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銀と優」(2006/10/19 (木) 12:32:54) の最新版変更点

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例えば、知らない誰かが見知らぬ土地で泣いていたとする。 ある人は素知らぬふりをして足早に通り過ぎ、またある人は泣き声が五月蝿いと嫌な顔をしてその人を睨みつける。 だが稀に、知らない誰かの為に一緒に泣いて、泣いている原因を共に解決しようとする人が世間にはいた。 多種多様な言い方はあるが、これを人は総称して『いいひと』と呼んでいる。 呼ばれている本人達は知ってか知らずか、誰かに咎められてもその行為自体を止めたりはしない。 何も求めずに、自分の無意識の内にただ『善』で在ろうとしている。それがたとえ報われなくても、救われなくても。 だけど、本人達の考えは二分されている。 片方は自分が行ったその行為を偽善と呼んで、 片方は自分が行ったその行為を普通と呼ぶ。 これは、ベクトルは違えど心の芯が似通っている二人の話。 暑い日差しは過ぎ去って、代わりに寒い朝の訪れを感じ始めた秋の事。 学校の帰り道に、銀は交差点の前であるものを発見した。 銀「あ…」 そこには、車に轢かれて虫の息になっている子猫がいた。 外傷は少ないのだが、荒い息と傷口の出血の多さ。 そして自分が轢かれた場を動こうとしないその姿勢は、遅くは無い死への旅路を連想させる。 気が付いたら銀は、子猫の前に足を進めていた。 にゃぁ、と一鳴き。無表情の顔で静かに歩み寄る。 にゃぁ、と一鳴き。子猫の前にしゃがんで軽く頭を撫でた。ふわふわしていて、気持ちが良い。 にゃぁ、と一鳴き。無意識の内に血塗れの子猫を抱えている自分に気付いた。 銀はその足で近くの公園のベンチへと向かう。多分もう、子猫は病院へ連れて行っても間に合わない。 それならばささやかだけど墓を作ろうと思い、その場所と行動へと至った。 途中、通り過ぎていく周りの視線が痛い気がした。それはそうだろう。 血塗れの動物を抱いて、生臭い血の臭いを辺りに振りまいているのだから。 スコップを買った時の店員が自分に対して向ける目が、一番きつかった。コイツは今からナマモノを埋めるのかと語る目。 しかし、銀はそれらを涼しい顔をして受け流し、平然と歩いていく。 これは自分の心を満たす為の行動、つまり自分の為の行動と思っているから。だから、辛くなんて無い。 銀「まぁ、偽善だしね」 と静かに呟く。心が一瞬軽くなり、軽いモヤがかかってまた少し重くなる。 優「あれ、銀ちゃんは今帰りなの?」 後ろから声をかけられて振り向くと、そこには優がいた。 優「…銀ちゃんが抱いているその猫、もう助からないのかな?」 銀「うん。きっと助からないね」 優「今までその子、ずっと抱いていたの?」 銀「うん。暇だったし」 そう言うと、優は静かに微笑む。何かを慈しむような目で銀を見ながら。 優「銀ちゃん、とっても優しいねぇ」 そんな事を唐突に言うものだから、 銀「違うよ。これは私の自己満だから」 と答えるので精一杯だった。 優に子猫を拾ってからの事の一部始終と、今から自分がしようと思う事を教えると、彼女は手伝うと言い出した。 無碍に断るのは少し気が引けたので、結果、こうやって二人は公園のベンチで猫をお互いの体で挟んで座っている。 優「銀ちゃんって、猫好きだったのー?」 銀「違うよ。道路で死ぬよりもマシかなと思っただけ」 優「えへへぇ。銀ちゃん、とっても優しいねぇ」 銀「違うよ。これは私の自己満だから」 猫の息が深くて荒い息から、か細くて浅い息へと変わり始めた。 ヒュー、ヒュー、ゼッ、ゼッ。とても、とても苦しそうに息をしている。もう頭を撫でても鳴いてくれなくなった。 優「ネコさん、辛いんだねぇ。きついんだねぇ。…ゴメンねぇ、看取る事しか出来なくて」 銀「もう長くないね。…いっそ、楽にしてやりたいな」 優「…私は、嫌だよ。人間の所為で消えちゃうなら、ネコさんが安らかになる瞬間くらい選ばせてあげたいもん」 銀「言ってみただけだよ。私だって、自分の手で殺しちゃうのは嫌だから」 優「でも…。ネコさんの辛さを和らげたいなんて、私は考えもしなかったなぁ」 銀「私は偽善者だからね。自分が一番辛くない方法を言っただけだよ」 もう、か細い呼吸すら微弱になってきた。子猫の眼が鈍く澱み始め、プルプルしていた体が徐々に落ち着いてくる。 きっともうすぐ、最期を迎えるだろう。 きっと生まれる時は世界に祝福されてきたんだろう。それを人間の理不尽でアナタの灯火を消してしまう。 ならば、最期くらいは苦しまずに安らかに。私は親猫じゃあないけれど、アナタに生きていて欲しいと思ったよ。 こんな偽善者の膝で逝くのは嫌かも知れないけど、我慢してね。 優しく優しく、愛おしむように子猫の頭を銀は撫でている。その隣では、絶えず涙を流している少女がいる。 今際の際に嬉しそうにミャァ…と鳴いて、一つの生は静かに霧散した。 その日の帰り道。制服が血でベトベトだったので、優の体操服を着て銀は優と二人で家路に着いている。 優の体操服は少し小さくて体のラインが浮き彫りになり、少しだけ周りの注目を浴びていた。 優「ネコさん、死んじゃったね…」 銀「そうね。ちゃんと楽になったかしら」 優「大丈夫だよぅ。…銀ちゃんの膝の上、すっごく気持ち良さそうだったよぅ」 銀「ありがと」 優「ねぇ、銀ちゃん。悲しい時は悲しいって言っていいんだよー?」 銀「別に。だってアレは偽善だったから」 優「でも、ネコさんを看取った時の銀ちゃん、泣いてたよ…」 銀「泣いてなんかないよ。実際さぁ、自己満の行動だったワケだからあんまり気にしてないよ」 優「嘘だよ!!!」 優の声は静かな住宅街に響き渡る。銀はあの静かな優の大声に驚いて目を丸くしていた。 優は、泣いていた。ぽろぽろ、ぽろぽろと大粒の涙が乾いたコンクリートに染み込んでいく。 優「涙は見せなかったけど、銀ちゃん、泣いてたよ…。ねぇ、たまには我慢しないでよぅ…   辛いときは辛いって言っていいんだよ。偽善っていう言葉で嘘付かないでよ…」 銀はポツリと呟くように話す。 銀「私はさ、勝手にあの猫の死期を決め付けちゃってたのかもね。   もしかしたら、あの場所にあと数分で獣医が来たのかも。スコップを買わずに病院に行ったら間に合ったのかも。   道行く人に助けを求めたらどうにかなったのかも。いっそ、苦しませず一思いに殺しちゃえば良かったのかも…」 優「銀ちゃん…」 銀「こうやってifの話を考えてさ、妄想に耽って少しでも自分を良く見せようとしているの」 優「違うよぅー!今の話は、銀ちゃんの本心じゃないの!?」 そう言った優は銀を見てハッとする。銀は… 銀「私はさ、嘘っぱちの善しか出来ないがらざ…。どごで何していいが分からないがら、ifでしか助げられないの…   私が泣いでも猫は帰っでごないのも分かる…。私の行動は偽善なんだがら、心は痛まないよねぇ……」 優に負けないくらいの大粒の涙の中で、銀はゆっくりと語っていた。 優「銀ちゃん。違うよぅ、違うよぅ…偽善じゃないよぅ…」 名も無き知らない子猫を想い、二人の少女は抱き合って泣いた。 そして五分後。 銀「…格好悪い所を見られちゃったな」 優「お互い様だよー♪」 先に泣き止んだ優は、銀にハンカチを差し出して笑っていた。 一方銀は、何故か罰が悪そうな、それでいて少しだけ心地良いような複雑な顔をしている。 まぁ誰だって泣き顔はあまり見られたくは無いし、それがクラスメイトなら尚更だ。 銀「じゃあ私の家こっちだから、この辺で」 優「うん。気をつけて」 銀「…貴方に言われるとは思わなかった。この体操服、洗って返すわ」 優「いいよぅー。気にしないで」 そういって別れようとした時、ふと銀は振り返って呼び止める。 銀「ねぇ、優。なんで貴方は猫を看取ろうと思ったの?」 優「…?ネコさんが銀ちゃんの腕の中で気持ち良さそうにしてたから、それが一番と思っただけだよぅー」 銀「……。」 銀「全く、貴方って人も偽善者なのね…」 そう言って銀は優しい笑顔を優に向けて 優「そういう銀ちゃんは、すっごく『いいひと』だねぇー♪」 優は曇りの無い朗らかな笑顔を銀に向ける。 そして手を振る事も無く背中を向け合い、二人は家路へと着いた。 その日の秋空は澄んでいて、少しだけ高く感じた。 例えば、知らない誰かが見知らぬ土地で泣いていたとする。 ある人は素知らぬふりをして足早に通り過ぎ、またある人は泣き声が五月蝿いと嫌な顔をしてその人を睨みつける。 だが稀に、知らない誰かの為に一緒に泣いて、泣いている原因を共に解決しようとする人が世間にはいた。 多種多様な言い方はあるが、これを人は総称して『いいひと』と呼んでいる。 呼ばれている本人達は知ってか知らずか、誰かに咎められてもその行為自体を止めたりはしない。 何も求めずに、自分の無意識の内にただ『善』で在ろうとしている。それがたとえ報われなくても、救われなくても。 でも。 自己犠牲の刃に殺される前に、知ってほしい。 君が何故血を流しているのかを。 穏やかな偽善の海に溺れる前に、分かってほしい。 君が心を磨り減らすたびに、君を想う人の心が血を流すことを。 片方は自分が行ったその行為を偽善と呼んで、 片方は自分が行ったその行為を普通と呼ぶ。 これは、ベクトルは違えど心の芯が似通っている二人の話。

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