hanrei @Wiki H17.12.14 甲府地方裁判所 平成17年(ワ)第136号 損害賠償請求



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 他人名義の預金口座を開設してそこにその他人の保険金を振り込ませ,これを払い戻して着服横領したという事件に関し,その払戻しに関与した者に対する本来保険金を受け取るべきであった者からの不法行為に基づく損害賠償請求が認容された事例


主   文
1 被告は原告に対し5280万円とこれに対する平成10年1月1日から支払いずみまで年5%の割合による金員を支払え。
2 原告のそのほかの請求を棄却する。
3 訴訟費用は5%を原告の95%を被告の負担とする。
4 この判決は第1項にかぎり仮執行をすることができる。
事実および理由
第1 請求
 被告は原告に対し5600万円とこれに対する平成10年1月1日から支払いずみまで年5%の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 1 基本的事実関係(当事者間に争いがないか,【】内の証拠により認める)
 (!) 当事者,関係者
 被告は,Aが経営する有限会社B社の従業員であり,経理を含めた事務全般を担当している。
 Aは,原告の夫Cの兄である。
平成9年当時,原告はまだCと婚姻をしていなかったが,そのかなり以前から同棲はしており,Cの兄であるAとも面識があった【甲17】。

 (2) 保険金支払交渉【甲1,2,8,乙3,4の1・2,6】
原告の兄は平成9年4月13日に交通事故で死亡した。Aは,原告とCから頼られて,原告の兄の葬儀をとりしきった。
 この事故につき,富士火災海上保険株式会社から原告に対して保険金が支払われることとなり,同社との間の保険金支払交渉はAが原告に代わって行った。

 (3) 口座開設と保険金の振込み【甲3ないし8,13,15,乙6】
 Aは,同年6月18日,甲府信用金庫国母支店に原告名義(当時の原告の氏名であるD名義)の普通預金口座を開設した(以下「本件口座」という)。
富士火災海上は,同年7月3日,原告に支払うべき保険金4850万円を本件口座に振り込んだ(以下「本件保険金」という)。

 (4) 口座からの引出し【甲3,7,8,乙6】
 Aは,同日,本件口座から4850万円を引き出し(以下「本件払戻し」という),その後これを原告に渡していない。

 (5) 原告とAの間の訴訟
 原告は,平成15年5月,Aを相手として損害賠償請求の訴えを甲府地方裁判所に提起した。同裁判所は同年9月24日,原告の請求を全部認容し,Aに対し4850万円とこれに対する平成10年1月1日から支払いずみまで年5%の割合による金員の支払いを命ずる判決を言い渡し,この判決は確定した。
 この判決が当事者間に争いのない事実として判断の前提とした事実の要旨は次のとおりである。
a 原告は,富士火災海上から支払われる保険金について同社と交渉することをAに依頼した。
b Aは,平成9年6月18日,原告の知らない間に,甲府信金国母支店に原告名義の普通預金口座(本件口座)を開設した。
c 富士火災海上は,同年7月3日,原告に支払うべき保険金4850万円を上記口座に振り込んだ。
d Aは,同日,上記口座から4850万円を引き出し,着服した。

 2 おもな争点ー本件払戻しへの被告の関与と原告に対する不法行為の成否
 (1) 原告の主張
 ア Aの無権限
 原告はAに対し,本件払戻しに関してなんの権限も与えていない。被告は委任状なるもの(乙4の1)を提出するが,これは,兄の交通事故死により精神的に動揺,混乱していた原告につけ込んでどさくさにまぎれてAがだましとったものである。かりにAに本件保険金の受領権限があったとしても,それは一定の期間内に原告に引き渡すことを前提としているのであって,Aがこれを保持する権限はない。
 イ 被告の故意
 被告は,Aと共謀して本件保険金を詐取するため,Aに同行して甲府信金国母支店に行き,女性である被告が払戻請求書に記入して払戻しを受けた。
 ウ 被告の過失
 かりに被告がAと共謀していないとしても,被告には以下に述べるとおりの過失があり,Aと被告の間には共同不法行為が成立する。
 被告は,原告から直接依頼されたわけでもないのに,原告という他人名義の口座から多額の払戻しをするのであるから,払戻しについて原告に直接意思確認すべきであるのに,原告本人はもとよりAに対しても受領権限を確かめなかった。また,被告は,原告名義の口座から高額の現金を引き出すための払戻請求書に記入したのだから,払戻後これが原告に確実に渡されたかを確認する注意義務があった。したがって被告にはすくなくとも過失がある。
 エ 原告の損害
 本件保険金はAが受領したのであずかり知らないものであると被告は主張するが,本件払戻しが行われたことによって原告に損害は発生しているから,本件保険金を受領したのがAだからといって被告が責任を免れることはない。
 原告に生じた損害は次のとおりである。
 a 保険金相当額  4850万円
 b 弁護士費用    500万円
 c 慰謝料      250万円
 オ まとめ
 原告は被告に対し不法行為に基づき損害額5600万円とこれに対する不法行為ののちである平成10年1月1日から支払いずみまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払いを求める。

 (2) 被告の主張
 ア Aの権限
Aは,本件保険金の受領に関し,原告から委任を受けており,この権限に基づき本件保険金を受領している。Aは,本件保険金について,Cと原告に対し「使うかもしれない」と念を押し,これに対して原告らから異議は述べられていない。本件保険金を受領したことをAが原告にまったく告げていないことはありえない。
 イ 共謀の不存在
 事実の経過は次のとおりである。平成9年7月3日,被告は,勤務中,Aから,甲府信金国母支店に同行してほしいと頼まれ,同行した。B社はもともと同支店と取引があった。被告はそれまでもAに代わって書類の記入をしたことがあったので,今回も何か記入するものがあるのだろうと考え,疑いをもつことはなかった。
 被告は窓口で本件口座の払戻請求書(甲7)に記入した記憶がない。どこか別室に通され,その場で指示されて書いた記憶はあるが,Aに指示されたのか甲府信金の職員に指示されたのかはおぼえていない。これを書くとき,金額が大きかったのでひるみをおぼえたのは事実であるが,Cの交際相手である原告に対してはAが従前から何かと面倒をみてきたことを知っていたので,原告がAに何らかの権限を与えているのかもしれないと考え,言われるままに書いた。
 被告は,署名はしたものの,押印した記憶はなく,その後現金がどのように払い戻されたのかを知らない。ただし,紙袋に入った現金をAが持ち,ともに車でB社に戻ったことはおぼえている。のちに,Aから,この現金を負債の返済にあてたときいたが,金銭の流れはまったくわからない。なお,本件口座についてキャッシュカードが発行されていることを被告は知らなかったし,A自身も,キャッシュカードを使用したことはないとのことである。
 以上のとおり,被告は,本件保険金の受領に関し,Aと打合せをしたことはなく,受領に際し共謀したこともない。
 ウ 被告の故意・過失の不存在
 被告は,本件保険金の受領についてAに何らかの権限があると考えて払戻請求書に記入をしたのであり,払戻しにより原告の権利を侵害するという認識はなかったから,被告に故意はない。
 また,被告は,B社の従業員として,Aを信頼しその指示に従う立場にあり,Aが原告のために保険金支払交渉をしていることも知っていた。したがって,Aに本件保険金の受領権限があると考えるのは自然であり,被告が原告本人に意思を確認する義務はない。
 次に,被告は,Aが受領した本件保険金がどのように使用されたかを知らなかったし,もとより分け前を受け取ってもいない。被告は,平成14年10月になって,Aとの間でトラブルになっていることをCからきかされ,本件保険金が原告に渡っていないことを初めて知った。それまでは,原告,CとAの仲は非常に良好であり,原告から本件保険金の返還請求もなかったから,本件保険金が原告に渡ったかどうか被告が確認する義務はなかった。平成14年10月以降は,被告はAに対し,Cに対してきちんと説明するよう促すなど,自分ができる範囲で対応している。

第3 争点に対する判断
 1 Aによる着服横領
 (1) 認定事実
 基本的事実関係として摘示した事実と証拠(【】内のもの)により以下の事実を認める。
 ア Aは,原告に代わって富士火災海上との間で保険金支払交渉を行い,平成9年6月中には,近い将来同社から原告に対して保険金が支払われることが確実になった【甲1,2,17,乙4の1・2,6】。
 イ そこで,Aは,この保険金を着服することを計画し,同年6月18日,本件保険金の振込みを受けるため,原告に何も告げずに,原告名義を無断で使用して,甲府信金国母支店に本件口座を開設した【甲3ないし6,8,13ないし17,乙6】。
 ウ 富士火災海上が同年7月3日に保険金4850万円を本件口座に振り込むことを知ったAは,原告には何も告げずに同日午前中甲府信金国母支店を訪れ,窓口で本件口座からの4800万円の払戻しを請求し,その全額を現金で職員から受け取った。さらに同じ日の午後,現金自動支払機で本件口座から50万円を引き出した。【甲2ないし8,13ないし16】
 エ Aは,原告に対しても,またCに対しても,原告に支払われるべき本件保険金をこのようにしてAが受け取ったことを告げなかった。そして,原告に無断でこれを費消した。【甲17ないし19,乙6】

 (2) 判断
 以上の事実によれば,Aは,原告が受け取るべき本件保険金4850万円を原告の知らない間に富士火災海上から受け取り,これを原告に渡さず着服横領したと認めることができる。
 被告は,Aには本件保険金を受領する権限があったと主張する。たしかに,原告は,原告を委任者,Aを受任者とし,保険金請求・受領に関する権限をAに委任するとの内容の委任状(乙4の1)に署名押印してAに渡している。原告自身,富士火災海上との間の保険金支払交渉を原告に代わってAが行うことに異議を述べてもいない(甲1,17)。したがって,富士火災海上との間で保険金支払交渉をする権限を原告がAに与えたことは認めることができる。しかし,上記委任状の文面は,委任の対象となる保険金について,たんに「亡兄,Eの保険金」とするのみであり(乙4の1),この委任状の記載のみでは,これが本件保険金のことを意味すると認めることはできない。このことに加え,Aに本件保険金受領の権限を与えたことはないという趣旨
の原告の供述(甲17)や,上記委任状を作成する際に本件保険金受領のことを原告に説明したと明言しないA作成名義の陳述書の内容(乙6)をあわせて考えれば,原告がAに対して本件保険金受領の権限までも与えたとは認めることができない。
 かりにAが本件保険金受領の権限を原告から与えられていたとしても,それはあくまでも「原告に代わってAが受領する」ことを意味するにすぎないことは明らかであり,原告とAの関係は委任の関係になるから,本件保険金を受領した場合,Aはこれをすみやかに原告に報告のうえ引き渡す義務がある。上記認定事実によれば,Aにはこの義務を履行する意思が毛頭なかったことが認められ,そうだとすると,Aは当初から本件保険金を着服することを計画してこれを実行したと考えるほかない。したがって,かりにAに受領権限があったとしても,Aに着服横領が成立するという結論に変わりはない。

 2 被告の関与
 (1) 認定事実
 1で認定したAの着服横領行為に対する被告の関与については,証拠(【】内のもの)と弁論の全趣旨により以下の事実を認めることができる。
ア 被告は,平成9年以前からB社で勤務しており,また,Cもその当時はB社で勤務していたため,被告とCは面識があった。被告は,原告のことも知っており,Cの婚約者として認識していた。【甲11,17】
 イ 平成9年7月3日の午前中,被告はAとともに甲府信金国母支店に赴いた。被告は,Aに指示され,本件口座から4800万円を引き出すための払戻請求書に原告の氏名を署名し,金額欄に「¥48000000」と記入した。その際,被告は,これが原告名義の口座から4800万円という大金を引き出すためのものであることを認識したが,原告ではなく被告がこの払戻請求書を作成する理由についてAに対して問いただすことなく,また原告に対して直接確認する必要があるとも考えずに,上記のとおり署名,記入をしたのであった。【甲3,7,9の1・2,10,11】
 ウ 上記払戻請求書を提出した後,Aは甲府信金職員から4800万円の現金を受け取った。被告もそれを見ていた。被告とAはともに自動車でB社に戻った。【甲3,7,11,14,16】
 エ 被告は,その後も原告に対して本件払戻しのことを告げたことはないし,B社で働いているCに対しても,このことを告げたことはなかった。【甲11,17】
 オ 原告とCは,平成14年10月頃になって,本件保険金がすでに富士火災海上から支払いずみとなっていること,それがAに渡っていることを知った。Cは,Aに対して事情の説明を求めたが,色よい返事がないので,被告に対しても経緯を問い合わせた。これに対して被告は,本件保険金のことは何も知らないなどと言って自分の関与を否定した。【甲11,18,19】

 (2) 判断
 本件払戻しのうち,まず,甲府信金職員から直接払い戻された4800万円について検討する。この4800万円の払戻しのために必要な払戻請求書に原告の氏名を署名し,4800万円という金額を記入したのは被告である。被告は,Aによる本件保険金着服横領行為の過程における重要な部分においてきわめて重要な役割を果たしている。被告がAの着服横領行為に関与していることは明らかである。したがって,被告に故意または過失があれば,Aと被告の原告に対する共同不法行為が成立する。
 そこで被告の当時の認識が問題となるが,
 a 被告は原告がどういう人物かを知っているにもかかわらず,原告に直接問い合わせる必要があるとも考えず,またAに対して理由を問いただすこともなく,本件口座の払戻請求書に原告名義の署名をし,金額を記入していること
 b 払い戻された現金をAが受け取りこれを保管しているにもかかわらず,原告にもCにもこれを告げていないこと
 c 払い戻された現金について,Aから被告に対し「これは本来Aのものであって原告に渡す必要はない」という趣旨の説明があったという弁解を被告がこれまで一度もしていないこと
は,被告がAによる着服横領のことを知っていたか,すくなくともうすうす感じ取っていたことを推認させる有力な事情である。これに加えて
 d 平成14年10月頃にCから問いただされた際,被告が本件払戻しへの関与を否定したこと
は,被告にやましい気持ちがあったことの表れである。これらの点を総合的に考慮すると,払戻請求書に署名,記入をした時点で,被告は,Aに着服横領の故意があることを知っていたか,あるいは,知らなかったとしてもそのことには過失があったと認めることができる。したがって,Aの着服横領行為に関与したことにつき,被告にすくなくとも過失があったことは明らかである。この4800万円の払戻しに関しては,被告の原告に対する不法行為が成立する。
 次に,本件払戻しのうち,現金自動支払機から引き出された50万円について検討する。この50万円については,1で認定したとおり,Aが引き出したことは認めることができるが,これに被告が関与したことを認めるだけの証拠はない。原告はAと被告が共謀したと主張するが,Aが被告と共謀して着服横領行為を実行したと断定できるだけの証拠はない。したがって,この50万円については被告の不法行為は成立しない。

 3 損害額
 被告は,本件払戻しのうち4800万円に関して,原告にその損害額4800万円を賠償する義務を負う。
 原告は慰謝料も請求する。しかし,原告が被った損害は本件保険金(のうち4800万円)の喪失という純粋に財産的な損害ととらえることができるから,被害金額が回復されることによって原告の損害は回復されると考えるべきである。また,本件保険金の着服横領行為において主体的な役割を果たしたのがAであることは明らかであり,Aと被告の間に共謀があったと断定することまではできないことはすでに説明したとおりであるから,被告の行為の悪性がとくに強いということもできない。これらの点を総合的に考慮すると,原告の慰謝料請求は認めることができない。
 弁護士費用は,損害額である4800万円の10%である480万円の限度で損害と認める。

 4 結論
 原告は被告に対し不法行為に基づき5280万円とこれに対する不法行為ののちである平成10年1月1日から支払いずみまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金を請求することができる。原告の請求はこの限度で理由がある。

   甲府地方裁判所民事部

 裁判官  倉 地 康 弘