ジェイ・エム・エス
本店:広島市中区加古町12番17号

【商号履歴】
株式会社ジェイ・エム・エス(1994年4月1日~)
株式会社日本メディカル・サプライ(1981年6月~1994年4月1日)
株式会社栄商事(?~1981年6月)

【株式上場履歴】
<東証1部>1989年3月13日~
<大証1部>1987年11月 日~2005年12月11日(上場廃止申請)
<広証>1981年12月21日~2000年3月1日(取引所閉鎖)
<大証2部>1982年12月 日~1987年 月 日(1部に指定替え)

【合併履歴】
1981年6月 日 株式会社日本メディカル・サプライ

【沿革】
昭和40年6月 医療機器の製造・販売を目的とし、広島県佐伯郡大野町下更地1990番地(現 広島県廿日市市大野1990番地)に株式会社日本メディカル・サプライ設立(資本金25,000千円)。本社工場(現 大野工場)竣工。
昭和43年5月 ディスポ医療器株式会社(最終社名ジェイ・エム・エス企画株式会社)の株式65%(最終持株比率100%)を取得、資本参加し役員を派遣。
昭和46年2月 興陽化成株式会社(最終社名ジェイ・エム・エス高分子株式会社)の株式65%(最終持株比率100%)を取得、資本参加し役員を派遣。
昭和47年11月 広島県三次市に三次工場竣工。
昭和48年1月 株式会社韓国メディカル・サプライの株式50%(現在80%)を取得、資本参加し役員を派遣。
昭和48年8月 本社を広島市加古町12番17号(現 広島市中区加古町12番17号)に移転。
昭和49年9月 100%子会社ジェイ・エム・エス中四国販売株式会社(最終社名株式会社ジェイ・エム・エス販売)設立。
昭和51年2月 100%子会社株式会社ジェイ・エム・エス(現社名ジェイ・エム・エス・サービス株式会社)設立。
昭和53年9月 島根県出雲市に出雲工場竣工。
昭和54年6月 シンガポール共和国に100%子会社ジャパン・メディカル・サプライ(シンガポール)プライベート・リミテッド(現社名ジェイ・エム・エス・シンガポールPTE.LTD.)設立。
昭和56年6月 株式額面変更のため、形式上の存続会社たる株式会社栄商事(合併後株式会社日本メディカル・サプライに商号変更)に吸収合併され、実質上の存続会社となる。
昭和56年12月 広島証券取引所に上場。
昭和57年12月 大阪証券取引所市場第二部に上場。
昭和62年6月 広島県山県郡千代田町(現 広島県山県郡北広島町)に千代田工場竣工。
昭和62年11月 大阪証券取引所市場第一部銘柄に指定。
昭和63年7月 中華人民共和国に合弁会社大連ジェイ・エム・エス医療器具有限公司(70%を出資、現在100%)設立。
昭和63年10月 中華人民共和国に100%子会社医用材料(ジェイ・エム・エス大連)有限公司(平成9年1月1日に大連ジェイ・エム・エス医療器具有限公司に吸収合併される。)設立。
平成元年3月 東京証券取引所市場第一部に上場。
平成5年8月 アメリカ合衆国に100%子会社ジェイ・エム・エス・ノース・アメリカ・コーポレーション設立。
平成5年12月 ドイツ連邦共和国のバイオニック・グループ3社を100%子会社として買収後、バイオニック・メディツィンテクニックGmbHとして統合。
平成6年4月 株式会社JMS(登記上は株式会社ジェイ・エム・エス、英文ではJMS CO.,LTD.)に商号変更。
平成6年7月 インドネシア共和国にジェイ・エム・エス・シンガポールPTE.LTD.の100%子会社としてプライベート・リミテッド・ジャパン・メディカル・サプライ・バタム(現社名PT.ジェイ・エム・エス・バタム)設立。
平成7年7月 ブラジル連邦共和国に合弁会社ジェイ・エム・エス・ドゥ・ブラジルLTDA.(90%を出資、現在100%)設立。
平成10年12月 ジェイ・エム・エス企画株式会社、ジェイ・エム・エス高分子株式会社を清算結了。
平成12年4月 100%子会社株式会社ジェイ・エム・エス販売の営業の全部を譲り受ける。
平成14年5月 広島市に100%子会社株式会社大野設立。
平成14年6月 中華人民共和国に100%子会社北京英特創軟件科技有限公司設立。
平成15年3月 株式会社ジェイ・エム・エス販売を清算結了。
平成16年3月 東京都中央区にクリノグラフィ株式会社(51%を出資)設立。
平成17年12月 大阪証券取引所市場第一部の上場廃止。
平成18年9月 クリノグラフィ株式会社の株式を譲渡。