扶桑薬品工業
本店:大阪市中央区道修町一丁目7番10号

【商号履歴】
扶桑薬品工業株式会社(1949年3月~)
扶桑産業株式会社(1942年12月~1949年3月)
株式会社大和商会(1937年3月25日~1942年12月)

【株式上場履歴】
<東証1部>1989年12月22日~
<大証1部>1983年9月 日~
<大証2部>1970年10月1日~1983年 月 日(1部に指定替え)

【沿革】
昭和12年3月 国産ブドウ糖の販売を主事業として大阪市南区(現・大阪市中央区)に株式会社大和商会の商号で設立
昭和17年12月 時局の進展にともないブドウ糖が一元的配給統制になったため、ブドウ糖を原料とする注射液の製造へ転換を企図、商号を扶桑産業株式会社に変更
昭和18年6月 大阪市東成区に今里工場を設置し、ブドウ糖注射液、リンゲル液、生理食塩液などの注射液の製造販売を開始
昭和24年3月 商号を扶桑薬品工業株式会社に変更
昭和28年7月 本社を大阪市東区(現・大阪市中央区)に移す
昭和32年3月 大阪市城東区に城東工場設置、今里工場は廃止
昭和39年4月 大阪市城東区に京橋工場設置、内用剤分野の拡張強化
昭和39年8月 我が国で最初の透析液として人工腎臓灌流原液を開発し供給開始
昭和44年4月 人工腎臓用透析液キンダリー液を開発発売
昭和45年10月 大阪証券取引所市場第二部に株式上場
昭和45年10月 経営多様化のため子会社扶桑興発株式会社を設立(現連結子会社)
昭和48年2月 大阪市城東区(京橋駅付近)に文化・スポーツセンター扶桑会館竣工、扶桑興発株式会社に賃貸し経営委託
昭和48年11月 小型ディスポーザブル血液透析器開発、医療用機器分野へ進出
昭和54年12月 大阪府大東市に大東工場設置、内用剤生産工場として操業開始、これに伴い京橋工場は閉鎖
昭和56年3月 大阪市城東区(城東工場近接地)に新研究開発センター(地上5階)竣工
昭和58年9月 大阪証券取引所市場第一部に株式上場
昭和60年5月 岡山県浅口郡里庄町に岡山工場(地上6階)設置
平成元年12月 東京証券取引所市場第一部に株式上場
平成5年2月 ポータブル血液分析器およびヒト精子機能検出用試薬を発売、臨床検査分野へ進出
平成6年4月 本社所在地に扶桑道修町ビル(地下2階 地上10階)竣工
平成7年5月 茨城県北茨城市に茨城工場(地上6階)設置
平成13年1月 東京都中央区に扶桑日本橋ビル(地下1階 地上8階)完成
平成19年1月 扶桑興発株式会社のスポーツ事業(ボウリング等)の廃止