プレイ日記 > 呂布討伐戦 > 劉備 > 超級 > 劉皇叔の漢室復興3

一番下にある14・5章は、歴史イベントの内容が詳細に書かれています。それ故、ネタバレになりますので、NGな方はお読みにならないことを強くお勧めします。

第10章 皇叔、進軍準備を進める
劉備が曹操を滅ぼした直後の勢力状況です。
緑色が劉備軍の勢力範囲です。

 先ほど述べたように、曹操軍をぶちのめして、優秀な人材を頂きました。しばらくは人材不足に悩む必要はなさそうです。
 209年9月1日、早速洛陽の復興に取り組むとします。豊富な軍資金を元に、兵舎や鍛冶、軍屯農、大市場などを建てていきます。仁政持ちの曹沖のおかげで忠誠度が下がりません。
 何かと役に立つ天才児・曹沖。能力はこんな感じです。

曹沖 統率31 武力21 知力85 政治79 魅力83・特技 仁政

 どうです? 内政に関しては何の問題もありません。ただ、寿命が極めて短いのと舌戦の話術札が2種類しか使えないので、それが欠点ですね。でも、ちゃんと大人とおんなじように働いています。
 10月1日、大事件が発生しました。寿春の孫策軍が、陳留に向かって攻めてくるというのです。まずいです。今、陳留には15000の兵しかいません。しかも今陳留にいる武将は、孫乾と張繍のみ。一方相手の面子は、韓当、周泰、凌統など歴戦の猛者を含め5部隊、計38000!
 途中の道は塞いで置いたので、安心……ではありません。砦が5列の道幅の中央にあり、両脇を1重の土塁で塞いだだけなので、持ってせいぜい1カ月です。とにかく兵を何とかしないといけません。

劉備「とりあえず、汝南の兵を回送させるか」
歩騭「しかし、先ほど襄陽に回送したばかりですし、これ以上兵数を減らすと(現在35000)、汝南が狙われてしまいます」
劉備「じゃあ、洛陽の杜畿に輸送させよう。気力が低いが仕方あるまい」

 11月1日、孫策軍は、小沛の方へ行き、呂玲綺軍と戦闘を始めました。結局、陳留には来ませんでした。つーか、さっきのは誤報ですか!? 心配して損しました。結局この戦は呂玲綺軍の勝利に終わりました。小沛は南側からの進攻に対してはわりと対処しやすいですからね。下邳とセットでなら領有する価値はあるかもしれません。そうでないと、いかんせん貧乏な都市なので、領有する価値はあまりないと思われます。
 ついでに何かと金銭をせびりとる馬騰軍にも嫌がらせをします。隣の長安は馬騰の領地でした。流言でもして治安を下げようと思います。賈詡は曹沖に任せればいいとか言っています。ほんとでしょうか? まあ、知力100の助言なんで、素直に従います。曹沖は出かけていきました。

 こちらは函谷関
曹沖「劉備様のご命令でお使いに来ました」
役人「小さいのにえらいなー、よし通れ」

 というやりとりがあったんでしょうか? 3回やらせて3回とも成功しました。その甲斐あってか、ちゃんと賊も発生しました。

劉備「でかした曹沖14歳!」
曹沖「えへへー」

 出世決定ですな。将来が楽しみです。その頃、他の諸国には「劉備軍に人なし、されど曹沖あり」と噂になったとか、ならなかったとか。

<劉備軍の領地>
汝南、陳留、洛陽、宛、新野、襄陽、許昌

劉備「ええっ、まだ7都市……。このままじゃ、漢室復興の前にわしが死んでしまう可能性が出てきたぞ……」
賈詡「ええと、一応、献帝の崩御までに統一すればいいわけなので、あと、25年ほどありますな。これなら大丈夫でしょう。馬騰、袁尚、偽皇帝軍などは配下がどんどん寿命で死んでいきますので、城も落としやすくなると思いますが……」
劉備「ならーん、桃園の誓いを果たすためにも3兄弟全員が存命中に統一するのだ!」

 勝手にルールを変えないでください。でもまぁ、何とかなるかな……。後方地帯は留守番の武将に軍団で勝手にやらせるしかありませんね。でも確かに急いだ方が良いかもしれません。優秀な曹操や程昱、荀攸なども後5~10年ほどしか生きられません。司馬懿はまだ40年くらい存命ですが、彼一人にできることには限度があります。
 とにかく総出で、洛陽を開発します。明らかに政治向きではない張飛も内政に参加させます。
 209年12月21日のこと。

郭淮「おおい、甘寧殿、事件だぞ」
襄陽太守 甘寧「どうした?」
郭淮「蘇飛殿が死んでしまったぞ!」
甘寧「なんだとーーー!?」
郭淮「どうも、馬岱に轢かれたらしい」
甘寧「ぬうぅぅぅぅーーーー、絶対に許さねぇからな!!」

 孫登プレーの時と同じくまた蘇飛が死んでしまいました。全体的にまぁまぁの能力なので、後方都市に置いておくといいかもしれません。ついでに同年同月同日に劉表が死亡し、長男の劉琦が後を継ぎました。

 しかし、劉備軍にも暗雲が立ち込めています。210年1月11日、期待の星、曹沖が病死してしまいました……。

曹操「何でわしより先に死んでしまうんだ……」

 そろそろ、劉備軍にも寿命で亡くなる武将も出てきてしまいます。ザコならまぁ、諦めは付きますが、優秀な人材に死なれるとはっきり言ってかなりの打撃です。大活躍の李典もあと6、7年で死んでしまいます。

劉備「まずい、まずいぞ。どうしよう……」
賈詡「西から襲われる心配はほとんどありません。なので、軍を2つに分けます。これで、一気に領土を拡大します」
曹操「2つに分けるとな?」
賈詡「そうです。まぁ、ざっとこんな感じで」

<荊州制圧組>
劉備、徐庶、関羽父子、甘寧、歩騭、郭淮、劉封、徐晃など

<徐州制圧組>
張飛、曹操、司馬3兄弟、荀攸、程昱、賈詡、夏侯淵など

賈詡「まずは、武将を移動させます。その後に、我らは小沛を急襲します」

 小沛は取って取られが続いていますので、隙をつけば少ない損害で城を落とせます。

 第11章 小沛争奪戦

 陳留で張飛のスパルタ訓練が続いている頃、襄陽にまたも諸葛瑾がやってきました。

劉備 「毎度毎度、大変だな」
諸葛瑾「この条件で停戦してくだされ」・ 条件金1560 ・ 期間4カ月
劉備 「いいけど、理由を聞かせてもらおうか」
諸葛瑾「近頃、馬騰軍が我らが江東にちょっかいを出してくるのです」

 江夏は馬騰、劉琦、孫策軍の間で取り合いになっているのでした。確かに江夏は位置的な関係か、はたまた落としやすさのためか、どうしても取り合いになりやすいのです。ここは3者の共倒れを狙って、我らが劉備軍は静観を決め込みます。
 2月11日、孫策軍が小沛に向けて出陣しました。先鋒は周泰の騎馬部隊8000! この間に、荊州組は技巧研究を進めます。

賈詡「それでは、我らも出陣しましょう」

張飛 + 簡雍 + 賈詡 ・ 槍部隊8000
司馬懿+曹操 + 荀攸 ・ 戟部隊8000
満寵 + 程昱 + 胡班 ・ 弩部隊8000
杜畿(輸送部隊)

張飛「なんか、司馬懿んとこの組み合わせずるくないか?」

 劉備軍の最終兵器です。おバカな武将など、曹孟徳(知力91+4)の敵ではありません。ついでにこの部隊は司馬懿の統率力のおかげで鉄壁の防御力を誇ります。軍楽台や砦と組み合わせればさらにパワーアップするというとんでもない部隊なのです。
 ずんずんと進みます。幸い、呂玲綺は孫策軍と交戦中でした。城からはザコがわらわら出て来ましたが、そんなのはこの劉備軍の敵ではありません。もうすでに陳宮も亡くなってますので、知力に関して言えば怖いものなしです。
 周瑜が木獣で、城壁を焼いています。まぁ、さすがに一発では城は落ちません。さらにもう一発。多分次で落ちると思うので、火球で耐久を削り、張飛隊で止めを刺します。計算通り城は落ちました。お疲れさまでした、美周朗。

周瑜 「ううぬ、なんと卑怯な!」
司馬懿「ふふふ、怒らない怒らない。自慢の美顔が崩れますぞ」
周瑜 「ぬうぅ、うっ、ゲホッゴホッ、すまぬ、伯符……。ここは撤退だ」

 早速開発を進めます。といっても、そんなに規模が大きくないので、あまり時間もかからないでしょうが。呂玲綺は抵抗するでしょうが、なるべく早く、下邳を落として呂玲綺軍を滅ぼそうと思います。
 チュートリアルで劉備本人が「はぁああ、この小沛は貧乏だよな」とか「うわぁー、ひいちゃうくらい少ないな」とか言っていましたし、ましてや超級でかつ制限時間がありますからね。

 第12章 皇叔、小沛を防衛す

 さて、小沛にて、鍛冶、兵舎、軍屯農、市場など必要最低限のものを作っている最中、事件というか、ちょっとした出来事が起こりました。まず、210年3月21日、白馬義従・公孫瓚が、同年4月11日には偽皇帝が、さらに5月1日琦君までもが病死。

劉備「で、誰が後を継いだのかな?」
賈詡「公孫瓚の後継者は郭援、偽皇帝の後継者は桓階となったそうです」
劉備「あれ、二人とも子供がいたはずなんだが?」

 まぁ、寿命でお亡くなりになったのでしょう。

劉備「で、琦君の後継者は?」
賈詡「それが、黄忠となったそうです」
劉備「は?」

 しかし、これ、心当たりがないわけじゃないんです。劉備がいる襄陽の下、江陵は、城は琦君の軍のものでした。しかし、漢津港は馬騰軍、江津港は劉璋軍が領有していました。当然、小競り合いが絶えません。今は襄陽にて勢力や物資を蓄えるのが先決、しかしながら、城を落とす際には被害を少なくしたいわけです。さらにそのような戦力は荊州戦線にはありません。
 となれば、小さな攻撃を仕掛け、兵力を少しずつ削るしかありません。この3軍の乱戦の中に殴り込みをかけて、とりあえずは一定の成果が出ました。劉磐は捕えられ、蔡氏、劉琮、張任は生かしておくと後後厄介なので、捕えて始末しました。ついでに戟神を習得しているという訳の分からない仕様になっている劉賢も捕えて斬りました。あと、おバカの片割れ、蔡中も打ち首にしました。
 と、まあ、このため、琦君の身内で後継者がいなくなってしまったわけです。(身内がいても、敵軍につかまって牢屋の中にいると、候補から除外されるのです)

劉備「兵糧は使ったけど、戦力は削れたから良しとするか……」

 この年に、部下の杜畿が2人の文官を推挙して来ました。1人目はこちらです

郭攸之(統率13 武力9 知力68 政治79 魅力60)・ 義理が最高で野望が最低。つまり、太守にはするにはもってこいの人材なのです。

 2人目、こっちはかなり問題がありまくります。能力的に、ではなく、普段の行動とかです。

何晏(統率6 武力30 知力71 政治70 魅力8) ・ 特技 機略

劉備「お、おい、何か足元ふらふらだぞ?」

 趣味が五石散の服用と、お化粧。しかし、学者としては優秀だそうで……。まぁ、でもやっぱ、変人ですので、満寵のいる洛陽に飛ばすことにしました。
 さて、小沛では太守の司馬懿の指導下で、下邳侵攻の準備が進められていましたが、孫策軍が邪魔をしてちっとも作業が進みません。この小沛は城を落とした時、武器が騎馬以外はほとんどなかったのでそれも調達せねばなりませんでした。とりあえず、陳留から定期的に輸送させるとして、足りないものは小沛で生産することにしました。で、司馬懿、荀攸、曹操が兵器を生産中に孫策軍がやって来るとのことです。何ということでしょう!!

<孫策軍>
凌統+闞沢+程普・戟部隊8000
徐盛+陳武+黄蓋・戟部隊8000

 とりあえず、張飛+賈詡+張繍という組み合わせで(騎馬隊8000)迎撃させます。20日後に任務が終わる曹操・司馬懿・荀攸も後詰めで出撃させます。またこれらとは別に孫乾の建設部隊も出しました(槍部隊8000)連弩櫓を建設して、兵力削りと時間稼ぎを図ります。
 別に孫策軍だけなら何とかなりますが、この隙をついて他勢力が攻めてくる可能性もあります。司馬懿の部隊と入れ替えに孫乾を東側に防衛施設を建てさせます。湿地が多いため大変守りにくいのですが、それでも何も置かないよりはましです。
 さて、賈詡隊(張飛+賈詡+張繍ね)で、あらかじめ司馬懿隊で混乱させておいた部隊に容赦なく突撃を喰らわせます。で、不運なことに一撃目で闞沢討ち死にしました。小沛にいる程昱や胡班にも8000の兵を率いさせてとにかく攻撃させます。混乱させた部隊には火矢攻撃を喰らわせます。
 なんとか、徐盛部隊を追い返し、もう片方はしつこく混乱と火攻めの攻撃を加えたところ、凌統は6ターン後に死亡しました。程普も重傷を負ったところで、攻撃を加え、部隊を壊滅させました。でも、もう9月になってしまいました。一旦城に戻って気力回復をする間もなく、今度は呂玲綺が……。

曹操 「よ~し、とっ捕まえてわしの側室にするのだ!!」
司馬懿「ボケたこと言ってないで行きますよ」

 劉備軍の最終兵器が出陣しました。相手は幸いなことに1部隊(呂玲綺+顧雍・騎馬隊11000)なので、まぁ、何とかなるでしょう。しかし、今小沛には23700の兵しかいないのです。その内、8000が出陣していますので、万一負けると、まずいです。第一段階は、連弩櫓を壊しているので、その間は城の近くに置いておいた軍楽台の側で待機。と、呂玲綺軍の後詰めで于禁の兵器部隊が出て来ました。衝車隊5000です。早速、軍事施設を壊し始めているではありませんか!

張飛「しょうがねぇ、もう行くか」

 気力は83と何だか微妙です。軍楽台で補うしかありませんね。しかし特技・疾走は発動されると本当に面倒です。いかに知力の高い司馬懿でも疾走の発動による混乱は防げません。他の部隊で鎮静をしてもそのターンは動けませんので、本当に鬱陶しいです。
 苦労しながらも何とか撃破しました。が、気付くと、年が変わってしまいました211年……。曹操の死亡まで10年を切ってしまいました……。
 後述しますが、実は荊州の江陵攻めは失敗したので、210年はあんまり領土が大きくなりませんでした。大丈夫かなこのペースで。

 第13章 第2次江陵侵攻戦

 さて、先の小沛攻めと並行して、皇叔・劉備は徐庶や関羽の補佐を受けながら、江陵へ進軍する準備を行っていたのでした。やはり、大都市での生産力の高さは魅力的です。

劉備「さ~て、我が豊富な物量にて、江陵を落としてくれよう」

 黄忠勢力(旧劉表勢力)は優秀な武官に乏しいので、腕っ節に自信がある武将の集まりである劉備軍の敵ではありません。と、思ったのですが……。
 劉備の養子・劉封を先頭に、続々と部隊が出ていきます。後続は徐晃や関羽、兵器部隊の陳到、李典、歩騭の計6部隊、48000。計略対策で、主力の劉封・徐晃・関羽には計略対策で、簡雍、糜竺、徐庶を付けました。
 簡雍、糜竺はいろいろと武器生産や、点火役・建築役として出陣させたので、わりと経験値が溜まっています。知力が80あればまぁ、よほどの軍師が出てこない限りは大丈夫でしょう。
 210年9月21日、江陵へ進軍します。江陵には兵が33000。数の上では分があります。10月21日、江陵に侵入し、城のそばまで進み、火球を置いて粛々と耐久を削ります。12月1日、黄忠はまだ出て来ません。あれあれ? このまま江陵陥落と思いきや。

劉封「よし、準備終わったぞ。歩騭殿、火を付けてくれ」

 軍楽台の範囲内で井闌の火矢攻撃で火を付けます。これで、気力を減らさずに知力経験値が稼げます。と、ここで事件は起きました。

 ぼんっ!!

劉封「うわぁ! 何だ!? この火球壊れてるぞ!?」

 間違えて、火種を置いてしまい、隣にいた劉封隊に被害が……。その隣にいた関羽や陳到の部隊で火を消します。ここで、待ってましたとばかりに黄忠が出陣。やはり弓部隊。乱射が決まってしまい、味方部隊に多大な被害が出ています。

陳到「うぐっ」
劉封「ああっ、陳到、大丈夫か!」

 なんと陳到が負傷。そんなに弱い武将じゃないのに……。おそるべし、乱射。12月21日、劉封は全軍撤退を指示しました。どういうわけか、江津港から厳顔が出て来ましたし、このまま城を落とせたとしても、今度はすぐに攻められて落城してしまう危険があります。
 年が明けて、無様な敗北を喫した劉封は帰還しました。むむ、1回目の侵攻は失敗でした。

劉封「義父上、申し訳ございませぬ……」

 あの爺を甘く見てました。もう怒りました。もうこっちだって自重しません。人材の質なら負けません。それが劉備軍なのです!! あちこちから、優秀な武将たちを呼んできて、江陵に総力戦をかけます。というか、もう211年です。時間がありません。曹操は220年に死んでしまいますので、あと10年生きられないわけです。関羽に至っては219年に死んでしまうのでさらに時間がありません。

劉備「こうなれば速攻戦じゃい!! あの爺に思い知らせてやるのだ!!」

 211年4月1日。劉備自ら、大軍を率いて襄陽をたちました。11000の劉備隊の後ろに曹操、満寵、関羽、関平、張飛、夏侯淵、李典、徐晃などなど、10部隊が続きます。というか、画面が見づらいです。計91000の兵力で49000の兵が立てこもる江陵を襲います。
 満寵や関平、後は親愛関係のため、どっかしらで支援攻撃が起きます。何気に嬉しい支援攻撃。大ダメージを与えられるわけではありませんが、回数を重ねると結構バカになりません。
 怒涛の勢いで城を囲んで、あっけなく江陵は陥落しました。ここで、劉備の嫌悪武将その1が捕まりました。

蔡帽「離せっ、ぬうぅ、貴様に捕まるとは!!」

 劉表の遺言書を捏造して、荊州を売り渡した売国奴なのです。秦檜的ポジションのこいつを大義の旗の下にある劉備軍が許すはずもありません。

劉備「斬って捨てい!!」
蔡帽「口惜しや、貴様に斬られるとは」

 この後大急ぎで、呼び寄せた武将たちは元の任地に向かわせました。この時捕えた、趙累と呉班は登用しました。補佐持ちなので、趙累は積極的に統率を伸ばしていきたい武将であります。とはいえ、旧劉表配下の武将はほとんどがこの度の戦で捕まり、斬られました。これで、戦力が大幅に下がったことは間違いありません。
 余勢を駆って、烏林港も落としてしまいます。

劉備「さて、防備を固めてだな……。次はどうしようかな」

 少し考えた結果、ここは史実通り、南荊州を制圧することにしました。まず武陵、続いて零陵、桂陽、長沙と制圧することにしました。江陵はそこそこの規模があるので、ここと襄陽で荊州制圧に必要な物資を手に入れられるようにしなくてはなりません。
 内政を進めつつ、江津港を落として、劉璋を荊州から駆逐します。7月1日、隣の襄陽の太守、辛評がこんなことを言っています。

辛評「劉備様、襄陽で蒋琬殿が仕官を求めておりますぞ」

 能力はこんな感じです。さすがは「蜀の四相」の一人というべきでしょうか。(ついでに残りの3人は孔明、費禕、董允)

蒋琬 統率78 武力34 知力84 政治93 魅力81 兵器適正S&特技 明鏡

 李典没後の兵器部隊を率いる主力となってくれそうです。武力が低いのがネックですが、兵器で敵の内政施設をぶち壊している間にちょっとは成長してくれるでしょうし、許緒なんかを一緒に組ませれば武力の低さは補えます。
 むむぅ、しかし、もっと侵攻のスピードを速くしないと……。緊縮財政のためなるべく優秀な人材しか雇わないようにしていますので、先ほどのような総攻撃をすれば、間違いなく勝てますが、そのたんびに武将をあっちこっち移動させるのも面倒です。
 南部戦線は準備ができ次第、さっさと荊州を制圧します。内政は軍団を作って勝手にやらせとくことにします。主力はどんどん戦をしないと劉備や曹操が死んでしまいますので。

第14章 徐州掃討戦

 211年8月11日、司馬懿を中心とする北部戦線は下邳攻略の準備を進めていましたが、また、呂玲綺が攻めて来ました。呂布は一応始末したんですけど、火攻めで焼き殺してしまうと、アイテムは奪われずに、後継ぎにいくようになっているのです。この為、呂玲綺は撃破しても捕えることができません。
 部下は片っ端から始末しているので、戦力はかなり下がったと思われますが、それでも鬱陶しいことに変りはありません。

司馬懿「しつこいのぉ……」

 しかし、9月1日、奇跡は起こりました。9月になった途端、呂玲綺の部隊が突如消滅しました!! 一体どうしたというのでしょうか?

曹操 「何があった?」
張飛 「いやぁ、分からねえ」
賈詡 「調査の結果、どうも呂玲綺が陣没した模様です」

 もうこのまま攻め込むことにしました。64000の大軍で、下邳に迫ります。ちなみに後継者は何故か、于禁。何で? たまたま張遼が留守だったとかでしょうか?
 まずは、お決まりの方法で耐久を大きく削ります。堤防をぶっ壊して、水攻めにします。城の周りにいた部隊は全て壊滅しました。後は包囲して一斉攻撃の繰り返しです。何とか12月1日には、旧呂玲綺軍は滅びました。あ~、鬱陶しかったな……。
 早速、優秀な武将のみ登用することにします。

<登用した面々>
 于禁、温恢、朱然、顧雍、張遼、蒋済、張郃など

 ちなみに何故か顔良もいて登用したんですが、間もなく死んでしまいました……。とりあえず、まずは内政をせねばなりません。しばらくは戦はできません。

第14・5章 皇叔、鳳雛を得る

 劉備軍といえば、関羽、張飛を筆頭とした猛将たちと、個性あふれる軍師たちです。

襄陽太守 辛評「あの、殿に仕官を求める者がお見えですが……」
江陵君主 劉備「が、何だ?」
辛評 「見てくれは冴えないですし、どうも酔っているようでして……」
劉備 「ほう?」
徐庶 「……もしかすると、それがしの知り合いかもしれません」

徐庶 「あー、やっぱり士元か」
龐統 「おお、元直。お前は劉備様に仕えていたのか」

 龐統は司馬徽の門下生で、徐庶の同門なのです。司馬徽の門下生の中でとりわけ優秀だったのが「臥竜」と「鳳雛」で「鳳雛」の方が、この龐統士元なのです。
 そうは言っても、見てくれは、酒好きの眠そうな顔をしたおっちゃんです。とりあえず、張飛が太守をしている下邳に赴任させることにしました。小沛は孫策・袁尚軍への備えもあるので、司馬懿や曹操たちは小沛に戻したのですが、その為内政があまりはかどりません。
 龐統がいれば、少しは作業がはかどるかな、と思ったのですが……。

文官 「申し上げます。近頃、下邳の龐統殿は仕事もせず、酒びたりの毎日と聞きます。このままでは事務は停滞し、民の信頼を失いかねません」
劉備 「何だと!? ええい、『鳳雛』の名を信じて仕事を任せたのに、逆に規律を乱すとは! 張飛!」
張飛 「うむ」
劉備 「お前はこれより龐統の仕事ぶりを観察してまいれ。手心を加える必要はない。よく検分したうえで、お前自身で判断せよ」
張飛 「へっへっへ、任せとけ。大船に乗った気でいろ」

 早速、張飛は龐統のところへ怒鳴り込みに行きました。

張飛 「やい、龐統!! てめぇ、仕事をさぼって朝から酒ばかり飲んでやがるそうだな! なんてうらやまし……じゃなくて兄者はお前を信頼して仕事を任せたのにどういうつもりだ!」
龐統 「ふああぁぁああ……。張飛殿、そう怒鳴らないでくれ。二日酔いに響く」
張飛 「なんだと!!!」
龐統 「それよりも、お近づきのしるしってことで一献どうだ?」
張飛 「お、そうか、悪いな。お前結構いい奴だな」
龐統 「それじゃ、乾杯」
張飛 「……って違ーう! 危ねえ危ねえ、危うく乗せられるところだったぜ、さすが噂の鳳雛恐るべし」
龐統 「おや、これは残念。張飛殿は意外と真面目なんだな」
張飛 「ええい、黙れ! 調子が狂う。それよりも溜まった仕事を何とかしろ! このままではお前を処罰しなければならなくなるぞ!」
龐統 「まあ、あの程度なら大して手間はかからないのだが……。では軽く片付けて参ろう」

 とまぁ、こんな軽妙? なやりとりの後、龐統は100日分の仕事を半日で片付け、張飛に実力を認められたのでした。

張飛 「というわけで、龐統の大才はすげえ! あいつなら間違いなく我が軍を導いてくれるぜ」
劉備 「何ということだ、そのような賢者を粗略に扱ってしまったとは、よし龐統をここへ呼んでくれ」

 この後、劉備と龐統のやりとりと徐庶の取り成しもあって龐統は劉備に重く用いられるようになったのでした。
 この龐統の歴史イベントは結構面白いので一度は見てみる価値はありますよ。三顧の礼に次ぐビッグイベントなので章を独立させて書いた次第です。

  • ダメじゃないかな……w孔明とかは何処行った? -- 名無しさん (2011-06-25 09:28:32)
  • 孔明は、まだ配下じゃありません。舌戦になってしまい、負けて他勢力へ行かれると面倒なので、意図的に探しませんでした。なので、210年現在は、まだ隆中に引き籠っているものと思われます。 -- プレイ日記の筆者 (2011-06-25 11:01:04)
  • 孔明と劉備は親愛関係だから探索で発見すれば確実に登用できますよ -- 名無しさん (2011-06-25 16:55:10)
  • あ、そうなんですか。知りませんでした。あと、司馬懿+曹操 + 荀攸が非常に強力なので、孔明いなくても、何とかなるかなと思って探しませんでした。面倒くさいというのもありましたが……。 -- プレイ日記の筆者 (2011-06-25 17:03:12)
  • 関羽は219年じゃ死にませんよ -- 名無しさん (2011-07-02 00:18:14)
  • 関羽死亡の設定年は219年だったはずです。死因が不自然死なので、すぐには死なないでしょうが。書き方がまずかったですね。 -- プレイ日記の筆者 (2011-07-02 00:40:34)
  • 誰だよ人のプレイ日記に落書きしてる奴は。幼稚園児か? -- 名無しさん (2011-07-02 15:53:41)
  • ↑さっき消しておきました。ほんと、誰だよ……。 -- プレイ日記の筆者 (2011-07-02 17:00:36)
  • 武将の素の能力は不要…蒋琬でいいはず。あとイベント丸写しは……見た人は知ってるし、見てない人にはネタバレになる。 -- 名無しさん (2011-07-09 07:28:24)
  • 分かりました。龐統のイベントに関しては消すのはもったいないので、ネタばれの要素ありと、記事の一番上に書いておきます。 -- プレイ日記の筆者 (2011-07-09 20:56:18)
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