アンハイザー・ブッシュ・カンパニーズ・インク
本店:アメリカ合衆国、63118 ミズーリ州、セントルイス市、ワン・ブッシュ・プレース

【商号履歴】
アンハイザー・ブッシュ・カンパニーズ・インク

【沿革】
1852年 ジョージ・シュナイダーがセントルイス市にババリアン・ブルーワリーを開設。
1857年 エバーハード・アンハイザーが同ブルーワリー(醸造所)に投資。
1860年 アンハイザーが同ブルーワリーの所有権を取得。
1864年 アドルフォス・ブッシュが販売員として加入、後に社長となる。
1870年代 当社が、アメリカ合衆国で初めてびん詰ビールの低温殺菌法を完成した醸造業者となる。
1875年 7月7日、前記ブルーワリーが、E・アンハイザー・カンパニー・ブルーイング・アソシエーションと称される会社となる。
l876年 バドワイザー、市場へ登場。
1877年 当社は、良好な条件を維持しつつビールを長距離輸送するための冷蔵貨物車を業界で初めて使用。
1879年 社名をアンハイザー・ブッシュ・ブルーイング・アソシエーションに変更。
1896年 ミケロブ、市場へ登場。
1901年 当社の生産が1百万バレルに到達。
1919年 合衆国において禁酒法が施行され、この結果当社は、ビール以外の製品を製造。
1925年 当社の原始定款50年の満了にあたり、ミズーリ州法人として再法人化され、アンハイザー・ブッシュ・インコーポレーテッドに改称。
1933年 禁酒法の解除。
1953年 野球チーム、セントルイス・カーディナルスを取得。
l957年 アメリカ合衆国ビール業の業界リーダーとなる。
l966年 ブッシュ・エンターテインメント・コーポレーションが設立される。
1973年 メタル・コンテイナー・コーポレーションが設立される。
1975年 オーガスト・A・ブッシュ三世が首席業務執行役員になる。
1979年 アンハイザー・ブッシュ・カンパニーズ・インクをアンハイザー・ブッシュ・インコーポレーテッドの持株会社として設立。
1980年 生産が50百万バレルに到達。ニューヨーク証券取引所において当社普通株式の取引が開始される。
1981年 アンハイザー・ブッシュ・インターナショナル・インクが設立され、当社製品のライセンスによる醸造および輸出拡大をもたらす。
1982年 バド・ライトの発売。
1989年 ブッシュ・エンターテインメントがシー・ワールド・パークスを買収。
1996年 ビールの鮮度を示す「誕生日」制度を導入。セント・ルイス・カーディナルス・ベースボール・チームの売却を完了。
1997年 日本の麒麟麦酒株式会社との業務提携の拡大に基づく米国での販売に向けてキリンビールの醸造を開始。
1998年 中国の武漢における醸造所の拡大を終了。グルポ・モデロに対する追加的持分の購入を完了し、直接・間接の株式持分が50.2パーセントに増加。
1999年 アンハイザー・ブッシュ銘柄の全世界での売上が1億バレルを超える。
2000年 当社の王冠および蓋の裏面の原料を全て製造する新子会社であるイーグル・パッケージングが製造を開始。当社最新の遊園地であるディスカバリー・コーヴが年の半ばにフロリダ州オーランドにオープン。
2001年 世界で2番目の市場である中国における業務が初めて黒字を計上。初のガラス工場をテキサス州ヒューストンに設置。
2002年 バカルディ・シルバーおよびミケロブ・ウルトラを発売。オーガスト・A・ブッシュ三世が当社社長兼首席業務執行役員を退任し、取締役会会長職は留任。パトリック・T・ストークスが当社社長兼首席業務執行役員に任命される。
2003年 ブッシュ・エンターテインメント・コーポレーションがシーワールド・アンド・ブッシュ・ガーデンズ・コンサベーション・ファンドを開始。アンハイザー・ブッシュ・インターナショナルがイタリアのハイネケン・イタリア・エスエーとパートーナーシップを形成。
2004年 中国第4位の規模の醸造業者であるハルビン・ブルワリー・グループを買収。バドワイザー・セレクトおよびBEを発売。
2005年 ミケロブ・ウルトラ・アンバー、ナッティー・アップ、ハリケーン・ハイ・グラヴィティー、バカルディー・シルバー・ウォーターメロン、バカルディー・シルバー・ビッグ・アップル、バカルディー・シルバー・ストロベリー、ティルト、ピールズ・ブルーベリー・ポムグラナット、ピールズ・クランベリー・ピーチ、ピールズ・ペア・レモン、ピールズ・ストロベリー、ナインス・ストリート・ライム・キャクタス、ナインス・ストリート・ポムグラナット・ラズベリー、ナインス・ストリート・ブラッド・オレンジおよびワイルド・ブルーを発売。スペイン、バルセロナ近郊のポート・アヴェンチュラ・エス・エーに対する持分を売却。

日本における活動

当社の日本市場への参入は、1977年に株式会社トーメンとの代理店契約に従ってバドワイザーの輸入を開始したことに遡る。1981年、当社は代理店をサントリー株式会社に変更し、サントリー株式会社は1984年にバドワイザーのライセンス生産を開始した。当社はサントリーとの取引を終了し、日本国内でバドワイザーの生産・販売を行うバドワイザー・ジャパン有限会社を設立する合弁契約を1993年3月にキリンビール(麒麟麦酒株式会社)と結んだ。この合弁会社は2000年1月に日本でバドワイザーの生産・販売を行うためのキリンビールとのライセンス契約に変更された。当社の子会社であるアンハイザー・ブッシュ・インターナショナル・インクおよび同社子会社であるアンハイザー・ブッシュ・アジア・インクは、東京で当社の現地支店(1980年開設)を運営している。当社は1987年10月6日にその普通株式を東京証券取引所に上場したが、1997年12月30日に自発的に上場廃止された。