H17. 7.28 長野地方裁判所 平成16年(わ)第275号,平成17年(わ)第31号,第89号 強盗殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反,窃盗被告事件

被告人が,レンタルビデオ店で,同店経営者の胸腹部をペティナイフで2回突き刺し失血死させて殺害した上,現金等を強取した強盗殺人等の事案につき,被告人の1回目の刺突行為の際には未必的殺意を,2回目の刺突行為の際には確定的殺意をそれぞれ有していたと認定し,無期懲役刑を言い渡した事例


主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中170日をその刑に算入する。
押収してあるペティナイフ1本(平成17年押第7号の1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第1 平成16年4月17日午後6時45分ころ,長野県塩尻市・・・所在のビデオショップ「A」において,
1 B(当時68歳)から金品を強取しようと企て,同人に対し,同人が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,その胸腹部を所携のペティナイフ(刃体の長さ約12.3センチメートル。平成17年押第7号の1)で1回突き刺したが,同人から自己の左上腕部をつかまれるなどしたため,更に確定的殺意をもって同人の胸腹部を上記ペティナイフで1回突き刺し,よって,そのころ,同所において,同人を横隔膜損傷等により失血死させて殺害した上,同人所有の現金約4万7000円及び財布等3点在中のセカンドバッグ1個(時価合計約1万0050円相当)を強取した
2 業務その他正当な理由による場合でないのに,前記ペティナイフ1本を携帯した
第2 別紙犯罪事実一覧表番号(添付省略)1ないし24に各記載のとおり,平成15年10月5日から平成16年10月5日までの間,前後24回にわたり,同県松本市・・・先路上ほか23か所において,Cほか23名運転の自転車の前かごから同人ほか23名の所有又は管理に係る現金合計約94万9550円及びトートバッグ1個ほか約457点(時価合計約56万6000円相当)をひったくり窃取した
ものである。
(事実認定の補足説明)
判示第1の1の犯行(以下,本項において「本件犯行」ということがある。)につき,検察官は,被告人には被害者に対する1回目の刺突行為の際から確定的殺意があった旨主張し,これに対し,弁護人は,強盗殺人罪の成立自体は争わないものの,被告人には,1回目の刺突行為の際殺意がなく,2回目の刺突行為の際も確定的殺意はなく,未必的殺意にとどまった旨主張し,被告人も公判廷においてこれに沿う供述をするので,判示のとおり認定した理由を補足して説明する。
1 関係各証拠によれば,①本件犯行に使用された凶器は,刃体の長さ約12.3センチメートルの鋭利なペティナイフ(果物ナイフ。以下単に「ナイフ」ということがある。)であったこと, ②本件犯行により被害者は,身体の枢要部である右下肋部及び右中腹部の2か所に刺傷を負い,このうち,右下肋部の刺創は,内部で肋骨損傷,横隔膜損傷,肝損傷を伴い,右中腹部の刺創は,創口の接着長約2.9センチメートル,創底までの深さ約12.5センチメートルで,内部で大網損傷,小腸損傷,腸間膜損傷,上腸間膜動脈損傷を伴うものであり,いずれも致命傷であった こと,以上の各事実が認められる。
これらの凶器の性状,刺突部位,創傷の程度等に加え, 被告人が,捜査及び公判を通じ,1回目のナイフで突き刺した場面につき,金を取る目的で被害者にナイフを突きつけて脅したところ,被害者から自己の右手を両手でつかまれようとしたため,とっさにナイフをいったん後に引いた上,そのまま前に出した旨 供述し,意識的にナイフを突き出した旨の認識があったことを一貫して認めていることに照らすと,被告人は,被害者から抵抗を受けたため,1回目の突き刺し行為の際から既に少なくとも未必的な殺意をいだいていたものと推定できる。
この点について,被告人の検察官調書(乙33)等には,「咄嗟のことで冷静に考えてやったわけではないが,手を伸ばしてナイフを取ろうとしてきたBさんを見て,下手をしたらこっちが捕まってしまうと思うと,咄嗟に,この男をおとなしくさせて金を取るには,殺すしかないと思って,Bさんの身体の真ん中辺りをめがけて強く刺した。」などと1回目の刺突行為のときから確定的殺意があったかのような供述記載がある。しかしながら,被告人が被害者に対し,事前に確定的殺意を有していたことをうかがわせる状況などはなかった上,上記供述記載からも明らかなとおり,1回目の刺突行為が被害者の抵抗を受けてとっさにとった 瞬間的な行為であったということに照らすと,このような瞬時に被告人が未必的殺意を超えて確定的殺意までいだいたと断定するには合理的な疑いが残るというべきである。
また,弁護人は,1回目の刺突行為につき,被害者の抵抗が被告人にとって全く予想外の出来事であり,被害者の抵抗に驚き,恐れ,極度に緊張,興奮し,冷静な判断ができない混乱した状態の中で,ナイフを取られることを防ぐため,とっさにナイフで被害者を刺したのであり,この時点で被害者の死を認識,認容していたものではない旨主張するが,前記認定の凶器の性状,刺突部位,創傷の程度等のほか,前記のとおり,被告人が,公判廷においても,1回目の刺突行為の際,とっさの行為とはいえ意識的にナイフを突き出した旨の認識があったことを認めていることに照らすと,弁護人の上記主張は理由がない。
2 前記認定の凶器の性状,刺突部位,創傷の程度等に加え,1回目の刺突行為後,更に刺突行為に及んでいることなどに照らすと,2回目の刺突行為の際には既に確定的殺意を有していたものと推定できる。
被告人は,自首当日(平成16年11月6日)に作成された警察官に対する自首調書(乙1)において,「死ねという気持ちで,私の方にもたれかかろうとした男の人の胸をめがけて再びナイフを突き刺した。」旨供述し,その後の検察官調書(乙33)においても,「もう一度ナイフで相手を刺して,今度こそ確実に殺して金を奪おうと決意し,左腕をつかんでいるBさんに向かって,その胸から腹の辺りを目がけて,右手に持ったナイフを強く突き刺した。」旨供述しているが,これらの確定的な殺意を認めた供述記載は前記認定の刺突部位,創傷の程度等の客観的事実ともよく符合するもので十分信用できる。これに反するかのような被告人の公判供述は,不自然不合理であって信用できない。
3 以上の次第で,被告人が,被害者に対する1回目の刺突行為の際には未必的殺意を有し,2回目の刺突行為には確定的殺意を有していたことは,優に認定できる。
なお,検察官は,判示第2の番号18の被害現金額が約32万円である旨主張し,D作成の被害届(甲363)及び警察官作成の「窃盗(ひったくり)事件の被害額について」と題する書面(甲535)には,これに沿うかのような記載があるが,現金約31万円を超える部分については,いずれも具体的な根拠に基づくものではないことが認められるので,被害現金額としては現金約31万円の限度で認定した。
(累犯前科)
1 事 実
平成11年10月13日(平成12年1月21日確定)浦和地方裁判所宣告
窃盗罪により懲役2年6月
平成14年5月9日刑執行終了
2 証 拠
検察事務官作成の前科調書(乙40)
(法令の適用)
罰 条
判示第1の1の所為につき,刑法240条後段
判示第1の2の所為につき,銃砲刀剣類所持等取締法32条4号,22条
判示第2の番号1ないし24の各所為につき,いずれも刑法235条
刑種の選択
判示第1の1の罪につき,無期懲役刑
判示第1の2の罪につき,懲役刑
累犯加重
判示第1の2,第2の番号1ないし24の各罪につき,刑法56条1項,57条(それぞれ再犯の加重)
併合罪の処理
刑法45条前段,46条2項本文
未決勾留日数の本刑算入
刑法21条
没 収
刑法19条1項2号,2項本文(判示第1の1の犯行の用に供した物)
訴訟費用の処理
刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
1 本件は,レンタルビデオ店において,同店の経営者である男性被害者(当時68歳)の胸腹部をペティナイフで2回突き刺し失血死させて殺害した上,現金等を強取するとともに(判示第1の1。以下「本件強盗殺人」という。),その際同ペティナイフ1本を不法に携帯し(判示第1の2),さらに, 平成15年10月5日から平成16年10月5日までの間,前後24回にわたり,現金等をひったくり窃取した(判示第2),という事案である。
2 本件各犯行の一連の経緯及び動機は以下のとおりである。
すなわち,被告人は,平成14年8月ころから塩尻市内のアパートで女性と同せい生活を始め,運送会社で働いていた。しかし,平成15年10月ころ,同運送会社での勤務時間の減少により減収となったことから,いわゆる風俗店やパチスロでの遊興費等を得るため,判示第2の別紙犯罪事実一覧表番号(以下「番号」という。)1のひったくり盗に及び,平成16年2月ころ,使い込みの発覚により同運送会社を解雇され,同せいしている女性の収入に頼る生活を送るうち,番号2及び3の2件のひったくり盗を敢行した。さらに,平成16年3月ころには,一挙に大金を手に入れるため強盗の際に使用するペティナイフを購入するなどした上,同年4月17日,所持金が底をついたことなどから,百万円前後の現金強奪をもくろみ,本件強盗殺人に及んだ。その後も同年5月以降同年10月までの間,遊興費等を得るため,松本市,塩尻市及びさいたま市内において,番号4ないし24のひったくり盗を連続して敢行した。
3 そこで,量刑上最も重要な本件強盗殺人についてみると,被告人は,遊興費等を得る目的で,ひったくり盗のみならず,強盗殺人にまで及んだものであって,自らの金銭的欲求を満たすためには人命を奪うことをもいとわないといった,利欲的かつ身勝手極まりない非人間的な犯行動機に酌量の余地は全くない。
被告人は,あらかじめ犯行に使用するペティナイフ(刃体の長さ約12.3センチメートル)を準備した上,犯行当日,塩尻市内で防犯態勢が手薄で多額の現金が置いてありそうな店舗を物色した末,判示第1の1のレンタルビデオ店に狙いを定め,当時68歳の被害者が一人で店番をしている店内で犯行の機会をうかがった後,いきなりペティナイフを同人に突きつけるなどして金銭を要求したところ,被害者からペティナイフを持っている被告人の右手を両手でつかまれそうになったことなどから,未必的殺意をもってペティナイフで被害者の胸腹部を1回突き刺したが,同人からなおも左上腕をつかまれたりしたことなどから,更に確定的殺意をもって同人の胸腹部をペティナイフで1回突き刺すなどして失血死により殺害し,同人所有の現金及び財布等が入ったセカンドバッグ1個を強取したものであって,その犯行態様は,冷酷かつ残忍極まりないものである。
他方,被害者は,妻と夫婦水入らずでの老後の生活や,次男の結婚,孫の成長等を楽しみにしていたにもかかわらず,理不尽にも被告人の凶行により突如尊い生命を奪われるに至ったもので,その無念さは想像するに余りある。 また,前記レンタルビデオ店内で息絶えている被害者の姿を目の当たりにした被害者の妻をはじめ遺族らの深い悲嘆は察するに余りあり,遺族らの被告人に対する処罰感情は非常に厳しい。それにもかかわらず,被告人は何らの慰藉の措置を講じていない。
4 判示第2の各ひったくり盗は,約1年間に24回にわたり連続して敢行された上,いずれも,原動機付自転車を使用し,主に中高年女性に狙いを定め,人気の少ない路上等で,背後から近づき追い抜きざまに現金等の入ったバッグ等をひったくり窃取するなどしたもので,その手口は手慣れたものである上,危険かつ悪質な犯行である。
被害額は現金合計約95万円,物品時価合計約56万円余り(合計約458点)と多額に上っているにもかかわらず,被害弁償等の慰藉の措置はとられていない。
さらに,本件強盗殺人はもとより,約1年間に連続して敢行されたひったくり盗が地域社会に深刻な不安,恐怖感等を与えたことは容易に推測できる。
5 被告人は,平成11年10月,浦和地方裁判所において,判示第2の各犯行と同種の合計10件に及ぶ窃盗(ひったくり盗等)により懲役2年6月の判決を受け服役したにもかかわらず,本件各犯行に及んだ上,本件強盗殺人後,犯行を後悔したと述べながらも,約1か月後にはひったくり盗を再開するなど,規範意識の乏しさは深刻である。
以上の諸点にかんがみると,被告人の刑事責任は極めて重大である。
6 そうすると,被告人が,警察に自ら出頭し本件各犯行を申告し,公判廷においても,本件強盗殺人についてはおおむね認め,その余の各犯行についてはいずれも事実を認め,反省の態度を示していること,判示第2の被害品の一部が関係被害者に返還されたこと,被告人の交際相手が,公判廷において,被告人の身元引受けを約していること,未だ20歳代の若年であること,その他被告人のため有利又は考慮すべき諸事情を十分考慮しても,主文の無期懲役の刑は免れない。
なお,弁護人は,自首減軽すべき旨主張するが,前記の諸事情に加え,被告人が警察に出頭した時期が本件強盗殺人の半年後であり,その間もひったくり盗を連続して敢行していたところ,同せい中の交際相手の住居を退去せざるを得なくなったため,収入もなく行き場に困り警察に出頭した経緯等を総合すれば,本件において,自首により裁量的に刑を減軽し有期懲役刑を選択するのは相当ではない。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 無期懲役,ペティナイフ1本没収)
平成17年7月28日
長野地方裁判所刑事部


裁判長裁判官    土屋靖之

裁判官    桂木正樹

裁判官    吉川健治

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最終更新:2005年12月20日 16:14
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