プレイ日記 > 劉備入蜀 > 劉備 > 超級

(PS2版のPK)

最近私の書くメインシナリオの記事が、攻略法というよりもただのプレイ日記のような気がしてきたので、こちらのスペースを
使わせて頂く事にした。
三国志11の地図を別ウィンドウに開きながら、読んでくだされば内容がイメージしやすいと思う。

戦死なし、寿命仮想、他は初期設定でのプレイ。私は武将が死ぬのが嫌なのだ。
10年以内でのクリアーを目指し、新シナリオを出す事を目標とする。

まず最初にする事は、江夏を捨てる事。こんな使えない都市のために、劉備の一流武将達を置いておくのはもったいないからだ。
このシナリオの劉備軍は、ゲーム中最も戦闘能力が高いと思う。「神算」+「連環」+「百出」の計略部隊と「神将」「闘神」の
乱突部隊と「疾走」隊で混乱させた後は、「連戦」の魏延騎馬隊や関一族の援護攻撃でボッコボッコにできるのである。


上記の例で分るように、劉備軍の武将は質・量ともにすこぶるハイレベルなのである。
私は戦闘用の武将達を3つのグループに分ける事にした。劉備と張飛の部隊を中心としたAチーム。関一族のBチーム。そして
孔明と残りの武将達でのCチームである。
江陵の守備をCチームに任せ、AチームとBチームを蜀に侵攻させた。
チームはそれぞれ、バランスよく兵科を編成できるようにしてある。槍隊、戟隊、弓隊、騎兵隊、投石車。そして馬の計略隊。
この6部隊で城を落としに行くのである。

AチームとBチームは、それぞれ競争するように城を落としていった。大陸の西半分を占領する頃になると、孫権との同盟も破棄し、
Cチームも侵略に加わった。

そして221年7月。Aチーム、Bチーム、そして旧劉璋軍と旧馬騰軍の、大地を揺るがす大兵力団は極寒の地、北平は湿原の
中にいた。Cチームと旧孫権軍は、河北討伐に距離の関係上参加できなかった。


つまり10年以内の天下統一を果たせなかったのである。


襄平一つを残し、当初の目標である新シナリオ獲得は、夢に費えたのだ…。
私はコントローラーをそっと床に置き、万年床で横になった。恐らく画面の向こうにいる兵士達も、湿原の中で同じような体勢に
なっている事だろう。

何故劉備軍という、チート軍団を使ってさえ、目標を果たせなかったのだろうか。
今日は長文を書きすぎたので、その反省文は後日することにする。

○反省文
まず孔明を遊ばせすぎたのが原因の一つに考えられる。
孫権が曹操相手にかなーり頑張ってしまって、Cチームの守る江陵に、ほとんど曹操軍が攻めて来なかったのだ。
劉璋を滅ぼし、A・Bチームが長安付近で曹操や馬超に侵攻、旧劉璋軍がその付近の城を防衛・募兵している間、やる事の無い
孔明は、ひたすら投石車を作っていたのである。
攻城兵器を開発する際の、孔明の嬉しそうなセリフがとても可愛いのだ。

完全に余談であるが、原作で孔明と魏延は仲が悪く、ゲーム中でも相性が悪く設定されている。
私は妄想力を高めるために、あえて魏延をCチームに配属した。
Cチームが孫権軍を攻めていた時の事である。虎林港を占領した魏延隊は、金を持ち合わせていなかった。つまり魏延は港に配属
された扱いとなり、その俸禄が足りなくなってしまったのである。
次のターンで、早速軍師孔明はその事を示唆してくれた。その次のターンでも忠告した。また次のターンでも…
建業を落とすまでの間、ずっと孔明は武将に俸禄が払えませんぞと進言してきたのだ。わかってるちゅーにw
どうやら、魏延が心配で心配でたまらなかった様である。

思えばアレだ。孔明と魏延はずっと同じ都市に所属していたのだ。
江陵に居た頃などは、10万の兵を抱えながら投石車しか作らない軍師に対して、魏延は悪態をつき、色々とトラブルがあった事は
間違いないだろう。
しかし、数々の死地を潜り抜ける内に、他のCチームの仲間達には熱き友情が芽生え始めた。皆次々と義兄弟の契りを結んでいった。
そんなゲイレスリングを推奨したスパルタ軍のような空気の中で、彼らの溝が埋まらないのはどう考えても不自然であった。
私はゲーム本来の設定が、いつのまにか修正された感覚に陥り、孔明と魏延に義兄弟の契りを結ばせようとした。

魏延「せっかくですが 軍師殿だけは承服できません 辞退させていただきます」

アレか。魏延はツンデレというやつか。何度契わせようとしても拒絶したがる。
注目すべき点は、魏延しかメッセージを出さないという事だ。孔明側はなんとも言わない。子供だなぁ魏延は。
幼稚な相方ゆえに、悲しい思いをする孔明。可愛いよ、可愛いよ孔明(*^~^*)


                       「完」


…といきたいが、このままこの文章を終わらせたら、何の反省文なのか訳が分らなくなるので、もう少しこの駄文を続ける事とする。

10年クリア失敗のもう一つの理由として、敵の武将を切らなかった事があげられる。私は武将が死ぬのが嫌なのだ。
張遼や徐晃を捕らえても、切らずに捕縛した。かといってその後登用もしなかった。
強すぎる劉備の武将のせいで、どうも曹操系武将にありがたみが感じなかった事と、ゲーム後半には孫権系の武将がわんさか入る
予定だったので、取らなかったのだ。後は単純にめんどくさかったのかもしれない。

結果、張遼達は牢を破り再び私の前に立ちふさがる。曹操の領土が狭くなるにつれて、一流武将が出てくる密度が高くなっていった。
私のメイン戦略は、(訓練→出陣→残った武将で兵舎開発→募兵と訓練→出陣隊が城を落としたら兵を輸送→訓練)の繰り返しで
あるが、技巧研究の進んだ曹操軍が鬼のように兵を削ってくれるおかげで、このローテーションは崩れていった。
ちなみに劉備軍の方の技巧研究は、そこまで進まなかったのである。通常のプレイに比べ、戦闘の数が少ないのと内政をしなかった
のが原因か。(最終的に「精鋭戟兵」「雲梯」「霹靂」「城壁強化」と「○○鍛錬」までで終わった)

また孫権を滅ぼしたのが、期限の1ヶ月前と言うのも痛かった。城塞でガチガチに固めてくれたせいで、Cチームは大苦戦。
結果、Cチームと旧孫権軍は最後の追い込みに間に合わなかったのである。
魏延が孔明を受け入れておけば、こんな事にはならなかった。


こうして私は、北の大地で運命のタイムリミットを迎えたのである。
ゲーム開始直後の、未知の新シナリオに対するワクワクな期待感がなつかしい。

最後に、10年以内の統一を目標にプレイすると、最後までダレずに楽しめるのが分った。ちゃんとご褒美があるのが良い。


               「完」


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