H17. 6.30 広島地方裁判所 平成12年(行ウ)第20号 時間外勤務手当等請求事件

判示事項の要旨:
 県立高校の教育職員が広島県に対し,県給与条例に基づき,時間外勤務,休日勤務及び夜間勤務の各手当の支払を求め,校長が週休日の振替え,祝休日の代休日の指定及び半日勤務の時間の割振りを怠り,併せて広島県教育長が当該校長に対し,前期の点についての指導を怠ったとして,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償金の支払を求めたのに対し,割り振り基準等に定める休日指定を怠った校長の行為は国家賠償法1条1項の違法行為を構成するとして,一部の原告につき,同条に基づく損害賠償金の支払を認め,その余の原告らの請求をいずれも排斥した事案



  判決


  主文

1 被告は,原告Aに対し,金17万4168円を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,金6万8160円を支払え。
3 原告C及び原告Dの請求並びに原告A及び原告Bのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,原告Cに生じた費用は原告Cの,原告Dに生じた費用は原告Dの各負担とし,原告Aに生じた費用は,これを7分し,その6を原告Aの,その余を被告の各負担とし,原告Bに生じた費用は,これを5分し,その4を原告Bの,その余を被告の各負担とし,被告に生じた費用は,これを32分し,その14を原告Cの,その12を原告Dの,その2を原告Aの,その1を原告Bの,その余を被告の各負担とする。
5 この判決の第1項及び第2項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求 
1 被告は,原告Cに対し,224万0734円を支払え。
2 被告は,原告Dに対し,184万0696円を支払え。
3 被告は,原告Aに対し,73万1329円を支払え。
4 被告は,原告Bに対し,31万2110円を支払え。
第2 事案の概要
原告らは,広島県の県立高等学校(以下「県立高校」という。)の教育職員であるところ,時間外勤務及び休日勤務を行ったとして,被告に対し,広島県の「職員の給与に関する条例」(以下「給与条例」という。)15条,16条及び17条に基づき時間外勤務,休日勤務及び夜間勤務の手当の支払を求めた。
 原告C,原告D及び原告Bは,同原告らが勤務する県立高校の校長が,同原告らについて職員の勤務時間及び休暇等に関する条例(以下「勤務時間等条例」という。)5条により週休日の振替え,同条例10条により祝休日の代休日の指定をしなければならないのに,これを怠り,また,広島県教育長が上記の点に関する校長に対する指導を怠ったとして,被告に対し,国家賠償法1条に基づき損害賠償金の支払を求めた。
 原告D,原告A及び原告Bは,同原告らが勤務する県立高校の校長が勤務時間等条例2条2項及び4条2項,広島県人事委員会の承認を受けた広島県教育委員会(以下「県教委」という。)の「勤務時間等条例2条2項及び4条2項の規定に基づく勤務時間並びに週休日及び勤務時間の割振りの基準」により,半日勤務時間の割振りをしなければならないのに,これを怠り,また,広島県教育長が上記の点に関する校長に対する指導を怠ったとして,被告に対し,国家賠償法1条に基づき損害賠償金の支払を求めた。
1 関係法令の整理
 (1) 勤務時間及び休暇に関する定め
   ア 広島県の職員の勤務時間は,休憩時間を除き,4週間を超えない期間につき1週間当たり40時間とされている(勤務時間等条例2条1項)。もっとも,任命権者は,職務の特殊性又は当該公署の特殊の必要により1項の勤務時間を超えて勤務することを必要とする職員については,人事委員会の承認を得て,別に定めることができる(同条2項)。
     なお,平成14年3月26日改正前の労働基準法施行規則67条1項は,「使用者は,学校教育法第1条に規定する小学校,中学校,高等学校(中略)の教育職員については,平成14年3月31日までの間,労働基準法32条の規定にかかわらず,1週間について44時間,1日について8時間まで労働させることができる。」と定めていた。
   イ 日曜日及び土曜日は,週休日(勤務時間を割り振らない日をいう。)とされ(勤務時間等条例3条1項),任命権者は,月曜日から金曜日までの5日間において,1日につき8時間の勤務時間を割り振る(同条2項)。
     任命権者は,公務の運営上の事情により特別の形態によって勤務する必要のある職員については,3条の規定にかかわらず,週休日及び勤務時間の割振りを別に定めることができる(同条例4条1項)。この場合,任命権者は,人事委員会規則の定めるところにより,4週間ごとの期間につき8日の週休日を設けなければならない。ただし,職務の特殊性又は当該公署の特殊の必要により,上記の条件を満たすことが困難である職員については,人事委員会と協議して,4週間を超えない期間につき1週間当たり1日以上の割合で週休日を設けることができる(同条2項)。
   ウ 週休日の振替等
     任命権者は,職員に週休日において特に勤務を命ずる必要がある場合には,勤務時間が割り振られた日(以下「勤務日」という。)のうち,週休日勤務を命ずる必要がある日(以下「要勤務日」という。)の4週間前の日から要勤務日の8週間後の日までの期間内にある勤務日を週休日に変更して,当該勤務日に割り振られた勤務時間を要勤務日に割り振り(以下「週休日の振替」という。),又は当該期間内にある勤務日の勤務時間のうち4時間を要勤務日に割り振ること(以下「半日勤務時間の割振り変更」という。)ができる(勤務時間等条例5条,職員の時間及び休暇等に関する規則3条)(以下同規則を「勤務時間等規則」という。)。
   エ 代休日の指定
     任命権者は,職員に休日(祝日法による休日又は年末年始の休日をいう。)である勤務日等に割り振られた勤務時間の全部について特に勤務することを命じた場合には,当該休日前に,当該休日に代わる日(以下「代休日」という。)として,当該休日後の勤務日等(休日を除く。)を指定することができる(勤務時間等条例10条1項)。代休日を指定された職員は,勤務を命ぜられた休日の全勤務時間を勤務した場合には,代休日には,特に勤務することを命ぜられるときを除き,勤務することを要しない(同条2項)。
  (2) 勤務時間並びに週休日及び勤務時間の割振りに関する取扱い
  ア 県教委は,平成7年3月30日,広島県人事委員会に対し,「勤務時間並びに週休日及び勤務時間の割振りの基準について」と題する文書において,県立高校に勤務する教育職員について,勤務時間等条例2条2項及び4条2項に基づく申請を行い,同年4月1日,人事委員会はこれを承認した(乙14の2頁,15)(以下「割振り基準」ともいう。)。割振り基準の内容は,次のとおりである。
    (オ) 割振りの単位となる期間:4週間
    (エ) 当該期間の週休日の日数:5日以上20日以下
    (ウ) 1週間当たりの勤務時間:43時間
    (エ) その他の基準の内容:日曜日,毎月の第2土曜日及び第4土曜日並びに夏季,冬季等の学校休業期間中の土曜日に加えて,毎52週間につき,原則として,夏季,冬季等の学校休業期間中に職員ごとに指定する適切な日を週休日として設け,かつ,当該52週間における勤務時間が平均して1週間当たり40時間となるように割り振る。
イ 広島県教育長は,平成10年3月5日及び平成11年3月3日,それぞれ「県立学校等教育職員の週休日及び勤務時間の割振りについて(通知)」と題する文書を各県立高校長に送付し,同文書中「教育職員の週休日等に関する取扱いメモ」において,各年度における週休日及び勤務時間の割振りについて具体的な基準を示した(乙16,17)。
     上記取扱いメモによれば,平成10年4月5日から平成11年4月3日まで(平成11年度については,平成11年4月4日から平成12年4月1日まで)の割振りの単位となる期間(52週間。以下「単位期間」という。)に在職する職員については,単位期間にある週の数(52)と同数の半日指定(第2土曜日及び第4土曜日並びに長期休業期間中の土曜日を含む。以下同じ。)を行うものとされ,半日指定の必要数は52(休業中の指定:12,課業中の指定:11,第2土曜日:12,第4土曜日:12,休業中の土曜日:5)である。各月において割り振られる具体的な半日指定数は次のとおりとなる。
    (ア) 平成10年度(乙16)
      平成10年4月ないし6月(省略)
7月:課業中の指定1,第2土曜日1,第4土曜日1
8月:第2土曜日1,第4土曜日1,休業中の土曜日3
(7月と8月を合わせて):休業中の指定8
9月ないし12月及び2月:(各月それぞれ)課業中の指定1,第2土曜日1,第4土曜日1
平成11年1月:課業中の指定1,第2土曜日1,第4土曜日1,休業中の土曜日1
(12月と1月を合わせて):休業中の指定3
3月:休業中の指定1,課業中の指定1,第2土曜日1,第4土曜日1
    (イ) 平成11年度(乙17)
平成11年4月ないし6月及び9月:(各月それぞれ)課業中の指定1,第2土曜日1,第4土曜日1
7月:課業中の指定1,第2土曜日1,第4土曜日1,休業中の土曜日1
8月:第2土曜日1,第4土曜日1,休業中の土曜日2
(7月と8月を合わせて):休業中の指定8
10月
12月:課業中の指定1,第2土曜日1,第4土曜日1
(12月と1月を合わせて):休業中の指定3
平成12年1月ないし3月(省略)
  (3) 県立高校に勤務する職員の勤務時間の割振りは,各学校の校長に委任されている(県立高校職員の勤務時間に関する訓令(乙18),県立高校校長に対する事務委任規程(甲6))。
 (4) 時間外勤務等に関する定め
  ア 時間外勤務手当
    任命権者は,公務のため臨時又は緊急の必要がある場合には,正規の勤務時間(勤務時間等条例2条から5条までに規定する勤務時間をいう。)以外の時間において職員に断続的勤務以外の勤務を命ずることができ(同条例8条3項),正規の勤務時間以外に勤務することを命ぜられた職員には,正規の勤務時間外に勤務した全時間に対して,勤務1時間につき,勤務1時間当たりの給与額に,①正規の勤務時間が割り振られた日(給与条例16条により休日勤務手当が支給される日を除く。)における勤務をした場合には100分の125,②①以外の勤務をした場合には100分の135を乗じて得た額を時間外勤務手当として支給する(給与条例15条1項,職員の給与の支給に関する規則(以下「給与規則」という。)24条1項)。
  イ 休日勤務手当
    休日等(祝日法による休日,年末年始の休日,勤務時間等条例10条1項に基づく代休日をいう。勤務時間等条例9条,10条,給与条例16条3項,給与規則24条6項)において正規の勤務時間中に勤務することを命ぜられた職員には,正規の勤務時間中に勤務した全時間に対して,勤務1時間につき,当該職員の勤務1時間当たりの給与額に100分の135を乗じて得た額を休日勤務手当として支給する(給与条例16条2項,給与規則24条4項)。
  ウ 地方公務員の給与,勤務時間その他の勤務条件は,条例で定めることとされ(地方公務員法24条6項),職員の給与は,この条例に基づき支給されなければならず,また,これに基づかないで,いかなる金銭又は有価物をも支給してはならない(同法25条1項)。
  エ 国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(以下「給特法」という。)3条は,「同条1項の支給を受ける要件を充足する国立の義務教育諸学校等の教育職員については,その者の俸給月額の4パーセントに相当する額の教職調整額を支給する。」(同条1項),「これらの者については一般職の職員の給与に関する法律16条及び17条を適用しない。」旨規定し,給特法8条は,「公立の義務教育諸学校等(同法2条により,公立の高等学校を含む。)の教育職員については,給特法3条及び4条所定の事項を基準として,教育調整額の支給その他の措置を講じなければならない。」と規定している。
    また,給特法10条は,上記公立の義務教育諸学校の教育職員について,労働基準法の適用除外を定めた地方公務員法58条3項の除外範囲を拡大して,労働基準法37条(時間外勤務等の割増し賃金)の適用を除外する旨規定している。
    上記各規定を受けて,広島県の県立及び市町村立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置条例(以下「給特条例」という。)3条は,同条1項にいう教育職員(原告らがこれに当たることは争いがない。)に対し,その者の給料月額の4パーセントに相当する額の教職調整額を支給する旨規定し,これらの者については給与条例15条1項,2項,16条2項を適用しない旨規定している。
  オ 給特法7条は,「前記国立の義務教育諸学校の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合は,文部大臣が人事院と協議して定める場合に限るものとする。この場合においては,教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について十分な配慮がなされなければならない。」と規定している。これを受けて,文部訓令「教育職員に対し時間外勤務を命ずる場合に関する規程」3条は,「教育職員については,正規の勤務時間の割振りを適正に行い,原則として時間外勤務は命じないこととする。」と規定し,同規程4条は,「教育職員に対し時間外勤務を命じる場合は,次に掲げる業務に従事する場合で臨時又は緊急にやむを得ない必要があるときに限るものとする。」と規定し,上記業務を,生徒の実習に関する業務,学校行事に関する業務,学生の教育実習の指導に関する業務,教職員会議に関する業務,非常災害等やむを得ない場合に必要な業務の5項目の業務とする旨規定している。
    そして,上記と同様に,給特条例6条1項は,「県立及び市町村立の義務教育諸学校等の教育職員(原告らがこれに当たることは争いがない。)については,正規の勤務時間の割振りを適正に行い,原則として時間外勤務を命じないものとする。」旨規定し,同条2項は,「上記教育職員に時間外勤務を命じる場合は,次に掲げる業務に従事する場合で臨時又は緊急にやむを得ない必要があるときに限るものとする。」旨規定し,上記業務を生徒の実習に関する業務,学校行事に関する業務,教育職員会議に関する業務,非常災害等やむを得ない場合に必要な業務の4項目の業務とする旨規定している(以下,この4項目の業務を「歯止め4項目の業務」という。)。
2 争いのない事実(末尾に証拠の記載がないもの)及び証拠により容易に認められる事実
(1)ア 原告Cは,広島県の県立高等学校の教育職員であり,平成11年1月1日から同年9月30日までの間,E高等学校教諭として勤務し,理科の授業,第3学年の学年会及び男子バレーボール部の顧問を担当していた者である。
  イ 原告Dは,広島県の県立高等学校の教育職員であり,平成11年1月1日から同年12月31日までの間,F高等学校の教諭として勤務し,保健体育の授業及び陸上部の顧問を担当していた者である。
  ウ 原告Aは,広島県の県立高等学校の教育職員であり,平成10年7月1日から平成11年3月31日までの間,G高等学校の教諭として勤務し,農業及び情報処理の授業並びに第3学年の担任を担当していた者である。
エ 原告Bは,広島県の県立高等学校の教育職員であり,平成11年4月1日から同年9月30日までの間,H高等学校教諭として勤務し,数学の授業,第1学年の学年付及び主としてバスケットボール部の顧問を担当していた者である。
(2)ア Iは,平成10年7月1日から平成11年9月30日までの間,広島県の教育長の地位にあった者である。
   イ Jは,平成11年1月から同年3月31日までの間,K(以下「K」という。)は,同年4月1日から同年9月30日までの間,それぞれE高等学校の校長の地位にあった者である。
   ウ Lは,平成11年4月1日から同年12月31日までの間,F高等学校の校長の地位にあった者である。 
   エ Mは,平成10年7月1日から平成11年3月31日までの間,G高等学校の校長の地位にあった者である。
   オ Oは,平成11年4月1日から同年9月30日までの間,H高等学校の校長の地位にあった者である。
  (3)ア 原告Cの,平成11年1月1日から同年3月31日までの間における勤務1時間当たりの給与額は1694円,同年4月1日から同年9月30日までの間における勤務1時間当たりの給与額は1704円であった。(乙6,弁論の全趣旨)
 イ 原告Dの,平成11年1月1日から同年3月31日までの間における勤務1時間当たりの給与額は2788円,同年4月1日から12月31日までの間における勤務1時間当たりの給与額は2795円であった。(乙6,弁論の全趣旨)
 ウ 原告Aの,平成10年7月1日から平成11年3月31日までの間における勤務1時間当たりの給与額は2419円であった。(乙6,弁論の全趣旨)
 エ 原告Bの,平成11年4月1日から9月30日までの間における勤務1時間当たりの給与額は1704円であった。(乙6,弁論の全趣旨)
  (4) 通常の原告らの勤務時間(乙112,128,167,弁論の全趣旨)
   ア 原告C(E高等学校)
     平日(月曜日ないし金曜日)は,午前8時20分から午後5時5分(うち休憩45分),土曜日は,午前8時20分から午後12時20分であった。
   イ 原告D(F高等学校)
平日(月曜日ないし金曜日)は,午前8時30分から午後5時15分(うち休憩45分),土曜日は,午前8時30分から午後12時30分であった。
   ウ 原告A(G高等学校)
平日(月曜日ないし金曜日)は,午前8時25分から午後5時10分(うち休憩45分),土曜日は,午前8時25分から午後12時25分であった。
   エ 原告B(H高等学校)
     平日(月曜日ないし金曜日)は,午前8時15分から午後5時(うち休憩45分),土曜日は,午前8時15分から午後12時15分であった。
3 争点
(1) 時間外,休日及び夜間勤務手当の請求権の有無。
 (2) 校長が週休日の振替又は休日の代休指定をしなかったことの違法性の有無。
 (3) 校長が割振り基準による休日指定をしなかったことの違法性の有無。
4 争点(1)(時間外・休日,夜間勤務手当の請求権の有無)に関する当事者の主張
  (1) 原告らの主張
  ア 原告らは,それぞれ,別紙1「時間外・休日勤務手当」目録の「年月日」「勤務時刻」「勤務時間」欄記載の日時において,勤務先の県立高校校長の業務命令を受け,同目録の「就労業務」欄記載の時間外勤務,休日勤務及び夜間勤務に従事した。
     よって,原告らは,被告に対し,給与条例15条,16条及び17条に基づき,上記時間外勤務,休日勤務及び夜間勤務について,時間外勤務手当,休日勤務手当及び夜間勤務手当の各請求権を有する。
イ 被告は,給特法及び給特条例の存在を理由として,教育職員は,時間外勤務手当等を一切請求することができない旨主張する。しかし,給特法や給特条例が予定していないような無定量,無制限の時間外勤務等が命じられた場合には,時間外勤務手当請求権が発生すると解すべきである。そして,このような時間外勤務等に当たるか否かは,給特条例に定められた4パーセントの教職調整額と時間外勤務等との間に看過し難い不均衡があるか否かで判断すべきである。
     原告らは,本訴請求に限っても,およそ100時間から1000時間以上に達する時間外勤務や休日勤務に従事しており,一方,教職調整手当4パーセントによって賄われる教育職員の時間外勤務等は,6時間ないし7時間分にすぎない。また,平成8年11月1日から同月30日までの1か月間における県立高校の教育職員の平均超過勤務時間は20時間31分(その内訳は,歯止め4項目の業務が3時間27分,その余の業務が17時間04分であった。)であり,勤務実態と教職調整額とに看過し難い不均衡があり,給特法及び給特条例が予定しない時間外勤務量であるといわざるを得ない。いかなる量の時間外勤務を余儀なくされようとも4パーセントの教職調整額のほかに一切の手当が支給されないとすることは,条理に反する。
ウ 被告は,「歯止め4項目の業務に当たらない時間外活動は,法令上命ずることができないものであり,これらの活動を原告らが行ったとしても,原告らの自発的活動というほかないから,これについて原告らが時間外勤務手当等の請求権を取得することはない。」と主張する。
     しかし,現に,県立高校においては,歯止め4項目の業務に当たらないクラブ活動等に関する出張について,旅行命令簿が作成され,復命書の提出が求められていたことからすれば,これらの活動について時間外勤務命令が発せられていたことは明らかである。また,クラブ活動の指導監督や家庭訪問などの学校運営上必要不可欠な活動を「自発的活動」というのは実情にそぐわない。校長は,年度始めの学級担任やクラブの顧問等の校内人事を決定することで,教師に対し上記のような活動につき包括的な職務命令を発しているというべきであり,その後の活動についても,黙示の職務命令を発しているとみるべきである。
  (2) 被告らの主張
ア 給特条例3条は,県立高校等の教育職員のうち特定の職務の級に属する者について,教職調整額を支給し,時間外勤務手当及び休日勤務手当を支給しない旨規定しており,その趣旨は,教育職員の職務と勤務態様の特殊性から,正規の勤務時間の内外を問わず包括的に評価して給与措置を講じようとしたものである。また,給特条例6条2項は,県立高校の教育職員に対して時間外勤務を命ずることができる場合として,歯止め4項目の業務に当たらない部活動の指導等の活動は,時間外勤務を命ずることができないとしているが,教育職員が勤務時間外に自主的に上記のような活動に従事した場合には,それが学校の管理下において行われたものと認められるときは,職務に従事していたものとし,このような職務に対する就労についても前記の教職調整額によって給与措置が講じられているものと解される。
     原告らは,「いかなる量の時間外勤務を余儀なくされようとも4パーセントの教職調整額のほかに一切の手当が支給されないとすることは,条理に反する。」と主張するが,教育職員の超過勤務を給与体系においてどのように扱うかは立法政策の問題であって,被告の裁量によりこれらに対する手当を支給することはできない。
     なお,対外試合の引率や部活動の指導による時間外勤務に対しては,教員特殊業務従事職員の特殊勤務手当が支給され,填補がなされている。
イ 本訴において原告らが手当の支給を求める時間外勤務及び休日勤務は,上記歯止め4項目の業務に当たらない活動についての勤務であるところ,そもそも,任命権者は,県立高校の教育職員に対し,歯止め4項目の業務に当たらない活動について時間外勤務及び休日勤務を命ずることはできないのであるから,仮に教育職員が上記のような活動に従事したとしても,その活動は,職務命令に基づかない,当該教育職員が自発的に行った活動であるというほかないから,被告がこれらの活動に対して給与を支払うことはできない。したがって,原告らは,時間外勤務手当及び休日勤務手当の支給を求める権利を有しない。
     原告らは,旅行命令簿等の存在を根拠として,校長が服務命令を発したと主張するが,上記のとおり,本来,時間外勤務を命ずることができない活動に対して旅行命令を発することも,また不可能であるから,これらの旅行命令簿が作成されたことは事務の誤りというほかない。
ウ 原告らがそれぞれ主張する時間外勤務及び休日勤務は,出勤簿の「その他」欄に記載されたものであるところ,同欄への記載は,教育職員の自己申告に委ねられており,その内容は客観的なものではない。したがって,そもそも,原告ら主張の日時及び時間に勤務をしたという事実は認められない。
エ 県立高校の教育職員は,平成11年12月末までは,いわゆる「回復軽減措置」によって,出勤時間を遅らせたり,早退をしたりし,時間外勤務等について実質的に補填を受けていたのであるから,さらに,その手当の請求をすることはできない。
 5 争点(2)(校長が週休日の振替又は休日の代休指定をしなかったことの違法性の有無)に関する当事者の主張
(1) 原告C,原告D及び原告Bの主張
ア 勤務時間等条例5条は,任命権者が職員に週休日(土曜日及び日曜日)に勤務を命ずる場合には,本来は週休日ではない日を週休日として振り替えなければならない旨定め,また,同条例10条は,休日に勤務を命ずる場合には,当該休日後の勤務日を代休日として指定しなければならない旨定める。給特法成立後に発せられた文部事務官の通達(甲10)は,日曜日又は休日等に勤務させる必要がある場合は,代休措置を講じて週1日の休日の確保に努めるよう指導しており,また,県教育長から各県立高校長に宛てられた通知も休日変更措置が校長の義務であることを前提としている(甲12,13)。週休日の振替及び代休日の指定は,職員が有する休息権に基づくものである。したがって,校長は,教育職員に対し,週休日に勤務を命ずる場合には,あらかじめ週休日を振り替える義務を負い,また,休日に勤務をすることを命ずる(命じた)場合には,代休日を指定をする義務を負う。
   イ 原告C,原告D及び原告Bは,それぞれが勤務する高校の校長(J・K,L,O)の命令に従い(校長の命令があったことは,旅行命令簿及び復命書により明らかである。),別紙2「週休日・祝日法等の休日未変更損害」目録の「年月日」「勤務時刻」「勤務時間」欄記載の週休日及び休日において,「就労業務」欄記載の時間外勤務をした。しかしながら,各校長は,週休日の振替及び代休日の指定を怠った。
  また,教育長であるIは,県立高校の校長に対し,校務運営について指導監督する義務を負うところ,広島県内の高等学校においては,校長が週休日の変更等を行っていない状況が常態化しており,Iは,この状況を認識しながら,各校長に対する指導監督及び是正措置を怠った。
ウ 原告C,原告D及び原告Bは,勤務先の各県立高校校長及びIの上記職務懈怠により,前記イの週休日及び休日の時間外勤務をしたにもかかわらず,代休措置を受けられず,これにより,当該勤務時間相当額の損害を被った。
  よって,被告は,同原告らに対し,上記損害につき,国家賠償法1条1項の賠償責任を負う。
  (2) 被告の主張
ア 勤務時間等条例5条は,「任命権者は,職員に・・・週休日とされた日において特に勤務を命ずる必要がある場合には・・・勤務日を週休日に変更して・・・当該勤務日に割り振られた勤務時間を勤務を命ずる必要がある日に割り振ることができる。」と規定するのみであるから,任命権者は,週休日の勤務を命じる場合に,常に週休日の振替をしなければならないものではない。この理は同条例10条についても同様であり,任命権者は,休日の勤務を命じる場合,常に代休を指定しなければならないものではない。
     週休日の振替等がされない勤務は,時間外勤務として扱われることとなるが,これらに対しては,前記4(2)で述べた理由から,手当を支給することはできない。
イ 週休日の振替及び休日の代休日の指定は,週休日及び休日における時間外勤務命令を前提としたものであるところ,任命権者は,給特条例6条2項により,歯止め4項目の業務に当たらない活動について,週休日及び休日における勤務を命ずることができない。そして,原告C,原告D及び原告Bが,週休日等に行ったと主張する部活の指導等は,歯止め4項目の業務に当たらず,校長が勤務を命ずることができないものであるから,原告らの上記活動は,自発的意思によるものであり,週休日の振替等をする必要はない。
     同原告らは,旅行命令簿の存在をもって,校長の勤務命令が発せられた旨主張するが,上記のとおり,歯止め4項目の業務に当たらない業務については時間外勤務を命ずることはできないのであるから,そのような業務に対して校長が旅行命令を発することもあり得ず,これがなされていたとしても,それは単なる事務の誤りというべきものである。
 したがって,各校長が,同原告らに対し,週休日の振替や代休日の指定をしなかったことは,勤務時間等条例に反しない。
   ウ 前記4(2)エにおいても主張したとおり,県立高校の教育職員は,平成11年12月末までは,いわゆる「回復軽減措置」によって,週休日の変更等がされなくとも自由に休むことができた実態があり,時間外勤務等について実質的な補填を受けていた。したがって,前記時間外勤務等による損害は生じていない。
 6 争点(3)(校長が割振り基準による休日指定をしなかったことの違法性の有無)に関する当事者の主張
(1) 原告D,原告A及び原告Bの主張
ア 半日指定とは,4時間の勤務を要しないこととする週休日の指定である。すなわち,学校週5日制の完全実施以前において,週休2日,週40時間労働を実現できない教育公務員のために設けられた補正・変形措置であり,1年間52週のうち,就労日となる土曜日(第1,第3,第5土曜日)28日分の週休日を回復するため,他の就労日に週休日を分散して指定するものである。割振り基準により,広島県の各校長が半日指定をすることとされていたから,各校長は,半日指定を適切に行う義務を負っていたといえる。
  L,M及びOは,原告D,原告A及び原告Bについて,それぞれ,別紙3「休日未指定損害」目録の「年月」及び「時間」欄記載のとおり休日指定をなすべきであるところ,これを行わなかった。被告は,原告Dについて,半日指定が適正になされていると主張するが,原告Dに対する半日指定は,既に授業が割り振られた日時への休日の指定であって,有効な指定とはいえない。
   イ 教育長であるIは,県立高校の校長に対し,校務運営について指導監督する義務を負っていたところ,県立高校においては,校長が休日指定を適切に実施していない状況が常態化しており,Iは,この状況を認識しながら,各校長に対する指導監督及び是正措置を怠った。
ウ 原告D,原告A及び原告Bは,上記の各学校校長及びIの職務懈怠により,休日指定を受けられず,それぞれ,別紙3「休日未指定損害」目録の「請求手当金額(円)単価計算」欄記載の勤務時間相当額の損害を被った。
  よって,被告は,同原告らに対し,上記損害につき,国家賠償法1条1項の賠償責任を負う。
  (2) 被告の主張
   ア 原告らに対する平成10年度及び平成11年度の半日指定は,第2,第4土曜日及び休業中の土曜日を除くほか,半日指定を23回分(1日当たり4時間,計92時間)行うものとされていた。
     原告Dについては,平成11年度においては,92時間分の指定が行われている。
  原告B及び原告Aに対しては,原告らが主張する時間数分の半日指定がされていないことを認める。
   イ もっとも,高等学校の教育職員については,学校週5日制が実施されるまでの間は,1週間について44時間,1日について8時間まで労働させることができるものとされていた。したがって,毎週1日又は4週間を通じ4日以上の休日を与え,かつ1週間の勤務時間が44時間以下である限り,労働基準法35条等には反しておらず,違法があるとはいえない。半日指定がされないまま行われた勤務は,時間外勤務として扱うこととなるが,前記4(2)で述べたとおり,これについて手当を支給することはできない。
   ウ 県立高校の校長は,割振り基準に沿って,具体的に週休日及び勤務時間の割振りを決定するものとされていたが,実際には,時間調整等の便宜のため,教育職員が自ら「週休日の指定簿」に記入して実質上半日指定をし,校長は,単にこれを承認するという実務が定着していた。また,県教委は,毎年度当初に割振り基準に関する通知を発し,各校長も教育職員に対し,徹底を図っていた。したがって,各校長が,故意に半日指定をしなかったという事実はなく,むしろ,原告らが,あえて半日指定による休日を取ろうとしなかったにすぎない。
   エ 前記4(2)エ及び5(2)ウにおいて主張したとおり,県立高校の教育職員は,平成11年12月末までは,いわゆる「回復軽減措置」によって休日指定がされなくとも自由に休むことができた実態があり,時間外勤務等について,実質的な補填を受けた。したがって,原告らには,時間外勤務等による損害は生じていない。
第3 当裁判所の判断
1 前記争いのない事実,証拠(甲5,7,12,14,17ないし19,23ないし75,78ないし85,乙1ないし3,13,14ないし17,19ないし26,31ないし38,40,41ないし43,45ないし54,57ないし60,62ないし75,77,79ないし99,101ないし107,109,110,115ないし122,124ないし127,129ないし135,137ないし159,161ないし166,188ないし190,195,196,証人P,同Q,同O,同R,原告ら各本人)(書証には枝番も含む)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
  (1) 原告Cの分掌と勤務内容
   ア 原告Cは,理科の授業,男子バレーボール部の顧問及び解放教育推進係を担当していた。E高等学校においては,部活の顧問や係分掌は,教育職員組合の分会長が委員長を務める人事委員会が教育職員の希望をとりまとめた上で,校長と相談しながら案を作成し,年度当初の職員会議で決定され,校長が承認していた(乙22,23)。
   イ 原告Cは,平日は勤務時間終了後に1時間半程度の部活指導を行い,週休日や休日にも指導をすることがあった。また,週休日等に,対外試合へ生徒を引率したり,大会役員や審判を務めることもあった(甲47)。もっとも,校長であるJ又はKが,原告Cに対し,部活動等の内容について指導したり,報告を求めることはなかった。
   ウ E高等学校においては,教育職員は,出張する際,自ら旅行命令簿に氏名,旅行日,用務,用務先等を記入して,これを教頭に提出し,校長の決裁を受けていた。校長は,明らかに学校の業務と関係がないものである等の事情がない限り,旅行命令を発していた(乙22,23)。原告Cは,土曜日又は日曜日に対外試合等のために出張する場合,旅行命令簿を校長に提出して決裁を受け,事後に復命書を提出していたが,その主な目的は,当該活動中に怪我や事故が発生した場合,教育計画に基づいて行われた教育活動であることを明らかにすることにあり,また,校長が対外試合等への出張を指示したこともなかった(甲23,乙22,23)。
  (2) 原告Dの分掌と勤務内容
ア 原告Dは,保健体育の授業,陸上部の顧問を担当し,同和教育推進係として活動し,平成11年7月からは第1学年の担任となった。
  F高等学校において,生徒指導や進路指導等の校内分掌,部活動の顧問の指定は,教育職員組合の分会長を委員長とする人事委員会において決定されていた。原告Dは,平日ほぼ毎日午後4時過ぎころから二,三時間,陸上部の指導を行い,4月から11月ころにかけては,土曜日にも上記指導をしていた。しかし,校長であるL又はRが,原告Dに対し,部活動の内容について指導したり,報告を求めることはなかった。
  原告Dは,部活動の対外試合や分掌の会合等で出張する場合には,旅行命令簿を校長に提出して決裁を受け,事後に復命書を提出していた。もっとも,F高等学校においては,教育職員は,旅行命令簿を提出することなく自発的に会議等に出席し,事後に復命書と併せて旅行命令簿の決裁を求めることが多く,この旅行命令簿の提出を受けた校長は,特段の事情がない限り,旅行命令を発していた(乙20,証人R)。
  また,F高等学校においては,問題行動を起こした生徒に対し,家庭内反省と呼ばれる通常1週間程度の自宅学習を命ずることがあり,校長,教頭,学年主任,生徒指導部の教育職員及び当該生徒の担任教師で構成される生徒指導委員会の決定により,家庭内反省を命じた生徒の様子を観察するために家庭訪問を実施していた。家庭訪問には,原則として勤務時間内に生徒指導委員会の構成員が行くこととされていたが,Dは平成11年6月以前は上記委員会の構成員ではなく,校長等が家庭訪問を命じたこともなかったが,自発的に家庭訪問をすることがあった(乙20,24,証人R)。
   イ 原告Dは,校長から,平成11年4月4日から平成12年4月1日までの間,割振り基準による合計92時間の休日の指定を受けた(乙19)。
  (3) 原告Aの分掌と勤務の内容
ア 原告Aは,農業及び情報処理の授業並びに第3学年の担任を担当し,係分掌は学習係であった。G高等学校においては,教育職員組合の分会長を委員長とする校内人事委員会が教育職員の希望を聴取して係の分掌や部の顧問を決定していた。
  原告Aは,土,日曜日や深夜に分掌作業の一つである農場の管理(家畜の世話等)に従事することもあったが,校長であるMが原告Aに上記の作業を命じたことはなかった。また,同高校は,警備会社に時間外の農場等の管理を委託し,同社の雇った畜産経験のある者が交替で搾乳等の作業に従事していた(乙25)。
イ 原告Aは,割振り基準によると,別紙4損害一覧表の「年月日」及び「時間」欄記載のとおり,平成10年7月から平成11年3月までの間,合計72時間の休日指定を受けることができたのに,これを受けなかった(争いがない)。
G高等学校の教育職員は,割振り基準による休日の指定を受けるため,校長に対し,希望日を「週休日の指定簿」に記入して申告し,校長の承認を受けていた(乙25)。G高等学校は,小規模校であるために教育職員の数が少なく,空き時間の確保・休日指定が困難であったことから,原告Aは,割振り基準による休日指定の申告をせず,また,校長であるMから休日指定を申告するよう指導されることもなかった(原告A本人)。(Mは,その陳述書(乙25)において,教育職員に対し,毎月当初に,割振り基準による休日指定を申告するよう指導していた旨供述するが,証拠(甲70)によれば,原告Aが上記申告をしなかったことは明らかであり,この事実からすると,Mの上記供述をにわかに信用することはできない。)
  (4) 原告Bの分掌と勤務の内容
ア 原告Bは,数学の授業及び主にバスケットボール部の顧問を担当していた。H高等学校においては,教育職員組合の分会長が委員長を務める校内人事委員会が,教育職員の希望を聴取した上で,部活の顧問や係分掌を決定していた。
 広島県における運動競技の大会においては,大会参加に際し,責任ある教員が生徒を引率すること,監督が参加すること等が義務づけられていることがあり(甲83ないし85),原告Bは,生徒を競技会に参加させるため,土日又は休日に生徒を引率することがあった。もっとも,校長であるOが,原告Bに対し,競技会に参加するよう指導したことはなかった。
 H高等学校においては,教育職員が出張をする場合には,自ら,日時,時間,用務の内容及び出張先を計画し,旅行命令簿にこれらを記載した上で教頭に提出し,校長が決裁するという取扱いがされており,出張の日時,内容は各教育職員の申告に委ねられていた。
 また,H高等学校においては,問題を起こした生徒に反省を促すため,家庭反省と呼ばれる家庭学習を課し,担任の教育職員が週に1,2回家庭を訪問して生徒を観察することがあった。各教育職員の判断及び不定期に開催される学年会において生徒の家庭訪問が決定されることがあり,原告Bは,5回ほど家庭訪問を行ったことがあったが,校長が家庭訪問をするよう命じたことはなかった(原告B)。
 H高等学校においては,地区懇談会と呼ばれる通学区域ごとに保護者と教師が地区や学校の問題について話し合う会合が,年に1度,夜7時ころから2時間程度をかけて開催され,教育職員が複数の懇談会に参加することがあったが,教員一人当たりの会合数は2回程度であった。また,PTA役員会の業務(会報編集,行事への参加)については,年度初めの校内人事委員会において,担当教員を選任し,具体的な活動は当該教育職員に委ねられていた。
イ 原告Bは,割振り基準によると,別紙4損害一覧表の「年月日」及び「時間」欄記載のとおり,合計40時間分の休日指定を受けることができたのに,これを受けなかった(争いがない)。
     H高等学校においては,休日の指定は,教育職員自身が,学校の事務室で管理されている休日指定簿に,休日指定を受けることを希望する日を記入し,教頭に提出するという手順で行われており,校長であるOは,指定をしない教育職員に関しては,権利を行使しないものと認識していた(乙21,証人O)。H高等学校においては,休日指定は,教育職員の授業や校務,時間割編成の困難さ等から,指定がされても実際には勤務をすることが多く,校長が休日指定をせずに放置していることも多々あった。また,校長や教頭が,教育職員に対し,休日を自ら指定するよう指導することもなかった(甲26,原告B本人)。
  (5) 原告らは,それぞれ,別紙1「時間外・休日勤務手当」目録の「年月日」及び「勤務時刻」の各欄記載の日時に,同目録の「就労業務」欄記載の活動に従事した(この事実の裏付け証拠としては,旅行命令簿や出勤簿等がある。)。
  (6) 原告C,原告D及び原告Bは,別紙2「週休日・祝日法等の休日未変更損害」目録の「年月日」及び「勤務時間」の各欄記載の日時(いずれも週休日又は祝日)に,同目録の「就労業務」欄記載の活動に従事した(この事実の裏付け証拠としては,出勤簿や教員特殊業務従事実績簿等がある。)。
  (7) 教育職員が,①人事委員会が定める対外運動競技等において児童又は生徒を引率して行う指導業務で,泊を伴うもの又は勤務時間等条例規定の週休日,休日若しくは代休日に行うもの,②学校の管理下において行われる部活動における児童又は生徒に対する指導業務で週休日等又は土曜日若しくはこれに相当する日に行うもの,その他,職員の特殊勤務手当に関する条例36条所定の特殊勤務に従事した場合で,かつ,当該業務が心身に著しい負担を与えると人事委員会が認める程度に及ぶときには,当該教育職員には特殊勤務手当が支給される(給与条例14条,職員の特殊勤務手当に関する条例36条,教員特殊業務従事職員の運用方針(乙13))。
    原告らは,特殊業務従事計画書を提出し,校長の決裁を経た上で,特殊勤務手当を受給していた(乙26,31等)。
2 争点(1)(時間外・休日,夜間勤務手当の請求権の有無)について
 (1) 教職調整額等に関する地方公務員法24条6項,25条1項,給特法3条,8条,10条,給特条例3条の内容,歯止め4項目の業務等に関する給特法7条,文部訓令,給特条例6条の内容は,前記「事案の概要」の「1 関係法令の整理」において指摘したとおりであるところ,その要点は,国公立の教育職員については,その業務の特性から,時間外勤務を命じることができる場合を一般の公務員よりも限定すること,時間外勤務に対する手当を支給しないが,給与の4パーセントに相当する額の教職調整額を支給することである。そして,上記各規定の文言からみて,教育職員については,原則として,教育調整額のほかに時間外勤務手当を支給することはできないと解せられる(平成6年(行ツ)第62号平成10年9月8日最高裁第三小法廷判決参照)。
    しかし,給特条例6条が,正規の勤務時間の割振りを適正に行い,原則として時間外勤務は命じないものとし,教育職員に対し時間外勤務を命ずることができる場合を限定していることにかんがみれば,この限定した趣旨を没却せしめるような特段の事情,すなわち,同条2項所定の業務に当たらない業務に正規の勤務時間外に従事することを命じる違法な職務命令が発せられ,その職務命令が,当該教育職員の自由意思を極めて強く拘束するような形態のものであり,かつ,そのような勤務が無定量なものとして常態化している等の事情が認められる場合には,例外的に,給特条例3条3項によっても,給与条例15条,16条の適用は排除されないと解すべきである。
    そこで,これを本件についてみるに,前記認定のとおり,原告Cは,E高等学校において,男子バレーボール部の顧問及び解放教育推進係を担当し,平日は勤務時間終了後に1時間半程度の部活指導を行い,週休日や休日にも指導をすることがあり,週休日等に,対外試合へ生徒を引率したり,大会役員や審判を務めることもあったこと,原告Dは,F高等学校において,保健体育の授業,陸上部の顧問を担当し,同和教育推進係として活動し,ほぼ毎日午後4時過ぎころから二,三時間,陸上部の指導を行い,4月から11月ころにかけては,土曜日にも上記指導をしていたこと,原告Aは,G高等学校において,農業及び情報処理の授業並びに第3学年の担任を担当し,係分掌は学習係であり,土,日曜日や深夜に分掌作業の一つである農場の管理(家畜の世話等)に従事することもあったこと,原告Bは,H高等学校において,数学の授業及び主にバスケットボール部の顧問を担当し,生徒を競技会に参加させるため,土日又は休日に生徒を引率することがあったことが認められる。加えて,原告らは,部活動や会議のため他所に出向く場合には旅行命令簿に出張の記載をし,事前あるいは事後に校長の決裁を受けていたこと,以上のような事情から,原告らは,前記1の(5)に認定の活動に従事したことが認められる。
    しかし,原告らいずれについても,部活動の顧問や分掌の業務の担当については,当該高校の教育職員組合の分会長が委員長を務める人事委員会が本人の希望を聴取した上で決定していたものであり,校長がその決定に指導的役割を果たしていたことは窺われないこと,旅行命令簿の作成は,当該活動が学校の管理下において実施されていることを明らかにし,かつ,旅費等を支給するためであったものと推認され,校長の一方的な服務命令があったことを裏付けるものとはいえないこと,分掌の事務に従事した時間帯の多くは放課後比較的夜遅くまでに及んでおり,校長がこのような時間帯に至るまでの就労を命じるとは考え難いこと,自宅学習をする生徒の自宅訪問,地区懇談会やPTA総会への出席等は当該教育職員の自発的意思に基づくものであったこと等の点にかんがみれば,前記の原告らが部活動や分掌の事務に従事していたことや旅行命令簿が作成されていたこと等の事実を考慮しても,原告らが勤務先の県立高校の校長から原告らの自由意思を極めて強く拘束するような形態の服務命令を受け原告ら主張の時間外勤務に従事したとまで認めるのは困難であり,他に前記特段の事情があるというに足りる事実は証拠上認められない。したがって,原告のこの点に関する主張は採用できない。
  (2) 原告らは,給与条例17条に基づく夜間勤務手当も請求するが,同条は,「正規の勤務時間として午後10時から翌日の午前5時までの間に勤務する職員には,手当を支給する。」旨定めるところ,原告ら主張の夜間勤務は正規の勤務時間内の就労ではないから,これに同条の適用はない。したがって,上記請求は認められない。
3 争点(2)(校長が週休日の振替又は休日の代休指定をしなかったことの違法性の有無)について
  前記認定のとおり,原告C,原告D及び原告Bは,週休日又は祝日に,前記1の(6)に認定の活動に従事したことが認められるところ,同活動が,いずれも,歯止め4項目の業務に当たらないことは明らかである。
  ところで,勤務時間等条例5条により,任命権者は,職員に対し,週休日に勤務することを命じることができ,この場合,週休日を勤務日に振り替えて時間外勤務手当を支給しないことができるところ,同条は,任命権者が職員に対し適法に週休日の勤務を命じることができる場合を前提要件とするものであり,この要件を欠く場合には同条の適用はないと解するのが相当である。また,勤務時間等条例10条により,任命権者は,職員に対し,休日において勤務を命じる場合,あるいは命じた場合には,代休日を指定して時間外勤務手当を支給しないことができるが,この定めについても,上記と同様に解すべきである。
  以上によれば,仮に原告C,原告D及び原告Bがした前記活動が,勤務先の県立高校の校長の服務命令に基づくものと認められたとしても,同校長が,この活動に代えて,週休日を勤務日に振り替えたり,祝休日に代わる休日を指定することは法律上許されないことであったといえる。そうすると,このような週休日の振替えや休日の指定をしなかったことをもって,上記各校長に職務懈怠があったということはできないし,広島県教育長であるIの指導に同原告ら主張のような過失があったということもできない。したがって,この点に関する同原告らの主張は採用できない。
4 争点(3)(校長が割振り基準による休日指定をしなかったことの違法性の有無)について
(1) 校長の割振り基準による休日指定義務について
勤務時間等条例2条1項は,「職員の勤務時間は,休憩時間を除き,4週間を超えない期間につき1週間当たり40時間とする。」と規定し,同条2項は,「任命権者は,職務の特殊性又は当該公署の特殊の必要により前項に規定する勤務時間を超えて勤務を必要とする職員の勤務時間について,人事委員会の承認を得て,別に定めることができる。」と規定する。
   同条例3条は,「日曜日及び土曜日は,週休日とする。任命権者は,月曜日から金曜日までの5日間において,1日につき8時間の勤務時間を割り振るものとする。」と規定し,同条例4条1項は,「任命権者は,公務の運営上の事情により特別の形態によって勤務する必要のある職員については,前条の規定にかかわらず,週休日及び勤務時間の割振りを別に定めることができる。」と規定し,同条2項は,その本文で,「任命権者は,前項の規定により週休日及び勤務時間の割振りを定める場合には,人事委員会規則の定めるところにより,4週間ごとの期間につき8日の週休日を設けなければならない。」と規定し,そのただし書は,「職務の特殊性又は当該公署の特殊の必要性により,4週間ごとの期間につき8日の週休日を設けることが困難である職員について,人事委員会と協議して,人事委員会の定めるところにより,4週間を超えない期間につき1週間当たり1日以上の割合で週休日を設ける場合には,この限りでない。」と規定している。
   広島県人事委員会の定めた勤務時間等規則2条2項は,任命権者が勤務時間等条例4条2項ただし書に従い週休日及び勤務時間の割振り基準を定める場合には,①週休日が毎4週間につき4日以上となるようにし,かつ,当該期間につき1週間当たりの勤務時間が44時間を超えないこと,②勤務日が引き続き12日を超えないこと,③1回の勤務に割り振られる勤務時間が16時間を超えないこと,という基準を満たさなければならない旨定めている。
   上記のような条例や規則を受けて,県教委は,広島県人事委員会と協議し,その承認を得て,前記「第2 事案の概要」の「1 関係法令の整理」の(2)アに摘示した割振り基準を定めているのである。
   勤務時間等条例が原則として1週間当たりの勤務時間を40時間とし,4週間ごとの期間につき8日の週休日を設けなければならないとしていること,割振り基準は,教育職員について,上記条例の規定の例外的扱いを適法とする法的根拠であることにかんがみれば,割振り基準の法的性質は県教委の定めた規則であると解するべきである。そして,割振り基準が,「日曜日,毎月の第2土曜日及び第4土曜日並びに夏季,冬季等の学校休業期間中の土曜日に加えて,毎52週間につき,原則として,夏季,冬季等の学校休業期間中に職員ごとに指定する適切な日を週休日として設け,かつ,当該52週間における勤務時間が平均して1週間当たり40時間となるように割り振る。」と定めていることからすれば,その割振りを委任された校長は,原則として,割振り基準の定めに従い,教育職員に対し休日を指定する職務上の義務を負い,校長は,広島県教育長から割振りに関する具体的な基準を示した通知を受けていたことをも併せ考慮すると,同校長がこの義務を懈怠したときは,その不作為は国家賠償法1条1項の違法行為を構成するというべきである

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最終更新:2005年08月05日 11:34
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