H17. 7.14 青森地方裁判所 平成16年(わ)第252号 殺人被告事件

判示事項の要旨:
実兄である被害者に対して日頃から不満を抱いていた被告人が,本件犯行当日深夜の被害者のステレオの音量を契機に,それまで抑圧してきた不満を爆発させ,金属製アームバーで被害者の頭部を多数回殴打して殺害した事案



(主 文)
被告人を懲役10年に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
(犯行に至る経緯)
 被告人は,青森県上北郡で出生し,地元の小学校に入学したが,小学校高学年時にてんかん及び脊髄小脳変性症と診断され,てんかんの薬を服用するようになった。被告人は,その後,青森県内の高校を中退し,就職や結婚,離婚を繰り返した後,平成16年4月には,現在の住居地である青森県上北郡a町字b所c番地eのA方(以下「自宅」という。)において実母と同居するようになり,以後,求職活動をするかたわら,家事手伝いなどをしていた。そして,同年7月下旬ころには,被告人と同様,中学生時代に脊髄小脳変性症の診断を受け,下半身が不自由となり車椅子の生活をしていた実兄のBが,障害者施設から戻ったため,被告人は,自宅において,実母及びBと暮らすようになった。
 Bは,飲酒の上,暴れて警察に保護されることなどを繰り返したため,青森市内の病院に入院し,同年9月上旬ころ,再び自宅に戻るなどしていたが,その後も自己中心的な態度をとることが多く,被告人や母親に対して,酒やたばこを買って来るよう命じたり,大声を出したり,物を投げたりするほか,飲酒の上,暴れるなどし,特に母親との間では口論が絶えなかった。
 被告人は,前述のように車椅子生活をしているBと同様の病気を抱えていることから,自分もいずれは歩けなくなるかもしれないという不安を抱いており,前述のようなBの自己中心的な態度に対しては,一方で,心情的に,自分と同じ病と闘うBの心の悩みを共有するとともに,他方では,仕事をしながら被告人らを養っていかなければならない母親の気持ちもよく理解できることから,その板挟みとなり,そのような2人の間を取りもつべくBをなだめたり,Bの相談相手になったり,頼まれた買い物を極力行うなど被告人なりに精一杯努力をしてきた。しかし,そのような努力をBが認める気配もなく,また,一向にその我ままな生活態度を変えようともしなかったことから,被告人は,次第にBに対する不満や絶望感を抱くようになり,同人と一緒に暮らすことに疲れを感じるようになっていった。
 そのような状況の中,Bは,同年10月30日午前零時過ぎころから自宅1階の自室において,音量を大きくしてステレオをかけ始めた。被告人は我慢できず,当時の交際相手であった男性に対し,「いつかこの手であいつを殺ってしまうかもしれない。」とのメールを携帯電話から送った。その後,被告人は,Bに対し,音量を下げるよう2回ほど注意したが,Bは,一旦は音量を小さくするものの被告人が自室に戻りかけると再度音量を大きくしたことから,被告人は大きな怒りを感じ,我慢できなくなった。そして,Bに対して口で注意しただけでは足りないと思い,同人の寝室入口付近にあった金属製のアームバーを手に取り,同室内の床上に座っていたBに対し,「ステレオ壊す」と言ったところ,Bは「やったらいいがへ」などと答えて挑戦的な態度を示した。被告人は,これに激高し,「おめば叩く」などと言ったが,Bはそれでも挑戦的な態度を崩さなかったため,被告人は,同日午前1時50分ころ,上記アームバーでBの腕や肩等を叩き始めた。ところが,Bは,予想に反して謝るどころか「それで終わりか」とにらんできたため,被告人はBに対する怒りがさらに増大し,同時にそれまでの不満,Bへの気持ちを同人に分かってもらえない悔しさ,寂しさ等がわき上がってきた。
(罪となるべき事実)
被告人は,前記のように,金属製のアームバーでBの身体を殴打していたものであるが,自己の注意を聞き入れず挑戦的な態度をとるBに対する憤懣の余り,同人を殺害しようと決意し,平成16年10月30日午前2時ころ,青森県上北郡a町字b所c番地eのA方において,B(当時35歳)に対し,殺意をもって,所携の金属製アームバー(平成17年押第2号の1)で同人の頭部などを多数回殴打し,よって,同日午前5時8分,同町字f所g番地のh所在のC病院において,同人を頭部外傷による出血性ショックにより死亡させて殺害したものである。
(事実認定の補足説明及び弁護人の主張に対する判断)
1 弁護人は,被告人に殺意がなかった旨及び被告人は犯行当時心神耗弱状態にあって責任能力が減退していた旨主張し,被告人もこれに沿う供述をするので,これらの点について検討する。
2 殺意の有無について
(1) 当公判廷において取り調べた関係各証拠によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 創傷の部位・程度について
Bの身体には,前頭部眉間に縦2センチメートル,横3センチメートルの挫創が,左眼窩外側にV字状に長さ1.9センチメートルの傷が,頭頂部は,前頭部から頭頂部左方にCの字を描くように長さ20センチメートルの挫傷が,頭頂部右方にMの字を描くように長さ6.5センチメートルの挫創が,その後方に「人」の字を描くように長さ5センチメートルの挫創が,その右側に縦1.8センチメートルの挫創が,後頭部は,正中線左側に三日月状を呈した長さ5センチメートルの挫創が,その左側に4センチメートル,2センチメートル,2.5センチメートル,4センチメートルの挫創がそれぞれ認められ,左側頭部及び右側頭部にも損傷があるほか,上背部及び左右上肢にそれぞれ打撲傷があり,特に身体枢要部である眼窩部から頭部にかけて多数の挫裂創が存在している。頭部の挫裂創は合計12か所にもわたり,その大きさは1.8センチメートルから大きなものは20センチメートルにも及び,これらの頭部外傷(挫裂創群)による出血性ショックによってBは死亡するに至ったものである。
イ 凶器の種類・用法について
本件犯行に使用された凶器は,グリップ部分のキャップ以外は金属製のアームバーで,重量は2.18キログラム,長さは全長69.3センチメートルであり,被告人は犯行前実際に手にしたこともあり,その形状及び重量を認識していた。そして,当該アームバーの片側のグリップが外れ,そこに血痕が付着している。また,本件犯行直後の被告人の両手示指基接部内側及び右手親指末接部内側には,表皮が剥脱している部分が認められる。さらに,犯行現場となったB寝室の床絨毯上には,最大で東西に75センチメートル,南北に90センチメートルの血痕様の付着が認められ,同寝室の周囲の壁に血痕様のものが付着し,西側部分は天井にまで達していることが認められ(甲8),犯行当時被告人が着用していたフード付長袖トレーナー及びジャージズボンにも血痕様のものが多数付着していることが認められる。
(2) 以上の客観的事実に加えて,被告人がアームバーを頭の上まで振りかぶって殴っている事実等を併せ考えると,被告人は,アームバーを相当の強さで握りしめ,Bの頭部を狙い,手加減することなく繰り返し殴打していることが認められる。
これに,被告人は捜査段階において,殺意を認める供述をしていること(当該供述は,上記のとおり認定した客観的な状況に照らし,信用性が高いというべきである。),被告人は本件犯行の約2時間前に,恋人に対し,「いつかこの手であいつを殺ってしまうかもしれない。」旨のメールを送信していることをも併せ考慮すれば,本件において,被告人はBに対する確定的殺意をもってBを殴打したと認めることができる。
(3) これに対し,被告人は,当公判廷において,殴打していた際は,この仕事が終わらないと今日は終わらないという気持ちで,単に機械的に殴打していただけで,相手が怪我をするかもなどということは考えなかった,捜査段階では,逮捕直後は殺意を否認していたが,その後,検察官からこの状況では普通は殺意があると言われても仕方ないのではないかなどと言われたことから,途中から殺意を認めたもので,本当に殺意があったわけではないなどと供述している。
しかし,前者は,そうであればなおさら,被告人は,Bの生命の危険に対して何らの配慮もなく,手加減することなく危険な用法に従って殴打したことの裏付けともいいうるものであるし,後者についても,被告人は殺意を認めたことについて,他方では疲れていたとか面倒くさくなったなどと合理的とは言えない弁解をしていること,捜査段階で殺意を認める被告人の供述は,前述のように信用性が高いというべきであるから,被告人の公判供述は採用できない。
3 責任能力について
(1) D病院長E作成の鑑定書によれば,被告人は,てんかん及び脊髄小脳変性症に罹患し,被告人の家庭の事情や被告人の内向的性格等に起因する抑うつ状態が見られるものの,脊髄小脳変性症が直接意識や精神状態等に影響を及ぼすものではなく,てんかん発作は小学校高学年時から強直性全身けいれん等の発作が見られていたものの,規則的な投薬により本件犯行時にはほぼ抑制されており,抑うつ状態もごく軽度で,本件犯行時に意識障害や意識変容はなく,是非善悪の弁別能力及び行動制御能力は正常人とほぼ同様であるとされていること,本件犯行までの被告人の日常生活には特に問題はなかったこと,被告人は捜査段階から当公判廷に至るまで,犯行状況,犯行に至る経緯及び犯行後の状況を,その時々の自己の心情を含めて詳細かつ具体的で迫真性に富む供述をしており,犯行当時の記憶もよく保持されていること,本件犯行の動機も,一般人の見地から十分に了解可能で,犯行時の被告人の言動にも不自然,不合理な点は見られないこと,その他本件犯行の態様及び被告人自ら110番通報していること等を総合考慮すると,被告人には本件犯行当時,完全責任能力があったと認められる。
なお,被告人は,当公判廷において「半透明の自分がいた」などと述べているが,捜査段階では,取調官や鑑定にあたった医師に対してそのような供述は全くしておらず,第5回公判期日になって突如として供述したものであるところ,それまで供述しなかった理由について,単に聞かれなかったからとか,早く裁判を終わらせようと思った等とするのみで,合理的な弁解はなされておらず,上記責任能力の判断を左右するものではない。
(2) これに対し,弁護人及び被告人は,鑑定は医師が当初から被告人に完全な責任能力があるという予断を抱いて行ったものであって,不公正なものであると主張する。しかしながら,当該鑑定の結果それ自体は,被告人の生歴,病歴,身体的症状,本件犯行前後及び犯行当時の被告人の行動等を踏まえて客観的になされたものであって,当裁判所が認定した本件犯行前後及び犯行当時の被告人の行動等とも合致し,その内容に予断や偏見があったとは認められない。被告人の主張は,要するに医師が自分の悩みや不安を解消するカウンセリングを行ってくれなかったことに対する不満に基づくところが大きいといえる。
4 以上のとおりで,弁護人の主張は,いずれも採用することができない。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,実兄であるBに対して日頃から不満を抱いていたところ,本件犯行当日深夜に,Bが被告人の注意を聞かず,ステレオの音量を大きくしたことを契機に,それまで抑圧してきた不満を爆発させ,殺意をもって,金属製アームバーでBの頭部を多数回殴打して殺害した事案である。
被告人は,日ごろからわがままな態度を繰り返して母親とも諍いが絶えないBの態度に辟易しながらも,Bの相談相手になったり,Bと母親の間に入ってなだめるなど,被告人なりに精一杯努力してきたが,それでも一向に態度を改めないBに不満と絶望感を募らせ,被告人の真面目で内向的な性格もあって,相当鬱積した状態にあり,ステレオの音量を契機にそれを爆発させてしまったものであって,本件犯行に至る経緯には同情する余地もないではないが,被告人は,Bのそうした態度が自分と同じ病気を持っていることによるものであることを知悉しており,また,B退院後の同居期間が実質2か月に満たないほどであったこと,これまでにもBをなだめてきたことを併せ考慮すると,安易に殺人という方法を選んだその動機は身勝手であると言わざるを得ない。犯行態様についても,被告人は,Bの身体枢要部である頭部を集中的に狙い,金属製で相応の重量のあるアームバーを頭の上まで振りかぶった上,ほとんど抵抗しなかったBに対し,多数回にわたって,相当な力で殴打し続けたものであって,Bの頭部に残る多数の挫裂創,犯行現場となった寝室の床絨毯上に残された血溜まり,寝室の周囲の壁に飛び散った血痕の状況からすれば,執拗かつ残忍で凄惨である。Bには生命を奪われるまでの落ち度はなく,未だ35歳という若さで障害を負いながらBなりに必死に生きてきたその途上で,実の妹の手によって,頭部を多数回殴打された挙句,その人生を終わらされざるを得なかったBの苦痛,無念さは想像するに余りあるのであって,本件犯行の結果は重大である。加えて,被告人は,自己の境遇への理解を切々と訴えるが,犯行に対する悔悟の情やBに対する謝罪の念があまりうかがわれないことを併わせ考慮すると,被告人の刑事責任は重大である。
以上の情状からすれば,本件犯行が突発的になされたもので,計画的なものではないこと,本件犯行に至る経緯に同情の余地がないではないこと,被告人は犯行後自ら110番通報していること,被告人にはこれまで前科前歴がないことなど被告人に有利な事情を最大限に考慮してもなお,主文掲記のとおりの刑を科すのが相当であると判断した。
(求刑 懲役12年)

平成17年7月14日宣告
青森地方裁判所刑事部
        裁判長裁判官  髙 原    章
            裁判官  室 橋 雅 仁
            裁判官  香 川 礼 子

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最終更新:2005年08月05日 11:37
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