H17. 4.22 福岡地方裁判所 平成13年(行ウ)第18号 障害基礎年金不支給決定取消等請求事件

判示事項の要旨:
原告は,統合失調症に罹患したものの,障害基礎年金の支給要件(初診日が20歳前であること)を満たさないとして同年金の不支給決定を受けた者であるが,統合失調症の特徴や当時の原告の通院状況等から,初診日は20歳前であり支給要件は満たされるとして,不支給決定部分について取り消された事例。


平成17年4月22日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成13年(行ウ)第18号障害基礎年金不支給決定取消等請求事件
口頭弁論終結日 平成17年2月25日
判決
主文
 1 福岡県知事が,平成10年6月17日に原告に対してした障害基礎年金を支給しない旨の処分を取り消す。
 2 原告の被告国に対する請求を棄却する。
 3 訴訟費用は,原告と被告社会保険庁長官との間においては,原告に生じた費用の2分の1を同被告の負担とし,その余は各自の負担とし,原告と被告国との間においては,全部原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 1 被告社会保険庁長官に対する請求
   主文1項同旨
 2 被告国に対する請求
   被告国は,原告に対し,金2000万円を支払え。
第2 事案の概要
 1 本件は,大学在学中に統合失調症を発症した原告が,障害基礎年金の支給裁定を申請した(以下「本件裁定請求」という。)ところ,福岡県知事により,被保険者資格が認められないことを理由とする,同支給をしない旨の処分(以下「本件不支給処分」という。)を受けたことから,上記県知事の事務承継者である被告社会保険庁長官に対し,学生を強制適用の対象から除外した国民年金法の規定(上記処分当時)は憲法に違反し,上記処分は法適用を誤ったなどと主張して,上記処分の取消しを求めるとともに,被告国に対し,立法不作為等を理由とする国家賠償を求めた事案である。
 2 争いのない事実等
 (1)法令の定め等
    国民年金法は,昭和34年に制定され,その後繰り返し改正された。本件に関係する改正は,昭和60年改正,平成元年改正及び平成12年改正であり,以上の法律に定められた障害基礎年金(制定当時は障害年金)の支給要件等は次のとおりである。
   ア 国民年金法(昭和34年法律第141号)の制定(以下「昭和34年法」という。)
   (ア)障害年金の支給要件
      昭和34年法30条は,障害年金は,①疾病にかかり,又は負傷し,かつ,②その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という。)についてはじめて医師又は歯科医師の診療を受けた日(以下「初診日」という。)において被保険者であること等の要件を満たしている者が,③当該傷病がなおった日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含むものとし,以下「廃疾認定日」という。)において,その傷病により別表(別紙参照)に定める程度の廃疾の状態にあるときに,その者に支給するとされた。他方,上記廃疾認定日には上記程度の廃疾の状態になかったものの,その後,同廃疾の状態に至った場合(いわゆる事後重症)については,定めがなかった。
      上記②の「被保険者」とは,「日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の日本国民」を指すが(同法7条1項),そのうち,「学校教育法52条に規定する大学(同法62条に規定する大学院を含む。)及びこれに相当する国立の学校で厚生大臣の指定するものに在学する学生」(昭和34年法7条2項7号ロ。以下,後記昭和60年改正法7条1項1号イと併せて,「本件適用除外規定」という。)等については,国民年金の被保険者から除外され,かかる除外者に対する将来にわたる国民年金法の適用関係については,国民年金制度と被用者年金各法による年金制度及びその他の公的年金制度との関連を考慮して,速やかに検討が加えられた上,別に法律をもって処理されるべきものとされた(同条3項)。
   (イ)任意加入制度
      なお,昭和34年法7条2項4号から7号によって被保険者とされなかった者については,任意加入制度が設けられ,都道府県知事の承認を受けて,被保険者となることができる(同法附則6条1項)が,その場合には,保険料負担の免除規定は適用されないものとされた(同条6項)。
   (ウ)障害福祉年金
      昭和34年法56条1項は,①疾病にかかり又は負傷し,かつ,②初診日において被保険者であった者等が,③廃疾認定日においてその傷病により別表に定める1級に該当する程度の廃疾の状態にあるときは,同法30条に定める障害年金の支給要件に該当しない場合においても,これに該当するものとみなして,その者に障害年金を支給すると定めている。
      また,同法57条1項は,①疾病にかかり,又は負傷し,②その初診日において20歳未満であった者が,廃疾認定日後に20歳に達したときは20歳に達した日において,廃疾認定日が20歳に達した日後であるときはその廃疾認定日において,別表に定める1級に該当する程度の廃疾の状態にあるときも,障害福祉年金を支給すると定めている。
   イ 昭和60年法律第34号による法改正(以下「昭和60年改正法」という。)
   (ア)障害基礎年金(昭和34年法の「障害年金」から名称が改められた。)の支給要件
      昭和60年改正法30条は,障害基礎年金は,①疾病にかかり,又は負傷し,かつ,②初診日において被保険者であること等の要件を満たしている者が,③当該初診日から起算して1年6月を経過した日(その期間内にその傷病が治った場合においては,その治った日〔その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。〕とし,以下「障害認定日」という。)において,その傷病により別表(別紙参照)の障害等級に該当する程度の障害の状態にあるときに,その者に支給する旨を定めているとともに,新たに,同法30条の2(事後重症)が規定され,①疾病にかかり,又は負傷し,かつ,②初診日において被保険者であること等の要件を満たしている者が,③障害認定日において,上記障害等級に該当する程度の障害の状態になかったものが,同日後65歳に達する日の前日までの間において,その傷病により障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至ったときは,その者は,その期間内に障害基礎年金の支給を「請求」することができるものとされた。
      上記②の「被保険者」は,「日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者」(同法7条1項1号)とされたが,そのうち,「学校教育法41条に規定する高等学校の生徒,同法52条に規定する大学の学生その他の生徒又は学生であって政令(政令第53号4条)で定めるもの」(昭和60年改正法7条1項1号イ。前記のとおり,昭和34年法7条2項7号ロと併せて,「本件適用除外規定」という。)等は,被保険者から除外された。
   (イ)任意加入制度
      本件適用除外規定によって被保険者から除外された者等については,都道府県知事に申し出て,被保険者となることができる旨の任意加入制度が設けられた(附則5条)。
      また,学生の取扱いについては,学生の保険料負担能力等を考慮して,今後検討を加え,必要な措置を講ずることとされた(昭和60年改正法附則4条1項)。
   (ウ)20歳未満傷病者について
      ところで,昭和60年改正法は,新たに,①疾病にかかり,又は負傷し,その初診日において20歳未満であった者が,障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日において,障害等級に該当する程度の障害の状態にあるときは,その者に障害基礎年金を支給する(30条の4第1項)とともに,いわゆる事後重症の事案につき,②疾病にかかり,又は負傷し,その初診日において20歳未満であった者(同日において被保険者でなかった者に限る。)が,障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日後において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日後において,その傷病により,65歳に達する日の前日までの間に,障害等級に該当する程度の障害の状態に該当するに至ったとき(以下「事後重症該当日」という。)は,その者は,その期間内に障害基礎年金の支給を「請求」することができる(同条2項)と定めた。
   (エ)施行日及び昭和60年改正法30条の4の適用関係
      昭和60年改正法は,昭和61年4月1日から施行するものとされた(同法附則1条)が,同法30条の4の文言に照らせば,同条1項は,「障害認定日」(障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日)が上記施行日以降にある場合に昭和60年改正法が適用され,同条2項は,「事後重症該当日」が上記施行日以降である場合に昭和60年改正法が適用されるものと解される(なお,同法附則23条は,このことを前提として定められている。)。
   ウ 平成元年法律第86号による改正(以下「平成元年改正法」という。)
   (ア)障害基礎年金支給要件
      平成元年改正法30条及び30条の2は,昭和60年改正法30条及び30条の2と同様の支給要件を定めているところ,本件適用除外規定が廃止され,学生も強制適用の対象とされることになった。
   (イ)保険料納付義務
      上記改正に伴い,20歳以上の学生も,被保険者として保険料納付義務を負うこととなった(平成元年改正法88条1項)。そして,所得がないとき等,一定の要件を充足する場合には,都道府県知事に申請をして保険料納付義務の免除を受けることができるが,世帯主又は配偶者に保険料を納付するについて著しい困難がないと認められる場合は,免除を受けることはできないとされた(同法90条)。
   エ 平成12年法律第18号による改正(以下「平成12年改正法」という。)
     従前の世帯主等の所得を基準とする保険料納付義務免除に関する定めが改められ,学生の本人の所得が一定以下の場合,申請に基づいて保険料納付義務の免除を受けることができるようになった(平成12年改正法90条の3)。
 (2)前提事実
    以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。
   ア 原告(昭和○○年△月□日生)は,成人後でA大学在学中の昭和61年12月18日,独立行政法人A大学病院(当時国立A大学医学部附属病院,以下「A大病院」という。)精神科において,統合失調症の診断を受けた(甲44,46)。
   イ 原告は,平成元年4月1日,A大学を卒業したことにより,国民年金の被保険者たる資格を取得し,その後,平成2年度以降は同保険料を継続的に納付している。
   ウ 本件不支給処分等
     原告は,平成10年5月11日,福岡県知事に対し,初診日を「昭和61年2月18日」(上記診断日を誤記した。)として,障害基礎年金の支給に係る本件裁定請求を行った。
     なお,原告は,原告の当時の状態は,精神の障害(統合失調症)であって,日常生活活動能力ないし労働能力は存在しない(障害等級1級10号該当)旨主張する(他方,原告の現在の状態は,精神障害がより重篤化している旨主張する。)のに対し,被告は,仮に該当するとしても,障害等級2級程度の状態にあったと主張する。
     これに対し,同知事は,平成10年6月17日,原告は傷病の初診日(昭和61年2月18日)において国民年金の被保険者でないとの理由で,本件不支給処分をした。
     ところで,平成10年当時は,障害基礎年金の受給権の裁定者は,地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律(平成11年法律第87号)による改正前の国民年金法3条2項及びこれに基づく政令の規定により,都道府県知事の機関委任事務とされていた(昭和34年法施行令(政令第184号)1条1号)。
   エ 原告は,本件不支給処分を不服として,平成10年6月22日,福岡県社会保険審査官に審査請求をしたが,同審査官は,平成11年9月30日,審査請求を棄却する裁決をした。
     さらに,原告は,平成11年11月25日,社会保険審査会に再審査請求をしたが,同審査会は,平成13年4月27日,再審査請求を棄却する裁決をしたため,同年7月5日,本件訴訟を提起した。
   オ なお,被告社会保険庁長官は,平成12年4月1日,いわゆる機関委任事務制度の廃止により,障害基礎年金等の支給裁定に係る権限を取得した(国民年金法16条)。
   カ 統合失調症の特質について
     統合失調症には,陽性期と陰性期とが認められるが,陽性期に見られる症状(陽性症状)の内容は,幻覚,被害妄想,誇大妄想等であり,後述の急性期に多く見られる症状である。そして,発病から陽性症状が顕在化するまで数か月から数年の経過があるとされている。
     統合失調症には前兆期,急性期,休息期(消耗期)及び回復期と推移し,それぞれの特徴は次のとおりである。
    前兆期 まわりが何となく騒がしく,何となく変だと感じとれる時期であり,不眠や不安,焦燥感,抑うつ症状が強まる。身体的な不定愁訴があり,神経症状態等の症状が現れる。前兆期の症状は,長期にわたったり,ほとんど目立たないこともある。
    急性期 急性期には,不眠や不安,幻聴,妄想,奇異な言動が見られるといった症状が現れる。精神不穏のため,問題行動を起こすこともあり,家族や周囲の人が異常に気付く時期である。
    休息期(消耗期) 過度の眠気や,体のだるさ,自信喪失等の症状が現れ,何もしたくない,何もできないという無気力状態の時期である。
 回復期 徐々に気持ちにゆとりが出て周囲への関心が増加するという傾向がある。
     統合失調症の発症は生活上の出来事(ライフイベント)がきっかけとなると考えられている。ライフイベントとしては,異性問題,金銭問題,対人問題,名誉問題(自尊心が傷つく出来事,いじめ,非難・叱責)等が挙げられる(甲36,37,45,60,乙34,35)。
     統合失調症は,上述のとおり,前兆期には症状が明確でなく,家族や周囲の者が気付かない場合もある。そのため,発症直後や前兆期に,統合失調症と認識した上で受診する例は少なく,実際は統合失調症に起因する疾病であっても,統合失調症であると診断されない場合も少なからず生じるものと考えられる。したがって,初診日の認定に際しては,統合失調症に起因する疾病に対する診療であるかを回顧的,総合的に判断していく必要があるといえる。
第3 争点
 1 本件不支給処分の適法性について
 (1)原告について,昭和60年改正法30条の4第2項の規定を適用ないし類推適用すべきか。
 (2)本件適用除外規定は憲法25条及び14条等に違反し無効であるから,原告は,昭和60年改正法30条の2第1項所定の支給要件を充足するものとして取り扱われるべきか。
 2 国家賠償請求が認められるかについて
 (1)学生を強制適用の対象外とした立法に関わった国会議員及び内閣の行為に関し,国家賠償請求が認められるか。
 (2)内閣による個別的教示の懈怠につき,国家賠償請求が認められるか。
第4 争点に関する当事者の主張
 1 争点1(1)(昭和60年改正法30条の4第2項の適用ないし類推適用の可否)について
  (原告の主張)
 (1)原告は,「疾病にかかり,又は負傷し,その初診日において20歳未満であった者」に当たり,昭和60年改正法30条の4第2項の適用を受ける。
   ア 「初診日」が 「初めて医師の診療を受けた日」であると解するとしても,ここにいう「診療」とは,傷害認定の対象になっている傷病自体についての診療のみならず傷病に起因する傷病の診療も含まれる。
     統合失調症の場合,患者及びその家族は,前記のとおりの同症の特殊性のため,発症の初期に,患者の奇異な言動が同症の発現であると認識することが困難であり,また,専門医でも病名の確定診断が困難であることから,症状が周囲に明らかになった後に精神科を受診して統合失調症と診断され,過去にさかのぼって発症時期が確定されることが多い。
     したがって,統合失調症の診断時から遡って,発症時期ないし前兆期と思われる時期に,統合失調症に起因する傷病によって医師の診断を受けている場合には,その受診日を「初診日」とするべきである。
   イ これを本件についてみるに,原告は,①昭和59年6月12日,胃腸炎でB内科を受診し,②昭和60年梅雨ころには,不眠等を訴えC医院を受診しているところ,これらの症状は,統合失調症の症状あるいは少なくともそれに起因する症状であるといえる。したがって,上記受診の事実をもって「初診」とするべきである。
 (2)仮に,上記受診が「初診」と認められなくても,統合失調症については,以下の理由により,「発症日」あるいは「医師の診療を受けるべき状態になった日」をもって初診日とみなすべきであるところ,原告は,20歳より前の昭和59年4月ころに統合失調症を発症して,医師の診療を受けるべき状態になっており,20歳より前に「初診日」があるということができる。
    すなわち,通常の傷病の場合,患者は発症とほぼ同時に医療機関を受診することから,「発症日」と「受診日」がほぼ一致するのに対し,統合失調症の場合には,前記のとおりの同症の特殊性のため,患者及びその家族は,同症の発症にもかかわらず,そのことを認識することが困難であるし,精神障害に対する偏見のため,医療機関を受診する時期が遅れてしまうことが多い。
    かかる事情に鑑みると,精神疾患における「初診日」は,「発症日」ないしは「医師の診療を受けるべき状態になった日」と解するべきである。 
 (3)仮に,昭和60年改正法30条の4第2項が直接適用されなくとも,同条項を類推適用すべきである。
    同条が20歳未満に「初診日」がある場合には保険料を支払っていなくとも障害基礎年金を支給する(無拠出制)旨定めた趣旨は,障害者に対する福祉的見地と20歳未満の者には保険料負担能力がないことにあるところ,同様の理由が20歳以上の学生にも当てはまるのであるから,20歳以上の学生時に「初診日」がある場合にも,同条を類推適用すべきである。
 (4)以上のとおり,本件不支給処分は,昭和60年改正法30条の4第2項の直接適用ないし類推適用をすべきであったにもかかわらず,被保険者資格がないとの理由で不支給処分としたものであり,同条の解釈適用の誤りがあるので,取消しを免れない。
  (被告社会保険庁長官の主張)
 (1)原告は,「初診日において20歳未満であった者」には当たらないこと
   ア 初診日とは,「疾病にかかり,又は負傷した者が,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病について初めて医師又は歯科医師の治療を受けた日」(国民年金法30条1項参照)をいうところ,本件における初診日は昭和61年12月18日であるから,昭和60年改正法30条の4第2項の適用はない。
   イ この点,原告は,昭和59年6月12日のB内科の受診又は昭和60年梅雨ころのC医院の受診が「初診」に当たる旨主張するが,前者の受診の際の傷病名は「胃腸炎」であり,統合失調症とは無関係であるし,後者の受診については,診療録等が存在せず,そもそも受診の事実自体を認めることができないことから,原告主張の上記受診を「初診」と認めることはできない。
   ウ また,原告が,20歳に達した昭和●●年△月□日より前に,統合失調症を発症したことを認めるに足りる証拠はなく,原告の発症は20歳を過ぎた同年9月であった。
 (2)発症日等をもって「初診日」と解することはできないこと
   ア 「初診日」という文言上,当然に,医師又は歯科医師による診断が必要であること,社会保険給付に関する処分は,大量かつ統一的になされるものであり,客観的な基準による公平・迅速な手続の要請が高いこと,初診日を発症日等とすると,統合失調症の場合にはその時期の特定が困難であるため,これを基準とする障害認定日の起算及び保険料納付給付要件の充足の判断が不明確になること等の理由から,発症日等をもって初診日と解することはできない。
   イ また,前記のとおり,原告が,20歳に達した昭和●●年△月□日より前に,統合失調症を発症したことを認めるに足りる証拠はない。
 (3)昭和60年改正法30条の4第2項の規定を,20歳以上の学生に類推適用することはできないこと
    同条は,社会福祉の見地から,未だ加入年齢に達せず,国民年金の被保険者とはなり得ない者で障害を受けた者を対象に年金を受給させようとするものである。他方,20歳以上の学生については,任意加入制度が用意されており被保険者となることができたのであるから,同条項を類推適用することはできない。
    また,「20歳未満であった者」という文言は,「20歳以上の者」に対する同条項の適用を明示的に除外する趣旨と解される。
 2 争点1(2)(本件適用除外規定の合憲性)について
  (原告の主張)
 (1)総論
    本件適用除外規定は,憲法25条及び14条等に違反し無効であるから,原告は,昭和60年改正法30条の2第1項所定の支給要件を充足するものとして取り扱われるべきであり,これに反する本件不支給処分は取消しを免れない。
 (2)本件適用除外規定は,憲法25条に反すること
   ア 障害者に対する所得保障制度の必要性
     本件適用除外規定によると,学生が病気や怪我のために障害を負い,稼得能力を喪失する事態が生じても,障害年金を受給することを原始的に不能とするものであるから,憲法25条1項及び2項に違反し,無効である。
     すなわち,障害者は,障害のゆえに就労の機会が乏しく,仮に就労できたとしても得る収入が低いという実情がある。また,障害のゆえに,交通費,光熱費等の負担において,障害を持たない者と比してより多額の出費を強いられる。
     したがって,障害者への所得保障は,健常者との平等を実現するため,また障害者が人間としての尊厳を保つために不可欠のものであって,憲法25条の内容として具体的に認められていると解するべきである。
   イ 所得保障制度の中核は,障害基礎年金の支給にあること
     障害者に対する現行の所得保障制度としては,年金制度上の所得保障制度,労災補償制度上の所得保障制度,社会手当制度上の所得保障制度及び生活保護制度上の所得保障制度の4制度がある。このうち,どの制度を基本に据えるかは,①一定の障害基準に該当する者すべてを包摂し得るものであること,②障害が長期間継続するという特性に鑑み,一定水準の生活を継続的かつ確実に営むことができるものであること,③給付の内容は,障害をもつことで失われた稼得能力,障害をもつことによる特別の出費及び社会生活上のあらゆる分野への参加の促進を補償し得るものであることの各条件を満たすものかで判断すべきである。
     そうすると,年金制度上の所得保障制度は,少なくとも上記3点の条件を満たす可能性を持った制度であり,障害者に対する所得保障の基本に据えられるべき制度であるといえる。
     この点,被告は障害者に対する所得保障の方法としては,生活保護制度の適用もあり得ると主張する。しかしながら,生活保護制度は,上記の条件を備えておらず,また,受給者に恥辱感を与え,尊厳と自立を害する制度であって,障害者に対する所得保障に当たるとは到底言えない。
     以上より,所得保障を受ける権利とは,年金の支給を受ける権利のことを意味し,年金受給権は憲法25条によって保障されていると解するべきである。
   ウ 国民年金法も,国民皆年金の理念を掲げていること
     国民年金法は,憲法25条を具体化する法律として制定され,「国民皆年金」の理念の下,「老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを防止し,もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与すること」を目的としている(同法1条)。そして,国民年金制度が,拠出制を原則としながらも,稼得能力の有無を強制適用の要件としていないことから分かるように,「国民皆年金」の意義は保険料負担能力の乏しい者も含めて年金給付による所得保障を行い,貧困化を防止して最低限度の文化的生活を保障する点にある。
     それゆえ,障害基礎年金を受給する権利は,憲法25条によって保障された権利であるといえるので,本件適用除外規定は,同条に違反する。
 (3)本件適用除外規定は,憲法14条に反すること
   ア 強制適用される被保険者との不平等 
     国民年金制度は,基本的に全国民を強制加入とし,そのうち一定期間稼得活動に従事していない者についても,保険料納付の猶予・免除手続をとった者については年金を支給することとしている。
     すなわち,国民1人1人が拠出能力がある時期とない時期があることを前提に制度を設計しているにもかかわらず,一時的に拠出能力のない学生についてのみ強制適用の対象としておらず,その結果保険料免除の余地を無くす不合理な差別を行った。
   イ 20歳未満障害者との不平等
     20歳未満障害者は,20歳以上の学生と同様,強制加入の対象ではない。しかしながら,20歳未満障害者には,障害年金不支給を補完するものとして障害福祉年金(昭和60年改正法施行前)あるいは障害基礎年金(同法施行後)など,障害を負った際の最低限の所得保障給付制度が設けられた。
     これに対し,20歳以上の学生には,このような補完制度が設けられておらず取扱いの不平等が認められる。
   ウ 平成3年4月以降に満20歳に達した学生との不平等
     平成元年改正法によって,平成3年4月以降に満20歳となる学生については強制加入となった一方で,同年3月以前に満20歳となった学生については,何らの救済措置もなかった。このことにより,同年4月を境として,それ以降に20歳になった者とそれより前に20歳になった者との間で,新たな差別的取扱が生じることとなった。
   エ 上記不平等に合理的理由がないこと
     上記のような差別的取扱いについて,被告は,①20歳以上の学生は稼得活動をしていないことが通常であり,保険料拠出能力が十分ではないこと,②学生は,卒業後,被用者年金制度に加入することが多いこと,③卒業後,他の公的年金に加入すると,多くの場合保険料が掛け捨てになることを挙げる。しかしながら,①については,国民年金法が,低所得層にもすべて年金給付を及ぼすという国民皆年金を理念としている以上,拠出能力の有無を,国民年金制度の適否を決する基準として用いることは不適切であるし,仮に拠出能力を問題にするとしても,納付の猶予等の方法があったはずである。また,②については,学生が在学中に重度の障害を負う可能性があることを見過ごした議論である。さらに,③については,昭和36年4月に年金通算通則法が施行され,それ以降は掛け捨て問題は発生しないのである。
     このように,被告の主張する理由はいずれも合理性がないものであって,学生について強制適用から除外した合理的根拠はない。
 (4)任意加入制度の存在は,違憲性を治癒しないこと
    任意加入制度は,保険料納付能力がなければ利用できない制度であったので,資力のない学生にとっては無意味であるし,同制度の周知徹底が不十分であり,制度の実質を伴っていなかったので,本件適用除外規定の違憲性を回避するに十分な制度とはいえなかった。
 (5)本件適用除外規定は,憲法13条及び31条に違反すること
    国民皆年金の理念の下では,すべての国民に国民年金の被保険者資格が認められるのが本来の姿である。それにもかかわらず,20歳以上の学生については,任意加入しない限り被保険者資格を認めない制度を導入するのであれば,憲法13条及び31条に照らし,その前提として十分な告知・聴聞の機会が保障されていることが必要である。
    しかるに,かかる告知・聴聞の手続は保障されていなかったのであるから,任意加入しなかった20歳以上の学生に対して障害基礎年金の支給を拒絶することは,上記規定に違反する。
 (6)司法権の限界に関する被告の主張について
    被告国は,裁判所が,本件処分を取り消すことは,裁判所が新たな立法を行うことと同視される旨主張する。
    この点,本件においては,国民皆年金という法理念(立法判断)が存在し,本件適用除外規定の合憲性についても,かかる立法判断に照らした司法判断がなされるのであるから,裁判所が新たな立法を行うことと同視されるものではない。
    したがって,被告国の上記主張は理由がない。
  (被告国の主張)
 (1)総論
    本件適用除外規定は,憲法に違反するものではなく有効であるから,原告は,初診日である昭和61年12月18日において被保険者でなかった以上,本件不支給処分は適法である。
 (2)本件適用除外規定は,憲法25条に違反しないこと
   ア 国民年金制度は,「日本国憲法25条第2項の規定する理念に基き,老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し,もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与すること。」を目的としている(国民年金法1条)ので,これは,抽象的な権利である生存権(憲法25条)を具体化するものであるところ,憲法25条に基づく立法措置の選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられている。それゆえ,社会保障立法に関する立法府の裁量判断は,「著しく合理性を欠き,明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合」にのみ違憲となる。
     これを本件についてみるに,本件適用除外規定は,以下に述べるように合理的であり,立法の裁量の範囲内であって,憲法違反であるとの原告の主張は理由がない。
   イ 学生を強制適用の対象としなかった趣旨
     昭和34年法及び昭和60年改正法は,20歳以上の学生を強制適用の対象としなかったが,これは,稼得活動に従事していない者に保険料納付義務を負わせることは国民年金制度の趣旨に反する上,学生は学校を卒業し社会に出た後は被用者年金制度に加入する者がほとんどであり,しかも学生の多くは20歳到達後2年程度で卒業するため,保険料が掛け捨てとなるという事情を総合考慮して学生を強制適用の対象外としたのである。
   ウ 任意加入制度の存在
     もっとも,強制適用の対象外とされた学生も,老齢以外の保険事故(障害)に対する保障を求める者,あるいは卒業後引き続き国民年金の被保険者となることが見込まれるなどの事情により国民年金制度への加入を希望する者に対しては,任意加入の方法により被保険者となることができるとした。
     これに対し,原告は,任意加入制度では,学生の年金受給権の保障として十分ではなかった旨主張するが,任意加入制度の利用は容易であり,原告の主張は失当である。
   エ 以上のとおりであるから,本件適用除外規定は憲法25条に違反しない。
   オ 原告の主張について
   (ア)「国民皆年金」に関する主張について
      国民年金法は国民皆年金を理念としているものの,それは,あくまで政策理念であり,法制度そのものではない。政策理念としての「国民皆年金」を達成するために,どのような制度を創設するかについては,立法者に広範な裁量が付与されている。
      また,国民皆年金の内容は,原告の主張するような,全国民に無条件で年金給付を付与することを意味するのではなく,全国民がいずれかの拠出性の公的年金に加入し,保険料納付義務を果たせば年金給付を受けることができることを意味するものである。この意味で,無拠出制の年金はあくまでも例外的な措置である。
   (イ)所得保障制度の必要性について
      また,原告は障害者が障害基礎年金を受給する権利は憲法25条によって保障されている旨主張する。
      しかしながら,憲法25条1項にいう「健康で文化的な最低限度の生活」とは,抽象的・相対的な概念であって,その内容を具体化する立法行為をするに当たっては,国の財政事情や政策的判断を踏まえ,立法府の広い裁量に委ねられている。社会保障立法においても,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等優れて政策的な判断が求められる要素を総合的に考慮すべきであり,立法府の広い裁量に委ねられるべき問題である。
      そして,障害者福祉の充実については,所得保障のみに力点を置くのではなく,生活保護制度による公的扶助や,介護などの社会福祉サービスの給付に重点を置くことなど,多種多様な複数の選択肢が考えられるところであり,所得保障制度のみが主要な内容として位置付けられているわけではない。
      したがって,憲法25条から直ちに障害基礎年金を受給する権利が保障されていると解することはできない。
 (3)本件適用除外規定は,憲法14条に違反しないこと
    憲法14条1項は,合理的理由のない差別を禁止するものであって,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由として区別することは,合理的区別である限り,同項に違反するものではない。
    そして,立法府が法律を制定するに当たり,その政策的,技術的判断に基づき,上記の差異を理由として取扱いに区別を設けることは,その立法理由に合理的な根拠があり,かつ,その区別が立法理由との関連で著しく不合理なものでなく,いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる限り,合理的理由のない差別とはいえず,これを憲法14条1項に反するものということはできない(最高裁平成7年7月5日大法廷決定・民集49巻7号1789頁,最高裁昭和51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁)。
    これを本件についてみるに,国民年金法は,憲法25条2項に基づく法律であり,立法に当たっては,立法府に広範な裁量が認められているところ,本件適用除外規定は,20歳以上の学生を,学生でない者と区別するものであるが,その立法趣旨は,前記(2)イのとおりであるから,このような区別は,稼得能力の減損に対する所得保障をその中心とする国民年金制度の趣旨に合致したものであって,合理性を有することは明らかである。したがって憲法14条に反しない。
 (4)本件適用除外規定は,憲法13条及び31条に違反しないこと
    憲法31条の趣旨,文言に照らせば,同条項が適用されるのは,個人の生命,身体,財産に対し,刑罰又は刑罰に酷似するような制裁を科する手続に限られると解するのが相当である(最高裁平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁参照)。
    また,本件適用除外規定及び任意加入制度が,個人としての尊厳を害し,憲法13条に違反する恣意的かつ不合理な立法であるとはいえない。
 (5)司法権の限界
    仮に,原告が主張するとおり,本件適用除外規定が違憲,無効と判断されるとしても,障害基礎年金を支給するためには,他に保険料納付等の要件を充足する必要がある。しかるに,裁判所が上記要件を充足しないままに,本件不支給処分を取り消すとすると,裁判所が未だ立法的判断がなされていない部分につき新たに支給要件を創設することに他ならないから,本件適用除外規定を無効と判断し,本件処分を取り消すことは裁判所の司法審査の範囲を超え,許されないというべきである。 
 3 争点2(学生を強制適用の対象外とした立法に関わった国会議員及び内閣の行為に関し,国家賠償請求が認められるか)について
  (原告の主張)
 (1)違法行為
   ア 国会議員による立法不作為及び内閣による法案不提出
     初診時に被保険者資格を有しなかった20歳以上の学生に対して障害基礎年金を支給する立法を怠っていることについては,国会議員には立法不作為の,内閣には法案提出権(内閣法5条)の不提出の違法があり,これらの不作為について故意又は過失が存するので,被告国は原告に対し国家賠償責任を負う。
   (ア)昭和34年法制定時について
      昭和34年法制定当時,学生が強制適用の対象外とされていること及び任意加入制度には免除制度が設けられていないために任意加入できない学生が多数発生し,その中から障害者となるものが発生することは容易に予測できた。それにもかかわらず,国会議員及び内閣はこれらの実態を把握するために必要な調査及び検討を怠り,その結果いわゆる学生無年金障害者を発生させた違法がある。
   (イ)昭和60年改正時について
      昭和60年改正時には,国会議員及び内閣は,学生無年金障害者問題が発生していることを十分認識しており,また,学生に拠出能力がないことに対しても,当時,仮適用,納付猶予,半額納付及び無拠出支給等の具体案が出尽くしていたのであるから,同改正法で学生を強制適用の対象とし,学生無年金障害者の増加を回避することは可能であった。
      それにもかかわらず,国会議員及び内閣は,学生無年金障害者発生防止のための措置を執る義務を怠った違法がある。
   (ウ)平成元年改正時について
      平成元年改正法では,それまで強制適用の対象外とされた学生について,強制適用の対象とされた。しかし,それは将来に向けた措置にとどまり,それまでに強制適用とされなかったことによって損害を受けた学生無年金障害者に対する救済措置は行われなかった。国会議員及び内閣は,平成元年改正以前に既に生じていた学生無年金障害者に対し,応急的な措置を執るなどして救済すべき義務があったにもかかわらずこれを怠った違法がある。
   (エ)平成12年改正時について
      平成12年改正法では,学生本人の前年の所得が68万円以下の者が保険料の免除を受けられるようになり,国会議員及び内閣が学生無年金障害者の救済の必要性を強く認識したにもかかわらず,既存の学生無年金障害者に対する救済措置を怠った違法がある。
   イ 内閣による個別的教示の懈怠
     内閣は,個々の学生に対して,学生が原則として国民年金の適用除外であること,例外的に任意加入できること,任意加入しなければ,20歳を過ぎて事故にあった場合,生涯にわたって障害基礎年金の支給が受けられないこと等を教示すべきであったのに,これを怠った違法がある。
 (2)被告国の主張について
    被告国は,最高裁判決を引用して,立法行為が国家賠償法上違法の評価を受けるのは,「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき,容易に想定し難いような例外的な場合」に限られる旨主張する。
    しかしながら,被告国の引用する判決は,一義的な文言に違反している場合を例示的に挙げたものであって,これのみに限定されると解釈すべきではない。
    そして,憲法の基本的な原理である基本的人権の尊重,確立のために議会制民主主義が採用され,その上に裁判所に法令審査権が付与されたのであるから,憲法秩序の根幹的価値に関わる人権侵害が現に個別の国民ないし個人に生じている場合に,その是正を図るのは国会議員の憲法上の義務であり,同時に裁判所の権限及び義務である。
    したがって,①立法内容の違憲性が明白であるにもかかわらず当該立法がなされ,あるいは違憲状態が明白となってから相当な期間を経過してもなお必要な立法措置がなされず,②人権被害が重大であり,司法的救済の必要性が認められる場合には,立法機関たる国会及び法案提出権者として当該立法に深く関与した内閣は,国家賠償法上違法の評価を免れないというべきであり,本件においては,上記要件が備わっているから,被告国の行為について国家賠償法上違法の評価を免れない。
 (3)損害
    もし,国会議員の立法不作為や内閣の法案不提出等の不作為がなければ,原告は,本件裁決請求時から障害基礎年金の支給を受けることができたし,老齢基礎年金の保険料を支払う必要はなかった。また,原告は,年金が支給されていれば経済的・精神的にも安定した生活を送ることができたのにそれを害され,精神的な苦痛を受けた。これらに鑑みると,慰謝額は2000万円が相当である。
  (被告国の主張)
 (1)国会議員による立法行為及び内閣による法案不提出は,国家賠償法上の違法性を有しないこと
   ア 同法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別に国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。したがって,国会議員の立法行為ないし立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容の違憲性とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するおそれがあるとしても,その故に国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない。
     国会議員は,立法に関しては,原則として,国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり,個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって,国会議員の立法行為は,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき,容易に想定し難いような例外的な場合でない限り,同条項の規定の適用上,違法の評価を受けないものといわなければならない(最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照)。
   イ これを本件についてみるに,原告の主張する違法行為については,いずれも,憲法上一義的な文言に違反しているとはいえない。
     したがって,本件においては,上記「例外的な場合」に当たらず,国家賠償法上,違法とされる余地はない。
   ウ また,内閣による法案不提出についても,内閣は国会に対して法律案の提出権を有するにとどまるのであるから,国会議員による立法不作為に違法性が肯定されない以上,これと別個に違法性を観念する余地はない(最高裁昭和62年6月26日第二小法廷判決・判例時報1262号100頁参照)。 
 (2)内閣による個別的教示の懈怠について
    法律は公布されれば当然効力を生じるのであって,法的義務としての周知徹底義務は存在しないから,原告の主張は失当である。
第5 争点に対する判断
 1 認定事実
   前記前提事実並びに証拠(甲5,30の1・2,31,32,35の1~7,44,46,95,乙2,3の1・2,4ないし7,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
 (1)原告は,昭和○○年△月□日にEとDの第2子(長男)として生まれた(姉弟あり。)。2歳前に交通事故に遭い数か月間,脳波に異常が見られ(その後,緩解),幼児期には,毎月のように熱を出し,小児喘息との診断を受けるなどしたが,学童期以降は元気になり,カブスカウトに入隊したり,競泳大会で活躍したり,ロードレース用自転車を乗り回したりした。また,学業成績は,中学時代,高校時代を通じ上位にあった。
(甲5,35の1~6,46,乙2,証人D)
 (2)原告は,昭和59年,A大学工学部G科を受験し,現役合格したものの,F大学理学部物理学科への進学を希望し,予備校への入学手続を取った。しかしながら,母や予備校講師の説得もあり,結局,同年4月にA大学に入学した。
(甲5,35の7,乙3の3,証人D)
 (3)A大学教養部在籍中(昭和59年4月から昭和60年9月まで)の状況
   ア 原告は,昭和59年6月12日,腹痛があり,1週間下痢が続いていると訴えて,通学途中にあるB内科を受診した。これに対し,B医師は,「胃腸炎」であると診断し,胃腸薬「アプタ」及び下痢止め薬「カナマイシン」を処方した。
    (甲5,30の1・2,証人D)
   イ また,原告は,昭和59年夏以降,自動車運転免許を取得すべく教習所に通い,同年11月5日,同免許を取得したが,この間,両親等に対し,「教官が口をきかず眠ってばかりいる。」と奇異な言動を繰り返した。しかるに,両親等は,原告の言動を不審に思うことなく,「そりゃ怠慢だね。」などと聞き流していた。
    (甲5,95)
   ウ 原告は,福岡市X区Y所在のA大学教養部在籍中は,電車を利用して通学していたが,昭和60年6月ころ,両親に対し,「人につけられている。」,「電車のホームで電車を待っているときに,ホームでたばこを吸っていた人がいたが,その人は自分をつけている刑事だ。」等と言うようになった。しかるに,両親は,親戚の公安関係の警察官から,「A大学教養部をマークしている。」というような話を聞いたこともあって,原告は,原子力を専攻していることもあって調べられているのだろうなどと考え,原告の言動を特に不審に思うことはなかった。
    (甲5,証人D)
   エ 原告は,昭和60年梅雨ころ,不眠,吐き気及び頭痛を訴え,自宅近くにあるC医院を受診するとともに,母に対し,「何か物覚えが悪くなった。何だかゴムが伸び切ったような感じで何も頭に入らない。」などと,繰り返し不安を訴えるようになり,その後,夏休みころには,疲れた様子で,昼夜を問わず眠ってばかりいた。
    (甲5,31,証人D) 
 (4)専門課程進学(昭和60年10月)後,成人(昭和●●年△月□日)までの状況
    原告は,昭和60年10月,福岡市Z区W所在のA大学工学部における専門課程(G科)に進み,このときから,自動車通学することになった。原告は,授業中は,いつも眠っており,母に対しても,「自分でも分からないうちに眠っている。」と述べていた。
    このころ,原告は,両親に対し,「高校で倫理社会を履修しなかったことから,A大への入学が取り消されるのではないか。」との不安を異常なほど訴えた(なお,原告は,現在でも,両親に対し,「倫社を勉強していないから僕は病気になった。教科書を買ってきてくれ。」などと述べている。)。
   (甲5,乙3の1・3,証人D)
 (5)成人後,A大病院受診までの状況
   ア 原告は,昭和61年初めころより,自動車運転中に,後ろから付けられているように感じたり,道に立っている人が自分を見張っているように感じたり,屋外の自動車の音が自分に当てつけているように感じたりするなどの妄想知覚や,テレビの内容が自分のことを当てつけているように感じるといった関係念慮が生じ,同年春以降,いらいらしたり,おかしくないことで笑ったり,ちょっとした他人の言動を聞きとがめたりした。また,母と姉がひよこの話をしていると,突然怒り出したこともあった。
    (甲5,46,乙2,4,6,7,証人D)
   イ J研究所における職場研修
     原告は,昭和61年の夏休み,J研究所において,約1か月の職場研修を受けたが,研修終了後は,疲弊した様子で帰宅し,母らに対し,「テーマも持たずに何しに来たのかと言われた。」,「コンピュータをいじって壊した。」,「お金もなくした。」などと述べた。
     さらに,原告は,同年秋以降から,「大学の先生が,自分のために復習ばかりせざるを得なくなり,自分のことを当てつけるような発言をする。」(関係念慮),「自分の考えていることを他人に知られてしまう。」(思考伝播)などと考えるようになり,「大学の友人から『A大の面汚しだ。』と言われた。」と涙を流して悔しがったり,母らに対し,「まわりの人間が自分のことで陰口をたたく。」,「テレビから自分にメッセージが送られてくる。」,「やくざに見張られている。」,「教室で回りがチクチク嫌味を言う。」,「自分の部屋に盗聴器が仕掛けられている。」等と訴えるようになった。そこで,両親らは,原告の言動を不審に思い,原告の所属している研究室を訪ねたが,原告の友人達は,「原告は無口だ。」というだけで,異常には気が付いていない様子だった。
    (甲5,46,乙2,6,証人D)
   ウ 原告は,昭和61年冬ころ,疲れがひどくなり,自宅近くにあるI医院を受診した。同医院では,胃腸炎との診断を受け,内服処方を施された。
    (甲32,証人D)
(6)A大病院への受診等
   ア 原告は,原告の言動を不審に思った母に連れられ,昭和61年12月18日,A大病院精神科を受診した。
     医師の精神的所見としては,話の内容,まとまりに違和感はなく,疎通性は良好であり,社会適応能力もそれほど低下していないものの,同年初めころ以降,妄想知覚や関係念慮が出現した統合失調症である旨診断した。
     原告は,その後昭和62年10月まで同病院に通院し,投薬治療を受けたが,この間,妄想知覚及び関係念慮等が1か月ないし2か月単位で増大したり,軽減したりする状況であった。
    (甲5,44,46,乙2,4ないし6)
   イ 原告は,大学院修士課程に進むべく,昭和62年7月ころから,試験勉強を始めたが,同年9月実施の試験が近付くにつれ,ストレスが高まり,「集中力がなくなって,何も頭に入らない。」などと焦燥感・不安感を訴えるとともに,関係妄想・妄想知覚・妄想着想が強まって困惑状態となり,結局,試験当日は起床することができなかった。
     その後,原告は,同月30日以降,(医療法人△△会)K病院に通院するようになった。初診時,普通に話せることも多く,一見異常はなさそうにも見えたが,幻聴や被害関係妄想等,統合失調症の典型的な症状が持続しており,同症がかなり進んだ状態にあったため,大学4年を休学した。原告は,このころから,しばしば,幻覚を見て,「ワーが出た。」などと述べるようになった。
    (甲5,44,46,乙2,4)
   ウ 原告は,朝夕2錠ずつ治療薬を服用しながら,昭和63年4月には,大学4年生として復学し,不安が強いときには母が校門まで同行したり,友人の協力によって何とか卒論を仕上げるなどして,平成元年3月に大学を卒業した。原告は,その後1年間,研究生として研究室に籍を置き,病状の回復による就職の機会を待ったが,果たせず被害関係妄想が悪化するとともに,不眠傾向となり,家族ともよく口論となったため,平成元年6月15日から平成4年4月28日まで,K病院に入院した。その後も,原告は,同年10月21日から平成13年2月末日まで,4回にわたり断続的に同病院に入院した。
    (甲5,44,乙3の2,4,証人D) 
 (7)本件裁定請求前後以降の状況
   ア 原告は,本件裁定請求がなされる前の平成10年2月28日当時,幻覚妄想状態(持続的・慢性的な幻聴,特に家族や身近な人に対する被害関係妄想)や精神運動興奮状態(興奮,拒絶)が認められた。また,日常生活においても,食事・用便・入浴等は1人でできるものの,家族との会話は少しは通じる程度であり,不安定で気分に左右され(機嫌が良いと,教授や公務員になるなどと訴え,機嫌が悪くなると,黙り込むか,拒絶する。),他方,家族以外の者との会話は通じず,幻聴に左右され,妄想的になるなど,安定した対人関係は結べない状況にあって,日常生活能力の程度は,精神症状を認め,身のまわりのことはかろうじてできるが,適当な援助や保護が必要であるというものであった。
     なお,原告は,K病院入院中の同年5月30日には,幻聴に左右され,熱湯を飲んで口腔内熱傷を負い,翌31日以降,数日間,L病院に緊急入院し,その後,同年6月9日にK病院に5回目の入院した後も,思考障害が酷く,幻聴に左右されて他人を殴るなどしたため,同年12月18日,医療保護入院に切り替えられたが,その時点において,原告には,幻覚妄想状態(幻覚,妄想,させられ体験,思考形式の障害)や精神運動興奮状態(滅裂思考,硬い表情・姿勢,興奮状態)が認められた。
    (乙4,7)
   イ 原告は,平成12年3月27日時点において,「ケンブリッジ大学の教授に任命された。報酬もたくさんもらえる。」と誇大妄想を述べるようになるなど,幻覚妄想状態(幻覚

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最終更新:2005年08月05日 11:27
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