らいなにわらいな。

小説 アイスブレイカー第二章

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2.理由

 忘れるものか、忘れられる筈などないのだ。
 その時の記憶は今でも鮮明に思い出せる。
 思い出したくも無い、過去。
 だが忘れてはならない過去。
 理由?
 決まっているだろう。
 彼女は、俺が殺したのだから…。
 だから俺は、この道を選んだのだ。

/

「んぁ…?」
 目を覚ました時、俺は何処かに居た。
 見慣れない天井が有ったから、それはミトコンドリア思考でも直ぐに解かった。
 もしかしたらミトコンドリアからミジンコに昇格したかもしれないと自分にハッピー。
「…………」
 脳と体が直結するまで暫くボーっとして、それから上半身をゆっくりと起こした。
 …あれ?今日、学校休みだっけ?
 何時も置いてある目覚まし時計の方を見る。
 目覚まし時計は無かった。
「あ、そっか。壊したんだっけ?」
 目覚まし時計、故障中。それ以前に此処は俺の家では無いという理由に気が付いたのは脳が50%覚醒した後だった。
 上半身だけ起こした状態で左右と前方、後方、天井、ついでに下も見た。
 下は俺の下半身が有った、脚もちゃんと付いてる。付いてるモンも付いてる、よし女の子になってないし、幽霊にもなってない。
 何故そういう思考方向になったのかは不明だが、とりあえず此処が俺の家で無いのは解かった。
 部屋は和風の畳部屋。
 後方には掛軸が有り、そこには四文字の言葉が習字で大雑把に書き込まれていた。
 … 相 思 相 愛。
「なんでやねん」
 そして何故大阪弁。
 随分とピンクい掛軸だな。渋い掛軸を期待していた俺は失望でどよーんとなった。
 それを何とかして払ってみる。
 良く見ると俺が寝ていたのは敷布団で、しかも学校の制服のままだった。
 ちょっと記憶をひっくり返して頭を捻ってみる。
「うーん」
 捻ってみる。
「ううーん」
 絞ってみる。
「うううーん」
 気が付くとうっかり逆立ちしていた。
 ……。
 …。
 元の体制に戻り、敷布団の上で足を組んで考える。
 障子から白い光が照らされていて眩しい。
 明るさからして恐らく朝十時くらいだろう。
 と、障子に人影が映った。
 そして人影は閉まった襖の前に立ち、サー、っと襖を開いた。
 何をすればも良いか解からない俺は寝たふりをしようかと思ったが、どうにもやる気がしないので、その場で待機しつつ開いた襖から差し込む光に目を細めた。
「あら、おはようアイスブレイカー。目が覚めたのね?」
「…………は?」
 朝っぱらから悪魔に出会ってしまった気がした。
「は?じゃないでしょう。おはようって言ったらおはようって返すの、はいもう一回。おはよーうございます」
「おはよーございます」
 小学校時代のホームルームで日直のオハヨウ号令と同じ様な感じだった。此処で何となく一句、懐かしい 嗚呼懐かしい 懐かしい。うむ。
「はい、良い返事ね。色々と話があるからさっさと起きて着いて来なさい」
「いや、榊原、何で此処に居んの?」
 言うまでも無いが今日の日直の正体は榊原楓だった。
「何言ってるのアンタ?此処、私の家なんだから」
 状況がまったく読めなかった。
 必死になって最後の記憶を脳から引き出してみる。
 ……。
「あ、そっか、俺、倒れたのか?」
「あら、結構頭の中の整理が良いじゃない?」
 肯定らしい。
「でもだったら何で俺が榊原の家に居るんだ?学校の保健室で横になってるだろ、普通?」
「ええ、そうね。ただ単に風邪や熱で倒れただけなら保健室に運んで、適当に寝かせておけば良いのでしょうけど、貴方が倒れた理由はそのどちらでも無いのよ」
 榊原は襖に片手を上げながら敷布団の上に座って後頭部を掻いてる俺の姿を一見し、それから背を向けた。
「それと貴方、髪ボサボサよ。あっちに洗面所が有るから溶いて、それから応接間に来なさい。全部説明してあげるわ」
 見向きもせず洗面所の方角を指差すと榊原は洗面所とは反対側の方向へ歩いて行ってしまった。
 俺は鏡の無い部屋で自分の頭がどれだけボサボサなのだろうか期待しながら洗面所へ行ってみた。
 洗面所に有る鏡に映った俺の髪はまさに、バルタン星人。
 ぉぅぃぇー。


 「ってか、おい」
 応接間って何処だ?
 髪を完全に溶いてバッチリな状態の俺は洗面所を出ると、とりあえず先程榊原が向かった方向へ歩んでみたが。
 正直、油断した。
 榊原の家がこんなにもドデカイ屋敷だったとは思わなかった。
 洗面所から、俺が先程まで寝ていた部屋を繋ぐ道は屋敷の中庭が見える道で、中庭は長い屋敷に囲まれていた。
 和風のこの家に用意されている中庭もかなり豪華で、透き通った水の入った池に5、6匹くらいの綺麗な鯉が泳いでいる。
 榊原は優等生だけでは無く金持ちだ、と言う話を聞いた事が有った様な気がしたが良く覚えては居ない。とりあえず庭の周りを沿って道を歩いて応接間を探してみる。
 しかし、手当たり次第に部屋の襖を開けて大丈夫なんだろうか?
 『いけません、御代官様!』
 『良いでは無いか、良いでは無いか』
 なんて状況に出くわしてしまったら、どう反応すれば良いのだろう…。
 とか考えつつ躊躇いも無く手当たり次第に襖を開けて行く俺。
 しかし中々、横にスクロールする襖は勢い良く開けるのが楽しかった。
 俺は新たな発見をしつつ、四つ目の襖を勢い良く開けてみた。
「あ…」
「いやん」
 ピシャリ。
 開けた襖を急いで閉じる。
 ………、誰だ?!
 ってか『いやん』て何?!
 別に着替えを覗いた訳でも無く、ただ襖を開けたら女の人が部屋の掃除をしていたのだ。
 閉じた筈の襖が向こう側から開かれる。
「うふふ、少年もすみに置けないわね、そんな風に荒々しく女の子の部屋を無断で開けるのは変態ヨ。興奮するのも解かるけどねー」
「あ、いや、すんません。楽しかっ…じゃなくて、応接間が何処に有るのか解からなくて苛々しちゃっていて…」
 襖側の女性は見た感じ二十代だった。まさか彼女が榊原の母親と言うのなら、これは俺の母親と良い勝負だな、と思った。
 何者かは知らないけど、どうやらこの家の使用人らしいのは服装を見て解かった。
 …しかし、和風なのに何故メイド?
「あら、楓ちゃんったら応接間の場所を教えなかったのかしら?仕方ないわね、私がご案内いたしましょう」
 にっこり笑って、襖側から中庭側へと出て俺の肩を通り過ぎて、こちらです、と言いながら道を歩いて行く。
 女性の容姿は一言で言うなら美人。二言で言うなら泣きほくろが有る。髪は黒いくて瞳も黒いので日本人だろうとは直ぐに解かった。
 応接間までは歩いて一分かかった。
 その間、彼女は自己紹介をする。
 名は七原 命(ななはら みこと)と言うらしい。
 彼女はこの家の使用人で、榊原とは子供の頃からの付き合いだそうだ。
 まるで自分の娘の事を話す親馬鹿の様に彼女は子供の頃の榊原がどれだけ可愛かったか、今の榊原がどれだけ美人になったかを微笑ましく話した。
 応接間に着いて、結局最後まで解からなかったのは年齢だったが…まぁ良いや。
「遅かったわねアイスブレイカー」
「悪い、御前の屋敷が巨大迷宮みたいでね」
「ありがとう」
 いや、今のは皮肉だったんだが、何故にありがとう?
 応接間の中心には5、6人囲めそうな四角い木材で出来た低いテーブルが有り、座布団が四つ周りに置かれていた。
 部屋の恥にソニーの液晶テレビが置いて有って、応接間の奥には台所が有った。
 待て。
「此処って、応接間じゃなくて食卓だろ?」
「そうとも言うわね」
「楓ちゃんは、ちっちゃい頃から食卓を応接間と呼ぶ癖があるんですよ」
 背後から七原さんのクスクス笑い声が聞こえる。
 とりあえず応接間、改め食卓に入り、榊原の座る向かい側に有るテーブルを挟んで座布団に腰を降ろした。
「んで、飯はまだかの?」
 親父座りをしつつ俺はボケてみた。
「ふふふ何を隠そう!今日の御飯は僕が作る御飯とお味噌汁さ!」
 まさか返事が返ってくるとは思わなかったが台所から声が聞こえた。
 台所の奥から桃色エプロンを装着した金髪の男の人が、杓子を片手に現れた。
「誰?」
「アレックス。通称、馬鹿。私の保護者よ」
 ふーん、何て程度の感想を言うとアレックスという男の人はがっくりした。
 渋々台所の奥に戻って、それから彼は御飯と味噌汁を食卓に持ってきた。
 ついでに沢庵もテーブルに置かれ、朝食が整う。
 此処で再び、待て。
「てか、なんで朝食?」
「今、朝九時よ?」
「いや、そうじゃ無くて、何か色々と説明してくれるんじゃ無かったっけ?」
 そんな人の話も無視にアレックスさんは俺の隣に置かれた座布団の上に座り、完全に整ってしまった朝食に向かって、手を合わせる。
 さっきから、部屋のすみでクスクス笑っていた七原さんは榊原の隣に正しい正座をし、手を合わせる。
 榊原は別に何もせず、平然たした顔で正座していた。
「いっただきまーす」
 アレックスさんの号令と共に朝食が始まった。
 俺はと言うと、せっかく出た朝食を食べながら、何でこんなにのんびりしているんだろう、と思った。別に急ぐ理由など無いのに、俺は本能的に何かを知りたがっていた。


「それじゃぁ、そろそろ説明しようか、えーと、」
「風間秋です」
「カザマ君」
 やっと話を切り出してくれたのは朝食を終え、お茶が用意された時だった。
 食卓には俺を含め、榊原、七原さん、アレックスさんの四人が居て、どうやら榊原の両親は不在だった。アレックスさんが保護者という事は両親は外国に居るのだろうか?
共働きなのだろうか?
その疑問は解からないまま忘れていた。
「カザマ君は、幽霊とか信じるタイプ?」
「いえ、全く」
 説明はアレックスさんの質問から始まった。
「これからゆっくり説明していくけど、信じられない内容ばかりだから気をつけてね」
 何に気をつけるのだか…。それに俺は何を説明してもらおうとしているのかすら解からなかった。
「遥か昔、この世界に存在した言葉と言うのは強力な物だった。人は有る一定の羅列の言葉を口にし、それを祈る事によって奇跡や魔法じみた事を起こしたんだ。これを、言術という。言術を使う者達は言術者という。大昔の人々は言術を使って、それを日常とし暮らして来た。しかしある日、言術者達は過ちを犯してしまった。」
 そのまま、めでたしめでたし、で終わる事の無い昔話で良かったと思ってみる。
「人を生き返らせる。これを実行しようと言術者達は集まり、研究をした。たった一人の人を生き返らせる為に、五人の人間の命を犠牲にして。そうして実行された人を生き返らせる言術は成功したものの、何かの手違いで災いを生んでしまった。」
 榊原は黙ったまま聞いていて、七原さんもアレックスさんの話を聞いていた。
「それは、死んだ者の怨念のみを、この世に具現化する手違い。これにより幽霊や化け物、ゾンビなどが生まれ、人々を襲った。言術者達は彼等を“夜”と呼んだ。夜を完全に消す事は出来ず、そのまま幾千の時を流れ今に当たる訳だ」
「せんせー、質問」
 何となく手を挙げて俺は聞いた。
「その言術って魔法が有るのに、何で今の人々は言術を使わないんですか?」
「良い質問だね、それは、今の人達には言術を使う知識が無いから。それと言術の動力部で有る“源”って言う物を理解していないからね。言術は誰もが使える訳では無く、使うにはそれなりの修行が必要となる」
 何か無茶苦茶な話だ、しかし食卓の空気を読むと嘘や冗談の話で無いらしい。
 アレックスは続けて説明する。
「今の一般人にこの話が知られていないのは、二度と自らの人間達が過ちを犯さない為に言術を極一部の人間にしか知らせない様にする為だ。夜なんて悪魔が存在しているのに、その被害が表向きにならない理由は、夜は特殊な命や言術者しか襲わない様になっているからだ」
 疑問は色々と残った、説明してくれると言って置きながら、寧ろ疑問が増えた様にも感じられた。
 それで…。
「それで、何で俺にそんな話をするんです?」
「実は、キミは前に一度、正確には二度、夜に襲われているんだよ」
 その言葉で、――忘れかけていた何かが戻った気がした。
 金髪の女の子、俺に笑顔を向けている。
「嗚呼、あの見えない何かが夜だったのか。あの時は助けてくれてありがとな、榊原」
 榊原は一瞬目を見開いて、それから、
「あら、記憶が戻ったのね」
 記憶が戻った?何の話かは良く解からないけど、確かに忘れかけていた気がする。しかし、疑問はまだ残っている。
「けれど、俺が襲われたのは一度だぞ?」
「いや二度だ。キミは一度襲われて、その記憶を書き換えられたんだ」
 書き換えられた。
 もし、アレックスさんの言術の話が本当だとしたら、それくらいの事が出きる言術って言うのが有っても可笑しくないだろう。
 俺は相変わらず昔の何かを思い出せないで居た。
「でも、それなら俺の二度目の記憶も書き換えれば、俺みたいな一般人を巻き込む必要も無いのに何で?俺が二回も襲われたから?」
「書き換えたさ、でも記憶の書き換えは一人一回。キミは一度書き換えを受けて居たんだ。それを知らなくてね。二重の書き換えを行うと、過去に書き換えられた記憶も戻ってきてしまうんだ。それのせいで君は学校で倒れた訳だけど…。つまり、キミはどちらにしても夜を覚えたままになってしまい、表社会に公言してしまう可能性が有る。だから僕はキミに説明しようと思った。これからキミは色々と見えない物が見えてくる。そしてキミは一般の世界とは違う、僕等言術者達の世界に巻き込まれてしまうだろう。カザマ君を巻き込んでしまったのは本当に申し訳ないと思っている。けれど、表に公言されて被害が増えるのは困るんだ。」
 そこで榊原は割って入った。
「夜は、夜の存在を知っている者を襲う傾向が多く見られるのよ。昔の人が極一部に伝えて居たのは被害を減らす為ね」
 随分と好い加減だな、と思った。既に一般社会から外れてしまったらしい俺はこれから危険な言術者の世界を歩かなければならない。それには複雑な気持ちだった。
 好奇心、しかし恐怖と不安。あの日の夜見た真っ暗な世界で何も見えない敵が襲ってくるのを再び考えると二度と体験はしたくないと思う。
「だから僕等はキミをこれから保護しようと思う。我々が空唄市の担当である限りね」
「担当?」
 この質問には七原さんが答えてくれた。
「世界中にはある区域を管理する担当者が3、4、5人居て、その担当者はその区域に出没する夜の排除をしているのよ。担当者は何時か変わるけれど、今のこの辺りの担当者はアレックスと、私と楓ちゃんなの」
 なるほど、ね。
 聞いただけでは随分と可笑しな話だった。とても常識に近い一般人が聞いただけで理解できる内容だとは思えない。
 だが、俺は一度襲われている。更に、あの時の忘れられない恐怖を体感してしまったら、一体あれが何だったのか?という理由の一つや二つは付けたくなる物だろう。
 その理由が既に用意されているのなら、普通ならその理由を信用してしまう。
 だから俺は自分でも驚く程にすんなりと状況を受け入れてしまった。と言っても未だに半信半疑だが。
 思考を回す内に黙り続けていた俺は、やがて沈黙の中、ゆっくりと口を開けた。
 喋る前に吸う少量の空気の音が、この時だけ目立った気がした。
「それで、俺を保護するって言ったけど、一体どの様に保護されるんだ?」
 その質問に、榊原が飲もうとしたお茶を手にしながら答える。
「別に何処かに閉じ込めるとか、私達と一緒に暮らすとか、そんな保護法じゃないから安心して。貴方は普通に日常を普通通りにすれば良いだけよ。その代わりにコレを持って」
 熱いお茶を結局飲まずにテーブルに置き、榊原は正座状態からゆっくりと立ち上がった。
 そして食卓の隅に有る食器棚の上に置かれている箱を一つ手に取り、テーブルの上に置き、その箱の蓋を取った。
 箱の中にはギターのピックに似た三角形の物が数え切れない程詰め込まれていた。
 榊原はその内の一つを手にして説明をする。
「これは言術を利用して作られた“発信機”よ。貴方は何処へ出掛けるにもこれを常に携帯するの。そして、もし緊急事態になったら、この発信機を折りなさい」
 よく見ると三角形のそれは厚みがコインの様に薄かった。
 一つの発信機を手にすると、その発信機に俺の名前がうっすらと映された。
「KAZAMA SYU」
 そしてその裏側には、この発信機の製造メーカーらしきブランドのマークが入っていた。
「まぁ、元より“夜”って、その名の通り日が出てる内は襲わないでしょうから、プライベートまで覗かれる程の保護はされないわ。だから貴方は真実を絶対公言しない限り、何時も通りの日常を安心して送れる訳よ」
「つまり、俺は言術とかの事を公言せずに居て欲しいってだけなんだな?」
「長くなった話を平たく纏めちゃうとそういう事になるわね」
 話が纏まって俺は発信機をポケットに突っ込んだ。発信機という事は俺がこれを身に付けて移動している限り、担当者で有る者には俺の居場所が直ぐ解かると言う事だ。
 にしても…。
「今更思ったのも変だけど、榊原…、御前って凄い奴だったんだな」
 まさか今まで一般人だと思っていた同級生がある日突然、魔法使いでした、何て知ったらそれは驚く。
「まあね、これにはアイスブレイカーは勝てないわね」
 常識から外れてるから有利と考えているらしい。
 真面目に重かった食卓の空気が何時もの空気に戻った気がした。この食卓に居るのは初めての癖に。
「大分整理が付いた所で改めて自己紹介しようと思う」
 アレックスさんが切り出した。
「僕はカエデちゃんの保護者、アレックス・ウェールズ。イギリス生まれ、26歳だ。職業は言術者」
 何故歳を…?
「ちなみに彼女募集中!」
 金髪ツンツン頭の男、アレックス・ウェールズの自己紹介は全員にスルーされた。
「私は此処の使用人をしています、七原命。スリーサイズと歳はナ・イ・ショ。趣味は食べ歩き。ちなみに私の事はミコたん、って呼んでね☆」
「…七原さん」
「いや~ん、ミコたんって呼んで~ぇ」
 今更思ったけど俺の周りって結構個性的、というか変な奴が多いよな。
「ほら、楓ちゃんも…」
 榊原の隣に座る七原さんは榊原を肘で突っついた。
 と言うか、今更自己紹介しなくても知っているんだけどなぁ。
「…榊原楓。17歳。言術者見習いよ、と言っても明日、見習い卒業だけどね」
 中でも一番まともな自己紹介だった。
 そして、全員の視線が俺に集まる。さて、何て自己紹介すれば良いのやら?
「俺の名前は風間秋です。よろしく…」
 ちょっと芸が無さ過ぎたか。榊原を除く皆の視線が『それだけ?』と訴えかけている。
 他に何を話せば良いんだ?!
「あ、ところで、俺の昔の記憶が書き換えられてるって言ってたけど、一体何時の記憶が書き換えられてるんだ?」
 自分の記憶。自覚はしていないが彼等は俺の記憶が書き換えられてると言った。
 それが真実なのか、嘘なのか解からないが俺の脳裏には気になる姿が映る。
 誰だか知らない、もしかしたら覚えてないだけなのかも知れないが、金髪でショートカットの女の子。その子の笑顔がとても印象的で、懐かしい感じがした。
「一年とちょっと前の記憶ね」
 榊原が答える。今まで一般的だと思っていた榊原の印象はあまり変わっては居なかった。
 何となくだけど、それにホッとする。
「一年と…ちょっと前」
 復唱しながら無駄かも知れないが俺は少し記憶を探ってみた。
 それは、俺が空唄高校に入る前、中学時代の終わり頃。
 少しだけ頭がズキンと痛んだ。
「ところで…、公言しないって話だけど、何で俺をそんなに信用してるわけ?」
「………」
 その質問には誰も答えなかった。
 まぁ、俺としては信用してくれるのは嬉しいけど、もしこの状況が俺でない別人だった場合、公言してしまうかも知れない。
「まぁ、公言したらしたらでキミは一生後悔しながら何処かに監禁され、行き続ける事になるけどね。SMに興味が有るっていうのなら引き止めないけど」
 アレックスの顔面に榊原の拳が入った。
「まったく、また何処でそんな言葉を覚えて…ブツブツ」
 どうやら榊原はアレックスの日本語に不満を覚えているようだ。

/

 まず、そこに居たら自然と目にしてしまうのは、女性。
 金髪のその女性は17、18くらいの歳で、“その体”は横たわっていた。
 中身の無い彼女の体は永遠の夢を見る寝顔で動きもせず、彼女の両手は腹部辺りに添えられていた。
 一見すれば誰もが気付くだろう。彼女は死んでいる。
 死んだのは二年くらい前だ。
 今でも生きてた当時の原型を留めているのは言術による物だろう。そう気付くのはごく一部の人間の話だが、その事に関しては問題は無かった。
 何故ならこの場所は一般人社会から隔離された特別の次元に存在しているのだ。
 言わば此処は聖地、祭壇の中心に横たわる美しき女性と回りにそびえる神聖な彫刻、天井から祭壇を見下ろした12人の天使達。
 教会とは違う、もっとギリシャ神話の舞台になりそうな古代の儀式場。
 何処からか差し込む陽の光は真っ暗であった祭壇の中心を照らしていた。
 まるでこの女性は誰かを待っているかの様に、
 まるで誰かがこの女性を待っているかの様に、
 そして儀式の中心人物である彼女の為に生贄は用意されていく…。

/

 色々と話をされた俺は、どうやら狙われていると言う事情を告げられながらも学校へ通い、帰りに実家へと一度戻り、その後に榊原の屋敷で寝泊りする事になった。
 幸い明日、明後日は土日で学校は休み。
 友人からの誘いは丁重にお断りして、しつこい奴は蹴ってやった。
 家へと戻った俺は自分の部屋へ向かい、寝泊りの準備を始めた。
 まさか榊原の屋敷で寝泊りする事になるとは思いもしなかった。
 不安というか心配というか…、榊原はライバルだが考えてみればれっきとした女の子だ。それも学校ではアイドルクラスの美人。
 意識しないという方が無理な話、どうせ部屋は別々だしアレックスや七原さんが居るから間違った事にはならないだろう。
 居なくてもならないとは思うけど…。
 彼女が居る身でこんな事を考えてしまう自分が情けないと思う。
――ん?彼女?
 ふと、金髪の女の子を思い出した。
 相変わらず彼女の名前は思い出せないが、自然と彼女は俺の彼女、ガールフレンドだったと認識していた。
 アレックスは言った、過去に俺の記憶が置き換えられている、と。
 何故その必要が有ったのか?
“夜”と遭遇したからか?だったら何故アイツとの記憶が丸ごとゴッソリ無いのだろうか?
 色々な説や疑問が頭に浮かんでは消えていった。
 榊原の屋敷で色々告げられてから俺の消えていたらしい記憶は少しずつ戻りかけていた。
 流石に、パッと全てを思い出すことが出来ず、断片的に思い出してそれ等を繋げては納得しているのだが、どうも二年前に消えたという記憶だけ未だに掴みきれなかった。
 先に戻ってきた記憶は、つい一昨日の物。
 元々ハッキリしていない状況と共に混乱していた為か、あの時の記憶は最初っから明確では無い気がする。
 思い出したのは、闇が有って、見えない何かに襲われて、榊原の声がしたと思ったら闇が消えて、開放された瞬間ドッと疲れて、その後の記憶が無い。
 朝目を覚ましたら何もかも忘れていた。そんな所だろうか。
 ある程度の服をバスケ時代に使っていた赤いスポーツバッグに積めると俺は立ち上がった。
 ふと、タンスの上に有る胴色の物が目に入る。
 鍵だった。
――嗚呼、これ、倉で見つけた鍵だ。
 結局これまで忘れていたのだが、これは記憶の書き換えによるものでは無く、ただ単に宿題を忘れるのと同じくらいに普通に忘れていたのだ。
 その鍵は良く見ると太くて現代使われている鍵穴のどれにも入らない様な形をしていた。
 この鍵が何であるかが気になった俺は時計に写った時刻を見て、まだ時間が有る事を確認する。
 アレックス達はなるべく早く屋敷に着く様にしろ、と言っていたが、何か有った場合、この三角型の発信機を折れば良いだろう。
 俺は用意の出来たスポーツバッグを肩に倉庫へ小走りに向かった。

/

 闇から何かが光った。
 やがて雲に隠れていた月明かりが地上を照らし始めると光った物が目に映る。
 刀、日本刀。
 それも血に濡れた刀だ。
 月明かりで照らされるその刀の光は妖気に満ちていて不気味だった。
 そして、この得物の持ち主の姿が続いて照らされた。
 黒髪の長髪、灼眼、黒いロングコートの男。
 見た目はまだ高校生だと言うのに、彼から発っされる気は外見をあまり気にさせなかった。
 何故なら、その“気”は殺気。
 触れるだけで恐怖し、身を震わせる感情の無い冷たい殺気…。
 血濡れた刀が妖しく光り、男は月を見上げた。
「…足りない」
 男が月に声をかける。もしくは刀に話かけたのか…。
「もっと…魂をよこせ…」
 その声は誰も“居なくなった”空間に小さく、しかし永遠と響き続けていた――。

/

「ふぃー、見つけたぁ」
 鍵穴を探して一時間程経過した頃だろうか?
 辺りは暗くなり始めていて、そろそろ屋敷に向かわなければならない時に鍵穴は見つかった。
 時間が無いので俺はポケットから鍵を取り出し、ピッタリ合うだろうと思われるドデカイ錠の鍵穴に先端を突っ込んだ。
「お」
 パーフェクト。
 そして差し込んだまま鍵を右回転する。
 思ったよりも鍵は柔らかくスムーズに回って、錠が小さな金属音を立てながら外れた。
 錠を外して、錠の掛かっていた箱を開ける。
 箱は鉄製で、江戸時代に見る様な古臭い形をしていた。
 蓋を外すだけで埃が宙を舞ったが気にせず中身を覗いた。
――真っ白?
 否、どうやって溜まったのか、埃まみれになった羊皮紙だった。
 俺は誇りを息で軽く吹き飛ばすと辛うじて読める日本語に目を通した。
 そこには言術の歴史が書かれていた…。
 何十分か掛け、何とか読み終えてみる。
 内容は色々と遠まわしだったが、真実の説明を受けていた俺には何となくその内容が解かった。
 俺なりに纏めるとこうだ。
 何時だか知らないけど、かなり昔の話だ。
 まだこの地に言葉が無かった時代、人々が言葉を作っていた頃に、魔法みたいな不思議な力が存在した。
 その力は、その頃の人々に平等に与えられ、四つの言葉を繋げて慣用句を作ると、作り上げたその慣用句の意味に近い力が発動した。
 後に、人はそれを四字熟語と呼んだ。そして現在の時代でもこれ等の四字熟語は語り継がれている。それは普通に小学校で習うし、テストにも出てきた。
 しかし、今の人々には文字に力を起こさせる源が無くなっているらしい。
 “源”それは何処にでも有る力。
 言術者達はその“源”を読み込むか掴むかして、その力を利用して言術を発動している。
 昔は体内に有った“源”を使用していたが、今の人々は外部の“源”を使用するしか言術を使う方法が無いらしい。
 外部から引き出すには色々な苦しい修行が必要らしい。
 理解出来る内容は以上だ。
 他にも色々と書かれているが、俺が読んだ所、同じ日本語でも内容はサッパリで、掠れていたり、破けている所は読めなかった。
 俺はこれを榊原達に見せてやろうと思い箱に戻し、錠を掛けてからスポーツバッグに突っ込んだ。
 鍵はポケットにしまい、俺は急いで倉から出た。
 外に出ると辺りはすっかり暗くなっていて、早く屋敷へ向かわないと怒られるので俺は走り出した。
 が、間に合わなかった。
 まったく予想していなかった訳では無い。
 寧ろ、榊原に怒られる事より現在の状況を予想しておくべきだったのだ。
 あの時と同じで違う感じがするのは、俺は瞼を開いていて、辺りが漆黒に染まっていくこの光景を見ているからだ。
 俺は左胸に有るポケットから発信機をゆっくりと取り出して…、折った。
 同時に“夜”が俺の周りを覆う。
 視界一杯に広がる闇という闇、漆黒。
 宇宙より酷い闇で、点や埃一つも無い真っ黒の異次元空間が結成される。
 その闇の中に、一つだけ違う色が混ざっていた。
 今度は黒という色に全く相反した白、不気味なくらい真っ白の巨大物体が動いている。
 その物体は巨大で、見ると人型のシルエットを持っていた。正し巨人。
 顔であろう場所には目や口なんて存在しない白。
 あまりの白さになんとか残った影だけが巨人の角度や立体的な形、そして遠距離感を目に教えてくれた。
 そして俺は理解する。
 奴は言った。今まで見えなかった物が見えるようになってくる、と。
 ならば今俺が見て、俺を見下すこの白い巨人は彼等の言う“夜”であると理解するに至るまで時間は掛からなかった。
 前にも一度襲われているという部分の記憶が戻っているおかげで状況把握は落ち着いて冷静な状態で行う事ができた。
 否、本当は混乱するか恐怖して逃げ回る筈だというのに、俺は自分でも怖いほど冷静だった。
 死を受け入れ諦めたからか、何か策が有り勝利の確信が有るからか、榊原達が必ず助けに来てくれると信じているからか?
 そのどちらも違う。
 なら、何故冷静でいられる…風間秋――。
――それは…、
 考える間もなく、第一撃が放たれる。
 巨人はその巨大な豪腕を振り上げ真っ直ぐと俺に向かって降ろしてくる。
 俺は咄嗟に飛び退いて一撃をなんとか回避してみせた。
 闇に叩きつけられた“夜”の腕はその衝撃で散った様に動き、バラバラになったかと思えばそれは長い触手の様な物になり飛び退いた俺を襲う。
 形に騙された。人型をしているかと思ったが、こいつは形なんて持っていない。
 形なんて元々形を持たない“夜”には不要なのだ。
 俺はバスケで鍛えた瞬発力を活かして横へ飛んだ。
 サイドステップによる回避は成功し触手は勢い余って俺の立っていた位置を通り過ぎる。
 しかしこのまま攻撃が終わるとは思えない、今の状態は奴の方が数段有利だ。
 続いた攻撃は白い巨人の空いている片腕から放たれた拳だった。
 身を翻して地面とも何とも言えない闇の上を転がりこれも避けてみせる。
 まだ始まって間も無いと言うのに俺の息は既に上がっていて、額には汗が滲んだ。
 なのに何故冷静なのだ?
――まるで、戦う術を持っている見たいじゃないか。
 否、そんな物は持っていない。
 続いて降り注ぐ攻撃、攻撃、攻撃の嵐を俺は全て髪一えで避け続ける。
 此処まで運動神経の良い自分が我ながらビクッリだった。
 だが、調子に乗りすぎていた。
 もちろん相手も攻撃をかわされ続ける訳にも行かず、今度は腕を思いっきり振りかぶっては、まるで地上を一掃するかの様に薙ぎ払って来た。
 それを俺は避けきれず、腕に激突し直撃を受けた。
 体中に響いた衝撃は脳震盪を起こすくらい激しい物で、榊原のドロップキックの数十倍はあった。まぁ、当たり前だろう、何故なら榊原は人間で、奴は数万、数千という死者の怨念で出来た化け物。
 死者の怨念ってこんなにもきついのか…。
 衝撃に体が持っていかれて空中に投げ出された俺の体は宙で二三回転し、やがて重力にひかれて闇へと落ち、激突した。
 地面に落ちても何度か体は地面を跳ね転がり続ける。
 一人で、嗚呼、死んだな。とか思った。
 思ったばかりなのに、何とかまだ体は動くようだった。
 今までに受けた事のない全身打撲からフラリと立ち上がり、骨に異常が無いか肩や首、腕を動かして確認してみる。
 足を動かした時、チクリと何かが刺さるような痛みを感じた。
 折ったか?と一瞬思うが直ぐにその予想は外れた。
 無意識に伸びた俺の手は右ポケットに突っ込み、倉で見つけたある鍵を掴んだ。
 成る程、この鍵が右足に軽く刺さったのか。
 理解し、俺は鍵を握り出した。
 ポケットに何か有ると動きにくい、だから捨てようと思ったのに、その考えを起こす前に白い巨人から追い討ちが掛かった。
 振るわれる拳が再び顔面へ迫ってくる。
 次ぎ当たれば命は無いと体が感じたのか、脳が命令を出しても居ないのに体は動いて避けてくれた。
――武器が必要だ。
 相手が怨念なら、きっと言術か特殊な何かで無いと物理的な攻撃は受け付けてくれないだろう。
 そう思ったら特殊な武器が必要だと感じた。
――出来れば、刀が良い。
 そう、脳内に刀のイメージが浮かび上がる。
 美しい刀身に切れ味の良さそうな名刀。
 何故刀なのかと言うと、俺は剣道を習っていた時代が有ったのだ。
 小学生の頃だっただろうか?土日に木刀を持って剣道教室に■■■と通っていた。
 何か思い出した気がするがノイズが走って思考がぶつかり一時停止する。
 気付いたときには更なる攻撃が敵から放たれていた。
 今度は避けない。
 否、避ける必要が無かった。
 何故なら、何故か、この手には美しい名刀が握られていて、昔覚えた刀の正しい持ち方を咄嗟にしていた。
――振り下ろせ、この刀は何でも斬れる。
――死も命も世界も夢も、“夜”も…。
 振り下ろさない理由が無いから俺は思いっきり、“知らない刀”を天へと掲げた。
 光も無いのに蒼白の光を発する剣を闇の中で全力を込めて、迫る拳に負けない様に真っ直ぐと“ソイツ”を振り下ろした。
 一閃で両断。外見的に言うならそれは“一刀両断”しかし正しく言うならば、
――“一撃必殺”。
 振り下ろした刀は全てを両断し、作り上げた太刀筋から放たれる強力な真空が一閃のその先を全て切り払って行く。それはまるで目に見えない巨大な刀を振り下ろした様な光景。
 一閃は“夜”の拳を両断し、そのまま腕を裂いて、本体を真っ二つに払った。
 血飛沫も何も無く斬り口から白い物体は真っ赤に染まって行く。
 そしてそれは消失して行き、跡形も無くなると同時に結界が勢い良く砕け散った。
 砕けた破片は真っ白になり重力に反し天へと登って行った。
 まるで、星が天に昇るかのように…、何も無くなった空には本物の星の輝きが切なく輝いていた。
 しばらくそれを眺めていて、急に体が震えだした。
「ハハ――ハ…」
 おいおい、今頃恐怖してんのかよ、俺は。
 どうやら今までの冷静さは恐怖を後回しにする代わりに手にしていた様だ。
 右手から刀が滑り落ちて地面に乾いた音を立てる。
 その刀が土の上でゆっくり変形して行き、どんどん縮小しているかと思えば、鍵になった。
 車の鍵でも、自転車の鍵でも、家の鍵でも、エロ本を隠している引き出しの鍵でも無い、あの倉で見つけた鍵だ。
「………マジックアイテム?」
 言術の事が書かれていた羊皮紙を隠した箱に掛けてあった錠の鍵でもあり、刀でも有った。
 心が落ち着いて振るえが止まり余裕が出きると俺はそれを手にし、色々と疑問は残ったが榊原に後で聞けば良いと思い、急いで立ち上がる。
 思えば既に夜10時になっていて、このままでは榊原に怒られるだけでは済まないと察し慌てて隣に落ちていたスポーツバッグを手に取った。
 それではなく、二回目の襲撃の可能性を考えたからが本当の理由なのだが。
 玄関へ向かうと、慌てる必要が無い事がわかった。
 なぜなら、
「あーら、遅かったわね、アイスブレイカー」
 涼しそうな顔して無茶苦茶怒っている榊原の姿があったからだ。

/

 にしても私は驚いていた。にわかに信じ難いがアイスブレイカーの話を聞いて信じざるを得なくなった。
 “夜”二度目の襲撃。
 二度襲われるとなったら、これは確実に“夜を導く者”に狙われている事になる。
 目的は何?
 彼の魂と同調しかけてる守護霊が欲しいのかしら?
 でも、魂と同調しかけている守護霊だけを盗み取るのはほぼ不可能に近い。
 何故なら同調した魂を盗ろうとすると、もう一つの魂が反応し消失してしまうのである。そうなると、その魂を媒介に生きていた守護例の魂も消えてしまうのである。
 ならその魂の破壊?
 可能性は有る。もし単純に存在すると迷惑な魂なら普通に襲い殺すだろう。
 しかし証拠不十分。断定は出来ない。
 とりあえず現段階でアイスブレイカーが襲われる理由を私は見つける事ができない。
 それよりもアイスブレイカーは“夜”を倒した、と言った。
 素人がそう簡単に倒せるわけが無い。ましてや、まだ“夜”という存在と“言術”の話を齧った程度しか理解しておらず、さらに二度目の襲撃で倒すなんて経験と知識、実力どれもが不足している状態で何故倒せるのだろうか?
 彼はその理由に私を納得させる得物を持っていた。
「この鍵さ…、こうやって強く握ると――ほら」
 刀になった。それは言術者なら誰もが持っている支援武器である。
 元々言術者は武器を持たず、その力のみで“夜”を排除してきた。しかし、“源”が極端に少ない地域で言術を使用する事は出来ない。
 ならばと言い、サブウェポンとして言術者に持たせるのが支援武器。所謂切り札と言った所だろう。
 ちなみに私の支援武器は…、
「ほら、桃色の携帯。これが私の支援武器よ」
 屋敷に着いてからアイスブレイカーに見せたそれは携帯である。
 今時の若者なら誰もが持っている姿をしている。
 元より支援武器は持ち運ぶのに不審でない物の形をしている。そしてその形から姿を変えて武器になるのである。
 私の武器は見た目は誰もが持っている携帯だけど、ある一定量の源を携帯に送り込むと剣になるのである。
 その剣はSFの様に、もっと現代風の形をしていて、ファンタジーの欠片なんて全く無かったりするのだけど、そんな事は問題無い。
 アイスブレイカーが見せてくれた鍵は刀になったが、支援武器程度で驚かない私はそれを見てかなり驚いていた。
 理由はアイスブレイカーが“源”を制御できると言う事である。
 何処でそんな方法を覚えたのか問いただしてみたけど、本人は全く心当たりが無い様だった。
 この事をアレックスに話すと彼はアイスブレイカーに聞こえない様に私の耳元でこう囁いた。
「まぁ、彼女が言術者だったんだから、きっと彼氏の彼が色々と教えてもらっていたんだろう」
 可能性は有る。
 いや、もしそういう理由でなかったとしたら私はかなり落ち込むだろう。
 何せ私は“源”を制御するのに十年掛かったのだから。
「あ、おい榊原!チャンネル変えるなよ!」
 ・・・、にしても私はアイスブレイカーを殴りたかった。
 発信機を折って、心配して向かってみればケロっとしてるし、人の家でテレビ見ては偉そうだし。全く、彼の何が良くて学校中の人気者になってるんだか・・・。

/

 世界は常に闇に覆われている。
 それを微かな光が照らすのだが、一つの光りが照らせるのは一部のみ。
 照らしている間は他が闇に飲まれる。
 全てを完全に救う事は出来ない、それが普通だ。
 だが、もし光りが一定の場所に固定し続けていれば、他が混沌になろうともその場所は他の何処よりも明るい場所になるのではないか?
 言うなればその場所は聖地。
 言わばその場所は天国。
 裏側では人が死に、そして表側では生まれ変わる場所。
 俺はその場所を作り、光をこの世界の何処でもないこの聖地のみに預けた。
「・・・・・・・・・レン、もう直ぐ御前を戻す事が出来る」
 その聖女は祭壇の上で・・・、眠り続けていた――・・・。

聖女復活に必要な物は見つかった。
後はそれを奪うだけ・・・。




アイスブレイカー 第二章 理由 END

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