H17. 4.19 名古屋地方裁判所 平成15年(わ)第3288号,平成17年(わ)第522号 傷害致死,暴行被告事件

判示事項の要旨:
 本件は,当時高校3年生であった被告人が,アルバイト先の上司であった10歳年上の女性の子に暴行を加えて死亡させた傷害致死及びその女性に対する暴行の事案である。
 被告人は少年であったが,家庭裁判所が検察官送致決定をしたことから地方裁判所へ起訴された。弁護人は,少年の人格の未熟さに,被告人が被害児童の母親と自己の意に沿わない関係を継続せざるを得なかったことによる精神的混乱の中で生じた事件であり,被告人の性格特性や非行歴等が全くないこと等を考慮すれば,保護処分が相当であるとして,家庭裁判所への移送を求めたが,結果の重大性や犯行態様の悪質性,被告人が年長少年であること等の事情から,刑事処分が相当と認め,懲役3年以上5年以下の不定期刑を言い渡した。


平成17年4月19日宣告
平成15年(わ)第3288号,平成17年(わ)第522号
傷害致死,暴行被告事件
判決
主文
被告人を懲役3年以上懲役5年以下に処する。
未決勾留日数中370日を上記の刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,少年であるが,
第1 平成15年9月6日ころ,名古屋市a区b町c丁目d番地所在のAビルe号において,B(当時27歳)に対し,その腰部を足蹴にするなどの暴行を加えた。
第2 同年10月19日午前7時ころ,同所において,Bに対し,その右脇腹付近を足蹴にする暴行を加えた。
第3 同日午後3時20分ころ,同所において,C(当時4歳)に対し,その胸部,腹部,背部及び腰部等を多数回にわたり足蹴にし,手拳で殴打するなどの暴行を加えて,Cに肝右副腎裂開等の傷害を負わせ,よって,遅くとも同日午後5時2分ころ,同区f町g番地所在のD病院において,同児を上記肝右副腎裂開に基づく出血性ショックにより死亡させた。
(事実認定の補足説明)
 弁護人は,判示第3の事実について,公訴事実記載の暴行とCの死亡との間に相当因果関係が認められないと主張しているので,当裁判所が,判示第3の暴行とCの死亡の結果との間に因果関係を認めた理由を補足して説明する。
1 Cの遺体を解剖した医師E作成の鑑定書及び同医師のBの公判における証人尋問調書(弁6)には,Cの胸部や腰部の変色斑部,右腎,肝類洞内等の組織には好中球浸潤が認められ,好中球浸潤は,受傷から8時間程度経過すると見られるものである上,胸部や腹部の変色斑部の色も,相当時間を経過したような色を呈していたこと等から,Cの受傷後その容態が急変するまでに,数時間くらい経過しているものと考えられるとして,被告人が午前7時ころに加えた暴行によって,肝右副腎裂開の傷害が生じ,その後,血腫が拡大したことによる圧迫のために腹膜が裂開して,出血性ショックが惹起されて死亡したと推測される旨の記載がある。
2 そこで,検討するに,関係証拠によれば,平成15年10月19日(以下,本項における時刻のみの記載は,いずれも同日の時刻である。)に,被告人がCに暴行を加えた状況等について,以下の事実が認められる。
 (1) 被告人は,午前7時ころ目を覚ますと,被告人が寝ていた奥の部屋の北側にある4.5畳間にCが立っているのに気付いた。被告人が,Cに何をしているのかと話しかけると,Cは,トイレに行きたいと答えたのに,すぐにトイレに行こうとはしなかったことから,被告人は,Cの近くまで行き,その背後から腰の右側辺りを足の裏で1回蹴った。Cはふすまにぶつかって倒れたが,BがCの体に覆い被さるようにしてかばい,その後,Cが自分で起きあがってトイレに行ったことから,被告人は,それ以上の暴行を加えることなく,再び布団に入って寝た。
 (2) 午後2時ころ,Bは,Cを自転車の荷台に乗せて買い物に出かけ,スーパーマーケットで開催されていた輪投げ大会の練習にCを参加させるなどした後,ハンバーガー等を買って,午後3時15分ころに帰宅した。
   被告人は,Bがハンバーガーのほかに飲み物(マックシェイク)を2個買ってきたことに気付き,Bにシェイクは誰の分かと尋ねたところ,Bは,自分と被告人の分であると答えた。被告人は,Bの答えに納得できず,Cに対しても,どうしてシェイクがあるのかと質問したが,Cは答えなかった。
 (3) 午後3時20分ころ,被告人は,上記4.5畳間で,体を縮めてふすまにもたれるように座っていたCに対して,「ちゃんと答えなよ。」などと言いながら,その右肩を拳で1回殴打し,右脇腹付近を2回くらい足蹴にした上,Cが体の左側を下にして床に倒れると,体の右側の胸から腰にかけての部位を,十数回足蹴にする暴行を加えた。その際,Bが,Cに対する暴行を止めるために被告人の左腕をつかむなどしたが,被告人は,Bの手を振り払い,その右肩付近を拳で殴打して転倒させ,Cへの暴行を継続した。
   被告人は,Cの腹部を左右から両手で抱えるようにしてつかみ,約40センチメートルの高さから床に向かって放り投げ,うつぶせに倒れているCの背中を両の拳で10回くらい殴打し,左の脇から腰にかけての部位を,十数回足蹴にした。
   被告人は,Cの涙か鼻水で床が濡れていたことから,Cにティッシュで床を拭かせることにしたが,Cが四つんばいになって床を拭いている最中にも,その背中と脇の辺りを,足の裏で押すようにして2回くらい蹴った。さらに,被告人は,床を拭き終えたCの右腰付近を4回くらい蹴り,胸を足の裏で1回蹴飛ばしたところ,Cは床の上に倒れた。
 (4) その後,被告人は,奥の部屋に敷いてあった布団に横になったが,Cが動かず,呼んでも返事をしなかったことから,Cの異変に気付き,BとともにCを布団の上に寝かせるなどした。Cは,腹痛を訴え,やがて,その手足が冷たくなっていったことから,Bは,午後4時4分ころ119番通報をした。
   Cは,午後5時2分ころ,判示のD病院において,肝右副腎裂開に基づく出血性ショックにより死亡したことが確認された。Cの右副腎はほぼ完全に断裂していて,肝にも裂開が認められる。
3 上記認定事実によれば,被告人が午前7時ころCに加えた暴行は,立っていたCの背後から右の腰辺りを足の裏で1回蹴るというものにすぎず,蹴られたCは,ふすまにぶつかっているものの,自ら起きあがってトイレに行っているだけでなく,午後2時ころには,Bと買い物に行き,輪投げ大会の練習にも参加しているのであって,被告人が午後3時20分ころに暴行を加えるまでは普通に生活をしていたことが認められる。
  このような事実経過に,Cの傷害の重篤さや,医師Fが,臨床上の経験に基づいて,腹膜はピンセットで引っ張るだけでも痛みがあり,血腫の拡大によって腹膜が圧迫されれば,相当の痛みがあると推測されるし,腹膜あるいは後腹膜は,丈夫な膜であり,鋭利な損傷機転が働かない限り,普通穴は開かず,本件と比較にならないほど大量の出血がある場合でも,血腫の圧力で腹膜が破れることはほとんどないと述べていること等を合わせ考えれば,午前7時ころの被告人の暴行によって,好中球浸潤が認められている部位に何らかの傷害を負った可能性までは否定できないにしても,その暴行によって,Cが肝右副腎裂開の傷害を負い,その後の出血により血腫が拡大して,その圧力で腹膜が裂開し,Cが死亡したとは通常考え難い。
  E医師は,交通事故で肝臓裂開の傷害を負った7歳の女児が,死の直前まで意識清明で痛みも訴えなかったのに,死後解剖したところ,腹膜が裂けていたという事例を引いて,論拠の1つとしているが,同児は,入院して鎮痛剤の投与を受けていたというのであり,午後3時20分ころに被告人から暴行を受けるまで普通の生活をしていたCの場合とは事案を異にしている。また,Bは,公判廷においては,Cが,買い物に行く前にも腹痛を訴えていて,買い物中も普段よりおとなしかったと述べているが,捜査段階においては,Cは元気だったと述べており,その供述を変遷させた合理的理由もないことから,信用性に乏しい上,午前7時ころの暴行によって,肝右副腎裂開の傷害を負い,血腫の拡大による圧迫のために腹膜が裂開したという経過をたどったのだとすれば,Bと買い物に出かけているときには既に相当血腫が拡大していたはずであるから,普段よりおとなしいという程度で,普通に生活をすることができたとは到底考えられない。
  E医師の推論は,好中球浸潤の点は説明できるものの,被告人の暴行態様やCの負傷状況等との整合性を欠いているといわざるを得ず,採用し難い。
4 そして,上記認定事実のとおり,被告人は,午後3時20分ころから,Cに対し,その腹部,胸部,背部,腰部等を多数回足蹴にし,手拳で殴打するなどの暴行を連続的に加えていたこと,その際,被告人が特に手加減をした形跡はなく,肝右副腎裂開が生じ得る右胸部の側方や後方にも暴行を加えていることから,肝右副腎裂開の傷害を生じさせるに足りる暴行であると考えられること,Cは,その暴行終了直後に動かなくなり,その後腹痛を訴え,やがてBの問い掛けにも反応しなくなって,遅くとも午後5時2分ころまでには死亡していること等の経過からすれば,判示第3記載の暴行によって,Cが肝右副腎裂開の傷害を負い,死亡したことは,合理的疑いをいれる余地なく認定できるというべきである。
(法令の適用)
1 罰条
判示第1及び第2の各事実について  
              いずれも刑法208条
判示第3の事実について   平成16年法律第156号による改正前の刑法205条(裁判時においては上記改正後の刑法205条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑によることとする。)
2 刑種の選択         判示第1及び第2の各罪につき,いずれも所定刑中懲役刑を選択
3 併合罪の処理        刑法45条前段,47条本文,10条(最も重い判示第3の罪の刑に刑法47条ただし書の制限内で法定の加重)
4 不定期刑          少年法52条1項
5 未決勾留日数の算入     刑法21条
6 訴訟費用          刑事訴訟法181条1項ただし書(負担させない。)
(量刑の理由)
第1 本件傷害致死の犯行に至る経緯
 1 被告人は,高校1年生であった平成13年7月ころ,アルバイトを始めた飲食店で,やはりアルバイト店員をしていたBと知り合い,Bが,息子であるCを店に連れて来ることがあったことから,Cのことも知るようになった。
   Bは,被告人と一緒に働くようになってしばらくすると,執拗に食事等に誘うようになったが,被告人は,その誘いを断り続けていた。
 2 被告人は,平成14年3月ころ,Bら同僚とカラオケに行った後,Bから,眠り込んだCを連れて帰るのを手伝ってほしいと頼まれて,一緒にB方に行ったところ,半ば強引に迫られて,Bと性的関係を持つことになった。
   しかし,被告人は,Bのことを恋愛の対象としてみることができなかっただけでなく,当時,Bには交際中の男性がおり,被告人もそのことを知っていたことから,被告人は,Bが何を考えているのか理解できず,嫌悪感すら抱くようになった。そのため,被告人がBの誘いを拒み続けていたところ,一時期,Bから誘われることはなくなった。
 3 ところが,平成15年2月ころになると,Bは,再び被告人に性的関係を求めるようになり,同年3月ころ,被告人が,Bからの誘いを断り切れずにB方まで行った際,再びBと性的関係を持つこととなった。
   その後,被告人は,Bに呼ばれてB方に行くことが次第に増えていき,同年6月終わりころ,Bが婚約者との婚約を破棄すると,Bから呼び出されることが更に増えていった。
   被告人は,Bとの関係を望んでいなかったが,Bからの呼び出しを拒もうとすると,被告人の自宅付近まで行くなどと言われ,両親にBとの関係を知られることを恐れていたことから,Bの呼び出しに応じざるを得ず,また,B方から帰ろうとすると,Bが包丁を持ち出して自分の手首を切ろうとしたことがあったため,被告人は,Bとの関係を断つことができないまま,かえってB方で過ごす時間が増えていき,B方に泊まることも多くなっていった。
 4 被告人は,B方で過ごす時間が増えるにつれて,Cはしつけがなされていないと感じるようになり,Cに,手洗いや歯磨きを始め生活上の細々としたことについて注意をするようになった。始めは口頭で注意していたが,Cがそれを理解していないと感じたことから,やがて,言うことを聞かないときにはCの手を軽く叩くなどするようになった。
   被告人は,軽く叩く程度ではCが言うことを聞かないと感じたことから,次第にCを叩く力が強くなっていき,同年8月下旬ころからは,拳で殴ったり,蹴ったりするようになり,暴行の程度が増していった。そして,同年9月以降は,Cが被告人の質問に答えないときなどに,殴る蹴るの暴行を繰り返していた。
   また,被告人は,Bに対しても,被告人の質問に対して納得できる答えをしないときや,Cへの暴行を止めようとしたときなどに暴行を加えるようになり,同年9月6日ころには判示第1の犯行に及んだ。
 5 同年10月19日の判示第3の犯行に至る経緯は,先に事実認定の補足説明で認定説示したとおりである。なお,被告人は,同日午前7時ころに,上記補足説明2(1)記載の暴行をCに加えた際,BがCの体に覆い被さるようにしてCをかばったことをきっかけに,Bの右脇腹付近を蹴るという判示第2の犯行に及んだ。
第2 刑事処分を相当と認め,主文の量刑をした理由
 1 本件は,被告人が,当時4歳のCに暴行を加えて死亡させたという傷害致死(第3)とその母親であるBに対する暴行(第1及び第2)の事案であるが,各犯行に至る経緯は上記のとおりである。
   本件のうち,特に傷害致死の態様は,無抵抗のCの胸部や腹部等を何ら手加減することなく多数回足蹴にするなどしており,非常に危険性の高い悪質な犯行である。被告人は,Cが被告人の質問に答えなかったことから暴行に及んだというのであるが,被告人から繰り返し暴行を受けていたCが,恐怖感等から被告人に拒否的な態度をとるのはむしろ当然というべきで,Cには何らの落ち度も認められない。被告人は,Cに暴行を加えていたのはしつけのつもりであったとも述べているが,その理由及び態様は上記のとおりであり,そこには愛情を基礎にしてなされるしつけとしてのCに対する被告人の情愛はみじんも窺われない。元来しつけの美名の下の体罰が許されるものであるか否か,仮に許容される場合があるとしてどの程度を限度とするかは疑問があるといわざるを得ないが,被告人のCに対する行為が,程度としてもその限度を逸脱しているのは明らかであって,動機や経緯に酌むべき事情はない。
   いたいけない幼子の尊い生命が無惨に失われたという結果の重大さはいうまでもなく,Cの受けた肉体的・精神的苦痛や恐怖感,あるいはその近親者が受けた無念さ等精神的苦痛の大きさも想像に難くない。しかるに,被告人は,犯行後,Bと口裏合わせをした上で,Cが椅子から落ちて負傷したように装うなどしており,犯行後の情状もよくない。
   以上によれば,Bに対する暴行の点は措くとしても,被告人の刑事責任はまことに重いといわざるを得ない。
 2 少年法55条による家庭裁判所への移送の当否について
  (1) 弁護人は,医師G作成の心理鑑定書及び公判廷における証言(以下,合わせて「G鑑定」という。)に基づいて,被告人の傷害致死の犯行は,両親による不適切な養育等により形成された人格の未成熟さや社会性の未熟さが原因となり,被告人の意に染まないBとの関係が継続される状態に陥った精神的な混乱の中で行われた少年期特有の犯行であり,被告人の知的能力の高さ,非行歴がない事実を考慮し,母親との母子関係の再構築等,被告人が抱える問題点を克服するために,専門家による援助が必要である点を総合すると,その矯正のためには家庭裁判所による保護処分が相当であると主張し,H家庭裁判所への移送を求めた。
  (2) そして,G鑑定は,被告人の人格特性として,上の者の指示には従わなければならないという意味での協調性や義務感が強いこと,欲求不満の状況に置かれたときには,あきらめてやり過ごすという方法を選択しやすい傾向があること,目的に向かって進む意思に乏しいこと,家族に対して否定的なとらえかたをしていること等を指摘した上で,被告人のCに対する暴行は,①被告人が親から受けた不適切なしつけをCにも行っていたという,しつけの世代間連鎖,②被告人とBとの間に生じた意識下の擬似母子関係の影響の下に,擬似的母親であるBから供給される愛情が過少であったため,Cとの間で奪い合いが生じたという擬似同胞葛藤,③被告人が小学生時代等に受けたいじめによって,自分の痛みの感覚を麻痺させるという対処方法を身につけたため,Cに対する暴行の際にも苦痛を与えているという感覚が分離されてしまっていたという,いじめられ体験による心的外傷の後遺障害としての狭窄の反復という3つの要素によって形成されたものであるとした。そして,被告人1人でBとの関係を断つことやCへの暴行を自制することは困難で,傷害致死の犯行は,狭窄の心理機制によって,弁識制御能力がある程度減損した状態で行われたものであるとも述べ,被告人については,医学的,心理学的に母子関係の修復及び心的外傷の修復が必要であるから,その支援のためには刑務所よりも少年院の方が適切であると思われるとの意見を述べている。
  (3) 一方,被告人のCに対する傷害致死非行事件において,被告人の心神を鑑別した結果を記載した鑑別結果通知書及び家庭裁判所調査官の社会調査の結果を記載した調査報告書及び同事件の決定書によれば,被告人にG鑑定指摘と同様の人格的特性及び行動傾向があることを認めた上で,上記の非行が,Bと被告人との関係が深まるにつれ,Cを含むBを取り巻く人間関係からの影響も受けるようになったものの,これについて適切かつ柔軟に対応することが性格的に困難であったことから困惑し,B及びCと一諸に過ごす時間が増加するにしたがって,自己の考えているしつけのされていないCに対して体罰を加えるようになり,効果があがらないと体罰の強度及び頻度を増加させ,被告人の意に副ったしつけを共に行おうとしないBに対しても,自己の意向に従わせようとして暴力を加えることになって,本件各犯行に及んだものとし,Bとの不自然な関係が基盤となり,これに被告人の上記の人格特性,資質が加わって本件に至ったとの判定をした上で,本件傷害致死事件の事案の重大性,犯行態様の悪質さ,動機,犯行に至る経緯や犯行後の情状等の事情に加えて,被告人は犯行当時18歳の年長少年であったことからすると,刑事処分以外の措置が相当とはいえないとの判断の下に,少年法の規定に従って検察官送致決定がなされたと認められる。
  (4) 以上によれば,被告人の有する人格特性及び行動傾向に関する特徴ついてはほぼ共通の理解であり,これに影響された,傷害致死の犯行に至った原因及び経過についても同様に判断されているものと解することができる。その上で,G鑑定は,被告人がそのような人格特性及び行動傾向を備えるに至った原因及び殊にCに対する暴力を昂進させた心理的原因について分析を加えて,上記のとおり判断したものである(その分析内容については,その全てには賛同できない。)が,G医師も供述しているとおり,被告人が生育時に受けたしつけの不適切さは,他と比較して特に強度と言えるものでなかったと認められる。
    したがって,被告人のC及びBに対する暴行の動機が,G鑑定の指摘している上記の3つの要素が心理下の基礎となって形成されたものであったとしても,これ自体は被告人に自覚はされておらず,その動機は,上記のとおり,被告人の考えているしつけのされていないCに対して体罰を加えるようになったものの,効果があがらないため体罰の強度及び頻度を増加させ,併せて,被告人の気持ちを理解せず,Cを庇って被告人のしつけの邪魔をしたこと等の理由で,Bに対しても暴力を加えることになった経緯で形成されて,本件各犯行に至ったものと理解することができる。このような理解は,G鑑定の趣旨とも相反するものではない。
  (5) 上記のC及びBに対する暴行の動機並びにそれを生み出した被告人の人格特性及び行動傾向に,被告人が犯行当時も高い知的能力を有していたと認められ,G鑑定からも,被告人の判断能力や行動制御能力について著しい障害の存在も窺われない上,被告人が犯行当時でも18歳であり,現在は既に19歳という年長少年であることに加え,本件のCに対する傷害致死事件の結果の重大性,犯行態様の悪質さ,犯行に至る経緯や犯行後の情状等の事情をも考慮し,更に,G鑑定が指摘している被告人の更生のための母子関係の修復等の必要性については,G医師も述べているとおり,被告人の生育歴は,同世代の人と比べて特別のものではなく,保護処分でなければ母子関係の修復等が不可能というわけではないと解されること等の事情をも加え総合判断すると,後記3のような被告人のために酌むべき事情を最大限に考慮し,かつ,弁護人が指摘する刑事処分の弊害等を十分斟酌してみても,本件について被告人を保護処分に付するのが相当であるとは認められない(なお,上記のとおり,判示第3の犯行当日午後3時20分ころから被告人が加えた暴行によって,Cが肝右副腎裂開の傷害を負い,死亡したものと認めることができるのであるから,家庭裁判所による検察官送致決定が被告人の暴行とCの死亡との因果関係についての重大な事実誤認に基づくものであるとの弁護人の主張は,そもそもその前提を欠くものである。)。
  (6) また,弁護人は,判示第1及び第2のBに対する各暴行事件についての家庭裁判所による検察官送致決定には,合理的な裁量を明らかに逸脱した違法があり,この決定に基づく検察官による起訴もまた,著しく恣意的で時期に遅れた違法があるというべきであるから,これらの誤りを是正するためにも,少年法55条により,家庭裁判所に移送する旨の決定をするのが妥当な措置であるとも主張している。
    しかしながら,Bに対する本件各暴行は,傷害致死事件の捜査過程において,犯行に至る経緯事情の1つとして取り上げられていたにすぎず,捜査機関が同時に立件捜査して家庭裁判所に送致しなかったとしても,少年法の予定する全件送致主義の理念に反するものではなく,Bによる平成17年1月23日付け告訴を受けて,検察官が,捜査を遂げた上で,同年2月18日に,本件暴行事件を家庭裁判所に送致したことについても,何ら違法・不当な点はない。
    そして,本件暴行事件は,現に当裁判所に係属する傷害致死事件と関連しており,同年2月22日に結審したとはいえ,再開すれば,併合審理することは十分可能な状態にあったのであるから,地方裁判所において傷害致死事件と併合して審理するのが相当であるとして,家庭裁判所が,同月23日に検察官送致決定をすることが,その裁量を明らかに逸脱した違法なものとまではいえない。
    したがって,同決定に基づく検察官による本件起訴も,時期に遅れたものとはいえないし,本件傷害致死事件は,Bに対する暴行についてまで被告人を実質的に処罰するものではないから,二重起訴に該当しないことは明らかである。
さらに,このBに対する各暴行事件についても,その動機,原因は,上記のCに対する犯行と同様に,Bとの特異な関係が継続する中で生じた心理的混乱状態に,被告人の人格特性及び行動傾向が相まって行われたもので,その状況もCへの行為と関連していると考えられるから,これと併せて刑事処分に付するのが相当である。
 3 以上の次第で,被告人を本件各犯行について刑事処分に付することとしたものであるところ,被告人は,公判を経ることによって自己の行為の重大性や性格上の問題点等を認識するようになり,反省も深まりつつあること,犯行当時18歳とはいえ,成長途中の未成熟な面や成育過程で培われた性格上の問題点があり,本件各犯行がこれらに,Bとの特異な関係から生じた心理的混乱状態,殊に,Bの強迫的な言動のため,望まないBとの関係を継続せざるを得ず,その関係を断つことも困難になっていた状況が加わったことにより引き起こされたという側面があること,Bには,高校生であった被告人に対して強引に関係を迫り,被告人が嫌がっているのを知りながら上記のような強迫的な言動を用いてまで関係を継続させた事情が認められ,本件各犯行を招いた責任が大きく,Bに対する暴行については,その経緯に格別同情の余地があること,Bはもとより,Cが暴行を受けていることを認識していた関係者による対応にも十分でない点があったと窺われること,被告人には,これまで非行歴等が全くなく,その年齢からして上記性格及び行動傾向上の問題点は今後の矯正教育等を通じて改善される可能性が認められること,母親が被告人の更生に助力する意思を示していること等の酌むべき事情も認められる。
   そこで,以上の諸情状を総合考慮し,主文の刑を量定した。
(求刑 懲役5年以上懲役10年以下)
  平成17年4月19日
名古屋地方裁判所刑事第5部
裁判長裁判官   伊藤新一郎
裁判官   鈴木清志
裁判官後藤眞知子は転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官   伊藤新一郎

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最終更新:2005年09月20日 13:54
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