H18. 1.31 札幌地方裁判所 平成17年(ワ)第85号 保険金請求事件

自宅から釣りに出かけ,漁港に自動車等を残したまま行方不明になった男性につき,後日漁港から男性の右下腿部が発見されたため,男性は死亡しているとして,男性の妻が,男性が締結していた簡易保険契約に基づき,郵政公社に対してなした保険金の支払請求について,男性が右下腿部を失った状態で生存している可能性は,可能性として考えられるに過ぎず,失踪する人間がわざわざ自分の右下腿部を切断し海に投げ込むことは合理的理由がない,として請求を認容した事案。


主 文
1 被告は,原告に対し,1200万円及びこれに対する平成17年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事 実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告に対し,1200万円及びこれに対する平成17年2月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 主文第3,4項に同旨。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 被告は,生命保険事業である簡易保険を取扱うものであり,原告は,訴外Aの妻である。
(2) 訴外Aと被告は,平成14年2月13日,次の内容の特別終身保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
 保険種類   《ながいきくん(おたのしみ型)》特別終身保険
 保険証書番号   B号
 被保険者   訴外A
 保険金受取人   死亡保険金  原告
生存保険金  訴外A
 保険金額   600万円
但し,効力発生日から1年6箇月経過後不慮の事故で死亡したときは1200万円。
(3) 訴外Aは,平成16年7月3日,C村D漁港(以下「本件漁港」という。)において,海に落ちて死亡した。
(4) よって,原告は被告に対し,本件保険契約に基づき,保険金請求権として1200万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成17年2月5日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する答弁
 請求原因(1)及び(2)は認め,(3)は不知。
理 由
第1 請求原因(1)及び(2)は当事者間に争いがない。
第2 請求原因(3)
1 いずれも成立に争いがない甲第3ないし25号証,原告本人尋問の結果によると,以下の事実を認めることができる。
(1) 訴外Aの失踪の経緯
ア 訴外Aは,平成16年7月3日13時過ぎに釣りに出かけたが,同年7月4日の昼になっても訴外Aは帰宅しなかった。訴外Aに対しては,携帯電話等による連絡もとることができず,原告は,同年7月6日,訴外Aの捜索願を警察に提出した。
イ 同年7月7日,本件漁港において,訴外Aの乗用車が発見された。乗用車中の訴外Aの遺留品中には,訴外Aの携帯電話,車と家の鍵の束,釣り竿,及び長靴はなかった。
ウ 本件漁港付近で,訴外Aの捜索が1週間にわたって行われ,同月7日,8日の2日間については,E消防組合,F海上保安部及び訴外Aの勤務先であるG店によって,ダイバーやヘリコプター等を使用した捜索がなされたが,訴外Aは発見されなかった。
(2) 訴外Aの下腿部の発見
ア 平成16年8月30日,本件漁港において,人の右下腿部が発見された。発見された足は,指先の根本からくるぶし上5~6cmまで靴下をはいているので見えないが,ほぼ骨のみであり,くるぶしのあたりに肉片が一部ついており,骨は折れたり食いちぎられたりした様子はなかった。
イ 上記の人の右下腿部は,H警察署がDNA鑑定を行ったところ,訴外Aのものと認められた。
(3) 訴外Aの生活状況
 訴外Aには,仕事上特にトラブルや悩みを抱えていた事実,また,大きな借金を抱えているような経済的な苦境にあった事実,女性関係でのトラブル等の私生活上の悩みを抱えていた事実の,いずれも窺われない。
2 以上の事実を前提にすると,訴外Aは,平成16年7月3日ころ,本件漁港において,自身の過失により海に落ち,そのころ,死亡したものと認められる。
(1) 仮に,訴外Aが生存しているとすれば,右下腿部を失った状態で生存していることになる。しかし,このような事実が存する可能性は,可能性として考えられるに過ぎず,現実的ではないといわざるを得ない。
ア 発見された右下腿部の状況からすれば,右下腿部は海中を彷徨った挙げ句に,打ち上げられ,たまたま発見されたというべきである。
イ 第1に,訴外Aが右下腿部を切断するに至った時期が,海中を漂流中であった場合には,海中を漂流中に右下腿部を切断した訴外Aが生存できた可能性は,ほとんど想定できない。なお,現実的な可能性としては,むしろ,訴外Aの死後,右下腿部が切断された可能性が高いといえる。
ウ 第2に,右下腿部が海中を漂流するに至る前に切断されるに至った場合,すなわち,訴外Aの右下腿部が地上で切断されて海に投げ込まれた場合であるが,これについては,そのような事実が存在したことを現実的に想定することができない。失踪する人間が,わざわざ自分の右下腿部を切断し海に投げ込むことは,このようなことを行うべき何らの合理的理由はなく,ほぼあり得ないであろう。
(2) したがって,訴外Aは,海中に落ち,漂流中に死亡するに至ったと推認するのが相当である。
3 訴外Aが海中に落ちた事由の中で,不慮の事故と評価されないものとして,同人の自殺によるものが考え得るが,上記のように,自殺の可能性を窺わせるような事情は訴外Aには存しない。以上によれば,同人の死亡は不慮の事故のよるものであることもまた推認するのが相当である。
4 なお,被告は,保険金支払いの事由として,失踪宣告,認定死亡等の公証行為が必要であることを主張するが,これらの制度は,ある者の生死が不明の場合に,生存している関係者の利益のために死亡したものと扱うものであり,これらによらなけられば死亡の事実が認定できないというものではない。
第3 遅延損害金の法定利率について
 簡易生命保険法1条によると,被告の簡易生命保険事業は非営利事業であると認められるので,遅延損害金の利率について,商法514条に基づく商事法定利率の適用はなく,民法404条が適用されるというべきである。
第4 以上のとおりであるから,原告の請求は,被告に対し,本件保険契約に基づく保険金請求権として1200万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成17年2月5日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので,これを認容し,その余の請求は,理由がないので棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法64条ただし書,61条,仮執行宣言について同法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。
札幌地方裁判所民事第5部
裁判官   馬  場  純  夫

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最終更新:2006年03月06日 13:44
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