H17.10.25 千葉地方裁判所 平成12年(行ウ)第42号 千葉県に代位して行う損害賠償等請求事件

 東京湾北部の浅海域である通称「三番瀬」の埋立計画に関連して,金融機関から漁業協同組合(漁協)に対して融資された金銭の利息を支払うために漁協が金融機関から金銭を借り受けたことによる債務について,県,漁協及び金融機関によるいわゆる「三者合意」に基づき,県が免責的に債務を引き受けて合計56億0958万円余を支払ったため,県の住民である原告らが,当時の県知事と県企業庁長である被告らに対して,県に代位して損害の賠償を請求した。
  この事案につき,当時の県知事に対しては請求を却下するとともに,当時の県企業庁長に対しては,「三者合意」が埋立計画が実現しない場合に県に多額の債務が無限定に発生する構造になっていることなどを理由として,契約内容の相当性を欠く違法なものであるとしたが,支出を命じたことは裁量の範囲内であるとして,請求を棄却した。


平成17年10月25日判決言渡
平成12年(行ウ)第42号 千葉県に代位して行う損害賠償等請求事件

判決
主文
1 原告らの被告Aに対する請求に係る訴えを却下する。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,千葉県(以下「県」という。)に対し,連帯して56億0958万6656円及び内28億円に対する平成12年4月1日から,内28億0958万6656円に対する平成13年3月31日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
東京湾北部の千葉県市川市,同県船橋市及び同県浦安市の地先に位置する浅海域である通称三番瀬(以下「三番瀬」という。)海域(市川2期地区等)の埋立計画に関連して,B連合会及びC銀行からE漁協に対して融資された金員の利息を支払うために,E漁協がB連合会から借り受けたことによる債務について,県は,その債務を免責的に引き受けて支払った。これに関して,県の住民である原告らは,当時千葉県企業庁長(以下「企業庁長」という。)であった被告Fがした,県の前記債務引受けした債務に係る支出決定及び支出命令が違法であり,同支出決定及び支出命令について当時千葉県知事(以下「県知事」という。)であった被告A及び被告Fには財務会計上の義務違反があると主張して,平成14年法律第4号による改正前の地方自治法(以下「旧地自法」という。)242条の2第1項4号に基づき,県に代位して,被告らに対し,前記支出決定及び支出命令に基づく支出金相当額の損害賠償金及び支出日の翌日からの遅延損害金の連帯支払を求めた。
1 前提となる事実
(1) 当事者等
ア 原告ら
原告らは,いずれも県の住民である。
イ 被告ら
被告Aは,昭和56年4月から平成13年3月まで,県知事の地位にあった者である。また,被告Fは,平成11年4月1日から平成13年4月25日まで,企業庁長の地位にあった者である。
ウ 企業庁長と企業庁
企業庁長は,地方公営企業法4条に基づいて定められた,「千葉県土地造成整備事業,工業用水道事業等の設置等に関する条例」(以下「条例」という。)2条1項の規定により,県が地方公営企業として設置した土地造成整備事業,工業用水道事業及び鉄道事業の管理者(同法7条ただし書き,条例4条)であり,同法8条1項各号に掲げる事項を除き,土地造成整備事業,工業用水道事業及び鉄道事業の業務を執行し,当該業務の執行に関し県を代表する(同法8条1項本文)。
また,千葉県企業庁(以下「企業庁」という。)は,同法14条の規定により企業庁長の権限に属する事務を処理させるために設けられた組織である(条例5条1項)。
(2) 市川2期地区埋立計画の概要
ア 企業庁は,昭和49年に発足したが,臨海地域土地造成整備事業(以下「臨海事業」という。)を実施しているところ,これは企業庁の前身の時代からの土地造成整備事業の一つで,東京湾の浦安から富津までの海岸線の埋立造成整備事業を指すものであり,別紙図面1のとおり,19の地区に分かれている。
 その一つである市川地区について,その一部(市川1期地区。別紙図面2の「市川(一期)地区」部分。)の造成計画は,昭和44年度から昭和49年度にかけて,千葉県と都心を結ぶ地域として,交通緩和を図る道路(東京湾岸道路)と鉄道(JR京葉線)の用地確保及び関連する業務用地の必要性と市川市における過密化の排除,環境悪化の防止等の都市問題解決のための地域開発用地の造成を目的として計画され,埋立てが実施された。この埋立事業は,昭和42年に策定された千葉県第2次総合5か年計画等に基づくものであった。
イ 次いで,昭和48年6月,千葉県第4次総合5か年計画が策定され,その中に,計画面積434ヘクタール,5か年計画中の埋立予定面積217ヘクタールの市川2期地区埋立計画(以下「本件埋立計画」という。)が盛り込まれた。その後,昭和51年9月に千葉県新総合5か年計画が策定され,その中で,本件埋立計画は計画面積が157ヘクタールに縮小され,事業計画実施は昭和56年度以降とされた。
 なお,市川2期地区は,市川地区2期あるいは市川地区第2期ともいい,浦安2期地区は,浦安地区第2期ともいう。市川2期地区及び浦安2期地区は,別紙図面1,2のとおりである。
(3) E漁協との交渉
ア 昭和51年ころ,E漁協から企業庁に対し,浦安2期地区埋立事業等による潮回りの変化等を原因として,漁場環境が悪化したとして補償を要求する旨の要望があった。また,昭和51年9月の千葉県新総合5か年計画により,前記(2)イのとおり本件埋立計画が延期されたため,E漁協から企業庁に対し,漁業補償に関する要望があった。
イ(ア) 県とE漁協は,昭和52年5月17日,「漁業権の放棄に伴う損失の補償に関する協定書」により,県が市川地先において市川2期地区土地造成事業を実施するに当たり,E漁協がE漁協の有する漁業権の一部を放棄することによって生ずるE漁協の損失に対する補償に関し,次のとおり協定を締結した。
1条 E漁協は,E漁協及びG漁協の有する共同漁業権(共第1号)の一部(現在の免許区域のうち別紙図面3に表示されたア,イ,ウ,エ及びアの各点を順次結んだ線によって囲まれた区域)にかかる一切の権利を昭和52年5月31日限り放棄するものとする。
2条 中略
3条 県は,E漁協が1条に規定する漁業権の一部を放棄することに伴い,通常生ずる損失に対して補償を行うものとし,その補償金の総額は2億6327万2000円とする。
4条 中略
5条 中略
6条 県は,埋立工事を実施するに当たり,この協定による漁業権の一部の放棄によって変更されたのちの漁業権の区域におけるE漁協の組合員の行う漁業に対して被害を及ぼさないよう十分配慮するものとする。
(イ) 県とE漁協は,昭和52年5月17日,前記(ア)の協定に関し,次のとおり覚書を締結した。
a 県が将来E漁協の有する漁業権漁場について,E漁協に対し漁業権放棄の申入れを行った場合の補償金の算定は,別添「漁種別数量一覧表」(中略)を基礎として行うものとする。
(以下省略)
b 県は,E漁協に対し,前記(ア)の協定6条の被害を与えた場合,共同漁業権については県・E漁協協議して被害総額を補償するものとする。
c E漁協は,県の実施する浦安地区第2期土地造成事業,市川地区第2期土地造成事業,漁場環境整備のための澪掘り事業について協力するものとする。
(ウ) 県とE漁協は,昭和52年5月17日,のり生産資材購入資金の融資に関し次のとおり確認した。
a 県は,E漁協に対し,のり生産資材購入資金としてE漁協の有する区画漁業権評価額の27パーセント相当額7億6572万5000円を融資する措置を講ずるものとする。
 県は,E漁協の前記借入金に対する金利について,E漁協の実質負担にならないよう必要な措置を講ずるものとする。
 前記融資措置の時期及び方法等については,県・E漁協協議し別途定めるものとする。
b 県が将来E漁協の有する漁業権漁場について,E漁協に対し漁業権放棄の申入れを行う場合,E漁協は,これに応ずるものとする。
  これにより,E漁協が漁業権を放棄する場合,県は,別添「のり生産数量一覧表」(中略)を基礎として,補償金の算定を行うものとする。(以下省略)
 前記により,県がE漁協に支払う補償金のうち,区画漁業権評価額の27パーセント相当については,前記aに定める融資措置額と同額とするものとする。
c 県は,E漁協に対し,前記(ア)の協定6条の被害を与えた場合,区画漁業権については,被害総額に別添「のり生産数量一覧表」(中略)における融資対象外柵数と被害発生時の実行使柵数との比率を乗じた額を補償するものとする。
(以下省略) 
ウ(ア) E漁協は,昭和54年5月9日付け文書で,企業庁長に対し,京葉港市民の海辺造成及び市川航路浚渫事業について協力を要請されたが,次の事項について納得できる回答を得られるならば,協力したいとして, 市川航路浚渫によりE漁協の漁場環境はどのように変化するか(従来どおりの漁業ができるか。)。また,この対策はどうするのか。 市川地区事業等の将来計画及び実施時期。 事業計画が実施に移され漁業権が全面的に放棄された後においても,なお漁業継続を希望する組合員があったとき,この対応を示せという意向が出た場合はどうするのか。について回答を求めた。
(イ) 企業庁長は,昭和54年5月23日付け文書で,E漁協に対し,回答した。
 前記(ア)については,次のとおりである。すなわち,航路浚渫に伴う漁場への影響は,他の諸要因と相俟って未知の分野が介在し,解明が困難であることから,3月12日県水産部に対し「市川航路浚渫及び市民の海辺造成工事計画に伴う関係漁協対策」について,文書をもってお願いしている。また,当該対策等に必要な経費については,当庁が基本的に負担することになっているので,この中で対応していきたい。
 前記(ア)については,次のとおりである。すなわち,関係機関と協議のうえ,下記のとおり実施したいと考えている。

a 昭和54年度から昭和56年度 環境アセスメント等の調査
b 昭和55年度から昭和56年度 全面漁業補償交渉の開始及び妥結
c 昭和57年度から昭和58年度 埋立免許申請など諸手続
d 昭和59年度から昭和65年度 埋立て,土地造成工事
e 土地利用計画         終末処理場(約100ヘクタール)を含めた処分用地,海浜公園等。その他,干潟(約150ヘクタール),湿地
 前記(ア)については,次のとおりである。すなわち,本件交渉のときにE漁協及び県水産部と十分協議したいと考える。
(4) 三者合意及び転業準備資金の融資
ア 昭和57年6月8日付け協定
県(代表者企業庁長)とE漁協は,昭和57年6月8日,協定書により,市川市地先海面の現状と将来変化を勘案し,E漁協の組合員が将来円滑な転業を図るための準備に要する資金(以下「転業準備資金」という。)の融資に関して,次のとおり協定した(以下,この協定を「昭和57年6月8日付け協定」といい,この協定書を「昭和57年6月8日付け協定書」という。)。
1条 E漁協は,E漁協の組合員のうちで昭和57年3月31日現在で転業準備資金の融資を希望する者に対して貸付けを行うものとし,県は,E漁協に対し,E漁協の有する区画漁業権及び共同漁業権(それらの区域は別紙図面2のとおり)の漁場評価額を限度とした原資の融資措置を講ずるものとする。
2項 E漁協は,前項の原資の融資措置に当たっては,E漁協が将来漁業権放棄により受けるべき漁場評価額に基づく補償金相当額を担保とするものとする。
3項 1項に基づく原資の融資措置に関して,必要な事項については県・E漁協協議し,別に定めるものとする。
2条 前条1項に規定する漁場評価額については,別途県・E漁協協議し合意書を取り交わすものとする。
3条 E漁協は,県から漁業権放棄の申入れがあったときは,速やかにこれに応ずるものとする。
 (中略)
 県は,E漁協の組合員のうちで,漁業権放棄後も漁業継続を希望する者があった場合は,この取扱いについて,E漁協と十分協議するものとする。
イ 昭和57年6月12日付け合意
 県(代表者企業庁長)とE漁協は,昭和57年6月12日,合意書により,昭和57年6月8日付け協定書2条に基づき,E漁協の有する漁業権の漁場評価額に関し,次のとおり合意した(以下,この合意を「昭和57年6月12日付け合意」といい,この合意書を「昭和57年6月12日付け合意書」という。)。
(ア) 区画漁業権区第2号の漁場評価額は,35億0334万円(昭和52年5月17日付けで締結した確認書aに定める漁場評価額の27パーセント相当額7億6572万5000円を含む。)とする。
(イ) G漁協と共有の共同漁業権共第1号の残存漁場評価額(75パーセント相当)は10億5366万円とする。
(ウ) 漁場評価額の合計額は,45億5700万円とする。
ウ 昭和57年7月5日付け確認
県(代表者企業庁長)とE漁協は,昭和57年7月5日,確認書により,昭和57年6月8日付け協定書に関して,次のとおり確認した(2条1項の組合員数は624名,同条2項の組合員数は106名。以下,この確認を「昭和57年7月5日付け確認」と,4条2項を「利息の実質負担回避の約束」といい,この確認書を「昭和57年7月5日付け確認書」という。)。
1条 協定書1条1項の規定に基づく融資限度額については,昭和57年6月12日付け合意書の漁場評価額に基づき,45億5700万円とする。
2条 E漁協は,E漁協の組合員に対して別表1(中略)の融資限度額の範囲内で貸付けを行うものとする。
2項 E漁協は,前項の貸付けを行うに当たり,別表2(中略)の者については,一定額貸付けを保留するものとする。
3条 前条1項の貸付けに伴い,E漁協の組合員はE漁協に対して,将来漁業権放棄に伴う補償金の配分相当額を担保に供するものとする。
4条 E漁協は,その借入金について,将来県の行う土地造成事業に伴う漁業権放棄に対し補償金が支払われたときには,速やかにその返済に充てるものとする。
2項 県は,E漁協及びE漁協の組合員の借入金に対する利息について,E漁協及びE漁協の組合員の実質負担とならないような措置を講ずるものとする。
5条 前条1項に規定する補償金については,昭和57年6月12日付け合意書並びに県とE漁協の間で昭和52年5月17日付けで締結した覚書及び確認書(前記(3)イ(イ)の覚書及び同(ウ)の確認書)に基づき決定するものとする。
エ 本件融資協定
(ア) 県(代表者企業庁長),B連合会及びE漁協は,昭和57年7月14日,「転業準備資金の融資に関する協定書」により,昭和57年6月8日付け協定書1条3項の規定に基づく転業準備資金の融資の実施に関し,次のとおり協定を締結した。
1条 B連合会は,E漁協に対し,転業準備資金として22億円を融資するものとする。
2項 前項の融資回数は1回とし,融資期間は昭和57年7月15日から昭和58年3月31日までとする。ただし,融資期間については,県・B連合会・E漁協協議のうえ変更できるものとする。
3項 E漁協は,前項の期間が満了したときは,1項の融資額を速やかにB連合会に対し返済するものとする。
2条 B連合会は,前条の融資額に対する融資利率を年6.9パーセントとする。
2項 E漁協は,償還日における融資残額に前項の融資利率を乗じて算出した額を利息としてB連合会に支払うものとする。
3条 県は,B連合会が行う1条の融資に当たり,B連合会に対し11億円を預金するものとする。
2項 前項の預金期間については,1条2項に定める融資期間とする。
4条 B連合会は,1条に基づく融資が完了したときは,速やかに転業準備資金融資完了報告書(中略)を県に提出するものとする。
5条 この協定に定めのない事項及び協定の実施に必要な事項は,県・B連合会及びE漁協で協議して別途定めるものとする。
(イ) 県(代表者企業庁長),C銀行及びE漁協は,昭和57年7月14日,「転業準備資金の融資に関する協定書」により,昭和57年6月8日付け協定書1条3項の規定に基づく転業準備資金の融資の実施に関し,次のとおり協定を締結した。
1条 C銀行は,E漁協に対し,転業準備資金として20億9750万円を融資するものとする。
2項 前項の融資回数は1回とし,融資期間は昭和57年7月15日から昭和58年3月31日までとする。ただし,融資期間については,県・C銀行・E漁協協議のうえ変更できるものとする。
3項 E漁協は,前項の期間が満了したときは,1項の融資額を速やかにC銀行に対し返済するものとする。
2条 前条の融資額に対する融資利率を年6.9パーセントと定める。
2項 E漁協は,C銀行からの融資金に前項の融資利率を乗じた利息を償還日にC銀行に支払うものとする。
3条 県は,C銀行が行う1条の融資に当たり,C銀行に対し7億円を預金するものとする。
2項 前項の預金期間については,1条2項に定める融資期間とする。
4条 C銀行は,1条に基づく融資が完了したときは,速やかに転業準備資金融資完了報告書(中略)を県に提出するものとする。
5条 この協定に定めのない事項及び協定の実施に必要な事項は,県・B連合会及びE漁協で協議して別途定めることとする。
(以下,前記(ア)及び(イ)の協定を一括して「本件融資協定」と,この協定による一連の措置を「本件融資措置」と,前記(ア)及び(イ)の協定書を一括して「昭和57年7月14日付け本件融資協定書」と,前記アないしエの一連の協定,合意,確認を「三者合意」という。)
オ 本件融資協定に基づく融資の実行
本件融資協定に基づき,昭和57年7月,E漁協に対して,転業準備資金として,B連合会から22億円,C銀行から20億9750万円の合計42億9750万円(以下「本件転業準備資金」という。)が融資された(以下「本件融資」という。)。その際,県は,各金融機関に対し,融資総額の一定割合(B連合会に対しては2分の1,C銀行に対してはほぼ3分の1)を預金した。
カ 本件融資後の合意等(融資期間の延長,利息に関する合意,融資金融機関の一本化)
 本件融資後,本件埋立計画の確定に向けた作業が続けられたが,計画のとりまとめに時間を要したこと等から,前記エ(ア)の協定1条2項の融資期間は,平成13年3月27日時点で30数回延長され,前記エ(イ)の協定1条2項の融資期間は,平成2年10月30日時点で10数回延長された。
 また,前記エ(イ)の協定については,県,B連合会及びE漁協は,平成3年3月28日,同趣旨の「転業準備資金の融資に関する協定書」により,昭和57年6月8日付け協定書1条3項の規定に基づく転業準備資金の融資に関し,協定を締結し,実質的には金融機関がC銀行からB連合会に変更となり,融資金融機関がB連合会に1本化された。その後,この協定1条2項の融資期間は,平成13年3月27日時点で20数回延長された。
 そして,利息については,前記融資期間の延長の都度,その当時の金利情勢に応じて利率の改定が行われた。
(5) 免責的債務引受け(E漁協の利息負担回避措置)
ア E漁協の県に対する要望(これは「利息の実質負担回避の約束」の履行を要望するもの)を受けて,県(代表者企業庁長),B連合会及びE漁協は,昭和63年3月30日,「転業準備資金の融資に伴う利息に関する協定書」により,昭和57年6月8日付け協定書,昭和57年7月5日付け確認書,昭和57年7月14日付け本件融資協定書等に基づいて実施した本件融資に伴う利息の負担に関し,次のとおり協定を締結した。
1条 県は,E漁協がB連合会及びC銀行より転業準備資金の原資の融資を受けたことにより発生する利息を支払うために,B連合会から借り受け,E漁協の債務となっている額を引き受けるものとする。
2項 前項の債務は,昭和57年7月15日より昭和61年10月31日までの期間に発生した利息のうち,E漁協がB連合会から借り受けた13億8330万円とし,E漁協はB連合会の当該債務を免れるものとする。
3項 昭和61年11月1日から昭和63年12月31日までの融資期間が満了し,E漁協がB連合会及びC銀行に本件融資を返済したときまでに発生した利息については,別途県,B連合会及びE漁協との間で利息の負担に関する協定を締結し,県は,E漁協のB連合会に対する債務を引き受けるものとする。
2条 県が,前条2項及び3項の規定によりE漁協から引き受け,又は引き受けることとなる債務は,別途県及びB連合会との協議により支払うものとする。
3条 県,B連合会及びE漁協との間で締結された昭和57年7月14日付け本件融資協定書については,本件転業準備資金の融資期間満了時まで継続する。
イ E漁協の県に対する要望を受けて,県(代表者企業庁長),B連合会及びE漁協は,平成3年3月28日,「転業準備資金の融資に伴う利息に関する協定書」により,昭和57年6月8日付け協定書,昭和57年7月5日付け確認書,昭和57年7月14日付け本件融資協定書等に基づいて実施した本件融資に伴う利息の負担に関し,次のとおり協定を締結した。
1条 県は,E漁協がB連合会及びC銀行より転業準備資金の原資の融資を受けたことにより発生する利息を支払うために,B連合会から借り受け,E漁協の債務となっている額を平成3年3月29日に引き受けるものとする。
2項 前項の債務は,昭和61年10月31日から平成2年10月31日までの期間に発生した利息のうち,E漁協がB連合会から借り受けた10億7710万円とし,E漁協はB連合会の当該債務を免れるものとする。
2条 県が,前条2項の規定により引き受けたB連合会の貸付債権の貸付期間は,平成3年10月31日までとする。ただし,貸付期間については,県,B連合会及びE漁協協議のうえ変更できるものとする。
2項 県は,前項の期間が満了したときは,1項の貸付金を県,B連合会協議のうえ,B連合会に支払うものとする。
3項 1項の貸付金の利率は年7.06パーセントとする。
3条 県,B連合会及びE漁協の間で締結された昭和57年7月14日付け本件融資協定書については,合意書に定める転業準備資金の貸付期間満了時まで継続する。
4条 平成2年10月31日から本件転業準備資金の融資期間満了時までに発生した利息については,別途県,B連合会及びE漁協との間で利息の負担に関する協定を締結し,県はE漁協のB連合会に対する債務を引き受けるものとする。
ウ E漁協の県に対する要望を受けて,県(代表者企業庁長),B連合会及びE漁協は,平成6年12月15日,「転業準備資金の融資に伴う利息に関する協定書」により,昭和57年6月8日付け協定書,昭和57年7月5日付け確認書,昭和57年7月14日付け本件融資協定書,前記イの協定書等に基づいて実施した本件融資に伴う利息の負担に関し,次のとおり協定を締結した。
1条 県は,E漁協がB連合会及びC銀行より転業準備資金の原資の融資を受けたことにより発生する利息を支払うために,B連合会から借り受け,E漁協の債務となっている額を平成6年12月26日に引き受けるものとする。
2項 前項の債務は,平成2年10月31日から平成6年10月31日までの期間に発生した利息のうち,E漁協がB連合会から借り受けた11億2400万円とし,E漁協はB連合会の当該債務を免れるものとする。
2条 県が,前条2項の規定により引き受けたB連合会の貸付債権の貸付期間は,平成7年4月28日までとする。ただし,貸付期間については,県,B連合会及びE漁協協議のうえ変更できるものとする。
2項 県は,前項の期間が満了したときは,1条の貸付金を県,B連合会協議のうえ,B連合会に支払うものとする。
3項 1条の貸付金の利率は年4.10パーセントとする。
3条 県,B連合会及びE漁協の間で締結された昭和57年7月14日付け本件融資協定書については,合意書に定める転業準備資金の貸付期間満了時まで継続する。
4条 平成6年10月31日から本件転業準備資金の融資期間満了時までに発生した利息については,別途県,B連合会及びE漁協との間で利息の負担に関する協定を締結し,県はE漁協のB連合会に対する債務を引き受けるものとする。
エ E漁協の県に対する要望を受けて,県(代表者企業庁長),B連合会及びE漁協は,平成11年3月26日,「転業準備資金の融資に伴う利息に関する協定書」により,昭和57年6月8日付け協定書,昭和57年7月5日付け確認書,昭和57年7月14日付け本件融資協定書,前記イの協定書等に基づいて実施した本件融資に伴う利息の負担に関し,次のとおり協定を締結した。
1条 県は,E漁協がB連合会より転業準備資金の原資の融資を受けたことにより発生する利息を支払うために,B連合会から借り受け,E漁協の債務となっている額を平成11年3月26日に引き受けるものとする。
2項 前項の債務は,平成6年10月31日から平成10年10月30日までの間に発生した利息のうち,E漁協がB連合会から借り受けた5億2640万円とし,E漁協はB連合会の当該債務を免れるものとする。
2条 県が,前条2項の規定により引き受けたB連合会の貸付債権の貸付期間を平成11年10月29日までとする。ただし,貸付期間については,県,B連合会及びE漁協協議のうえ変更できるものとする。
2項 県は,前項の期間が満了したときは,1条の貸付金を県,B連合会協議のうえ,B連合会に支払うものとする。
3項 1条の貸付金の利率は年1.400パーセントとする。
3条 県,B連合会及びE漁協の間で締結された昭和57年7月14日付け本件融資協定書については,合意書に定める転業準備資金の貸付期間満了時まで継続する。
4条 平成10年10月30日から本件転業準備資金の融資期間満了時までに発生した利息については,別途県,B連合会及びE漁協との間で利息の負担に関する協定を締結し,県はE漁協のB連合会に対する債務を引き受けるものとする。
(以下,前記アないしエの4回の債務引受けを一括して「本件各債務引受け」といい,これにより県が引き受けた債務を「本件各引受債務」という。)
オ 本件各引受債務については,県,B連合会間の合意書及び同合意書の一部変更に関する合意書並びに県,B連合会及びE漁協間の「転業準備資金の融資に伴う利息に関する協定書(一部変更)」により,支払期日が延長され,その間の利率が変更された。
 以上により,平成11年10月29日時点における県の本件各引受債務額は合計55億3990万2340円(1回目の債務引受けにつき,元本13億8330万円・利息8億6578万6451円。2回目の債務引受けにつき,元本10億7710万円・利息4億1349万6695円。3回目の債務引受けにつき,元本11億2400万円・利息1億4543万7816円。4回目の債務引受けにつき,元本5億2640万円・利息438万1378円。)に達した。
(6) 本件各引受債務に係る予算措置及び支出
ア 平成11年度支出
(ア) 予算措置
本件各引受債務については,昭和57年度以降,臨海事業に係る継続費(地方自治法212条)として,県の予算に計上されていたが,平成11年度と平成12年度の2か年度に分割して支出予算に計上されることになった。
平成12年3月22日,本件各引受債務に係る支出予算を計上した平成11年度補正予算案及び平成12年度当初予算案が千葉県議会(以下「県議会」という。)で可決された。
平成11年度補正予算に計上された支出予算額は,県が負担した債務額のうち28億円(浦安2期地区事業費21億円,京葉港地区事業費7億円)で,平成12年度当初予算に計上された支出予算額は,平成12年度末に支払った場合を見込んで,平成12年度未まで利率年1.735パーセントにより返済期日を延長した場合の債務残額(見込み)28億2870万1000円(浦安2期地区事業費21億2152万6000円,京葉港地区事業費7億0717万5000円)であった。
(イ) 支出負担行為
被告Fは,企業庁長として,前記(ア)のとおり,本件各引受債務の支払のために,平成11年度補正予算に計上し,議決を経た28億円について,千葉県企業庁財務規程(以下「財務規程」という。)27条1項2号で定められた支出予算の執行手続に従って,平成12年3月23日付けで決裁を行い,支出を決定した。
(ウ) 支出命令及び支出
平成11年度補正予算で議決された28億円の支出については,財務規程53条で定められた支出の手続に則って行われ,支出回議書により平成12年3月24日付けで被告Fが企業庁長として決裁し,同支出回議書の送付を受けた出納員によって,平成12年3月31日に同金額がB連合会に支払われた。
イ 平成12年度支出
(ア) 「転業準備資金の融資に伴う利息の支払いに関する協定書」
県とB連合会は,本件各引受債務が2か年に分割して支払われるのに伴い,平成12年10月27日,「転業準備資金の融資に伴う利息の支払いに関する協定書」により,前記(5)アないしエの協定に基づき,本件融資に伴う利息の支払に関し,次のとおり協定した。なお,本協定の利率により,平成13年3月30日時点における県の債務残額を算定すると,28億0958万6656円となった。
1条 県が前記(5)アないしエの協定で引き受けたB連合会の貸付債権の貸付期間が満了となる平成12年10月27日時点における県のB連合会に対する債務残額については,28億0780万9659円とする。
2条 県による前条の債務残額の支払期限については,平成12年10月27日から平成13年3月30日まで延長するものとし,B連合会は,その間の支払について猶予するものとする。
2項 前項の規定により延長した支払期限については,県・B連合会協議の上変更できるものとする。
3条 県は,B連合会に対し,前条1項の規定による支払猶予期間中における1条の債務残額に係る発生利息を,前条1項により延長した支払期限までに支払うものとする。
2項 前項の発生利息に係る利率については,年0.15%とする。
(イ) 支出負担行為
被告Fは,企業庁長として,前記(ア)のとおり,本件各引受債務の支払のために,平成12年度当初予算に計上し,議決を経た28億2870万1000円のうち,平成13年3月30日時点における県の債務残額28億0958万6656円(浦安2期地区事業費21億0718万9992円,京葉港地区事業費7億0239万6664円)について,財務規程27条1項2号で定められた支出予算の執行手続に従って,同月23日付けで決裁を行い,支出を決定した(以下,この支出決定及び前記ア(イ)の支出決定を併せて「本件各支出決定」という。)。
(ウ) 支出命令及び支出
平成12年度予算計上額28億2870万1000円のうち,平成13年3月30日時点における県の債務残額28億0958万6656円の支出については,財務規程53条に則って行われ,支出回議書により同月26日付けで被告Fが企業庁長として決裁し,同支出回議書の送付を受けた出納員によって,平成13年3月30日付けでB連合会に支払われた(以下,この支出回議書の決裁及び前記ア(ウ)の支出回議書の決裁を併せて「本件各支出命令」といい,この支出及び前記ア(ウ)の支出を併せて「本件各支出」という。)。
(7) 三者合意・本件債務引受けと企業庁長の地位・権限,独立採算性
 三者合意及び本件各債務引受けは,地方公営企業法8条1項,9条8号に基づく地位及び権限により,企業庁長が企業庁の臨海事業に関する業務上の必要性に基づいて行ったものである。
 ところで,企業庁の行う土地造成整備事業は,一般会計からの独立採算性(造成した土地の分譲収入を経費に充てるもの)がとられており,土地造成整備事業に係る経費は,企業庁が造成した土地の分譲収入が充てられ,県民が納付する税金等は財源とされていない。実際,本件各支出の財源は,埋立てによって漁業に影響を与えた浦安2期地区及び京葉港地区の土地分譲収入が前記(6)ア(ア)のとおり充てられた。
 なお,E漁協に対しては,昭和47年から昭和59年にかけて実施されたE漁協の有する漁業権海域周辺の埋立工事等の影響による漁獲高の減少に対する補償はされていない。
(8) 監査請求及び訴えの提起
ア 原告らは,平成12年4月7日,千葉県監査委員に対し,三者合意が違法であるなどとして,前記(6)ア(ウ)の支出28億円について県知事,企業庁長及び関係職員に対する支出した金額の返還請求をすること,及び,前記(6)ア(ア)のとおり,平成12年度当初予算に計上した臨海事業における浦安2期地区事業費及び京葉港地区事業費(以下「平成12年度臨海事業費」という。)の合計28億2870万1000円の支出を差し止めることを請求する旨の住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。
イ 千葉県監査委員は,平成12年5月31日付けで,本件監査請求を棄却した。
ウ(ア) 原告らは,平成12年6月29日,旧地自法242条の2第1項4号に基づき,県に代位して,被告らに対し,前記(6)ア(ウ)のとおり支出された金員相当額28億円の損害賠償金及び遅延損害金の支払,並びに,被告らに対し,県知事及び企業庁長が平成12年度臨海事業費の支出をしたときは,支出金相当額28億2870万1000円の損害賠償金及び遅延損害金の支払を請求するとともに,同項1号に基づき,県知事及び企業庁長に対し,平成12年度臨海事業費の支出差止めを請求する旨の訴えを提起した。
(イ) 原告らは,平成13年5月22日の本件弁論準備手続期日において,前記(ア)の請求の趣旨を前記第1のとおり変更した。
2 争点
(1) 被告Aに対する請求に係る訴えの適法性
(2) 被告Fの責任(本件各支出決定及び本件各支出命令による被告Fの県に対する損害賠償義務)の有無
3 争点についての各当事者の主張
(1) 争点(1)(被告Aに対する請求に係る訴えの適法性)について(本案前の主張)
(原告ら)
ア 住民訴訟のうち旧地自法242条の2第1項4号に基づく損害賠償請求については,被告適格を有するのは原告により訴訟の目的である地方公共団体が有する実体法上の請求権を履行する義務があると主張されている者である。そうすると,原告らが被告Aに対して当該職員であるとして損害賠償を請求している以上,被告Aは本件の被告適格を有する。
イ 仮に前記アの見解が認められないとしても,法令上,直接的な財務会計上の権限を有していなくとも,公金支出の直接の原因となる行為をしたものであって,公金支出の必要性について実質的に判断する行為をした者が他にある場合は,その者も「当該職員」に含めるべきである。そして,本件では三者合意締結当時県知事であった被告Aがその適法性の判断について実質的に関与しているのであるから,被告Aの当該職員性は肯定されるべきである。
ウ 仮に前記ア及びイの見解が認められないとしても,① 当該財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者,② これらの者から権限の委任を受けるなどして同権限を有するに至った者のほか,③ 法令上又は当該地方公共団体の制度上当該財務会計上の行為を行うかどうかの意思決定を行い得る地位ないし職にあるとされている者はいずれも「当該職員」に当たると解すべきである。なぜなら,このような地位,職にある者は,具体的状況によっては,当該行為に関して地方公共団体に対して損害賠償義務を負担させられることもあるのであり,このような立場にある者に対する訴えを実体に関する審理判断のないまま不適法とすることは住民訴訟の目的に照らし不合理だからである。
そして,本件では,三者合意締結当時県知事であった被告Aが当該財務会計上の行為をするかどうかの決定権を有していたといえるから,被告Aの当該職員性は肯定されるべきである。
(被告A)
原告らの被告Aに対する請求に係る訴えは,旧地自法242条の2第1項4号に基づく損害賠償請求であるところ,同号に定める「当該職員」とは,当該財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして同権限を有するに至った者であり,その反面,このような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しない。
被告Aは,県知事として予算を調製して県議会に提出する権限及び原則として予算を執行する権限等を有しているが,企業庁の業務に関しては,管理者たる企業庁長に予算の原案作成権があり(地方公営企業法9条3号),また,企業庁の権限に属する事項の予算の執行については,企業庁長にその権限があり(同法8条1項本文,9条11号,同法施行令18条1項),県知事は予算を執行する権限を有していない。
よって,本件各支出当時県知事であった被告Aは,旧地自法242条の2第1項4号に定める「当該職員」に該当せず,原告らの被告Aに対する請求に係る訴えは,旧地自法に定められた住民訴訟の要件に該当しないから,不適法である。
(2) 争点(2)(被告Fの責任の有無)について
(原告ら)
ア 原因行為の違法性(三者合意及び本件各債務引受けの違法性)
(ア) 漁業補償の可否
a 漁業補償の時期
埋立てにおける漁業権放棄に関する漁業補償は,埋立てによって将来漁業権が消滅することに対する事前の損害賠償契約である。本件のように,事業主体が企業庁のような地方公営企業である埋立ての場合,漁業補償契約が可能となるのは,事前の損害賠償という法的性格及び事業主体の地方公営企業としての経済性と公共性の見地から,少なくとも埋立計画の基本(面積,区域,利用目的,財源等)が確定し,かつ,その損害の発生の蓋然性が相当程度具体化した時点でなければならない。また,行政計画との関係でみても,埋立事業実施計画が相当程度具体化した段階に至って初めてこれをなすことが可能になると解すべきである。
b 本件埋立計画等の状況
企業庁が,三番瀬海域の埋立計画である京葉港2期計画及び本件埋立計画を策定したのは,昭和38年であったが,その後計画は全く進展せず,昭和51年には,企業庁が京葉港2期計画について自ら計画の凍結を宣言せざるを得なかった。三者合意が行われた昭和57年当時は,埋立事業の基本計画はおろか,基本計画案(素案)すら策定されておらず,埋立面積も,その計画図も各目的ごとの必要面積も,事業に要する費用も何ら具体化しておらず,果たして土地需要が実際に発生するかどうかすらも明らかになっていなかった。
企業庁自身が計画の凍結を宣言していた時期であり,具体的な埋立計画は一切存在しなかった。
c 三者合意締結当時の漁業補償の可否
そうすると,本件は,前記bのとおり,三者合意締結当時,具体的な埋立計画は一切存在しなかったのであって,埋立計画が,相当程度に具体化し,損害発生の蓋然性が高度に認められる段階には全く至っていなかったのであるから,漁業補償ができなかったことは明らかである。
(イ) 実質的漁業補償
以下の理由によれば,三者合意に基づく本件融資は,実質的漁業補償であることが明らかである。
a 三者合意当事者の動機
(a) E漁協及び企業庁が当時置かれていた状況
① 周辺海域の埋立工事
昭和39年に始まった浦安1期地区埋立事業を皮切りとして,E漁協が漁業権を有する漁場周辺海域の埋立工事が,次のとおり順次行われていった。
開始・着工     埋立完了
浦安1期地区埋立事業  昭和39年開始   昭和50年
京葉港地区埋立事業   昭和44年開始 昭和50年ころ
浦安2期地区埋立事業  昭和47年開始   昭和55年
浦安2期D地区埋立事業 昭和50年2月着工 昭和53年
市川1期地区埋立事業  昭和44年着工   昭和49年
② E漁協が当時置かれていた状況(全面補償への期待及びその要求)
これらの埋立てに伴い,埋立海面に漁業権を有していたG漁協やH漁協等が漁業権放棄に伴う全面補償を得る中で,ひとりE漁協だけが全面漁業補償から取り残されていた。E漁協が,次は自分たちの番だ,という全面補償への期待を強めていたことは想像に難くない。
また,後記(b)①のとおり,昭和50年5月の照会に対する企業庁の回答が「近い将来事業計画が具体化した時点で協力を要請する」とのことであったため,E漁協は,近い将来,転業せざるを得ないものと受け止め,昭和51年以降,市川2期地区埋立事業(以下「本件埋立事業」という。)に伴う補償交渉を申し入れ,漁業を断念せざるを得ない者や老齢・健康その他の事情で海を上がらざるを得ない者に対する全面補償を強く求めていった。
③ 企業庁が当時置かれていた状況
前記①のとおり,周辺海域の埋立事業を順次着工し完了させてきた企業庁にとって,最後に残されたのが本件埋立事業であり,臨海部の埋立ての集大成として,本件埋立事業は何としても完成させたい事業であった。
しかしながら,第1次オイルショックによる経済情勢や「公害国会」による環境保全の気運の高まり等の影響もあって,埋立事業の見直しが余儀なくされ,本件埋立事業の計画が決まらず,漁業権放棄による全面補償はできない状況であった。また,漁業補償してから着工まで長時間を要し,早すぎた補償が批判された富津の補償済海面の問題やFに対する県からの直接融資(先行補償)問題が生じていたため,その対応に苦慮した企業庁としては,埋立計画が決まらない状況での全面補償は何としても避けなければならなかった。
一方,JR京葉線用地の確保のための塩浜地区(通称「三角地」)埋立て,及び京葉港や市川港の入出港船舶の安全確保のための市川航路浚渫が急がれており,これらの事業のためにE漁協の同意を得ることが不可欠であった。また,将来の本件埋立事業の実施のためにはE漁協の協力が不可欠となっており,E漁協との良好な関係を維持する必要があり,E漁協からの全面漁業補償要求を無碍に拒否できない状況に置かれていた。
(b) E漁協と企業庁の交渉経過
① E漁協は,昭和50年5月,企業庁に対して本件埋立計画について照会をした。これに対する企業庁の回答は,「近い将来事業計画が具体化した時点で協力を要請する」とのことであった。この回答が,転業準備資金融資措置の端緒であり,E漁協は,当初から本件埋立事業による漁業権放棄に伴う全面漁業補償を念頭に置いていた。
② E漁協は,企業庁に対し,昭和51年以降,本件埋立事業に伴う補償交渉を申し入れ,企業庁は,昭和51年7月13日のEとの協議において,E漁協に対し,5か年計画で本件埋立計画が凍結されたことから,その実施は早くとも昭和56年以降になるとの見通しを示し,漁業権の買収の必要がなくなったこと,それでも買収すると任意買収となり租税特別措置法の適用が受けられないこと,漁場環境悪化に対する対応としては,漁業の継続者には漁業環境整備を,経営規模を縮小する人には低利の資金融資の方法を考えていることを説明した。
 企業庁は,昭和54年5月,E漁協に対して「昭和55ないし56年度に全面漁業補償の開始及び妥結」の方針を文書で回答した。これは,E漁協から補償について再三にわたる要請があり,本件埋立計画の将来計画及び実施時期を明示するよう求められていたことに対するものであった。すなわち,ここでもE漁協が本件埋立計画に関して漁業補償を求め,これに対して企業庁も「全面漁業補償の開始」等について文書による回答を行った。
 昭和56年2月の時点以降,E漁協が「約束」あるいは「約束文書」を盾に,企業庁に対して,強行に補償を迫るようになった。
このようなE漁協の態度からすれば,前記の文書による回答があった昭和54年5月から昭和56年2月までの間(おそらく市川航路浚渫の際)に,企業庁とE漁協との間で密約があり,文書で「昭和56年度における全面漁業補償」が約束されていることはほぼ確実である。
 E漁協は,昭和56年9月ころになると,本件埋立計画に関して昭和56年度中の漁業補償もしくはそれに代わる貸付けを要求し,それが行われない限り,塩浜地区の埋立てには協力できないと主張した。
 E漁協の要求は,基本的には漁業権の放棄と引替えに全面的な漁業補償を求めるものであって,昭和57年1月ころには,E漁協と企業庁とで,「名目」だけを代えた解決方法を検討することが合意された。
(c) E漁協の動機
昭和56年度末における全面漁業補償を強硬に求めていたE漁協が本件融資措置を受け入れた動機は,融資という名目こそ用いているものの,全面漁業補償を受けたのと全く同じ経済的効果が得られることである。すなわち,
① 融資を受ける額は,後記のとおり,全面漁業補償を受ける場合と同様に漁場評価額に基づいて算定された45億5700万円を上限とするものであり,実際の融資額も,従来より要求していた全面漁業補償額にほぼ見合った42億9750万円である。全面漁業補償を即時に受けたのと全く同様の経済的意義を有している。
② 元本の返済については,三者合意によって県が将来E漁協に支払う全面漁業補償額をもって充てられる。
③ 返済時期の定めがあっても,三者の協議で変更が可能である。
④ 利息支払は県が引き受ける約束であり,E漁協及びその組合員の負担には全くならない。
(d) 企業庁の動機
企業庁が本件融資措置を講じた動機は,強硬に「昭和56年度の全面漁業補償」を求めていたE漁協の要求を満足させ,E漁協との良好な関係を維持できると同時に,「融資」という体裁を取ることによって様々な問題を解決できることである。すなわち,
① 全面漁業補償の場合と同様に漁場評価額に基づいて融資額の上限を算定することにより,E漁協の要求を満足させることができる。
② 融資によって生じる利息を県が引き受けることにすれば,E漁協には全面漁業補償と同じ効果を与えたことになり,前記と相まってE漁協が主張していた「昭和56年度の全面漁業補償」の約束を履行したことになる。
③ E漁協の要求を満足させることにより,将来の本件埋立事業の際のE漁協の協力を得ることが可能となり,緊急の課題であった塩浜地区埋立てや市川航路浚渫へのE漁協の同意が得られる。
④ 融資という形式・名目をとることによって,本件が漁業補償ではないとの弁解が立つ。更に,富津の補償済海面のような問題を避けることもできる。
⑤ B連合会やC銀行という金融機関に融資させることによって,県による先行漁業補償ではないとの言訳が可能となり,G漁協に対する補償の際に生じた国税局との問題を避けることができる。
(e) 動機の面から明らかな実質的漁業補償
以上のように,当時E漁協や企業庁が置かれていた状況の下で,双方の動機を満足させるものとして行われたのが本件融資措置だったのである。それがまさしく「転業準備資金の融資」と名目を代えただけの全面漁業補償にほかならないことは,こうした動機の面から明らかである。
b 実質的・経済的意義
本件融資措置は,昭和57年6月から同年7月にかけて締結された三者合意の5つの協定書等によって構成される一連の措置である。各協定書等に規定された条項を整理すると,次の(a)ないし(j)のとおりであり,これらの条項を総合的に検討すると,本件融資が転業準備資金の融資としてなされたものではなく,まさに実質的な漁業補償が行われたことが明白となる。
(a) 県は,E漁協に対し,その有する区画漁業権及び共同漁業権の漁場評価額を限度とした原資の融資措置を講ずる。
(b) E漁協は,前記融資措置に当たって,E漁協が将来漁業権放棄により受けるべき漁場評価額に基づく補償金相当額を担保とする。なお,E漁協からE漁協の個々の組合員への貸付けに伴い,同組合員もE漁協に対して,将来漁業権放棄に伴う補償金の配分相当額を担保に供する。
(c) E漁協は,県から漁業権放棄の申入れがあったときは,速やかにこれに応ずる。この場合,E漁協は漁業権放棄に必要な一切の手続を行う。
(d) 漁場評価額の合計額は,45億5700万円とする。
(e) 融資限度額は,漁場評価額に基づき,45億5700万円とする。
(f) E漁協は,借入金について,将来県の行う土地造成事業に伴う漁業権放棄に対し補償金が支払われたときには,速やかにその返済に充てる。
(g) 県は,E漁協及びその組合員の借入金に対する利息について,E漁協及びその組合員の実質負担とならないような措置を講ずる。
(h) B連合会は,E漁協に対し,転業準備資金として22億円を融資し,県は,この融資に当たり,B連合会に対し11億円(融資額の2分の1)を預金する。
(i) C銀行は,E漁協に対し,転業準備資金として20億9750万円を融資し,県は,この融資に当たり,C銀行に対し7億円(融資額のほぼ3分の1)を預金する。
(j) いずれも融資期間は昭和57年7月15日から昭和58年3月31日まで(僅か8か月半)とされ,その期間は県,E漁協,金融機関の協議で変更できる。
つまり,融資金額は漁業権放棄による補償額の算定基準となる漁場評価額に基づいて決定されている(前記(a),(d),(e))のだから,本来漁業補償を受けられない時点であるにもかかわらず,E漁協は,本件融資により漁業権を放棄した場合に見合う補償金相当額を受け取ったことになる。
それと引替えに,E漁協は,県からの漁業権放棄の申入れに速やかに応じ,漁業権放棄に必要な一切の手続を行うことを約束した(前記(c))。補償金相当額の受領と漁業権放棄の約束が引換給付の関係になっているわけである。これは本来の漁業補償の構造そのものである。
融資額の返済については,被融資者であるE漁協は,将来の土地造成事業に伴う漁業権放棄に対する補償金をもって返済金に充てるものとされ(前記(f)),かつ,その将来受ける補償金が担保にされ(前記(b)),融資期間と預金期間はいずれも同一である。したがって,将来支払われる補償金はそのまま借入金の返済に回され,いわばE漁協を素通りして県から金融機関に支払われるのと変わりない。本来の漁業補償がなされる時点においては,E漁協にとっては帳簿上の処理がなされるだけで,実質的な入出金があるわけではない。
融資を受けた者が当然支払わなければならない利息は県が負担するものとされ(前記(g)),融資を受けたE漁協は補償金相当額の支払を受けたのみで,その他に何らの負担を負うわけではない。
漁業補償がなされない限り本件融資措置の「スキーム」は完結しないわけだから,一応の融資期間は定められてはいるものの,三者の協議によって変更できるものとされ(前記(j)),実際に融資期間は延長され続けて現在に至っている。
本件融資に当たり,県は,B連合会に対して11億円(融資額の2分の1),C銀行に対して7億円(融資額のほぼ3分の1)を預金しているが(前記(h),(i)),この預金は本件融資の保証としての意味を持つと同時に,金融機関は自己資金の出損を免れ,いわば県がE漁協に直接融資したのと変わらない経済的意義をもっている。
以上のように,本件融資措置は,昭和57年の時点において漁業補償がなされたのと全く同じ実質的・経済的意義を持っている。
c 融資金額
本件融資が転業準備資金の融資というのであれば,E漁協の個々の組合員がどのような転業計画を持っているのかに応じて,必要な融資金額が決定されるはずであるが,本件融資においては,前記b(a),(d),(e)のとおり,融資金額は漁業権放棄による補償額の算定基準となる漁場評価額45億5700万円が限度額とされ,前記b(h),(i)に基づき,合計42億9750万円が現実に融資されている。このように,本件融資の融資金額は,漁場評価額から一部が留保されてはいるものの,漁場評価額を基準に算定され,漁業権放棄に伴う全面補償と全く同じ算定方法がなされているのである。
E漁協からE漁協の各組合員への貸付額も,各自が有する区画漁業権及び共同漁業権の価額に応じた配分になっており,転業者の転業計画や転業に必要な融資額等は全く考慮されていない。
d 県による利息負担の合意(利息の実質負担回避の約束)
昭和57年7月5日付け確認において,県は「組合及び組合員の借入金に対する利息について,組合及び組合員の実質負担とならないよう

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