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 1930年代のあいだポップカルチャーの提供者たちはアメリカのひとびとに逃避を勧めた。たぶん彼らはただ大恐慌によってもたらされた経済的な災厄の巨大な影響を無効化し、アメリカ人がその困難な時代を生き抜くのを少しでも楽にしようとしたのだろう。そうだとしても、その戦略は彼らをを都合よく社会的な議論の場から引き離し、世論を堕落させた。共産主義者の活動に対する恐れ(1920年代の「レッドスケア」の遺産である)は労働組合への不信を生み、資本主義の崩壊――1930年代にはそれは簡単に想像できた――はひどく漠然とした根拠によって感情的に社会主義者の責任にされた。こうしてあっらゆる事柄について当時のほとんどの社会的な(そして必然的に政治的、経済的な)批判がこの事態を招いた容疑者に関する合意を形成した。そして大恐慌が熟考するには危険過ぎる事態だったからか、単に不快なことから目を反らしたかったからか、ポップカルチャーは過去か未来のどちらかにばかり目を向けるようになった。どの方法によっても「現在」はほとんど調査の対象とならなかった。
 映画においては――映画は唯一一貫して当時の証拠を繰り返し提供してくれるメディアである、テレビでの再放映とそれに関連するテクノロジーの発展に感謝しなければならないだろう――それが現われているとすれば、それは失業問題だった。失業は何人ものコメディアンたち(マルクス兄弟、スリー・ストゥージスなど)によって演じられ、彼らのドタバタ喜劇では彼らがまったく就職できない(おそらく好景気のときでも)能力が物語のポイントになっていた。私たちの時代の子供たちは貧乏のことなど忘れ、泥まみれになってやれるだけのことはなんでもやって遊び回ったものだった、それが冒険好きな子供というものだったのだ。要するに「貧しさ」はいつも明るいものだった。貧しさがそんなに婉曲に扱われなければならないのだとしたら、そこには他に多くの理由があったのである。私たちが階級の区別のような概念によって社会が細分化されていくのに直面したのは間接的に、フランク・キャプラのようなロマンティック・コメディ映画で描かれた慣習の違いを通してのことだ。その一方で、ハードボイルドディックや一群の東洋人探偵たちがいた。歌うカウボーイや木から木へと飛び回るジャングルの王、マッチョなスペースオペラのヒーローたち、大股で歩く金鉱掘りや人造の怪物たち、アメリカに移住してきた吸血鬼と巨大な猿が当時はいた。これらの空想の産物がいつも近所の劇場のマチネの演しものだった。当時はよほど現実世界との関係を持つことが耐えがたかったのだろう。
 そしてコミックスというメディアについても同じことがいえた。1929年以前は、世紀の変わり目以来、重要な文化伝達装置だったニュースペーパーストリップスと日曜版のコミックスセクションは「ファニー」として知られていた。この言葉はユーモラスな趣旨のものを意味している。ファニーは人生の断面を切りとり、それを読み切りのシチェーションコメディのシリーズに仕立てたもので、一般に家庭での行動の指針にもなっていた。1929年以降は自分の人生設計に明るい見通しを見出せなくなったひとが増えていき、それらはちっとも「ファニー」に思えなくなった。世界は混乱していた、経済は深刻な問題を抱えていたし、フラッパーやハイローラーがバカ騒ぎをし、移民の入出国は止められなかった。この時代、新聞には陰鬱な記事が溢れかえっていた。困難な時代が「ファニー」と呼ばれていたものの訴求力を鈍らせていた。
 1929年1月7日、新聞のコミックスページに『ターザン(Tarzan)』と『バック・ロジャース(Back Rogers)』の冒険物語が初登場した。のちに「アドヴェンチャーストリップ(Adventure Strip)」と呼ばれるジャンルの先駆けである。『ターザン』に続き1930年代には『ディック・トレイシー(Dick Tracy)』、『ジャングル・ジム(Jungle Jim)』、『ザ・ファントム(The Phantom)』、『テリーと海賊たち(Terry and the Pirates)』など多数のヒーローが登場している。これらはすべて連続した物語として語られ、エキゾティックな異国を舞台にし、類型的なキャラクターを用い、ひたすらアクションシーンが続き、ほとんどユーモアはない。彼らは読者をここではないどこか――ジャングル、砂漠、遠い東の国、異星、もしくはヒーローたちが背の高い怪人や架空の怪物とくんずほぐれつ格闘するのにぴったりで、厄介ごとが満載の現実を考えずに済むどこか、に連れていく役目を担っている。年月が経つにつれてアドヴェンチャーストリップは徐々にポピュラーなものになっていく。経済的な苦境から逃れるための夢物語として求められたのだ。コミックブックはコミックストリップから派生したものだ、だから同様な変化がより強力な形で起こったとしても不思議ではない。
(「Introduction:The Rise and Decline of Escapism, 1929-1945」、William W. Savage, Jr.、『COMMIES, COWBOYS, AND JUNGLE QUEENS: Comic Books and America, 1945-1954』、Wesleyan University Press刊、1998年、底本は1992年刊行)

 パルプマガジンは20世紀の出版ブームの産物だ。大衆向けの安価なフィクションの登場は産業革命にまでさかのぼれる。労働者のための娯楽が定着するためには教育の一般化と蒸気印刷機の発明が必要だった。そこで新しき読者たちが誕生したってわけだ。必然的にそこで需要に供される「新しい文学」には退屈な教育的配慮とか啓蒙なんかいらない、ただ娯楽だけがあればいい。高い教養だの資産だののくびきから解放され、文学はショービジネスの一種と看做されるようになる、大勢の客をエキサイトさせ、楽しませるためのものになったんだ。
(「The Great Story Explosion」、Don Hutchinson、『the GREAT PULP HEROES』、Mosaic Press刊、1995年)




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