設計ミスの審理に適さないから,裁判でやったらどうかというアドバイスを行っているところ,被告は即座に異議を述べたのに対し,原告は同アドバイスに従い,平成16年7月16日,本件訴えを提起した。
本件仲裁手続は,同年8月26日,第7回の仲裁期日が開かれて以来,事実上中断している。
3 仲裁合意の成立について
(1) 本件仲裁合意書には,原告及び被告代表者の署名押印があり(甲2,乙1,2,3,証人A,原告本人及び被告代表者本人),真正に成立したものと推定される。
また,証拠(乙1,2,3,5,証人A及び被告代表者本人)によれば,本件請負契約を締結する際,Aが原告に本件仲裁合意書の表面を示して,その本文を読み上げたか,少なくとも「紛争が発生した場合,裁判ではなく仲裁という規定があるので,こちらの方で解決させてもらっています」という程度の説明をしたこと,その後,紛争が発生し,被告の申請により第1回仲裁期日が開かれた際,仲裁委員から仲裁制度につき「一審制で仲裁の判断は最高裁判所の判決と同一の効力がある。仲裁の効力を他で争うことができない」旨の説明があり,これに対し,原告は何らの異議を唱えなかったことが認められる。
(2) これに対し,原告は,本件仲裁合意書について,A又はCから,何らの説明を受けておらず,同文書の存在すら意識せずに署名捺印したものであるから,本件仲裁合意は不成立である旨主張し,その主張に沿う供述をする(甲1,原告本人)。
しかしながら,本件仲裁合意書はその表面を一読すれば,原告と被告間の本件請負契約に関して紛争が生じた場合,仲裁に付し,その判断に従うことを合意する文書であることは容易に知ることができるものであって,被告において,原告に同文書の存在を意識させることなく,原告の署名捺印をさせることはそもそも困難である。また,原告は,第1回仲裁期日の仲裁委員からの説明すら「仲裁制度について説明はあったと思うが,内容は全く覚えていない」と著しく曖昧かつ乙5の記載にも反する不自然な供述をしており,かかる供述態度に照らすと,本件仲裁合意に関する原告の供述も採用することができない。
4 錯誤無効関係
前提事実(2)及び前記3(1)で認定したAの説明内容に照らせば,原告の本件仲裁合意書による意思表示が,錯誤によりなされたものと認めることはできない。
5 信義則違反関係
被告は第2「当事者の主張」1(1)イ(エ)のとおり,原告の錯誤無効の主張に対し信義則違反の主張をし,原告は同主張に対し信義則違反の評価障害事由の主張をするところ,原告の主張の内容は被告の本案前の抗弁に対する予備的な再抗弁とも位置づけることができるので,念のため,この点について判断する。
(1)ア まず,仲裁法附則3条2項の趣旨についてみるに,原告が主張するとおり,仲裁合意により,その対象となる紛争につき訴訟による解決が出来なくなるという重大な効果が生ずるが,消費者が紛争の発生前に,仲裁の意義を十分に理解した上で仲裁を解決手段として選択するケースが稀であること,仮に消費者が仲裁の意義を理解したとしても,事業者との交渉力の格差から,仲裁合意の内容の変更のための交渉をしたり,契約の締結を断念したりすることは期待できないことなどの事情から,消費者が事業者との間で将来生じる紛争を対象として行う仲裁合意(以下「消費者仲裁合意」という。附則3条1項参照)について,消費者に無理由解除権を与え,もって,消費者が,紛争発生後において,紛争解決手段として仲裁又は訴訟その他の手段のいずれによるかを選択する権限と機会を付与したものと解される。
ところで,仲裁法附則3条が予定する消費者及び事業者の種類は様々であるところ,仲裁法が,仲裁人の数(同法16条1項),仲裁人の選任手続(同法17条1項),仲裁廷が従うべき仲裁手続の準則(同法26条1項)などについて当事者の合意により定めると規定していることもあって,消費者仲裁合意の内容はなおのこと様々であり,上記附則3条2項等の規定により消費者を保護すべき必要性が高い。これに対し,建設工事紛争審査会が行う仲裁は,仲裁法(仲裁法施行以前は,公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律)を一般規定としつつも,建設工事紛争の特殊性に配慮し建設業法に特別規定がおかれている結果,その他の消費者仲裁合意と比較すれば,事業者と消費者の力関係等が反映されにくい,換言すれば,適正かつ公平な制度が保障されている。すなわち,建設工事紛争審査会は,国土交通省及び各都道府県に設置されていること(建設業法25条3項),仲裁委員の選定母体となる委員及び特別委員は,国土交通大臣又は都道府県知事が,人格が高潔で識見の高い者のうちから任命するものとされていること(同法25条の2第2項,25条の7第1項,第3項,25条の16第2項),仲裁委員は3人とされ,うち少なくとも1名は弁護士となる資格を有する者でなければならないこと(同法25条の16第1項,3項)などの規定が置かれている。
そもそも,建設工事紛争審査会は,①建設工事をめぐる紛争が,技術的な専門性をもつ分野であり,紛争を解決する側にもそれに関する専門的知識が必要なこと,②請負契約には特別な慣行が伴う場合があり,その知識も要求されること,③瑕疵の主張は一般に多岐にわたりがちであり,また,追加変更合意の有無を巡る争いも頻発しがちであるところ,これを厳格・慎重な手続である訴訟で解決するとなると,裁判官は建築の専門家ではないこともあり,解決に時間を要することなどの実態を踏まえ,建築に関する知識と経験のある専門家が関与する準司法機関として昭和31年に創設されたものである。この点,原告の引用する文献「建築請負・建築瑕疵の法律実務<建築紛争解決の手引>横浜弁護士会編」(甲1)にも,原告の引用部分(第2「当事者の主張」1(2)イ(ウ)a参照)に続いて,「この点,法案の審議過程においては消費者仲裁合意を一律に無効とするとの意見もあったが,建設工事紛争審査会など特定の紛争分野では,仲裁合意に基づいて消費者と事業者間の仲裁も現に相当数行われており,消費者が仲裁を申し立てる例も少なくない。したがって,将来の消費者仲裁合意を一律無効とすることは,これまで消費者が利用できた仲裁を制限することになり,かえって,消費者の利益にならない場合があると考えられるため,利用するか否かの選択権を消費者に与えたものである」旨記載され,その有用性が評価されているところであり,適正,公平かつ迅速な紛争処理を期待したいわゆるADRの代表格である建設工事紛争審査会による仲裁が,訴訟に比較し,消費者保護に欠けるということにはならない。
イ 次に,附則3条の趣旨を,仲裁合意の方式の点から考察するに,仲裁法13条3項に「書面によってされた契約において,仲裁合意を内容とする条項が記載された文書が当該契約の一部を構成するものとして引用されているときは,その仲裁合意は,書面によってされたものとする」と規定されているところ,仲裁法施行以前は,消費者が約款等の仲裁条項の存在を意識していなかったとの理由により,約款等を引用する方式での仲裁合意の成立を否定し,消費者保護を図ることができたのに対し,仲裁法施行により,かかる救済がなし得なくなり,かえって,消費者保護に欠ける事態が生じうることに配慮して,附則3条2項の無理由解除権を始めとする消費者保護規定を置いたものと解される。
本件仲裁合意は,単に約款中の仲裁条項を引用して合意されたものではなく,前記認定のとおり,仲裁合意書という独立した文書によって合意されたものであるから,この点でも附則3条の趣旨を及ぼす実益に乏しい。
(2) 原告は,仲裁委員が,原告・被告双方に対し,訴訟による解決を勧めたのであるから,訴訟への途を閉ざすことは極めて理不尽である旨主張する。
そこで検討するに,「仲裁廷は,仲裁手続を続行する必要がなく,又は仲裁手続を続行することが不可能であると認めたときは,仲裁手続の終了決定をしなければならない」旨規定されているところ(仲裁法40条2項4号),本件紛争を担当する仲裁廷が同決定をしていない以上,原告の主張する事由のみでは仲裁法14条1項2号の「仲裁合意に基づく仲裁手続を行うことができないとき」に当たるということができず,原告の主張は採用できない。
6 以上の次第で,被告の本案前の抗弁は理由がある。
7 よって,原告の訴えは訴訟要件を欠くことになるから,本件訴えを却下することとし,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第6部
裁  判  官 安 田 大 二 郎