トーアミ
本店:大阪府四條畷市中野新町10番20号

【商号履歴】
株式会社トーアミ(1992年1月~)
東洋金網株式会社(1940年9月10日~1992年1月)

【株式上場履歴】
<東証2部>2013年7月16日~
<大証2部>1995年12月19日~2013年7月15日(東証に統合)

【合併履歴】
1992年1月 日 中国東洋金網株式会社
1992年1月 日 九州東洋金網株式会社
1992年1月 日 中部東洋金網株式会社
1992年1月 日 東洋技研工業株式会社

【沿革】
昭和15年9月 大阪府北河内郡四条畷村大字砂34番地に東洋金網株式会社(資本金19万9千円)を設立し、各種金網の製造加工及び販売を開始。
昭和21年10月 大阪府北河内郡四条畷町大字中野766番地の1に第二工場を建設し、焼鈍、めっき設備を導入。
昭和25年10月 第二工場に多極式電気抵抗溶接金網機を設置し、溶接金網の生産開始。
昭和37年10月 第一工場を売却、第二工場に統合して本社工場とする。(現在の関西事業部四条畷工場)
昭和38年9月 ガラス用溶接金網を開発、ガラス網工場設備を新設。セントラル硝子株式会社へ専属納入開始。
昭和40年3月 大阪地方裁判所に会社更生手続開始申立。
昭和40年6月 大阪地方裁判所により更生手続開始決定。
昭和41年4月 大阪地方裁判所により更生計画認可決定。
昭和41年5月 会社更生計画の一環として、資本金を2分の1に減資。(資本金1千5百万円)
昭和42年8月 セントラル硝子株式会社の資本参加を受ける。
昭和44年12月 大阪地方裁判所により更生手続終結決定。
昭和45年9月 中国地方販路拡張の拠点として、岡山県邑久郡長船町に中国東洋金網株式会社として進出し、各種溶接金網の生産開始。(現在の中国事業部岡山第一工場)
昭和47年4月 九州地方販路拡張の拠点として、福岡県糟屋郡粕屋町に福岡工場を設置、各種溶接金網の生産開始。
昭和49年6月 地域振興整備公団の誘致企業として、福岡工場を飯塚工業団地内(福岡県嘉穂郡穂波町)に移転するとともに、九州東洋金網株式会社として独立させる。(現在の北九州事業部福岡工場)
昭和54年12月 奈良県生駒市に本社第二工場を新設し、各種溶接金網の生産開始。(現在の関西事業部奈良工場)
昭和55年6月 技術部を東洋技研工業株式会社に移管し、機械製造部門を独立、強化させる。(現在の技研事業部)
昭和55年11月 中部地方販路拡張の拠点として、愛知県額田郡額田工業団地内に中部工場を設置、各種溶接金網の生産開始。
昭和59年11月 中部工場を中部東洋金網株式会社として独立させる。(現在の中部事業部愛知第一・第二工場)
昭和60年10月 本社工場の溶接金網部門を本社第二工場に集結し、最新自動化機械を投入し増産体制を図る。
昭和63年4月 宮崎県都城市に東洋技研工業株式会社宮崎工場を開設(現在の技研事業部宮崎工場)。外柵用フェンスを開発、宮崎工場にて生産開始。
昭和63年8月 多目的建材C-パネルを開発、宮崎工場にて生産開始。
平成2年6月 宮崎県都城市に九州東洋金網株式会社都城工場を開設。(現在の南九州事業部都城工場)
平成4年1月 中国東洋金網株式会社、九州東洋金網株式会社、中部東洋金網株式会社及び東洋技研工業株式会社を合併、商号を株式会社トーアミに変更するとともに、それぞれ中国事業本部、北九州事業本部、南九州事業本部、中部事業本部及び技研事業本部に組織変更(現在の中国事業部、北九州事業部、南九州事業部、中部事業部及び技研事業部)。
平成5年2月 中国事業本部岡山第二工場を新設。(現在の中国事業部岡山第二工場)
平成7年12月 大阪証券取引所市場第二部に株式を上場。
平成9年10月 関東市場への進出を目的として、千葉県印旛郡白井第一工業団地内に生産拠点を置く株式会社ワイ・エス・ケイより営業の全部を譲り受け、新たに関東事業本部を開設、各種溶接金網の生産開始。(現在の関東事業部千葉第一工場)
平成12年5月 関東事業本部の隣接土地、建物を取得し、関東事業本部千葉第二工場とする。(現在の関東事業部千葉第二工場)
平成14年10月 住倉鋼材株式会社(現・連結子会社)の全株式取得。
平成17年3月 愛知県岡崎市に中部事業部愛知第三工場を新設。