H17. 8.12 東京簡易裁判所 平成16年(ハ)第12988号 保険金請求

平成17年8月12日判決言渡
平成16年(ハ)第12988号 保険金請求事件
判       決
主       文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請   求
1 被告は,原告に対し,金90万8308円及びこれに対する平成16年9月10日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
第2 事案の概要
1 本件は,原告所有の自動車が自損事故により,損害を受けたとして修理した費用について,原告が加入する自動車総合保険会社である被告に対し,修理相当額である90万8308円及び遅延損害金を求めたものである。
2 請求原因の要旨
(1) 保険契約
原告は,平成15年10月31日,被告との間で次の内容の自動車総合保険契約を締結した。
被保険自動車(甲□00む□△□△,以下「本件自動車」という。)
車名 a
保険期間 平成15年11月1日16時から平成16年11月1日16時
まで
車両保険 保険金額110万円
(2) 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)
発生日時 平成16年5月6日午前12時ころ
発生場所 東京都荒川区乙b丁目「B院」前道路
(3) 事故態様
原告の従業員である訴外A(以下「A」という。)が,本件自動車を運転し,荒川区乙b丁目B院(以下「B院」という。)の境内に後進で進入を試みたが,境内に駐車車両が多かったため,後進進入は危険と判断,前進進入するために境内前道路で切り返し中に操作を誤り,本件自動車左後部と道路脇電柱(以下「電柱」という。)とが衝突する自損事故を起こした。
第3 争点
本件保険金請求は信義則上認められるか。
第4 当裁判所の判断
証拠(甲第1号証及び第20号証,乙第1号証ないし第9号証,証人A,同C,同D,同E)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
1 争点について
(1) Aの証言によれば,本件事故の傷は,真実は,同人が運転する本件自動車の左後部ドア側面部が,B院前道路脇の電柱に,ぶつかってできたものであると述べるが,本件事故の現場については,事故当時運転手であったとするAをはじめ,事故関係者が,被告会社に対し,本件事故現場の回答を二転,三転させたものである。
すなわち,最初の事故報告では,事故当日の5月6日,同乗者であった訴外Fが,Aの勤務する「渋谷区のcの会社の駐車場の壁」と答え,その後5月18日にAが,同会社の社長である「証人D(以下「D」という。)の足立区の自宅マンションの裏庭の駐車場の壁」と答え,Aの会社の上司で部長である証人C(以下「C」という。)も同マンションの駐車場の壁と答え,最後にAが「B院前道路脇の電柱」と答えた。
(2) 本来保険の適用を受けようとする者は,約款上の通知義務はもとより,信義誠実の原則に従い,保険会社に対して正直に申告する義務があり,そのことは保険約款の通知義務の根底にあるといえる。しかしながら,本件でAが,事故場所を変える動機となったきっかけや,衝突場所を駐車場に変えた理由が,Aの供述によれば,同人が事故翌日に,友人訴外Gに電話で事故を報告したところ,「電柱を壊したら高額な賠償をされるからやばい。」と言われたことであったり,5月9日に本件自動車のディーラーである品川区のH社の訴外Iに報告した際には,同人から「事故から日にちが経っているから」とか,「電柱だと手続上面倒だから,駐車場にしておいたほうがよい」旨言われたりしたからだというものであり,Aは,それまで保険請求した経験もなかったことから,後日の被告側調査会社からの事故の照会に対し,軽い気持ちで虚偽の回答をしたというものである。
(3) 本件は,電柱に激突した事故ではなく,電柱に多大な損害を与えたわけでもないから,ことさら原告が事故現場である電柱を秘匿すべき特別の利益や事情はいささかも窺えないばかりか,Aは,事故後同人がすぐに報告したとするCから,Aが被告会社に事故現場を偽って報告したことにつき,ひどく叱責されたと述べているが,そのC自身,Aに対し,即刻事故現場の訂正報告を指示したと供述しながら,5月18日被告側査定調査員らの事故現場の照会に対しては,Aらと口裏を合わせるように,D社長のマンションの駐車場と答えた。最終的にはAをはじめ本件事故関係者らが被告に対し,本件虚偽通知を深く謝罪し,事故現場をB院前道路脇の電柱と修正したものの,当初は会社の関係者全員が,被告に対し,事故現場を偽って報告することに対し躊躇がなかったことが認められる。
すなわち,本件は,車の保険について知識がなかったA1人の軽率な判断で事故現場を偽ったなどという性質のものではなく,自動車を所有する原告の会社関係者やディーラー担当者などの助言などにより,それぞれの思惑から被告に対し,それぞれ虚偽の事故現場を申告するという,異常な対処方法をとったと言わざるを得ず,それら原告の関係者らの一連の行為は,約款上の通知義務違反はもとより本件保険契約において信義誠実の原則にも反していると言わざるをえない。
なお,被告は,本件事故当時,本件自動車を運転していた者が,Aではなく無免許である訴外Fである可能性も高い旨指摘するが,本件ではそれを認めるに足りる証拠はない。
(4) 次にAは,本件事故の衝突物は最終的にB院前道路脇の「電柱」と答えているが,本件アジャスターである証人Eの証言によれば,本件事故の修理に関する協定が平成16年6月16日になされたことは間違いないものの,仮の協定自体は被告の有責,免責に関係なく締結されるものであるが,本件は,自動車の衝突箇所の損傷痕と衝突物との整合性に極めて疑問が残る事案であると証言する。
すなわち,Aの証言のとおり,本件自動車の衝突箇所が,電柱であるとすれば,本件自動車左後部ドア(リヤクオーター)付近に鮮明に付いた擦過痕及び線傷状の損傷は,本来突起物があるものに衝突したのでなければ付くことはあり得ず,同じくドアに付いていた三日月状の擦過痕も,E証人の証言によれば,ほとんどへこみのない擦過痕であり,仮に電柱への衝突であれば,三日月が埋まる横傷が付くはずであり,三日月状の擦過痕が付くことは,物理上あり得ないことが認められる。そうすると,A証人の,本件事故は本件自動車の後部左ドア側面部(リヤクオーター)が電柱にぶつかったという証言もにわかに信用することはできない。また仮にAの証言どおり,本件自損事故は,Aが運転操作を誤り,「電柱」に衝突した事故であるとしても,上記リヤクオーター付近に鮮明に付いた擦過痕及び線傷状の損傷は,別の事故で付いた損傷である可能性が極めて高いことが疑われる。
(5) 以上の認定事実を基に判断すると,本件自損事故に基づく保険金請求は,事故場所が二転,三転して申告されるという極めて異常なケースであり,その理由も保険金請求者にとって,事故現場を偽ることがいささかの利益につながるケースではない上,かつ,アジャスターによる調査結果報告書によれば,本件自動車の損傷痕跡は,電柱との衝突では生じ得ない傷であることも考慮すると,本件は,事故現場と事故態様の両方の虚偽通知の可能性も一概に否定できず,Aをはじめ,会社関係者の被告への事故報告内容は,非常にあいまいで,かつ矛盾があり,にわかに信用することはできない。本件は,保険規約上の違背に基づく通知義務違反であることはもとより,もはや社会通念に照らし信義則上許されない保険金請求であるといわざるを得ない。原告の請求は理由がない。
なお,原告の主張する最高裁平成16年12月13日判決(平成16年(受)第988号)は,本件とは事案を異にするので採用しない。
2 以上の事実をもとに判断すると,原告の請求は,理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
東京簡易裁判所民事第3室
裁 判 官   岡  崎  昌  吾

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最終更新:2005年11月18日 13:44
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