H18. 3. 9 青森地方裁判所 平成17年(わ)第172号 非現住建造物等放火未遂被告事件

被告人が,被害者が経営する工場の土地の賃料を被告人に支払わないことに対する不満を晴らすため,被告人が経営していた飲食店の従業員及びその友人と共謀し,被害者が経営する工場を放火したが,同工場の外壁を燻焼したにとどまり自然鎮火したため未遂に終わった事案



(主 文)
被告人を懲役3年に処する。
未決勾留日数中160日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
(犯行に至る経緯)
 被告人とVは,Vが被告人の前妻の兄であり,被告人から賃借した土地で,板金塗装工場「甲」を営んでいた関係にあったが,Vは,平成11年1月ころ,青森市a番地bの土地に工場を移転したものの,その後も賃料を支払わないまま,被告人から賃借した土地に車を置くなどしていたため,被告人はVに不満を抱いていた。平成11年10月14日夜,被告人は,当時経営していた飲食店「乙」の従業員であるAが被告人に対して店を辞めたいと申し出たことから,Vに対する不満を晴らすべく,Aを使って甲に放火するとともに,敷地内に置かれている車を破壊することを決意し,Aを青森市内のコンビニエンスストア「丙」駐車場に連れて行き,乙の従業員でAを従業員として入店させたBも呼び出した。被告人は,「丙」駐車場に駐車中の自動車内において,A及びBに対し,Aが甲に放火し,車を壊すこと,Bがそれを見張り,見届けることを指示し,車に積んでいたポリタンク2缶,新しい軍手2双及び長靴2足をB及びAに渡した。このころ,被告人及びBの間で,甲を放火することについて共謀が成立した。Bは,Aの交際相手が妊娠中であったことから,自分がAに代わって放火することを決意し,Aと共に知人のCの家に行き,Cに対し,Aが被告人から甲の放火等を指示されたこと,自分がAの代わりに放火するつもりであること等を話し,AをCの家で預かってもらうよう頼んだところ,Cは,Bと一緒に放火等を実行する旨申し出たため,BとCが甲の放火を実行することになり,ここに,被告人,B及びCの間に,甲の放火について,順次,共謀が成立した。BとCは,AをCの家に残し,Bが被告人に渡されたポリタンクの代わりにC宅にあった灯油入りポリタンク2缶,被告人から渡された軍手,長靴に加え,タオルや新聞紙等をCの母親の車に積み込んで,甲に向かった。
(罪となるべき事実)
 被告人は,Vが使用している土地の賃料を支払わないことに不満を抱いていたことから,B及びCと共謀の上,板金塗装工場「甲」(V経営)に放火しようと企て,平成11年10月15日午前2時5分ころ,青森市a番地b上記「甲」(軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建,床面積206.57平方メートル)敷地内において,上記「甲」事務所兼作業所の外壁の一部を四囲の壁面のうちの一面として利用し同事務所兼作業所に密接して設置されたコンプレッサー収納用木製小屋の壁及び同事務所兼作業所壁等に所携の灯油を撒布した上,灯油が染み込んだ段ボール紙片及び紙テープ紙片に所携のライターで点火し,その火を同木製小屋の壁等から同事務所兼作業所に燃え移らせようとして火を放ち,もって,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない同事務所兼作業所を焼損させようとしたが,同木製小屋及び同事務所兼作業所の外壁を燻焼したに止まり自然鎮火したため,その目的を遂げなかったものである。
(事実認定の補足説明)
1 弁護人は,被告人がA及びBに甲の放火を指示した事実はなく,Bと共謀した事実は認められないから被告人は無罪である旨主張し,被告人も当公判廷において,これに沿う供述をするので,以下この点について判断する。
2 関係各証拠によれば,まず次の事実を認めることができる。
(1) 被告人は飲食店「乙」の経営者,B及びAは同店の従業員,Cは同店に客として出入りしていた者であり,B,A及びCは親しく付き合っていたが,3人とも,被告人は怒ると何をするか分からないので恐れていた。
(2) Aは,平成11年10月中旬ころ,被告人に対して,乙を辞めたい旨告げたが,被告人は,これを了承せず,同月14日夜,丙駐車場に駐車した自動車内で,A及びBと話をした。その際,Aが甲に火をつけるという話が出た。
(3) B及びCが甲に放火した。
(4) 本件犯行時刻ころ,Bの携帯電話から被告人の携帯電話に連絡があり,Bが被告人に対し,甲に放火がされた旨伝えた。
(5) B及びCは,本件と同じ公訴事実について,平成13年5月10日に執行猶予付きの有罪判決の宣告を受けている。
3(1) 本件においては,被告人とB及びBとCとの共謀を基礎づける証拠として,共犯者Bの供述があるので,その信用性について検討する。
(2) B供述の内容
Bは,捜査段階において概要以下のとおり供述する。
甲の場所は,以前被告人に連れられて行ったことがあったので,知っていた。平成11年10月14日夜,自己の携帯電話に被告人から電話があり,Aが乙を辞めると言っているのを知っているか聞かれた。自分はそのような話は聞いていないと答えると,被告人から,その件で話があるから,丁の近くのコンビニエンスストア丙に来るように言われた。そこに行ったところ,被告人の自動車が止まっており,運転席に被告人,助手席にAが乗っていて,自分は運転席側後部座席に座った。被告人は,「Aが店を辞めると言っている。Aには義理がある。それだけは返してもらわねばまいね。甲に火をつけて車壊してこい。A一人で行ってこい。」と言った。甲については,被告人から,甲の社長にはαにある土地を貸しているが,その代金を支払ってくれないこと,車を置きっぱなしにして勝手に使われては困るという話を何回か聞いており,被告人がVに対して腹を立てていることは知っていた。被告人は,このような恨みを,工場を焼いたり,工場の敷地内に置いてある乗用車を壊すことで晴らそうとしているのではないか,それを自分でやらないで,乙を辞めると言いだしたAから義理を返してもらうということで,Aに放火等を命令していると思った。自分は,Aの彼女が妊娠していたことを知っていたので,Aに放火等をやらせるのは気の毒だったことから,自分がAの代わりに被告人の命令を実行するしかないと考えた。被告人は自らAと一緒に行くと言ったが,Aは自分の後輩だからと説得して,自分がAと一緒に甲に行くことにした。被告人は,自分に対して,「Bは火をつけるなよ。車を壊すなよ。Aにやらせて,その見届け役で行け。」と言った。そして,被告人から,被告人の車のトランクに積んでいたポリタンク2缶,新品の軍手2双及び新品の長靴2足を渡された。また,被告人から,車を壊すつるはしは乙にあるから持って行くように言われたので,自分は,Aと乙に行き,倉庫のような小屋からつるはしを取り出してトランクに積んだ。その後,Aを預かってもらうためにAとC宅に行った。自分が,Cに対して,被告人から指示された内容,Aの彼女が妊娠しているためAに放火等をやらせるのはかわいそうなので,預かってほしいと頼んだ。すると,Cは,自分も行くと言い,結局,自分とCとで甲の放火等をすることになった。そして,AをC宅に残し,自分とCとで出発した。被告人からはガソリンを使って放火するように言われたが,ポリタンクでは一般的にはガソリンを売ってくれないこと,知り合いに分けてもらう時間もなかったことから,C宅にあった灯油2缶を持って行くことにした。また,被告人から渡された長靴と軍手,乙から持ち出したつるはし,火をつけるための新聞紙と段ボールもCの母親の車に積み込んだ。そして,同月15日午前零時過ぎにC宅を出発し,戊温泉で時間調整してから,午前2時ころ,甲に向かった。甲に着いたのは,同日午前2時5分ころだった。自分もCも白いタオルで顔を覆い,自分はトランクからつるはしを取り出し,Cは灯油入りのポリタンクを取り出した。自分は敷地内に止めてあった車のうち,あまり価値のないと思う車だけ選んでつるはしの先でつぶすように叩き,凹損させた。あまり損害を与えないように加減して叩いた。壊した車は3台だった。Cが工場の小屋の右側の外壁の土台辺りに灯油をかけていたのを見た。また,自分は,工場の外壁に密接している小屋の前辺りにマスキングテープが散らばっていたので,それに持っていたライターで火を付け,小屋の中に放り込んだ。Cは,段ボール紙片にライターで火を付け,灯油をかけた小屋につけた。すると,小屋の左側土台付近のベニヤ板が燃え出したので,Cと逃げた。
(3) B供述の信用性
ア Bは,平成11年10月14日,夜に被告人から呼び出され,丙駐車場に駐車中の被告人の自動車内において,被告人からAを実行役,Bを見張り兼見届け役として本件放火を実行するよう指示されたこと,その後BがAの代わりに放火をする決意をした経緯,C宅に向かった経緯及びCに本件犯行について打ち明け,Aを預かるよう頼んだ経緯,Cが本件放火に加わるに至った経緯,放火の準備状況,本件放火行為の内容等について,その時の心理状況も含め具体的かつ詳細に供述している。
イ 甲の敷地内に置いてあった車の破損方法に関する供述は,客観的な破損状況とほぼ符合するほか,マスキングテープに火を付けたとする点についても,コンプレッサーが収納されている小屋内にマスキングテープの残存物があったこととほぼ符合している。
ウ A供述との符合性
(ア) A供述の内容
Aは,当公判廷において概要以下のとおり供述する。
平成11年10月14日夜,被告人に乙を辞めたい旨話したところ,被告人に丙の駐車場に車(M)で連れて行かれた。そこに,被告人に電話で呼び出されたBが来て,自分たちが乗っていた車に乗り込んできた。被告人は,自分に対して,「恩は返してもらう。自分がやろうと思っていた甲に火をつけ,車を壊せ。1人でやれ。俺も一緒に行く。」旨言った。するとBが,「被告人には行かせられないですよ。Aは俺の後輩だから,俺が行く。」と言い,最終的には,自分が実行役,Bが見張りと見届け役ということで話がまとまった。また,被告人は,ポリタンク2つ,新しい軍手と長靴を2つずつを自分たちに渡し,ガソリンで火を付けること及び車を壊すために乙にあるつるはしを持っていくよう指示した。そこで,Bと自分は乙につるはしを取りに行き,Cの家に行った。Bは,Cに対して,「被告人がAに甲に火を付けて車を壊してこいと言った。Aには子供も生まれるし,Aにやらせるわけにはいかないから,自分が1人で行く。Aをここに置かせてくれ。」と言った。自分は,Bの言葉を聞いて,「俺が行く。」と言ったが,Bは,「お前にはやらせられないから。」とC宅で待っているように言った。Cは,「Bが行くなら俺も行く。」と言い,結局,BとCが甲に行くことになった。2人は同月15日午前3時過ぎくらいにC宅に戻ってきた。Bは,自分に対し,「甲に火を付けて,車を壊してきた。おまえがやったということにしろ。」と言った。その後,Bに乙まで送ってもらった。Bは,乙に向かう車の中で,被告人に,「Aが1人でやった。」と,放火等についての報告を電話でしていた。
(イ) B供述は,丙駐車場に駐車中の被告人の自動車内における被告人とBの会話の内容,C宅におけるBとCの会話の内容,BとCがC宅に戻った後のBの発言やBの被告人に対する報告内容等について,A供述と概ね符合している(なお,A供述はそれ自体具体的かつ詳細であり,C宅におけるBとCの会話内容等について,後記Cの供述とも符合する。)。
エ C供述との整合性
(ア) C供述の内容
Cは,当公判廷において概要以下のとおり供述する。
平成11年10月14日午後10時半か11時ころ,被告人からBの携帯電話に電話がかかってきた。その後,同日11時30分ころにBとAが自分の家に来た。Bは,「Aが乙を辞めると言ったら,辞めるなら甲に行って車を壊して火を付けろと被告人に命令された。Aには子どもが生まれることなどから,自分が代わりにやってくるから,Aを預かってくれ。」と言った。その際,Bは,被告人からAが火を付けたことの確認の役として一緒に行くように言われたというようなことを言っていた。自分は,Bの話を聞いて,被告人がVに対して何か恨みや不満があるのだろうと思った。そして,Bが助けてほしいと思っているのではないかと感じたことから,「B一人で行かせるわけにはいかない。自分も行きます。」と言った。そして,Bと自分が,甲に火をつけることとそこに置いてある車を壊すことになった。同月15日午前零時半ぐらいにBと一緒に自宅を出た。その際,玄関に置いてあった灯油,新聞紙,Bの車の中に入っていたつるはし,顔を隠すためのタオルを持っていったほか,Bから新しい軍手と長靴を渡されたので,玄関で長靴に履き替えた。ポリタンクは,Bが空のポリタンクを2つBの車に積んでいたが,それを自宅玄関に置き,そこに置いてあった満タンに入っていたポリタンク2つを持っていった。自宅を出た後,戊温泉で時間を調整し,甲に火をつける心の準備をして,同日午前2時ころに戊温泉を出発し,同日午前2時5分ころに甲に着いた。放火と車の破壊は,Bと手分けをして行った。甲では,自分は,持っていった2缶の灯油をコンプレッサーが入っている小屋の中央辺りから右側,左部分は建物にもかかるように撒き,小屋の中にも撒いて,段ボールを火種にして,コンプレッサーの入っている木でできた小屋の右端に火をつけた。Bは,持っていったつるはしで車を叩いていた。帰りに乙に寄ったが,そのとき,Bは車からつるはしを下ろしたので,つるはしを片付けに行ったと思った。事件後,甲が以前被告人が所有する山で営業していたが,その土地を買うかどうかでもめていたという話を聞き,それで被告人は甲に火をつけるように言ったのかなと思った。
(イ) B供述は,C宅におけるCとの会話の内容,放火の準備状況,BとCの放火等の行為の内容等について,C供述と概ね符合している(なお,C供述はそれ自体具体的かつ詳細と言え,灯油を撒布した場所,放火した場所,放火に段ボール片を使用したこと等について,客観的事実(甲13)と符合するほか,C宅におけるBとCの会話内容等について,Aの供述とも符合する。)。ところで,Bは,Cと同じ警察の留置場で逮捕・勾留されていたが,そのことから直ちに両者の間で口裏合わせが行われたとまでは認められず,Bの供述は身柄が拘束されていないAとも供述内容がほぼ符合していることからすれば,Cと同じ場所で身柄拘束されていたことが,B供述の信用性に影響を与えるものではない。
オ 以上によれば,B供述は信用性が高いと認められる。
(4)ア(ア) 以上に対し,弁護人は,B供述について,①被告人は,平成11年10月14日以前に,所有していた車Mを第三者に売却しているのであって,Mに乗っていた事実はないこと,②ポリタンクでガソリンを購入しろとの指示について,被告人はポリタンクではガソリンを購入できないことを知っていたのであるから,そのような指示をしたこと自体不自然であり,Bもポリタンクでガソリンを購入できないことを知っていたというのであれば,そのことを被告人に指摘しなかったことも不自然であること,③Bは,捜査段階で甲の敷地内の自動車を破壊した状況を再現した際,つるはしを片手で持っているが,一般的なつるはしを片手で持つことは不可能であること,④Bは本件当時,被告人が開業した中古車販売を主とする会社「亥」に勤務していたことを供述していないのは,同店における仕事に関してVに憤懣を抱いたことが原因で自分が本件を行ったことを隠すためであること,⑤Bは,平成12年1月に被告人から「亥」を解雇され被告人を恨んでおり,また,執行猶予付き判決を獲得するために,被告人を引っ張り込んだ可能性があることから,B供述は信用できないと主張する。
(イ)a しかし,①については,そもそもBは,平成11年10月14日に乗り込んだ被告人の自動車がMであると供述しているわけではないので,この指摘は当たらないが,一般に車検証記載の名義人と実際の使用者が必ずしも同一人であるとは限らないから,車検証記載の名義人が被告人ではないことをもって,同人が平成11年10月14日にMに乗っていなかったとまで認めることはできない。
b ②については,被告人は,ガソリンの引火性が強いことからその購入を命じたとも考えることができ,ガソリンを購入するよう指示したこと自体,必ずしも不自然とまでは言えず,また,被告人はBらにとっては恐れられていた存在であったことから,Bが被告人に指摘しなかったことについて,不自然とまでは言えない。
c ③については,弁護人の主張する「一般的な」つるはしとはどのようなものを指すのか明確ではないが,つるはしには大小様々なものがあることから,つるはしを片手で持つことが絶対に不可能とまでは言えず,また,この点に関するBの供述が不自然であるからといって,直ちにB供述の信用性が低下するとも言えない。
d ④については,後記のとおり,BがVに憤懣の情を抱いて本件犯行を行ったとは認められず,この点に関する被告人の供述は信用できない。
e ⑤については,前記のとおり,Bの供述が具体的かつ詳細で客観的証拠や関係者の供述と符合しており,その信用性は高いと言うべきであって,Bが執行猶予付き判決を獲得するため被告人を引っ張り込む可能性は抽象的なものに過ぎず,また,Bが被告人を恨んでいたことについても本件全証拠をもってしてもそのような事情は認められない。
(ウ) 以上から,弁護人の主張はいずれも採用できない。
イ(ア) また,弁護人は,A供述について,①前記のとおり,被告人は平成11年10月14日以前に所有していたMを第三者に売却し,それに乗っていた事実はないこと,②同日夜,被告人が乙に行った時間と,Aが被告人に乙から連れ出されたとする時間がほぼ同時刻であって不自然であり,被告人が乙に行くことになった経緯についても曖昧であること,③Aは被告人から放火等を指示されたとするが,甲のA確な場所は知らなかったのは不自然であること,④Aが,B及びCが実行行為を行っている際に,C宅で単に待っていただけであるというのは不自然であること,⑤被告人との関係ではAが本件犯行を行ったことになっているはずであるところ,Aは,本件犯行について被告人に対して何ら報告を行っていないのは不自然であること,⑥乙を辞めたいという話から本件犯行を被告人に指示されたのであれば,Aは本件放火直後に乙を辞めているはずであるところ,同年12月に逃亡するまで乙に勤めているのは不自然であることから,A供述は信用できないと主張する。
(イ)a しかし,①については,前述のとおり,被告人が本件当時Mに乗っていなかったとまで認めることはできない。
b ②については,被告人が乙に行った時間と,Aが被告人に同所から連れ出された時間が近接していても,特に不自然とまでは言えない。また,同年10月14日に被告人が乙に行くことになった経緯についても,被告人を電話で呼び出したか否かはっきりしないからと言って直ちにA供述の信用性が低下すると言うことはできない。
c ③については,A供述によれば,被告人の指示によりBもAに同行して甲に行くことになっていたのであるから,A自身が甲の場所を知らなかったこと,場所についての被告人の指示内容に関するA供述が具体的ではないことをもって,被告人から本件放火についての指示そのものがなかったとまでは言うことはできない。
d ④については,Aは被告人を恐れていたことや,BとCが自分の代わりに放火をすることになったことからすれば,Aが,B及びCが本件放火行為等を行っている間,C宅で待っていたとしても,あながち不自然,不合理とまでは言えない。
e ⑤については,Aは,Bが本件犯行後に被告人に対して電話で報告したと供述しているが,Bが本件犯行についての見張り兼見届け役であったことから,Bが被告人に報告したことは自然であるとも言える。
f ⑥については,Aは,被告人から本件放火を指示された際,放火をすれば乙を辞めてよいと明言されておらず,乙を辞める時期についての話も出なかったことからすれば,本件後も乙に勤めていたとするA供述が,特に不自然,不合理とまでは言えない。
(ウ) よって,弁護人の主張はいずれも採用できない。
ウ(ア) 弁護人は,C供述についても,同人の犯行現場における行動について,新聞紙の出所や新聞紙を投げ捨てたとする場所に関する供述は曖昧であり,段ボールに灯油を染みこませていないという供述は,灯油が染みこんだ段ボールが発見されている事実と符合せず,放火行為の具体的内容についても,小屋内のホースの焼け方と符合しないなど,C供述は不自然であり,犯行現場の状況からすればB及びC以外の第三者も加わっていたとして,C供述は信用できない旨主張する。
(イ) しかしながら,Cの当公判廷における供述は,本件犯行から6年以上,自身の公判から4年半以上(甲44)も経過してなされたものであることから,新聞紙の出所や新聞紙を投げ捨てた時の状況等の細かい事実についての供述が具体的かつ詳細でないとしてもやむを得ないし,本件犯行時刻は真夜中で,犯行場所も山の中にあったことからすれば,Cは暗い中で本件犯行を行ったと推認でき,そうであれば,供述に曖昧な点があるのはむしろ自然であるとも言える。
また,仮に,弁護人の主張するように,B及びC以外の第三者が本件犯行に関与していたとしても,そのことからB及びAとの共謀についてのC供述の信用性が減殺されることにはならない。
(ウ) したがって,弁護人の主張は採用することができない。
(5) 被告人の供述の信用性
ア 被告人供述
以上に対し,被告人は,当公判廷において,概要以下のとおり供述する。
Bは乙で働いていたが,平成11年9月終わりに中古車販売を業とする亥の立ち上げと同時に,本人の希望もあって,乙から亥に移った。Bは,同月の終わり又は10月初めに,中古車の販売の仕事を受注してきた。それは,Bにとってはもちろん,亥にとっても初めての仕事だった。その車の塗装を甲に依頼したが,10月11日に塗装を仕上げる約束であったにもかかわらず,その日には仕上がらず,12日の午後2時ないし3時ころにようやく塗装が終わった。被告人らは,その日が納車日であったこと及び塗装が遅れたことから,Vに対し,バンパーの取付け作業を依頼したが,請負代金で折り合いがつかず,甲の敷地を借りて,被告人らが作業をしなければならないことになった。ところが,Vは,被告人らが希望する工具を貸さなかったばかりか,Bがアドバイスを求めても素っ気なく,作業が未だ終わっていないにもかかわらず,夕方には作業をやめるように強く求めた。被告人らは場所を移動して作業を続けるために片づけたが,Vの指示により,3回も片づけをやり直させられ,3回目には,懐中電灯で辺りを照らされて地面のボルト拾いをさせられるなどしたため,BはVに大きな不満を抱いた。被告人自身もBと一緒に作業を行い,片づけも3回したが,Vを以前から知っていたことや,Bを抑えることに一生懸命だったことから,Vに対して特に怒りなどは感じなかった。Bは,翌13日にも,代金が高いことやVの態度について不満と怒りを露わにしていた。同月12日の夜にAが乙を辞めたがっていることを聞き,翌13日に,Bに対し,Aにあと一,二か月乙で働くように説得することを依頼した。同月14日,BにAの説得についての様子を聞き,Bに再度説得を依頼した。同日夜10時前ころ,丙の駐車場に駐車中の車内で,B及びAと話をした。車内で,Aは「燃やしに行きます。」と言い,Bは「こいつ燃やしに行くって聞かないんですよ。」と言ったので,自分は,Aを思いとどまらせて,あと一,二か月乙で働くことを承諾させた。同月15日午前零時半から1時の間ころ,Dと一緒にいたときに,Bから電話があり,甲を燃やしていると言われ,Bの背後から多人数の声が聞こえた。Bとの電話は何回か切れたが,4回ほど話した。自分は,Bに対して,「何やっているんだ,おめえ。」「誰と話しているんだ。」「離れろ。」「なんで甲なんだ。」などと大声で叫んだ。Bとの電話が終わった後,Dに対して,Bが甲に放火し,そこに置いてある車を壊したようだということなどを話した。Vが工場の土地代を支払っていなかったことは,本件後に知った。また,本件後,Bから,中古車販売の件でVに対して不満があったので,Aがやらなくても自分で甲の放火等をするつもりだったと言われた。
イ 被告人供述の信用性
(ア) 被告人は,Bが本件犯行を計画し,自ら実行したと供述し,その動機として中古車に絡むVとのトラブルを挙げているが,そもそも中古車の塗装を甲に依頼したという点については被告人の供述以外何らの証拠もない。
また,被告人は,BとVとのトラブルの場に居合わせ,被告人自身,Vの指示の下,ボルトを拾わせられたりしたことや,Vの塗装の遅れから亥の初めての仕事が期限どおり納車できなかったにもかかわらず,被告人がVに対して怒りを全く感じなかったというのは不自然であり,BとVとのトラブルについて,被告人の供述は全体として詳細で迫真的であるが,本件から6年以上経過していることからすればかえって不自然とも言える。
そして,被告人は,捜査段階において,本件については覚えていない旨供述し,当公判廷においても,捜査段階では8割くらい覚えていなかったと供述するところ,本件について,公判になって急に詳細に供述すること自体,不自然,不合理であると言わざるを得ない。
(イ) 本件犯行時刻ころにBから電話があった際の状況について,被告人は,Bに対して大声で叫び続け,複数回電話をした後,Dに対して一連のことを話した旨供述するが,Dは,複数回の電話の間,被告人の「何やっているんだ」という言葉しか聞いておらず,その後は被告人からBが甲に火を付けたらしいということしか言われていないと供述しており,本件犯行に関する電話の状況という最も根幹に関わる部分において,D供述と合致していない。
(ウ) 被告人供述によれば,Bは,10月14日夜の自動車内において,「こいつ,燃やしに行くって聞かないんですよ。」と,Aの放火について否定的ととることができる話をしていたにもかかわらず,本件後は,「Aがやらなくても,自分で甲に放火するつもりだった。」と話したことになっており,不自然であるばかりか,仮に自ら放火するつもりであったのであれば,自動車内で持ち出すまでもなく実行するのが自然であり,この点から見ても,被告人の供述は不自然,不合理と言える。
(エ) 以上によれば,被告人の供述は全体として信用できない。
(6) 以上のとおり,信用できるB供述によれば,被告人は,Aから乙を辞めたい旨聞き,平成11年10月14日午後11時ころ,丙駐車場に駐車した被告人の自動車内において,Aに対して甲への放火及び敷地内の車の破壊を,Bに対して見張り兼見届け役を指示し,両名がこれを承諾したこと,被告人が,B及びAに対し,ポリタンク2缶,軍手2双及び長靴2足を渡したこと,B及びAは,被告人の指示により乙から車を破壊する道具としてつるはしを持ち出したこと,同日午後11時30分ころ,両名はC宅に赴き,BがCに対して,被告人からのA及びBへの指示の内容を伝えたこと,B,A及びCの間で,B及びCが放火等をすることに決まったこと,B及びCは,C宅に置いてあった灯油等を車に積み込んで甲に赴き,同月15日午前2時5分ころ,甲のコンプレッサー収納庫等に放火したことを認めることができる。
これに,被告人が,同月14日夜に丙駐車場に駐車中の車内において,B及びAと話をしたこと及びその際にAが甲に放火するという話が出たことを認めていることを併せ考慮すれば,本件において,被告人とBの間で甲への放火等についての共謀が成立し,その後,BとCの間で順次共謀が成立したと認めることができる。
4(1) 弁護人は,B及びCとの共謀について,①被告人は,Bには放火の実行行為をしないよう指示したのであるから,被告人がBに放火を指示し,Cと謀議するという順次共謀は成立しないこと,②被告人が実行行為を指示したAから,B又はCに対して放火の指示が行われたわけではないから,この点からも順次共謀は成立しないこと,③被告人がAに放火を指示したところ,実行行為をしないように指示したBが被告人と関係なく積極的に関与してきたCと実行行為を行ったのであるから,被告人にはB及びCの行為を利用する意思はない上,B及びCは,被告人の指示内容を実行しておらず,被告人が用意した道具も利用していないのであるから,被告人,B及びCは相互に利用補充し合う関係にはないこと,④Aが共謀関係から離脱し,Cが加入した時点で,被告人がAに対して行った指示と本件との因果性は切断されていることから,被告人とB及びCとの間での共謀は成立していない旨主張する。
(2)ア ①及び②については,被告人は,Bに見張り兼見届け役を指示したものであって,被告人とBの間の本件放火についての共謀を認めることができる。そして,その後,C宅において,BとCが本件放火を実行することになったのであるから,被告人とB及びCとの間で,本件犯行についての共謀が成立したと認めることができる。
イ ③については,被告人はAに実行行為,Bに見張り兼見届けを指示したのであって,Bとの関係で相互に補充し利用する意思は認められる。そして,順次共謀の場合,共犯者全員が面識を有していることは必ずしも必要ではなく,数人中のある者を通じて他の者相互間に犯意の連絡があれば足りる(大審院判決昭和7年10月11日刑事判例集11巻1452頁)から,被告人において,Cを利用する具体的意思を有している必要はない。
また,共謀の成立には,犯行の手段の具体的内容についての微細な点に至るまで相互に意思が合致することまでは要しないから,B及びCが,被告人の用意したポリタンクや軍手を使用しなかったとしても,被告人との共謀の成立には何ら影響はない。
ウ ④については,本件では,被告人,B及びCの間で放火の共謀を認定したものであり,Aの離脱は,被告人,B及びC間の共謀の成否には影響しないが,Aは,C宅において,B及びCに対し,自分が実行行為を行う旨告げ,自らは本件から離脱する意思を表明していないこと,B及びCが本件犯行から帰宅するまで両名をC宅で待っていたこと,被告人に対しても離脱の意思を表明していないことからすれば,Aの共犯関係からの離脱は認められないと解するべきである。
(3) したがって,弁護人の主張はいずれも採用することができない。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,被害者が経営する工場の土地の賃料を被告人に支払わないことに対する不満を晴らすため,被告人が経営していた飲食店の従業員及びその友人と共謀し,被害者が経営する工場を放火した事案であり,犯行の動機は自己中心的で酌量の余地はない。犯行態様も,ポリタンク2缶分の灯油(約38リットル)を工場に近接するコンプレッサー収納庫の壁の下部分にほぼ満遍なく撒布した上で放火したもので,撒布した灯油の量,当該工場には可燃性の高い有機溶剤等が保管されており,敷地内には自動車も複数置いてあったことからすると,一歩間違えばより重大な結果を招く危険性が高く,悪質である。被告人は,BやAが自己を恐れていることを利用して,本件放火を指示し,犯行に用いる軍手や長靴のほか,ポリタンクを用意してBらに渡してB及びCに本件放火行為を行わせたもので,本件犯行において首謀者としての役割を果たしたものである。本件犯行による被害額も109万円余りと高額である。被害者Vには工場に放火されるまでの落ち度はなく,同人の被害感情が大きいのも当然である。また,被告人は,捜査段階から一貫して本件犯行を否認して縷々弁解しており,反省の態度は見て取れない。以上によれば,被告人の本件行為は厳しく非難されるべきである。
しかしながら,他方で,本件被害場所の付近に人家はなく,本件工場が山中にあったこと,本件犯行は幸いにして未遂に終わっていること,被告人は正式裁判を受けるのは今回が初めてであることなどの被告人にとって有利な事情も認められる。
そこで,これらの諸事情を総合考慮し,主文掲記のとおりの刑を科すのが相当であると判断した。
(求刑 懲役4年)

平成18年3月9日
  青森地方裁判所刑事部
裁判長裁判官  髙 原    章
裁判官  室 橋 雅 仁
裁判官  香 川 礼 子

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最終更新:2006年03月13日 13:07
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