hanrei @Wiki H17.12.16 鹿児島地方裁判所 平成16(わ)65 有印公文書偽造,同行使,詐欺被告事件



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被告人が,学生寮を建築する資金を得るために,自ら偽造した建築確認済証を金融機関に提出行使して1億8000万円の融資金を詐取されたとされる有印公文書偽造,同行使及び詐欺の事案において,有印公文書偽造については,被告人に行使の目的が認められず,偽造有印公文書行使及び詐欺については,被告人に故意が認められないとして無罪が言い渡された事例


          主          文
被告人は無罪。
          理          由
第1 公訴事実
   本件公訴事実は,別紙起訴状記載のとおりである。
第2 当裁判所の判断
 当裁判所は,本件公訴事実中,有印公文書偽造罪については,「行使の目的」を認定するに足りる証拠がなく,また,同行使罪及び詐欺罪については,被告人の故意を認定するに足りる証拠がなく,いずれも犯罪の証明がないことに帰するから,被告人は無罪であると判断した。以下,その理由について詳述する。
1 前提事実
証拠によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) 被告人は,平成11年11月に鹿児島市a町において株式会社A(平成14年6月に株式会社Bに商号変更。以下「A」という。)を設立し,同社の代表取締役を務めていた者である。被告人は,C農業協同組合(平成14年3月にD農業協同組合と合併。以下単に「農協」という。)の組合員である。
(2) 被告人は,平成11年7月,自宅建築のため,鹿児島市a町b番地c(d㎡。後に同町e番地cとfに分筆)及び同町g番地hの土地(i㎡。以下,これらの土地を「本件土地」という。)を取得することにしたが,その際,農協の金融担当次長兼事務長であったE(以下「E」という。)を窓口として,住宅金融公庫から融資を受けることになった。なお,被告人は,住宅金融公庫からの融資が下りるまでのつなぎの資金を得るため,農協から2300万円の融資を受けたが,その後に実行された住宅金融公庫の融資金は,農協への返済には充てられず,被告人の自宅を建築した建設会社への請負代金の支払に充てられた。
  (3) 平成12年3月,本件土地上に被告人の自宅が完成したが,その少し前,本件土地上の自宅の横に,私立F高校の学生寮を建築して賃料収入を得る計画が持ち上がった。被告人は,農協の協力の下,同年4月ころから,G株式会社(以下「G」という。),株式会社H(以下「H」という。)等に対し,前記計画を持ちかけ,学生寮の設計図,見積書等を作成した。なお,その際,被告人は,後に,農協から融資が実行されることを前提に,Hから5000万円の融資を受け,農協が,その融資金から前記2300万円の債権を回収した。
  (4) 被告人は,同年6月ころ,Eに対し,前記計画の資金として3億5000万円の融資を依頼した。農協は,この計画に対し,前向きの姿勢であったが,組合員に対する貸付限度額が1億6000万円であったことから,限度額を越える分については,農協が加入しているX連合会に協調融資を求めることになった。そこで,同月19日ころ,Eが,X連合会の融資部職員であるI(以下「I」という。)に対し,前記計画に関する協調融資の案件を持ちかけ,学生寮の設計図,見積書等の資料を交付した。その後,被告人と私立F高校との話合いが進展しなかったため,同月ころ,被告人が,新たに私立J高校(以下「J高校」という。)に対し,学生寮建築の話を持ちかけたところ,同校校長のK(以下「K校長」という。)から,平成13年3月までに工事を終了させることを条件として,被告人が建築した学生寮を使用する旨の回答を得るとともに,平成12年7月6日,K校長との間で学生寮の使用に関する覚書を取り交わした。
  (5) X連合会は,被告人に対する協調融資の案件につき,融資部部内会議及び融資審査会による審議を経た後,被告人から借入申込書の提出を受けた上で稟議を行い,同年8月31日,会長決裁に基づき,本件土地等を担保として,被告人に対し,1億9000万円を融資することを決定した。農協は,同日,X連合会の前記決定を受け,被告人に対し,融資予定額の一部である1億900万円の融資を実行した。
  (6) 同年10月,農協のある職員が被告人の名義を冒用して消費者金融等から借金をするなどしていたこと(以下「農協職員の不正問題」という。)が発覚した。被告人は,この対応に追われ,金融業者の取立てに応じざるを得なくなるなどの事態が生じた。
    他方,同じころ,学生寮の建築を請け負う予定になっていたHが,この計画から手を引くことになった。そのため,被告人は,同月30日,新たに株式会社L(以下「L」という。)に学生寮の建築を依頼し,Lとの間で請負契約を締結した。また,そのころ,被告人は,Iに対し,本件土地が市街化調整区域内にあることを告げた。
(7) 農協は,同年11月,一刻も早く学生寮の建築に着手するため,X連合会に,何度も早く融資を実行するよう催促したが,X連合会は,まだ建築確認が下りていないことを理由に,融資の実行を先送りしていた。農協は,被告人が農協職員の不正問題等もあって資金難に陥っていたことから,後にX連合会の被告人に対する融資が実行されたときに,その融資金から回収するとの合意の下で,被告人に3000万円を融資することにし,X連合会に対し,融資予約証明書を発行するよう求めたところ,X連合会は,同月27日,農協に対し,建築確認の決定通知があれば被告人に対する融資を実行する旨の融資予約証明書を発行し,これを受けて,農協から被告人に対して3000万円の融資が実行された。
(8) 本件土地は,昭和46年以降,都市計画法上の市街化調整区域内にあり,本件土地上の建物建築が大幅に制限されていた。
  被告人は,本件土地を取得した当初から,本件土地が市街化調整区域内にあることを知っていたものの,鹿児島市に対し,再三にわたり,本件土地上に学生寮を建築したい旨の相談に訪れていたが,結局,同年11月から12月ころ,鹿児島市から,本件土地上に学生寮を建築することにつき許可は下りないことを明確に伝えられた。そこで,被告人は,まず,農業用倉庫の建築確認を受けようと考え,平成13年2月8日,M設計事務所を介して,鹿児島市に対し,建物の主要用途を「倉庫業を営まない倉庫」等とする建築確認申請を行い,同月28日,前記内容の建築確認済証の交付を受けた。
(9) 被告人は,同年3月上旬ころ,A事務所内において,鹿児島市から交付を受けた前記建築確認済証をコピー機で複写した上,この写しの主要用途欄に「研修施設・店舗・倉庫」,申請部分の面積欄に「1156.64」,合計面積欄に「1156.64」,建築物の階数,地階を除く階数(地上階数)欄に「3」などと記載された紙片を貼り付けた上,これをさらに複写し,前記内容の建築確認済証の写しであるかのような外観を有する書面(以下,「本件書面」という。)を作成し,そのころ,これをEに交付した。
  Eは,同年4月11日ころ,農協事務所において,本件書面の写しを,X連合会融資部融資課長のN(以下「N」という。)に提出した。
(10) X連合会は,同年5月10日から同年8月29日まで,前後5回に分け,被告人名義の普通預金口座等に合計1億8000万円を振り込んで融資を実行した。
2 X連合会職員の供述の検討
(1) Iの公判供述(以下「I供述」という。)の要旨
  Iは,平成10年4月から平成13年3月末まで,X連合会融資部で勤務し,平成12年12月末ころまで,被告人に対する融資につき,X連合会側の担当者だったものであるが,Iは,公判廷において,次のとおり供述している。
 ア 平成12年6月19日,Eから,被告人に対する学生寮建築資金の協調融資に応じてほしい旨の申出があり,収支計画書,設計図面,宅地造成請負契約書,宅地造成検査済証,見積書等の提出を受けた。そこで,その審査をすることになり,担保となる本件土地の評価額の査定をしたが,本件土地の公的な規制については調査せず,本件土地が市街化調整区域内にあることは分からなかった。現場の確認もしたが,近隣に居宅が並んでいたので,寮建築が可能かどうかについて,疑問を持たなかった。その後,X連合会融資部内の会議における議論を経て,同年7月19日と26日の2度にわたり,X連合会審査室の融資審査会が開催され,入寮生が確保できるかどうかや,不動産の担保評価が適正かなどの問題点が提起され,担保評価については見直されることになった。しかし,本件土地が市街化調整区域内にあることは,これらの審査の過程で全く議題に上ることはなく,同年8月31日に会長決裁を得て,被告人に対する融資が決定された。
 イ その後,学生寮の建築確認が下りれば融資を実行する段取りになっていたが,建築確認が下りず,融資が実行されていなかったところ,同年10月,被告人から,本件土地が市街化調整区域内にあり,そのために建築許可が下りるのが遅れていると告げられた。しかし,被告人が市役所の知人を通じて建築許可を得ることができると言ったので,市街化調整区域に用途の規制があることは知っていたが,学生寮の建築が可能かどうかについて疑問を持たず,そのことを上司にも報告しなかった。同年11月ころ,Lの社長であるO(以下「O」という。)に会い,Oから,平成13年4月までに学生寮を建築することは可能であると聞いた。しかし,平成12年12月末ころになると,X連合会としても,学生寮の完成が平成13年4月までに間に合わないのではないかと認識していたが,融資を取りやめることにはならなかった。
(2) Nの公判供述(以下「N供述」という。)の要旨
  Nは,平成12年4月から平成15年3月末まで,X連合会の融資部融資課長であり,Iに代わって本件の融資を担当したものであるが,Nは,公判廷において,次のとおり供述している。
 ア 平成12年6月,Iから,学生寮の建築に関して農協との協調融資の案件があることを聞かされ,同年7月,この件に関して融資部部内会議が行われたが,本件土地が市街化調整区域内にあることは議題に上らなかった。農協から提出された「計画概要」という書き出しの書面にも「第1種低層住居専用地域に準じる。」との記載があったので,本件土地が市街化区域内にあり学生寮建築に特に問題はないものと判断した。その後に開催された融資審査会においても,本件土地が市街化調整区域内にあることは議題に上らなかった。
 イ 同年8月31日の融資決定後,建築確認が下りないまま融資が実行されていなかったが,建築業者が変更になるだけで通常3か月程度(なお,2,3か月と述べている部分もあれば,3,4か月と述べている部分もある。)かかるのだろうと考えていた。その後,この案件の担当をIから引き継ぐことになったが,本件土地が市街化調整区域内にあることは全く聞かされていなかった。平成13年4月11日,農協の事務所で,被告人が同席する場において,Eから本件書面を受領したが,これが偽造されたものであるとは知らなかった。その後,現場には何度も足を運び,工事の進捗状況を見ていたが,途中で手抜き工事等の問題が発生し,同年9月ころ,建築工事は中断した。平成14年3月6日,Oと会ったところ,建築確認済証の原本を見せられ,本件書面が偽造されたものであることに気付いた。
(3) 両供述の信用性の検討
ア I供述について
  I供述には,次に指摘するような疑問点がある。
 まず,第1に,Iが,平成12年10月に被告人から聞くまで,本件土地が市街化調整区域内にあることを知らなかったという点である。そもそも,本件の協調融資は,本件土地上に学生寮を建築し,その寮費を返済資金とすることを前提に計画されたものであり,本件土地上に学生寮を建築できないとなると,その計画が根底から覆され,農協も,X連合会も,融資金の回収がおぼつかなくなる。したがって,本件の協調融資を決定するに当たり,本件土地上に学生寮が建築可能か,法律上の建築制限があるのかどうかを調査することは極めて重要かつ基本的な事項であったと考えられる。しかも,X連合会は,被告人に対する融資を行うに際し,本件土地を担保としており,融資を決定する前に,本件土地について担保価値の評価を行っている。一般的にいって,土地の評価額を決するに当たり,その土地が市街化区域内にあるのか,市街化調整区域内にあるのかは,極めて重要な事項であり,また,容易に調査可能であるから,これを調査しないとは考えにくい。にもかかわらず,Iは,融資決定に至るまでにその調査を行わず,本件土地が市街化調整区域内にあることを知らなかったと述べているが,これは通常では理解し難い(なお,同年7月19日の事前審査会においては,「担保については用途が制限されることから評価が高すぎるのでは」との意見が付されている。)。
 第2に,Iが,同年10月に被告人から本件土地が市街化調整区域内にあると告げられた後も,学生寮の建築が可能かどうかについて疑問を持たず,そのことを上司にも報告しなかったという点である。前述のとおり,本件土地上に学生寮を建築することは,本件の協調融資の前提となっており,学生寮の建築が法律上できないことになると,その前提が崩れ,融資金の回収がおぼつかなくなるが,本件土地が市街化調整区域内にあれば,まさにそのような事態に陥る。にもかかわらず,Iは,本件土地が市街化調整区域内にあると被告人から聞きながら,しかも,そのために建築確認が下りるのが遅れているということまで認識しながら,本件土地上に学生寮を建築することが可能かどうかについて,何ら疑問を持たなかったというのであって,この点は不合理である。Iの融資課での勤務歴は約2年半とさほど長いとはいえないが,それ以前に住宅金融公庫の融資案件を約2000件と極めて多数担当しているし,融資課でも,マンション建設に関する融資案件を数件担当し,本件の融資においても,本件土地の担保評価を路線価を基に自ら調査するなどしている。このようなIが,市街化調整区域における建築制限という不動産取引における極めて基本的な事項について,知識を有していなかったとは考え難い。
 第3に,Iが,同年11月以降,農協から何度も早く融資を実行してほしいと要請されている状況下で,しかも,同年12月末ころには,学生寮の完成が平成13年3月までに間に合わないのではないかと危惧されるに至っているのに,I供述によると,建築確認が遅れていることを問題視した様子がなく,遅れている原因について疑問も持たなかったという点である。この点,まず,農協が当時置かれていた状況を見る必要がある。農協は,平成12年8月31日,X連合会の融資決定を受けて,被告人に対し,1億900万円の融資を実行している。しかし,その融資金は,学生寮を建築し,その寮費から回収することになっていたから,学生寮の建築が実現しなければ,その回収の目途が立たなくなる。したがって,農協としては,学生寮の建築を何としてでも実現させる必要があった。しかも,学生寮の完成が遅れれば,農協への返済が計画どおり進まなくなる上,前記のとおり,J高校との間では,平成13年3月までの工事完成が条件とされていたから,農協としては,学生寮建築を早期に実現する必要があった。このような状況からすれば,農協が,X連合会に対し,再三にわたって融資の早期実行を要請したのは当然のことといえる。これに対して,X連合会としても,農協のこのような要請を無視するわけにはいかない立場だったはずである。農協は,X連合会の融資決定を受けて,1億900万円の融資を実行したのであり,その後になって,X連合会が融資を取りやめれば,農協は大打撃を受けることになる。X連合会としても,自身の融資決定が,農協の1億900万円の融資実行につながったという現実があるから,建築確認が下りないからといって融資しないと簡単に割り切ることができなかったことは容易に想像でき,多少無理をしてでも,農協の切実な要請に応えようとしたとしても,不自然ではない。X連合会が平成12年11月27日に農協に対し融資予約証明書を発行したのも,そのようなX連合会の態度の現れといえる。ところで,X連合会としては,このころ,農協からの再三の要請にもかかわらず,また,学生寮の完成期限に間に合わないのではないかと危惧されるに至っているにもかかわらず,建築確認が未了であるとの理由で,融資実行を留保していたのであるから,なぜ建築確認が遅れているのかについて,疑問を持ち,関心を払って当然である。前記のとおり,Iは,同年10月,被告人から,本件土地が市街化調整区域内にあると告げられていたことからすれば,なおさらである。しかし,I供述によれば,建築確認が遅れていることを問題視した様子がなく,被告人ないしEにこの点を尋ねた形跡もない。この点は不自然である。
 以上のとおり,I供述には,疑問点がある。前記疑問点のうち,第1の点だけであれば,X連合会の審査が単にずさんであったとの説明も可能であろう。しかし,前記疑問点の第2,第3も加味すると,単にずさんとして片付けることは困難であって,I供述の信用性を肯定するには,疑問が残るというべきである。
イ N供述について
 N供述にも,次に指摘するような疑問点がある。
 まず,第1に,Nは,本件土地が市街化区域内にあり学生寮建築に法律上の規制がないと考えた根拠として,農協から提出された「計画概要」と書き出しの書面の用途地域の欄に「(第1種低層住居専用地域に準じる。)」との記載があったことを挙げている。しかし,そもそも,この書面を見て,Nが供述するように認識するのか,甚だ疑問である。この書面は,事業名称欄が空白となっている上,用途地域欄の「(第1種低層住居専用地域に準じる。)」との記載の左側に不自然な余白があり,加工が施されていることが一見して明らかであるから,この部分を見て,何の疑問も抱かなかったというのは不自然である。しかも,市街化区域であれば,「第1種低層住居専用地域に準じる。」との記載ではなく,単に「第1種低層住居専用地域」と記載されていてしかるべきであり,むしろ,括弧書きで「準じる。」との記載になっていることからすれば,消された余白の部分には,「市街化調整区域」と記載されていたと推測するのが自然であろう。にもかかわらず,これを見て,特に疑問を持つこともなく,本件土地が市街化区域内にあり学生寮建築に法律上の規制がないと考えたという点は,不自然というべきである。
 なお,この書面については,何者かが前記余白部分を削除する作為を施したものであるが,このような作為を,だれがどのような意図で施したのかについては,検討する必要がある。まず,この書面のオリジナルは,Gが作成した「(仮称)A研修施設新築工事計画図」であり,前記空白部分には「市街化調整区域」と記載されていたことが明らかである。そして,これは,被告人から農協を経てX連合会に提出されたのであるが,ファイル(甲83)の綴り順(古い順に綴られていることがうかがえる。)等から見て,農協からX連合会に交付された時期は,協調融資の申入れがあった平成12年6月ころと考えられる。ところで,作為を施す可能性がある者としては,被告人,農協,X連合会の三者が挙げられるが,後に検討するとおり,Eは,同年5月の段階で,本件土地が市街化調整区域内にあることを認識していたと考えられ,被告人が,農協に対し,このことを秘匿する態度を取ってはいなかったと考えられる上,被告人は,同年10月に,Iに対し,本件土地が市街化調整区域内にあることを告げており,X連合会に対しても,本件土地が市街化調整区域内にあることを秘匿する態度を取っていなかったことがうかがわれる。そうすると,被告人が,この書面を提出する際に,あえて,「市街化調整区域」との文言を削除するような作為を加えたとは考え難い。そうすると,可能性が残るのは,農協側とX連合会側ということになるが,後述するとおり,Eの供述が信用できないことからすれば,Eが作為を施した可能性は払拭できない。しかし,この書面がX連合会に渡った平成12年6月ころの時点で,Eがこのような作為を施す必要があったのか,疑問が残る。また,仮に,Eが,「市街化調整区域」との記載がある書面がX連合会に渡るのが不都合だと考えたのであれば,図面のみを渡すなど,よりあからさまでない方法を幾らでも採り得るのに,書面の一部の文言のみを削除してX連合会に渡すような一見して明らかな偽装を施したのかという疑問もある。これに対し,この書面の保管者であるX連合会には,このような作為を施す機会があるのみならず,本件におけるX連合会側証人の言い分が,本件土地が市街化調整区域内にあることの認識を争う内容であることに照らすと,X連合会側が,その主張と矛盾するきらいのあるこの書面に,事後的に作為を加えたとの可能性は決して低いとはいえない。そして,そうであるとすれば,X連合会側の証人の供述の真摯性には重大な疑問を投げかけざるを得ない。
 第2に,Nは,同年12月末ころにIに代わって本件融資の担当となった後,平成13年3月末ころまで,建築確認がどうなっているのかについて確認しなかったという点が不自然である。これは,I供述で指摘した疑問点の第3とも共通するが,X連合会は,平成12年11月以降,農協から再三にわたって早く融資を実行してほしいと要請されており,しかも,同年12月末ころには,J高校との間で取り決められた平成13年3月の工事完成期限に間に合わないのではないかと危惧される状況になっていた。したがって,X連合会としても,ゆっくりと建築確認が下りるのを待っているような状態ではなく,いつ建築確認が下りるのか,建築確認が下りないのだとすればその要因が何なのかについて,関心を払い,被告人やEに尋ねるなどしてしかるべきである。しかし,N供述によれば,同月末ころまで,建築確認がどうなっているのかについて全く確認をしなかったというのであって,この点は不自然である。Nは,この点について,建築業者の変更があったので,3か月程度遅れるのは当然だと考えていたと説明している。確かに,平成12年10月末ころに建築業者がHからLに変更になっているが,建築業者が変更になったとしても,基本的な設計内容に変更がなければ,建築確認がそれほど遅れる要因になるとは考え難い。工事完成期限が平成13年3月末であることからすれば,農協やX連合会としては,建築業者が変更になったとしても,建築確認申請を急がせて当然である。しかも,Nが被告人に建築確認の状況を尋ねた同月末の時点では,既に約5か月が経過しており,3か月程度の遅れでは済んでいない。したがって,Nの前記説明もたやすく納得できない。
したがって,N供述の信用性を肯定するには,疑問が残るというべきである。
 3 Eの公判供述(以下「E供述」という。)の検討
  (1) E供述の要旨
    Eは,公判廷において,次のとおり供述している。
平成12年5月,被告人から,学生寮を建築したいので融資してくれと言われ,Gから事業計画書と設計図を受領し,被告人らとともに,Hに赴いて学生寮の建築を依頼したが,その際,本件土地が市街化調整区域内にあるとの話は出なかった。その後,前記案件につき,農協とX連合会とが協調融資を行うことが本格的に検討され,X連合会においてIらと面談して事業計画書,設計図面等の資料を交付した。また,同年11月ころまで,X連合会の融資の実行に,建築確認が下りることが条件になっているとは知らなかった。平成13年3月に,被告人が本件書面を農協に持参してきたが,これが偽造であるとは知らなかったし,被告人に偽造を指示したこともない。同年4月11日,農協の事務所において,被告人も同席する場で,Nに本件書面の写しを交付した。平成14年3月になって,初めて,本件土地が市街化調整区域内にあることを知った。それまでは,本件土地の周辺の状況等から,当然,学生寮の建築は可能であると考えていた。
  (2) E供述の信用性の検討
    Eは,本件の融資に当たり,被告人と直接やりとりをしていた農協の担当者であり,被告人との接点が大きいことから,被告人の主観的意図・認識を認定する上で,最も重要な証人といえる。ところで,検察官は,E供述のうち,本件土地が市街化調整区域内にあることを知らなかったという点について,Eが,自己の刑責を免れるために,自己の知情性を隠している可能性があり,全面的に信用できるとは考えていない旨指摘している。当裁判所としても,E供述には,極めて重大な疑問があり,信用できないと判断した。その主な理由は次のとおりである。
   ア まず,第1に,検察官も指摘するところであるが,Eが,平成14年3月まで,本件土地が市街化調整区域内にあることを知らなかったと述べている点について,他の関係者の供述と矛盾している。すなわち,Hの従業員であるP及びQ設計事務所のRの各警察官調書における供述によると,平成12年5月30日に,学生寮の建築の件に関し,被告人,E,P,Rらが,Hの事務所で面談した際,Pが,本件土地が市街化調整区域内にあり,学生寮を建築することはできないのではないかと尋ねたのに対し,被告人が(Pの供述では,被告人とEが)建築できる旨答えたとされている。PもRも,この点についてことさら虚偽の供述をしなければならない理由はなく,また,供述内容も,具体的かつ合理的であり,両者の供述が相互に符合していることから,これらの供述の信用性は高い。E供述は,これと明らかに矛盾している。
   イ 第2に,E供述のうち,本件土地が市街化調整区域内にあることを知らなかったという点は,内容的にも不自然・不合理である。これについては,まず,I供述の疑問点の第1の点として挙げたことと同様の指摘が可能である。すなわち,本件の融資は,本件土地上に学生寮を建築し,その寮費を返済資金とすることを前提に計画されたものであり,本件土地上に学生寮を建築できないとなると,その計画が根底から覆され,融資金の回収がおぼつかなくなる。したがって,本件の融資に当たり,本件土地上に学生寮が建築可能か,法律上の建築制限があるのかどうかについて,農協としては調査するのが当然と考えられる。Eは,本件土地の購入段階から深く関わっているから,X連合会の関係者以上に,事情を深く知り得る立場にあったのだから,なおさらである。また,E供述は,農協から1億900万円の融資が実行された同年8月31日以降の状況に照らしても,不自然・不合理である。これは,I供述の疑問点の第3や,N供述の疑問点の第2で言及したところと関連する。すなわち,農協から被告人に対する融資金は,学生寮を建築し,その寮費から回収することになっており,学生寮の完成が遅れれば,農協への返済が計画どおり進まなくなる上,J高校との間では,平成13年3月までの工事完成が条件とされていたのであるから,農協としては,学生寮建築を早期に実現する必要があり,そのため,農協は,X連合会に対し,再三にわたって融資の早期実行を要請していた。これに対して,X連合会は,建築確認が下りれば融資を実行するという立場を取っていた。このような状況にあって,建築確認が下りないまま,X連合会の融資が実行されない状態が続いていたのであるから,農協としては,被告人に対し,建築確認が早く下りるよう働きかけ,建築確認が下りない要因があるのであれば,それが何なのかについて,関心を払うのが当然である。また,被告人は,平成12年10月にIに対し,本件土地が市街化調整区域内にあり,そのために建築確認が下りるのが遅れているということを告げており,Iよりはるかにつながりの深いEに対し,このことを秘匿したとは考え難く,Eも,このことは当然認識していたと考えられるのである。
   ウ なお,Eが,本件土地が市街化調整区域内にあり学生寮を建築することができないことを認識していたのだとすると,それにもかかわらず,なぜ本件の融資を進めようとしたのかについて,検討しておく必要がある。
     この点,背景として,次の事情が指摘できる。すなわち,被告人は,平成11年6月,住宅金融公庫に対し,自宅建築資金の融資を申し込んだが,その融資が実行されたのは平成12年4月下旬であったところ,その融資が実行されるまでの間に土地の購入代金や造成費用の支払をしなければならなかったことから,農協から,2300万円のつなぎ融資を受けた。そのつなぎ融資は,住宅金融公庫からの融資金で返済される見込みであったが,住宅金融公庫の融資が実行される段階になって,被告人の自宅建築を請け負った業者に2500万円余りを支払わなければならなかったことから,農協は,住宅金融公庫の融資金からつなぎ融資の返済を受けることができなかった。そのため,Eは,融資担当者として責任を感じ,被告人がつなぎ融資の返済資金を用意できるまでの間,被告人に対し個人的に1000万円を融通したが,このことを上司や同僚に気付かれないようにするため,1000万円を農協の被告人名義の普通預金口座に入金する際に,架空の会社名を使った。また,農協は,同年8月31日に被告人に対する1億900万円の融資を実行した後は,もはや後戻りできず,学生寮の建築計画を推し進めざるを得ない立場に立たされていた。さらに,同年10月ころ,農協職員の不正問題が発覚し,被告人は,この対応に追われ,金融業者の取立てに応じざるを得なくなるなどして,資金難に陥ったが,農協としても,農協職員の不正行為により被告人が損害を受けていたことから,これを無視することができず,被告人の資金需要に応えざるを得なくなっていたと考えられる。
     以上のような背景があることから,農協は,無理をしてでも学生寮建築の計画を推進せざるを得ない状況にあったと考えられるのである。
    以上のとおり,E供述は,その核心部分につき,信用性の高い他の関係者の供述と矛盾する上,内容的にも不自然・不合理である。また,このような不自然・不合理な供述となっている原因が,検察官の指摘するとおり,E自身の刑責回避にあるのだとすれば,供述全体の真摯性も大きく損なわれると評価せざるを得ない。したがって,E供述は到底信用できない。
 4 被告人の供述の検討
  (1) 被告人の公判供述の要旨
    被告人は,公判廷において,次のとおり供述している。
   ア 寮建築について,鹿児島市の土地利用調整課に相談に行っていたが,平成12年12月の時点で,本件土地では寮の建築確認は下りないとはっきり告げられた。そのことを農協やLに伝えたところ,Oから,「別に問題ない。建物の許可さえ取ってくれれば,マッチ箱の大きさの許可さえ取ってくれれば後はどうにでもなる。」,「建築法と民法は違うから何ら問題はない。」と言われ,とりあえず,倉庫として建築確認を受け,倉庫を建築してから,後で学生寮に改築することを提案された,また,その際,Oから,本件土地の近隣で同じようにして建築した実例も紹介された。そこで,これに従うことにし,倉庫の建築確認申請をして,平成13年2月28日にその建築確認済証を取得した。
   イ Eにこの建築確認済証を見せると,「倉庫」となっている箇所を共同住宅に関するものに書き換えてほしいと言われた。その際,Eは,「融資のときにはみんなこういうことをするんだし,別にこれで問題になることはない。」,「役所と金融機関は別だから問題にならない。」と言った。建築確認済証を書き換えないと書類上のつじつまが合わず,処理に困るのかなと思ったが,建築確認済証に手を加えることは良くないと思ったので,いったんは断った。しかし,その後,Oに相談すると,「役所と金融機関は別だから問題にならない。」,「借り入れるときはみんなやるんだよ。」などと,Eが言うのと同じことを言われたため,Eの指示どおり,建築確認済証を書き換えることにした。もっとも,X連合会と農協とは親子のような関係であると思っていたし,融資手続もほとんどEが窓口として進めており,X連合会の職員と直接やりとりする機会はほとんどなかった。また,Iには,平成12年10月に本件土地が市街化調整区域内にあることを告げていた。そのため,農協が知っていることは,当然,X連合会も知っていると考え,農協とX連合会の認識が違うなどとは思いもしなかった。したがって,すべて事情を知っているX連合会から融資金をだまし取ることになるとは考えていなかった。
  (2) 被告人の公判供述の信用性の検討
    被告人の公判供述のうち,外形的な事実経過,すなわち,平成12年12月に寮の建築確認が下りないことがはっきりした後,Oから,倉庫の建築確認を取ることを提案されたこと,建築確認が下りた後,E,Oの双方から,建築確認済証を書き換えるように言われて,そのとおりしたことなどについては,捜査段階の当初から公判に至るまで,基本的に一貫している。また,供述内容を見ても,EやOから指示を受けた際の状況等について,具体的であって,「マッチ箱の大きさの許可さえ取ってくれれば後はどうにでもなる。」とのOの言動や,「役所と金融機関は別だから問題にならない。」,「借り入れるときはみんなやるんだよ。」とのE及びOの言動は,迫真的でリアリティに富んでおり,被告人の創作による虚偽供述とは考えにくい。Eは,相当早い段階から本件土地が市街化調整区域内にあることを知っていたものと認められるが,そうである以上,Eも,学生寮の建築確認が容易には下りないことを認識していたはずであるから,被告人が独自の判断で建築確認済証を偽造し,これを情を知らないEに交付したと見るのは不自然であり,むしろ,Eの指示に基づいて偽造を行ったと考える方がはるかに自然であるから,この点でも被告人の公判供述は合理的である。被告人の公判供述は,E供述とかなりの部分で食い違っているが,E供述が信用できないことは既に検討したとおりであるから,この点も被告人の公判供述の信用性を減殺する理由とはならず,他の証拠とも大きな矛盾はない。
    また,被告人の公判供述のうち,被告人の認識に関する部分を見ると,X連合会と農協とは親子のような関係であり,農協が知っていることは,当然,X連合会も知っていると考えていたことから,農協とX連合会の認識が違うなどとは思いもしなかったというのであるが,X連合会と農協が元々密接な結び付きを有する組織である上,本件の融資が,農協の貸付限度額の超過部分をX連合会が補う形で実行された協調融資であり,X連合会と農協がいわば一体として対応している。しかも,融資手続が,ほとんど農協のEを窓口として進められており,被告人とX連合会の職員が直接接触する機会はほとんどなく,特に,平成13年2月から3月にかけての時期は,X連合会側の担当者であったIが担当から外れており,Iに代わって本件融資を担当することになったNも,ほとんど被告人と接触していなかった。このような実態に照らすと,被告人が農協とX連合会の認識が違うと考えなかったとしても,あながち不自然・不合理とはいえない。また,被告人は,Eに対し,書換えをした建築確認済証だけでなく,真正な建築確認済証をも提示していたが,このことにより,被告人がだますという認識を抱きにくかったということも考えられる。さらに,前記のとおり,被告人は,平成12年10月にIに対し,本件土地が市街化調整区域内にあり,そのために建築確認が下りるのが遅れているということを告げている。このことは,被告人が,X連合会に対し,本件土地が市街化調整区域内にあることを秘匿しようとしていないことをうかがわせるもので,被告人がX連合会をだます意思があったことを否定する方向に働く事情といえる。
    以上からすれば,被告人の公判供述はあながち不自然・不合理といえず,これを直ちに排斥することはできない。
  (3) 被告人の捜査段階における供述(以下「被告人捜査供述」という。)の経過及びその供述要旨
    被告人の捜査段階における供述の経過及びその供述要旨は,次のとおりである。
   ア まず,被告人は,逮捕前及び逮捕当初の取調べにおいて,建築確認済証を書き換え,そのコピーを渡したことについては認めていたが,詐欺については,否認していた。
   イ ところが,被告人は,身柄拘束の6日目である平成16年2月10日の警察官調書において,詐欺についても認める供述をするに至っている。ただ,この段階の供述は,融資という名目でX連合会から合計1億8000万円を引き出してだまし取ったことは間違いないという程度のごく簡単で抽象的な自白内容であった。
   ウ 次いで,被告人は,同月12日の警察官調書において,次のとおり供述をしている。すなわち,農協やX連合会から融資を受けるには,確認済証を偽造する必要があるが,偽造した確認済証を提出して農協やX連合会から融資金を引き出す行為が詐欺という犯罪になることは分かったとの供述をしている。
   エ 被告人は,同月14日の警察官調書においては,X連合会からの融資が学生寮の建築確認済証の発行を条件とするものであることを知っていたので,建築確認済証を偽造してX連合会から融資を得るしかないと考え,偽造した旨供述している。
   オ 被告人は,同月24日の検察官調書においても,詐欺の犯意につき,前記エと同旨の供述をしている。なお,同検察官調書には,「私は,農協を通じてX連合会に対しても市街化調整区域であるということは正確に伝わっていると思っていましたし,X連合会の担当者だったIさんに対しては,土地が市街化調整区域内にあるということを伝えていたので,X連合会も問題のある土地に寮を建設することを十分承知した上で私に融資を実行しようとしているのだと思っていました。」との供述もある。
カ なお,被告人の同月22日の警察官調書によれば,被告人が詐欺についても認める供述をするに至った理由として,取調べの中で,①建築確認済証を偽造し,農協を通じてX連合会に提出した経緯,②都市計画法上,本件土地における学生寮の建築が許可されないことを知った経緯,③K校長から,学生寮についての覚書を白紙撤回された状況,④本業の経営状況,未払金や借入金,返済能力などを質問されて説明するうち,だまし取るつもりではなかったと弁解することができなくなったとされている。
  (4) 被告人捜査供述の信用性の検討
    前記のとおり,被告人捜査供述には,詐欺の犯意を認める内容のものがあるので,その信用性を検討する。
   ア まず,同月12日の警察官調書における供述には,不合理な点がある。すなわち,この供述は,被告人が,X連合会のみならず,農協からも融資金をだまし取ったというものであるところ,被告人の一貫した言い分は,農協の担当者であるEから指示されて,建築確認済証を偽造したというものであり,このような言い分を前提にすると,被告人が,X連合会はともかく,農協をもだましたとの認識を持つものとは考えにくい。被告人の言い分を十分に反映して供述調書が作成され,被告人がその意味内容を正確に理解して署名押印したのであれば,このような供述記載になるとは考えられない。この供述が自白に転じた直後のものであることをも考え合わせると,自白に転じたきっかけとなった取調べにおいて,「偽造した確認済証を提出して融資金を得た以上,詐欺罪に当たる」というような誘導や押し付け,理詰めの取調べがあったことが容易に想像でき,被告人がその意味内容を正確に理解しないまま,前記のような供述調書の作成に応じたとの疑いが払拭できない。
   イ また,前記検察官調書における供述にも,首尾一貫しない点がある。
     確かに,同月12日以降の供述調書には,X連合会から融資金をだまし取ったとの記述が繰り返しなされており,特に,前記検察官調書における供述は,詐欺の犯意を明確に肯定するもののようにも受け取れる。しかしながら,本件の訴因に即して考えると,被告人の犯意の中核は,X連合会が「寮の建築確認が下りておらず,建築確認済証が偽造であること」を知らなかったことについて,被告人が認識していたという点に求められるにもかかわらず,被告人捜査供述では,この点がほとんど明確にされていない。かえって,前記検察官調書には,「農協を通じてX連合会に対しても市街化調整区域であるということは正確に伝わっていると思っていた」との供述もなされている。本件土地が市街化調整区域内にあるのであれば,寮の建築確認が下りる余地はほぼないのであるから,被告人としては,X連合会が,本件土地が市街化調整区域内にあることを知っている以上,寮の建築確認が下りないことも分かっているはずだと認識になるのが自然である。にもかかわらず,前記検察官調書における供述が,「建築確認済証を偽造してX連合会から融資金をだまし取った」との内容になっている点は,首尾一貫しないとの感が否めない。被告人捜査供述全体を見ても,この点の疑問に答えるような供述は見当たらないばかりか,何を偽ったのか,X連合会をどのような錯誤に陥らせたのかについて,説明が十分でないきらいがある。
   ウ さらに,被告人の同月22日の警察官調書には,被告人が詐欺を認める供述をするに至った理由について,前記①ないし④のとおり言及されている。しかしながら,このうち,①,②については,被告人が自白するに至った理由の説明として,内容が抽象的に過ぎるし,③,④については,本件訴因に即した欺罔内容とは直接関係しない事項であって,これも,自白に至った理由を説明するものとはいえず,かえって,被告人に対し,詐欺の犯意につき誤解や混乱を招くような形で取調べがなされたのではないかとの疑念も生じる。
以上のとおりであって,被告人捜査供述のうち,詐欺の犯意を認める内容の部分について,高度の信用性があると認めることは困難であり,これと矛盾する被告人公判供述を排斥することもまた困難である。
 5 結論
以上を前提に,本件公訴事実について判断する。
まず,詐欺罪の成否について検討するに,X連合会職員であるI及びNの供述には前記のような問題点があり,その信用性を肯定するには疑問が残るところであって,X連合会(厳密には,X連合会の決裁権者)に対する欺罔行為がそもそも成立するのかどうかについても疑問を容れる余地がないではないが,少なくとも,被告人が詐欺の犯意を有していたと認めるには,なお合理的な疑いが残るといわざるを得ず,詐欺罪の成立を認めることはできない。
次に,偽造有印公文書行使罪の成否について検討するに,偽造文書を偽造文書としてその情を知っている相手方に提出する行為は,同罪の構成要件に該当しないところ,本件の行使の相手方であるX連合会が,仮に,X連合会が本件書面が偽造されたものであるとの事情を認識していなかったとしても,被告人が,X連合会がそのような事情を知っていると考えていた可能性が払拭できず,被告人に同罪の故意を認めるには,やはり合理的な疑いが残るといわざるを得ない。したがって,同罪の成立を認めることもできない。
   最後に,有印公文書偽造罪の成否について検討する。まず,被告人の行為が,客観的に同罪の構成要件に該当することは疑う余地がない。ところで,同罪にいう「行使の目的」とは,人をして偽造文書を真正な文書と誤信させようとする目的をいい,何人かによって真正な文書と誤信される危険のあることを意識して文書を偽造する以上,「行使の目的」が認められると解される。しかしながら,本件において,被告人は,本件書面が農協を通じて,X連合会に渡ることを認識していたと認められるが,被告人としては,農協も,X連合会も,これが偽造であることは分かっているはずだとの認識を有していたものである。本件書面は,その性質上,農協及びX連合会の関係者以外の者に渡ることは想定されておらず,被告人も,本件書面が農協を通じてX連合会に渡った後,どのように用いられるのかについては,深く考えず,明確に認識していなかったと考えられるから,同罪における「行使の目的」を認めるには,なお合理的な疑いが残るといわざるを得ない。したがって,同罪の成立を認めることもできない。
  以上のとおりであって,本件公訴事実については犯罪の証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条により被告人に対して無罪の言渡しをする。
(検察官原明日香,私選弁護人笹川竜伴各出席)
(求刑-懲役6年)
  平成17年12月16日
    鹿児島地方裁判所刑事部
          裁判長裁判官   大 原 英 雄
              裁判官   渡 部 市 郎
              裁判官   藪   崇 司

別紙          起訴状(公訴事実)
 被告人は,私立高校の委託寮建設費用名下に,X連合会から融資金を搾取しようと企て,平成13年3月上旬ころ,鹿児島市a町g番地h所在の株式会社A事務所内において,行使の目的をもってほしいままに,あらかじめ鹿児島市建築主事Sにより,主要用途を「倉庫業を営まない倉庫」として交付を受けていた同人の記名及び鹿児島市建築主事の押印のある建築基準法第6条第1項の規定による確認済証に,主要用途欄に「研修施設・店舗・倉庫」,申請部分の面積欄に「1,156.64」,合計面積欄に「1,156.64」,建築物の階数,地階を除く階数(地上階数)欄に「3」などと記載された紙片を貼り付けた上,コピー機を用いて複写し,もって,上記鹿児島市建築主事S名義の上記確認済証のコピー1通を偽造し,真実は,委託寮の建設予定地は市街化調整区域であったため委託寮の建設が不可能であり,融資を実行する条件とされていた同委託寮に係る鹿児島市建築主事作成の建築基準法第6条第1項の規定による確認済証の交付を受けていないのに,その情を秘し,同確認済証が正規に交付されたため委託寮の建設は可能であると装い,同年4月中旬ころ,同市c町j番地k所在のC農業協同組合を介して,同市l町m番地所在のX連合会において,X連合会融資部長Tらに対し,上記偽造文書1通を真正に成立したもののように装って提出行使し,同人らをして,上記文書が申請に成立したものであり,委託寮建設費用名下の融資を実行するための条件が満たされたものと誤信させ,よって,平成13年5月10日から同年8月29日までの間,前後5回にわたり,X連合会融資部職員Uらをして,X連合会から融資金合計1億8,000万円を同市c町j番地k所在のC農業協同組合本所の被告人名義の普通預金口座等に振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させたものである。
          罪名及び罰条
 有印公文書偽造,同行使,詐欺 刑法第155条第1項,第158条第1項,第246条第1項