于吉(ウキツ)呉郡、会稽一帯で信者を集めた道士。その神がかり的な不思議な能力、『太平青領道』という本の有無など、于吉に関しては文献によって記述が大きく食い違っているので、正確な情報がつかみづらい。間違いないのは200年に『孫策に殺された事』でこれだけはどの文献でも書かれている。また、信者も多かったようだが、どうやら、宗教的な意味合いではなかったようで、仙人や超能力者ととらえたほうがよさそうだ。ちなみに孫策の母(孫堅の妻・孫権の母)も彼に首ったけで、死罪執行の際は許して欲しいと嘆願したいる。
演義に登場する于吉はいろんな文献の于吉をまとめたもので、結構忠実。それだけ、当時の中国の人がいかにそういう能力に迷信深かったが分かる。
演義に登場する于吉はいろんな文献の于吉をまとめたもので、結構忠実。それだけ、当時の中国の人がいかにそういう能力に迷信深かったが分かる。