H17.12.20 松山地方裁判所 平成17年(レ)第12号 貸金請求控訴事件

     判       決
       主    文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人の請求を棄却する。
 3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,権利能力なき社団である被控訴人が,平成11年あるいは平成12年ころ,当時被控訴人の会計担当者であった控訴人に対して100万円を寄託し,平成14年10月21日,控訴人との間で旧債務を上記寄託物返還債務,弁済期を平成15年3月31日とする準消費貸借契約を締結したとして,同契約に基づき100万円及び弁済期の翌日である平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
 1 争いのない事実等
(1) 被控訴人は,身体障害者福祉法の趣旨に基づき,身体障害者及びその家族の福利厚生及び自立更生を図り,もって公共の福祉の増進に寄与することを目的として約55年前に設立された権利能力なき社団である。
控訴人は,昭和35年に被控訴人の会員となり,平成9年から平成13年まで被控訴人の会計担当者であった。
(2) Aは,平成11年あるいは平成12年ころ,当時被控訴人代表者会長であったBに対して100万円を交付し,控訴人は,Bからその保管を依頼されて上記100万円を受け取った(以下,この100万円に関する一連の交付行為を「本件金員交付」という。)。
(3) 被控訴人と控訴人は,平成14年10月21日,弁済期を平成15年3月31日として100万円の準消費貸借契約を締結した(以下,この契約を「本件準消費貸借契約」という。)。
 2 争点
(1) 本件準消費貸借契約の旧債務の不存在(争点1)
 ア 控訴人の主張
本件準消費貸借契約の旧債務は,控訴人と被控訴人との間の寄託契約に基づく寄託物返還債務であるところ(以下,この債務を「本件寄託物返還債務」という。),以下の理由により,本件寄託物返還債務はその一部又は全部が存在しないから,本件準消費貸借契約に基づく貸金返還請求は理由のないものである。
(ア) 本件金員交付は,Aから100万円の贈与を受けたB個人がこれを控訴人に寄託したものであるから,寄託契約はB個人と控訴人との間で成立しており,被控訴人に対する本件寄託物返還債務は存在していない。
(イ) 本件金員交付は,Aが被控訴人を介して控訴人に100万円を寄託したものであるから,寄託契約は,Aと控訴人との間で成立しており,被控訴人に対する本件寄託物債務は存在しない。
(ウ) 本件金員交付が,被控訴人と控訴人との間で行われたものであるとしても,控訴人は,被控訴人の会計担当者であり,被控訴人の占有補助者として本件金員交付に係る100万円を保管していたにすぎないから,このような控訴人と被控訴人との間に寄託契約が成立したと解することはできない。
 (エ) 被控訴人は,控訴人に対し,本件金員交付に係る100万円を被控訴人の運営のために費消することを予め許諾していたところ,控訴人は,そのうち75万円を被控訴人の運営のために費消したのであるから,本件準消費貸借契約締結当時,本件寄託物返還債務は25万円に減縮していた。
イ 被控訴人の主張
 (ア) 本件金員交付は,Aが,被控訴人代表者であるBに対し,被控訴人の50周年記念事業に対する寄付金として100万円を交付し,Bが,被控訴人を代表して,返還時期を定めることなくこれを控訴人に寄託したものであるから,控訴人と被控訴人との間には寄託契約が成立している。
 (イ) 占有補助者とは,一定の団体的関係の成員が物に対して直接的支配を行っているにもかかわらず,その団体法的な地位に基づき,団体外との関係で物に対して独立の所持を有すると認められない者をいうところ,前記第2の1(3)は被控訴人と控訴人との団体内部の問題であり,被控訴人から100万円を預かった控訴人が被控訴人との関係で占有補助者であると解釈する余地はない。
 (ウ) 被控訴人は,控訴人に対して上記100万円の費消を許諾したことはない。
(2) 強迫による取消し(争点2)
 ア 控訴人の主張
(ア) 控訴人は,本件準消費貸借契約締結当時,当時被控訴人の上部団体である6団体の事務局長であったCから,「おどれ,協会宛て借用書を書かないのなら,会の金の使い込みをお前の嫁に言うぞ」と大声で怒鳴られるなど,C及びDから強迫されて畏怖し,その結果,本件準消費貸借契約を締結した(以下,この際のCの発言を「本件言辞」という。)。
(イ) 控訴人は,平成16年5月10日到達の答弁書をもって本件準消費貸借契約を強迫に基づくものであるとして取り消す旨の意思表示をした。
 イ 被控訴人の主張
Dが,本件準消費貸借契約締結の際,控訴人に対して,「もし,お金を返してもらえない場合は,奥さんにお知らせしてもいいですか。」と言ったことはあるが,上記ア(ア)のような事実はなかったのであるから,控訴人の主張は理由がない。
(3) 錯誤無効(争点3)
 ア 控訴人の主張
控訴人は,本件準消費貸借契約締結の際,本件金員交付に係る100万円を控訴人に寄託したのは真実はAであったのに,これを被控訴人であると誤信し,これに基づいて,控訴人は本件準消費貸借契約を締結した。よって,本件準消費貸借契約は,錯誤により無効である。
 イ 被控訴人の主張
本件金員交付において控訴人に100万円を寄託したのは被控訴人であるから,控訴人の主張は理由がない。
第3 当裁判所の判断
 1 事実関係
 前記争いのない事実等に証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(1) 被控訴人が,平成11年あるいは平成12年ころ,被控訴人の50周年記念事業のための寄付を募ったところ,当時被控訴人相談役であったAが,被控訴人に対する寄付金として企業から集めた100万円を被控訴人の50周年記念事業のための寄付金として当時の被控訴人代表者会長であったBに交付した。Bは,上記100万円について,被控訴人の役員会で発表するなどといった通常の会計処理を行うことなく,当時の被控訴人会計担当者であった控訴人に対し,上記100万円は50周年記念事業のためのものであり,通常の会計処理とは別に郵便局に預けて保管すること,郵便局に預けた際には通帳を見せることなどを依頼し,控訴人は,これに応じて,100万円を受け取った(本件金員交付)。
(2) Bは,本件金員交付の後1週間もしないころから,何回か,控訴人に対して上記100万円を預け入れた通帳を見せるよう要求したが,控訴人は,通帳を持参していない,通帳を焼失したなどと述べて見せようとしなかった。また,Bは,何回か,控訴人に対して上記100万円の返還を求めたが,控訴人は,返還を待って欲しい旨を述べて返還を拒んでいた。
(3) そのため,Bは,平成13年ころ,当時被控訴人事務局長であったD及び平成11・12年度に被控訴人事務局長であったCに対して,前記(1)及び(2)の事情を話した上で,前記100万円を控訴人から被控訴人に返還させるよう依頼した。そこで,D及びCは,控訴人に対して前記100万円を被控訴人に返還するよう何回か催促をしたが,控訴人は,上記100万円を費消していたため返還することができなかったことなどから,これは被控訴人の金員ではない,控訴人の仕事が順調に進んでいるので間もなく100万円を返還する趣旨を述べるなどして返還しようとしなかった。
(4) このように,再三の催告にかかわらず控訴人が前記100万円を返還しないことから,平成14年10月21日,D,C及び当時の被控訴人会長であったEは,控訴人に前記100万円を早期に返済することを約束させる書面を作成させることとした。
そのころ,控訴人は身体障害のため着替え等の身辺のことを独力で行うことが困難であった上,被控訴人の活動を優先させる余り家庭を犠牲にしたことなどが原因で妻と事実上離婚状態になっていた。Cは,そのような事情を知り,控訴人に対して控訴人が100万円を使い込んだことを控訴人の妻に告げると言えば,控訴人も返還を約する旨の書面を作成するであろうと考えて,同日,控訴人に対して,強い口調で,「おどれ,会の金を使い込みやがって。会あてに借用書を書かんのであれば,お前の嫁に言い上げるぞ」と述べるなどしたところ,控訴人は平成15年3月31日であれば返還することができると考えて,「借用書 F協会殿 金壱百萬円也 上記のお金を借用致しました。返済期限は平成15年3月31日とし完済致します。なお早くなれば早く致します。この間分割又は一括にします。 平成14年10月21日 松山市a町b-c G」という内容の文書(略)を作成した。
(5) なお,本件金員交付に係る100万円は,保管を依頼された控訴人から被控訴人に返還されなかったため,平成12年度に開催された被控訴人の50周年記念事業のために使用されることはなかったが,それでも,50周年記念事業は赤字にはならなかった。
  そして,平成15年3月7日,HがBに対して,前記100万円は被控訴人のものではないのかと尋ねたところ,Bは,「私の不徳と致すところです」と返答した。
 2 争点に対する判断
(1) 争点1(本件準消費貸借契約の旧債務の不存在)について
 ア 前記認定事実によれば,Aは,被控訴人が50周年記念事業のための寄付を募っていたことから,その寄付金として100万円をBに交付し,Bも,この100万円の保管を上記事業のための金員であるとして会計担当者であった控訴人に委託したこと,Bは,平成13年ころ,被控訴人の会員であったD及びCに対し,控訴人に保管を依頼した100万円を返還させるように依頼したことが認められ,これらの事実を総合すれば,本件金員交付は,Bが,被控訴人を代表して,Aから寄付金として100万円を受け取った上,これを控訴人に寄託したものと評価するのが相当である。
この点,控訴人は,上記100万円を寄託したのはB個人あるいはAであるとし,その根拠として,①被控訴人は,本件金員交付の際,Aから50周年記念事業の寄付を受ける必要がなく,実際に50周年記念事業が本件金員交付に係る100万円で催された事実はなかったと主張するが,Aから50周年記念事業の寄付金として100万円の寄付を受けたことは前記認定のとおりであるし,本件金員交付に係る100万円が実際には50周年記念事業に使用されなかったとしても,そのことから本件金員交付に係る100万円が50周年記念事業のための寄付金でないということはできない。また,控訴人は,②Bは,本件金員交付に係る100万円を通常の寄付金として被控訴人の通常の会計に入れて処理させることなく,控訴人に現金のまま預けて郵便局に預け入れさせるといったリスクの大きい処理を敢えてさせたことや③被控訴人は,平成14年10月21日に至るまで,控訴人に対し明確な返還請求をしていなかったことを主張する。しかし,Bが,本件金員交付に係る100万円につき,被控訴人における寄付金の会計処理とは異なる取扱いをしたとしても,Bが上記100万円の保管を被控訴人の会計担当者であった控訴人に委託したことや被控訴人の事務局長らを通じて控訴人に返還を求めていることに照らすと,上記各事実をもって本件金員交付がAないしB個人の控訴人に対するものであるということはできない。さらに,控訴人は,④Bが本件金員交付に係る100万円は被控訴人のものではないことを認めているとして本件金員交付に係る100万円の保管を委託したのはAないしB個人であると主張する。しかし,前記のとおり,Bが,上記100万円が被控訴人のものであるかを尋ねたHに対し,「私の不徳と致すところです」と返答したことは認められるものの,このようなBの発言をもって直ちに本件金員交付が控訴人主張のような趣旨であることを認めたとまでいうことはできない。
 イ また,控訴人は,控訴人は被控訴人の占有補助者にすぎず,本件金員交付に係る100万円について独立の占有を有しないから,被控訴人と控訴人との間に寄託契約が成立したと解することはできない旨主張するが,前記認定のとおり,Bは,本件金員交付に係る100万円を被控訴人における通常の会計処理とは別の処理を行うよう依頼し,控訴人もこれを了承しており,控訴人が会計担当者の通常の職務として上記100万円を占有していたということはできないことに照らすと,控訴人の上記100万円の管理が占有補助者によるものということはできない。
 ウ 控訴人は,被控訴人が,控訴人に対して上記100万円を被控訴人の運営のために費消することを予め許諾していた旨主張するが,Eは,Bが控訴人に100万円のうち40万円を貸すと言っていた旨供述するにすぎないし,控訴人は,「私としては,流用は決して良いとは言えないが,本当にやむを得なかった」(略),「40万は使ってもいいよといって,40万使って,一応元へ戻し」,「結果的には,40万返して,あと全部100万円,使ってしまいました」(略)旨供述するなど費消については許諾されていなかったことを前提とするような内容の供述に終始しているにすぎず,他に控訴人が主張する事実を認めるに足りる証拠もない。
 エ 以上より,本件準消費貸借契約の旧債務とされる本件寄託物返還債務が存在しないということはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(2) 争点2(強迫による取消し)について
控訴人は,Cの本件言辞が違法な強迫行為であると主張する。しかし,前記認定事実によれば,C及びDは,平成13年ころから控訴人に対し,控訴人に寄託した被控訴人への寄付金100万円の返還を求めていたにもかかわらず,控訴人は言を左右にしてこれを返還しようとしなかったことから,当時の被控訴人代表者会長であるEとともに,本件寄託物返還債務の早期履行を確保する目的で控訴人に早期履行を約束する書面を作成させようとして,Cが本件言辞に及んだことが認められるから,本件言辞がその態様において穏当さを欠くものであったことは否定することができないものの,本件言辞をもって違法な強迫行為であるとまでいうことはできない。
よって,控訴人の主張は採用することができない。
(3) 争点3(錯誤無効)について
控訴人は,本件金員交付に係る100万円を控訴人に寄託したのはAであることを前提として,本件準消費貸借契約が錯誤により無効であると主張するが,前記認定のとおり,本件金員交付に係る100万円を控訴人に寄託したのは被控訴人であるから,控訴人の主張は,前提を欠き採用することができない。
 3 結論
   以上によれば,被控訴人の本件請求には理由があるから,これと同旨の原判決は正当である。よって,本件控訴は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。

松山地方裁判所民事第2部


裁判長裁判官   坂倉充信

裁判官   角谷昌毅

裁判官   齊藤貴一

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最終更新:2006年02月08日 14:01
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