H17. 6. 7 さいたま地方裁判所 平成16年(ワ)第533号 遺言無効確認請求

判示事項の要旨:
契印のない状態で封筒の中に収められていた4枚の用箋からなる自筆証書遺言が有効であるとされた事例


主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 訴外亡Aが平成13年1月14日にした別紙記載の自筆証書遺言は無効であることを確認する。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は,相続人である原告らが,他の共同相続人である被告に対し,被相続人作成の自筆証書遺言は遺言としての方式を満たさず,内容の面においても財産の処分に関する意思を表明したものでないなどとして,その遺言が無効であることの確認を求めている事案である。
2 当事者間に争いのない事実
(1) 当事者等
  訴外亡A(本籍:【省略】,最後の住所:さいたま市b区c【以下省略】。以下「亡A」という。)は,平成15年4月7日死亡した。
 原告ら及び被告は亡Aの子であり,この3名が亡Aの相続人である。
(2) 自筆証書遺言の存在
 被告は,平成15年4月12日,亡Aが生前暮らしていた実家に原告らが訪ねてきた際に,亡Aの自室の整理タンスの中で発見したと言って,表面に「遺言の事」,裏面に「平成13年1月14日 A」と署名され,その名下に「a」の捺印のある封筒(以下「本件封筒」という。)を原告B(以下「原告B」という。)に手渡した。
 本件封筒の中には,4枚の用箋が入っており,亡Aの自筆にて別紙の内容の遺言が記載されていた(以下,別紙記載の遺言を「本件遺言」といい,本件遺言が記載された遺言書のことを「本件遺言書」という。)。
(3) 本件遺言書の検認
  被告は,さいたま家庭裁判所に本件遺言書の検認の申立てをし,同裁判所は,平成15年8月6日,原告ら及び受遺者であるC出頭の上で検認の審判をした。
(4) 本件遺言書の形式
ア 本件遺言書は4枚の用箋にわたるものであるが,4枚の間に契印はなく,また編綴もされていない。
イ その4枚のうちの1枚には,日付,亡Aの署名及び捺印があるが,他の3枚には,日付,署名,捺印はない。
ウ 4枚の用箋は1つの封筒(本件封筒)に入っており,本件封筒は印影で封印されたものではない。
エ 4枚の用箋のうち,日付,署名及び捺印のある用箋は縦書きで書かれているが,他の3枚は横書きで書かれている。
(5) 本件遺言書の内容
 本件遺言書の「此の家と地上権はD子に上げて下さい。」との記載について,「此の家」とは亡Aが亡くなるまで住んでいたさいたま市【以下省略】所在の自宅建物(以下「本件建物」という。)を指し,「地上権」とは本件建物の敷地の借地権を指している。
3 原告らの主張
(1) 本件封筒の封緘状況
 被告は,平成15年4月12日,原告らと原告Bの妻Eが亡Aの暮らしていた家に集まって話をしていた際,立ち上がって部屋を出て行き,本件遺言書の入った本件封筒を原告Bに手渡した。
 本件封筒は,原告Bが受け取った際に,封が自然に開いた状態になったので,原告Bは封筒の中に入っていた用箋を取り出し,その場で読み上げた。 その際の本件封筒の封緘の状況は,糊付けがされておらず,他に何らの封じる方法もとられていなかった。
(2) 本件遺言書が一体のものとは言えないこと
 4枚の用箋に書かれている本件遺言は,3枚の用箋につき民法968条の定める遺言者が日付及び氏名を自署し,捺印する旨の要件を欠いており,自筆証書遺言として無効である。
 すなわち,本件遺言書の形式は上記2(4)のとおりであり,しかも本件封筒は自然に開く状態であった。また,日付,署名及び捺印があり,縦書きで書かれている用箋に記載されている内容は,別紙1枚目のとおりであり,この用箋1枚で完結しており,他の用箋のどれとも連結している内容とは言えない。
 そして,日付,署名ないし捺印の全くない3枚の用箋に記載されている内容は,連続したものとは言えず,相互に連結性を持たない。
  以上の事実を総合すると,本件遺言書を構成する4枚の用箋は,その内容外形,状況のどの点からみても,1通のものとして作成されたものとは言えず,4枚の用箋と封筒が一体をなすものとも言えない。
(3) 被告が本件遺言書を改ざん等した可能性
  本件封筒の中の4枚の用箋は,原告Bが最初に取り出した際にはホチキスで綴じられていたが,後でよく見るとホチキスの穴がもう一つ開いていた。
  一方,被告は,本件遺言書検認の審問の席で「遺言書を最初に見たときには遺言書はホチキスで留められていなかったと思いますが,返還されたときにはホチキスで留められていました。」と述べている。
  被告が本件遺言書を最初に見たのはいつどこであるのか,原告らには知るよしもないが,上記発言は,被告が原告らに本件封筒を手渡した平成15年4月12日より前に本件遺言書を見ており,その際には4枚の用箋はホチキスで留められていなかったことを,審問の席でつい述べてしまったものと推測される。
 また,横書きの3枚の用箋において,亡Aの遺産である預貯金のうち最も高額な600万円の簡易保険について何ら言及がない。
  そうすると,亡Aの遺言書は本件の4枚の用箋だけでなく,他にもあった可能性がある。さらに,被告が,本件封筒の中にあった遺言書の一部あるいは全部と,他の場所に保管されていた遺言書の一部あるいは全部とを入れ替え,あるいは独自に綴ってホチキスで留め,本件封筒に入れた可能性を否定することはできない。
(4) 本件遺言の内容が不特定であること
 本件遺言書の2枚目には「此の家と地上権はD子に上げて下さい。」との記載があるところ,D子という名の者は亡Aの周囲には存在しない。
 また,「D子に上げて下さい。」との記載は,遺贈であるか,遺産分割の方法の指定であるか必ずしも明らかではないが,いずれもと解釈するにしても,被相続人である亡Aは「D子に上げる」との確定的な意思を表示していない。
 以上のとおり,本件遺言書の上記記載は,「D子」が誰であるのか特定されず,また,単に被相続人の希望を述べているだけで,相続人の遺産分割協議にゆだねる趣旨であるから,遺贈でも遺産分割方法の指定でもなく,無効である。
4 被告の主張
(1) 本件封筒の封緘状況
 被告は,平成15年4月11日,亡Aの使用していた整理ダンスの中から本件遺言書を発見した。その際,本件遺言書は封緘されており,被告は発見した状態のまま本件遺言書を保管し,翌日である同月12日,原告Bに手渡した。
 本件封筒は通常市販されている長4サイズの白封筒で,封の部分にあらかじめ粘着シールが貼られ,剥離紙を剥がして封筒口を閉じれば,封がされるようになっている。
 そして,本件封筒の封筒口に粘着テープが貼られ,剥離紙が剥がされた状態となっており,封をされた形跡が残っていることからすれば,本件遺言書が封をされた状態で保管されていたことは明らかである。
 なお,本件封筒を開封したのは原告Bであり,原告Bはその場で本件封筒から本件遺言書を取り出して,その内容を読み上げた。読み上げた後,原告らはこのような内容は認められない旨述べたが,本件訴訟に至るまで封が既に開けられているなどといったことが問題とされたことはなかった。
(2) 本件遺言書が一体のものであること
 遺言書が数葉にわたる場合,その間に契印,編綴がなくても,それが1通の遺言書であることを確認できる限り,遺言は有効である。
 本件遺言書は,表面に「遺言の事」と記載された封筒に収められ,4枚とも同じ便箋に記載され,同じペンで書かれたものであるから,1通の遺言書であることは明らかである。しかも,そのうちの1枚に日付,署名及び捺印がされているのであるから,自筆証書遺言としての要件はすべて充足している。
 また,本件遺言書が収められていた本件封筒の裏面にも,遺言者の自筆によって日付,署名が記載され,押印がされているのであるから,これによっても自筆証書遺言としての要件を充足しているといえる。
 以上要するに,本件遺言書は,内容が連続しており,全体として1通の遺言書であることは客観的に明らかであって,その一体性について疑問を差し挟む余地はない。
(3) 被告が本件遺言書を改ざん等した可能性のないこと
 本件遺言書は原告Bが開封し,その後持ち帰ってしまったため,被告が初めて本件遺言書を手にしたのは平成15年6月9日の調停期日においてその返還を受けたときである。そのため,被告は原告Bが開封した当時の本件遺言書の状況を明確に把握しているものではない。ただ,被告は原告Bが本件遺言書を読み上げた際に本件遺言書がホチキスで留められていた記憶がなかったことから,検認の期日においては「ホチキスは留められていなかったように思う。」旨述べたのである。
 本件遺言書を開封した原告Bが,開封時に本件遺言書がホチキスで綴じられていたと述べるのであれば,本件遺言書はもともとホチキスで綴じられた1通の遺言書であったことになるもので,原告Bが開封する以前に被告が本件遺言書を開封したことなど一切なく,ましてや被告が封筒の中にあった本件遺言書の一部あるいは全部を,他の遺言書の一部あるいは全部と入れ替え,若しくは独自に綴ってホチキスで留めるなどした事実は一切ない。
 原告らは,本件遺言書に600万円の簡易保険についての記載がないことを問題にする。しかし,上記簡易保険は,保険契約者,保険金受取人を亡A,被保険者を被告とするものであって,簡易生命保険法55条により被告が保険金受取人となるものであるから,もともと相続財産には含まれない。それゆえ,本件遺言書に記載がないとしても,何ら不自然ではない。
(4) 本件遺言は遺産分割方法を指定したものであること
 原告らは,本件遺言書の「此の家と地上権はD子に上げて下さい。」との記載は遺産分割方法の指定ではないと主張する。
 まず,亡Aは生前被告のことを「D」という名前に「子」をつけて「D子」と呼んでおり,本件遺言書の「D子」が被告を指すことは明らかである。そして,本件遺言書の収められていた封筒の表面には「遺言の事」と記載され,本件遺言書には亡Aの個々の相続財産についての記載があり,4枚目には株券について原告ら及び被告に相続させる趣旨の記載があることから,同一の遺言書にある上記の記載についても,亡A名義の本件建物とその借地権を被告に相続させるという遺産分割方法を指定したものと解すべきである。
5 争点
(1) 被告は本件遺言書の内容を事前に確認し,本件遺言書の全部又は一部を差し替え若しくは改ざんしたか。(争点1)
(2) 本件遺言書は,自筆証書遺言としての方式を備えているか。(争点2)
(3) 本件遺言書の「此の家と地上権はD子に上げて下さい。」との記載は,本件建物とその敷地の借地権を被告に相続させる旨の遺産分割方法の指定であると解釈することができるか。(争点3)
第3 当裁判所の判断
1 争点1(被告による改ざん等の有無)について
(1) 事実関係
 前記第2,2記載の当事者間に争いのない事実に,証拠(甲1~7,9,10,乙1,3,5,原告B,被告各本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア 被告は,昭和20年8月13日,亡F,亡Aの長女として出生し同46年10月19日,Gと婚姻した。その際,被告は両親と相談し,婚姻後も両親と同居することにした。具体的には,父Fの援助により新しく本件建物の敷地に別棟を建ててもらい,2階部分に被告夫婦の寝室を設けた。別棟と本件建物(母屋)は廊下で繋がれており,被告夫婦に子供が生まれてからは,被告ら家族は食事や団らんの時間を母屋で過ごすようになった。そして,平成2年6月22日に父Fが亡くなってからは,被告ら家族が亡Aの面倒をみていた。
イ 被告とその兄に当たる原告らは,父Fの亡くなった後,機会があるごとに,誰が亡Aの世話をするのかについて話合いをしていたところ,平成7年9月ころ兄妹が集まった際,原告Bは,自分たちは亡Aと同居するつもりはないので,本件建物には被告ら家族が住めばよいという趣旨を述べた。
  これを聞いた被告は,原告らは今後とも自分たち家族が本件建物に住み続けることを了解してくれたものと理解した。
ウ 被告は,平成14年4月ころ,家族団らんの場で,亡Aから「遺言書を書いてあるからね。」と言われた。被告は,その当時亡Aが元気であったことから,その発言について特に関心を示さず,遺言の内容や遺言書の保管場所について亡Aに尋ねることはしなかった。
亡Aは,平成14年9月ころから床に臥せることが多くなり,同15年2月8日病院に入院した。入院の直後,原告ら及び被告並びにそれぞれの配偶者は,医師から亡Aは余命幾ばくもないことを知らされた。そこで,原告ら及び被告それぞれの家族は,亡Aが亡くなるまでの間,自分たちの持てる時間の中で,見舞いや泊まり込んでの看病をしていた。
エ 亡Aは平成15年4月7日(以下,平成15年の出来事については,原則として年の記載を省略する。)に亡くなり,通夜は同月9日,告別式は同月10日に行われた。告別式が終わってから,原告Bは,被告に対し,同月12日の午後2時に原告Hと一緒に被告宅(原告らにとっては実家)を訪ねる予定であることを告げた。
 被告は,原告らの訪問を翌日に控えた4月11日の夜,亡Aが遺言書を書いていることを思い出した。被告は,もし亡Aが書き残したものがあるなら,亡Aのためにも早く見つけなければと考えた。そこで,被告はまず仏壇を探したが特に遺言書のようなものは見つからなかった。次に,被告は,亡Aの部屋に行き,同女が通帳類を保管しているタンスを探したが見つからず,別の整理ダンスの中を探したところ,表に「遺言の事」と記載され,裏には亡Aの署名捺印のある本件封筒を発見した。被告は,その封筒の外観からすぐにこれが亡Aの遺した遺言書であると分かった。
 被告が発見したとき,本件封筒には封がされていたため,被告は勝手に開封してはいけないと考え,本件封筒をそのまま整理タンスの中に保管しておいた。
オ 翌日である4月12日午後2時ころ,原告らと原告Bの妻であるEが被告宅を訪問した。原告ら,E及び被告の4名は,居間として使用されている6畳間の掘りごたつに座って,通夜や告別式の出席者のリストを整理しながら,香典返しについての相談をした。香典の確認と香典返しの相談は1時間ほどで終わり,話がひと段落したところで,原告Hが「この家のことだけども」と言いかけた。すると,被告は立ち上がって,亡Aの部屋に行き,戻ってきてから「こんなものがある。」と言って,本件封筒を原告Bに手渡した。
 原告Bは,本件封筒を手に取り,その上部の糊付けされている部分を手で剥がして開け,中に入っている便箋4枚(本件遺言書)を取り出した。そして,本件遺言書の記載について声を出して読み上げた。
 原告Bが本件遺言書を読み上げた後,原告Hは,被告に対し,「こんな内容認められない,おまえが書かせたのだろう。」と述べた。原告Bも,「こんなもの,遺言でも何でもない。」と述べた。そして,「これは俺が預かる。」と言って,本件遺言書及び本件封筒を持ち帰った。
 なお,原告Bが本件封筒を開封してからこれを持ち帰るまでの間に,本件封筒の封が開けられた跡があるといったことを原告らが問題にしたことはなかった。また,被告は,前同日,本件封筒を原告Bに手渡した後に,本件封筒ないし本件遺言書を手にとって中身を確認したことはなかった。
カ 被告は,その後,本件遺言書の検認の手続をとるため,本件遺言書を返してほしいと原告Bに求めたが,原告Bはこれに応じなかった。そこで,被告は,5月9日,さいたま家庭裁判所に親族関係調整の調停を申し立て,6月19日の調停期日において,原告Bから本件遺言書の返還を受けた。
 被告は,直ちに,本件遺言書の検認を申し立て,8月6日,検認の手続が行われた。その際,被告は,原告Bが開封して本件遺言書を読み上げている様子を思い浮かべたところ,本件遺言書がホチキスで留められていたような記憶がなかったことから,家事審判官に対して「最初に見たときには遺言書はホチキスで留められていなかったと思います」と述べた。しかし,被告は,原告Bが読み上げる本件遺言書の内容に気持ちを集中させており,現時点では,本件遺言書がホチキスで留められていたかどうかについて記憶がはっきりしていない。
キ 本件遺言書には,綴じられたホチキスのすぐ上にホチキスを外した痕跡がある。
 本件封筒は,通常市販されている白色洋紙二重封筒であり,封の部分に粘着シールが貼られ,剥離紙を剥がして封筒口を閉じれば,封がされるようになっている。そして,原告Bが本件封筒を開封した4月12日の時点及び原告Bの本人尋問が行われた平成16年11月30日(本件第2回口頭弁論)の時点において,本件封筒の封筒口はねばねばした状態になっており,封がされた形跡が残っていた。
(2) 事実認定の補足説明
 原告らは,① 本件封筒は封緘されていなかったこと,② 本件遺言書には綴じられたホチキスのすぐ上にホチキスを外した痕跡があること,③ 本件遺言書の中に600万円の簡易保険についての記載がないことを指摘して,被告が本件遺言書の全部又は一部を差し替え若しくは改ざんしたと主張し,本件遺言書が一体のものであることを争う。しかし,証拠(原告B,被告各本人)によれば,本件遺言書は亡Aの自筆によるものであると認められる上に,以下で説明する事情によれば,被告が本件封筒を事前に開封し,本件遺言書の内容を改ざん等した事実を認めることはできない。
ア 本件封筒の封緘(上記①)について
 原告Bは,被告宅に原告Hらと集まった際,被告から手渡された本件封筒を開けようとして両端から軽く力を加えたところ,上部の糊付けされた部分がごく自然に開いたと供述している。しかし,仮に本件封筒がそのような状態であったとすれば,原告Bは本件封筒から本件遺言書を取り出す際,又は本件遺言書を読み終えた際に,そのことを指摘するのが当然であると思われるのに,その場では本件封筒の封緘について誰も問題としていない。加えて,本件封筒の糊付けされた封の部分は,本件口頭弁論期日が行われた平成16年11月30日の時点においてもある程度の粘着力を保っていたこと(当裁判所に顕著な事実)を考え合わせると,さしたる力を加えていないのに本件封筒の封が自然に開いたという原告Bの供述は信用することができない

 確かに,本件遺言書が読み上げられた平成15年4月12日の時点では,亡Aが本件封筒を封緘したと推定される平成13年1月14日から数えて2年以上が経過しており,本件封筒が保管されていた整理ダンスは日当たりのあまり良くない亡Aの寝室に置かれていたこと(被告本人の供述により認められる。)からすると,封が通常のものに比べて開きやすくなっていた可能性は否定できないが,糊がほとんど効かないで封が開いた状態になっていたとまでは認めることはできない。
イ ホチキスを外した痕(上記②)について
 本件遺言書には,綴じられたホチキスのすぐ上にホチキスを外した痕跡があることは,前記認定のとおりである。
 そして,原告Bは,平成15年4月19日ころホチキスを外さずにコンビニエンスストアで本件遺言書のコピーをとった,その後,調停期日の前日である同年6月18日にホチキスを外して自宅のファックスでコピーをとった,自分では気が付かなかったが,同年4月19日にとった本件遺言書のコピーを受け取った原告Hから平成16年1月ころホチキスを外した痕がある旨指摘を受けたと供述しており,この供述内容が真実であるとするならば,ホチキスを外した痕は同15年4月12日より前に付いたことになる。
 しかし,原告Bの上記供述を裏付ける証拠はなく,原告Bが本件遺言書を保管している間に,原告Bあるいはその家族が本件遺言書のホチキスを外してコピーをとった可能性を否定することはできない。そうでないとしても,亡A自身が本件遺言書を綴じ直した可能性もある。したがって,本件遺言書にホチキスを外した痕跡があることから,被告が本件遺言書の便箋を差し替えたり,改ざんしたりした事実を認めることはできない。
ウ 本件遺言書に簡易保険に関する記載がないこと(上記③)について
 本件遺言書には,亡Aの銀行預金や郵便貯金についての記載があるが,亡Aを保険契約者兼保険金受取人,被告を被保険者とする600万円の簡易保険(平成15年12月8日満期。以下「本件簡易保険」という。)について記載のないことは原告らの指摘するとおりである。
 そして,原告Bの陳述書(甲9)には,亡Aが亡くなる約半年前に実家を訪ねたところ,亡Aが「満期になる600万円があるからBに上げる。」というようなことを言ったとの記載がある。
 仮に,上記陳述書の記載が真実であるとすれば,亡Aは平成14年10月ころの時点では,本件簡易保険の保険金請求権を原告Bに与えるとの意思を有していたことになるが,そのことは必ずしも本件遺言書が作成された時点で亡Aが同一の意思を有していたことを意味するものではない。
なぜなら,本件遺言書を作成した時点で亡Aが本件簡易保険の存在を失念していた可能性,あるいは本件簡易保険の保険金受取人を指定しないときは被保険者である被告が保険金受取人となる(簡易生命保険法55条1項1号)こと,言い換えると,本件簡易保険はもともと相続財産に含まれないことを認識して本件遺言書を作成したが,後になってそのことを忘れたか,気が変わった可能性を否定することはできないからである。
 そうすると,本件遺言書を作成した時点で亡Aが本件簡易保険の保険金請求権を原告Bに与えるとの意思を有していた事実を認めることはできないから,亡Aがその旨の遺言書を作成していたことを前提に,被告が本件遺言書を改ざん等したという原告らの主張は,単なる憶測であって採用することができない。
(3) まとめ
 以上の認定判断によれば,被告が本件封筒を事前に開封し,本件遺言書の内容を改ざん等した事実を認めることはできず,被告は,平成15年4月12日,原告Bが本件封筒を開封して,本件遺言書の内容を読み上げた際,その内容を初めて知ったものと認められる。
2 争点2(本件遺言書の自筆証書遺言としての効力)について
(1) 自筆証書遺言の方式
 自筆証書遺言は,遺言者が遺言書の全文,日付及び氏名を自署し,押印することにより成立するところ(民法968条1項),遺言書が数葉にわたるときであっても,その数葉が1通の遺言書として作成されたものであることが確認されれば,その一部に日付,署名,捺印が適法になされている限り,その遺言書は有効である(最高裁昭和36年6月22日判決・民集15巻6号1622頁)。
(2) 本件遺言書の効力
 これを本件についてみるに,本件遺言書は4枚からなっており,縦書きで書かれた1枚目には,日付,亡Aの署名及び捺印があるが,横書きの他の3枚には,日付,署名及び捺印はない。
 しかし,証拠(甲6,被告本人)によれば,本件遺言書は表面に「遺言の事」と記載された本件封筒に収められ,4枚とも同じ便箋に記載され,かつ同じ青色ペンで亡Aによって書かれたものであること,本件封筒及び本件遺言書の1枚目の「a」の印影は亡Aの実印によるものであることが認められる。そして,本件封筒に封がされていたことは前記1(1)で認定したとおりである。
 さらに,記載内容をみると,日付,署名及び捺印がされた1枚目の用箋では遺言を遺す趣旨が記載され,2枚目以降には特定の財産を相続人ないし受遺者に相続させる等の具体的な内容が記載されているのであるから,その内容は連続しているものと理解することができる。
 以上によれば,本件遺言書については,これを構成する4枚の用箋の間に契印や容易に外れない形の編綴は存在しないものの,その保管状況,筆記具及び捺印の状況並びに記載内容の連続性などに照らして,1通の遺言書として作成されたものと認めることができる。
(3) まとめ
 以上によれば,本件遺言書は自筆証書遺言の方式を具備するものと認めることができる。
3 争点3(「此の家と地上権はD子に上げて下さい。」との記載の効力)について
(1) 遺言解釈の方法
 遺言の解釈に当たっては,遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく,遺言者の真意を探究すべきものであり,遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するに当たっても,単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく,遺言書の全記載との関連,遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和58年3月18日判決・裁判集民事138号277頁)。
(2) 本件遺言書の解釈
 これを本件についてみるに,本件遺言書は「遺言の事」と記載された本件封筒に収められ,「此の家と地上権はD子に上げて下さい。」との記載(以下「本件記載」という。)に続いて,亡Aの銀行預金及び郵便貯金についての記載があり,さらに,複数の株券について原告ら及び被告に相続させるよう,遺産分割方法を指定したものと解される記載がある。
 また,本件遺言書が作成された当時,亡Aは被告の家族と同居しており,証拠(甲9,10,原告B本人)によれば,原告らは遅くとも昭和47年以降は亡Aと同居したことはなかったこと,原告らは既に現在の住所地に自宅を建築していたことが認められ,他方,原告らが亡Aに対して継続して多額の経済的援助をしていたというような事実を認めることはできない。
 さらに,原告らは,前記1(1)のイで認定したとおり,本件建物において被告が亡Aと同居して生活することを認めており,亡A作成にかかる忘備録(乙2)の平成7年10月10日の欄に「さいたまのこの家はD,gがづうと住む事と兄弟で話し合ったとの事」との記載があるように,亡Aもそのことを認識していたものと認められる。亡Aはそのような状況にあったことから,本件記載に続けて「良きにつけ,悪きにつけ労力を惜しまずAを支え守って来たのですから,古い家だけに維持する事は大へんな経費がかゝります」と述べて,亡Aと長い間同居してきた被告に対する感謝の気持ちを表しているものと理解することができる。
 そして,証拠(原告B,被告各本人)によれば,亡Aは生前被告のことを「D」という名前に「子」をつけて「D子」と呼んでいたことが認められるから,本件記載にある「D子」が被告を指すことは明らかである。
(3) まとめ
 以上によれば,本件遺言書の全記載との関連,本件遺言書作成当時の亡A,原告ら及び被告の事情,亡Aの置かれていた状況並びに相続人である原告ら及び被告に対する感情等を考慮して,遺言者である亡Aの真意を探究すると,本件記載は,本件建物及びその敷地の借地権を被告に相続させる旨の遺産分割方法を指定したものとして,有効であるというべきである。
4 結論
 以上によれば,原告らの本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
さいたま地方裁判所第4民事部

裁判官 和久田 道雄

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最終更新:2005年08月18日 11:17
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