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日本エア・リキード
本店:東京都港区六本木一丁目6番1号

【商号履歴】
日本エア・リキード株式会社(1998年4月1日~)
テイサン株式会社(1981年4月1日~1998年3月31日)
帝国酸素株式会社(1946年12月~1981年3月31日)
帝国圧縮瓦斯株式会社(1943年2月~1946年)
帝国酸素株式会社(1930年8月~1943年)

【株式上場履歴】
<東証1部>1976年3月1日~2003年4月21日(エア・リキード社によるTOB)
<東証2部>1961年10月2日~1976年2月29日(1部に指定替え)

【合併履歴】
2007年9月1日 ジャパン・エア・ガシズ株式会社
2001年7月 日 日本エア・リキードサービス株式会社

【沿革】
明治40年 チャールズ・ファーブル・ブラント氏が大阪市安治川河口の大阪鉄工所(日立造船の前身)内に桜島工場を開設。仏国法人エア・リキード社製の酸素製造機で日本初の酸素の製造を開始。
明治43年 エア・リキード社が「日本オキシジェーヌ・エ・アセチレーヌ会社」を設立、前期事業を継承。大正のはじめ、商号を「帝国酸素アセチレーヌ会社」と変更。
大正12年 エア・リキード社は、神戸市にその支店を設け、「帝国酸素アセチレーヌ会社」を吸収して「液体空気会社」の商号で営業を継続。
昭和5年8月 エア・リキード社と住友合資会社との共同出資により「帝国酸素株式会社」が設立され、「液体空気会社」の営業設備一切を継承。
昭和18年2月 商号を「帝国圧縮瓦斯株式会社」と変更。
昭和21年12月 商号を「帝国酸素株式会社」に復帰。
昭和28年5月 日本初の液化酸素の製造工場として、尼崎工場操業開始。
昭和31年4月 「京都帝酸株式会社」の設立に出資。
昭和35年1月 低温ガス分離装置の製作技術をエア・リキード社より導入し、機器製作所(明石市)において製作開始。
昭和36年10月 東京証券取引所市場二部に上場。
昭和38年12月 「高松帝酸株式会社」の設立に出資。
昭和40年5月 富士製鐵株式会社との共同出資により、「製鉄オキシトン株式会社」を設立。
昭和44年12月 大阪酸素工業株式会社との共同出資により、「株式会社水島オキシトン」を設立。
昭和45年12月 小池酸素工業株式会社及び昭和電工株式会社との共同出資により、「川崎オキシトン株式会社」を設立。
昭和49年6月 新大協和石油化学株式会社(現東ソー株式会社)との共同出資により、「四日市帝酸オキシトン株式会社」を設立。
昭和51年3月 東京証券取引所市場第一部銘柄へ指定。
昭和53年3月 京都セラミック株式会社との共同出資により、「鹿児島オキシトン株式会社」を設立。
昭和56年4月 商号を「テイサン株式会社」に変更。
昭和59年8月 LNG寒冷利用による空気分離工場―新新潟工場(現新潟工場)操業開始。
昭和62年4月 当社の全額出資により、「テイサンウェルディング株式会社」(現日本エア・リキードウェルディング株式会社)を設立し、溶接機材部門の営業を譲渡。特殊ガス及びプレシガスの充填を目的とした「筑波ノースセンター」を開設。
平成7年3月 亜酸化窒素の製造を目的とした「メディカルガスセンター」を開設。
平成10年1月 青海工場操業開始。
平成10年4月 商号を「日本エア・リキード株式会社」と変更。筑波ハイテクセンターを開設し、エレクトロニクス向け特殊ガス・材料の研究開発及び製造部門を集約。
平成11年10月 本店を東京都江東区に移転。
平成13年7月 「日本エア・リキードサービス株式会社」を吸収合併。
平成15年1月 日本国内において行っていた産業用及び医療用ガスに関する営業を、会社分割により、大阪酸素工業株式会社に承継。当社は同社が会社分割に際し発行した普通株式136838610株すべての交付を受け、これにより同社の発行済み株式総数の55%を所有。
平成15年3月 本店を東京都港区六本木一丁目6番1号に移転。
平成15年4月 東京証券取引所の上場廃止基準(少数特定者持株比率90%超)に該当。