概要


この事件は、北朝鮮が杉嶋岑さんを拉致→身代金要求→TBSが加担したもの。
日本のマスコミが、犯罪国家に加担した、許し難い事件である。


詳細



杉嶋参考人の発言
私の身柄引き取り交渉に進展が見えず、日本国政府の態度に業を煮やした焦りからか、
二〇〇〇年六月二十一日にピョンヤンで記者会見を開き、日本国政府に圧力をかけるという計画がございました。
そのとき、私の担当調査官は、日本の有力メディアが、とにかく一発記者会見をピョンヤンで開いてくれれば、
我々はそれを受けて日本の政府に働きかけるということになっていると言いました。私はびっくりしまして、
私の帰国運動に名をかりた身の代金要求交渉を進めようとしている北朝鮮のお先棒を担いでいる日本の有力メディアはどこかと考えました。
帰国後、そうした北朝鮮側の情報操作の受け皿が何とTBSだったことを、家内へのTBS外信部長岡元隆治氏の手紙で判明しました。



杉島氏とは誰かというと・・

杉嶋岑(すぎしま・たかし 63)/1965年、日本経済新聞社入社。
経団連記者クラブなどを拠点に産業界を取材。記事審査部を経て99年6月、定年退職した。
86年から5回に渡って北朝鮮を訪問。99年12月、5回目の訪朝時の帰国直前、平壌駅に向かうはずだった杉嶋氏の車は、
平壌市内のホテルに向かい、そのまま拘束され、日本の内閣情報調査室などに北朝鮮の情報を流したとする“スパイ容疑”をかけられた。
6か所の宿舎を転々とし、2年2か月の抑留生活を送る。昨年2月解放され、帰国した。

http://www.weeklypost.com/jp/030613jp/edit/edit_1.html
(今はページが存在していないので、Internet Archiveをご覧ください。)

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最終更新:2006年08月03日 23:28