ロスト共和国の特別大使、ミリィたちが向かう浮陸「テイル」はみどり豊かな浮陸である。その森、草原、田園の中心には陸の名前と同じ、テイルという首都が
あり、さらにその中心には、円形競技場のような「竜の駅」があった。その駅に、今まさに真っ赤な竜が猛スピードで突っ込んできた。
「速急便だぁ! 用意しろぉ!」
竜の駅の見張り番が叫ぶ。
「どいたどいた、どいたぁぁ!」
ストッパーと呼ばれる、いかつい男達が茶色に薄汚れた制動布を広げる。人なら四、五人分の幅に。
真紅の流星が竜の駅に落ちる。
キシャァァァァ!
雄叫びを上げる紅い肌の竜。背中の人間を花弁で保護したまま、速度を緩めようとしない。
「くるぞぉぉ! オータ! オータ!」
『体が砕けても止めろ』という意味の掛け声が竜の駅に響いた。
空気が暴れる。派手な砂埃。着陸のために伸ばした竜の足から、地面へ細く鍵爪の跡が残る。六枚の羽を広げたまま、竜は男達の広げた布に突っ込んだ。
「おおおおおおっったぁ!!」
幾重にも張られた制動布がもみくちゃにされた。
もうもうと霞んだ視界の中に短い静けさが訪れた。その中で花弁が開く。窮屈そうに操竜鞍に座った男が、ゴーグルはそのままでマフラーをずり下げた。
「ぷふぅぅぅ」
埃の中で、まばらに生えた無精ひげがニカッと笑みを浮かべる。
「ありがとさん、今日も無事停まれたぜ」
その男――竜乗りの言葉に、ストッパーたちが太い腕を振り上げて抗議する。
「「「「無茶しすぎだあ! ウィル!! この命知らず!!!」」」」
ウィルと呼ばれた男は、鐙をはずすのももどかしいように、竜から降りた。
「まあそういうなって。お前らどうせ退屈してんだろ。さってと、そいじゃあ勘定だ」
ウィルはそういいならストッパーたちの前まできて、両手のひらを仰向けに突き出した。
今まで赤い顔で悪態をついていた男たちが青ざめる。
「お、その~。配達料は事務所だぜ……」
青ざめた面々の中でも鼻だけは赤いままの、一番大柄なストッパーが言った。
「大将、とぼけんじゃねえっての。ユルグまで4日で往復したんだぜ。賭けは俺たちの勝ちだ」
ウィルの口元がさらに、ニイッと歯を見せた。
「俺たち? 俺たちって言ったな。ウィル、てめえは一人で往復するって言ったぜ」
横から背の低いストッパーが太い指を突き出しながら言った。
ウィルはそのストッパーを見ながら、ヘルメットを脱ぎ、ゴーグルを額にずりあげた。にやけた表情が似合う、青年と中年のはざまに差し掛かった顔があらわれた。
「いちゃもんなら、お門違いだぜぇ。俺はハイビーとふたりでって言ったんだ」
あくまでも涼やかに人をからかうウィルが親指を立てて、後方の愛竜を指し示すと、聞いていたかのように、ハイビーが鳴きながらウィルのほうを見た。
「キシャアアゥゥルル」
龍の小さな頭がぐるり、と旋回して、ストッパーたちのほうを向くと、轡をつけたまま、カハァッと牙をむき出した。
「わーかった、わかったよ。ほれ、おめえらも出せ」
「はぁあ」
「今度こそ勝ったと思ったんだけどな」
「普通行ってこれるわけねえっての」
ストッパーたちは自分たちのつなぎのポケットから、ぶつくさ言いながら、しわくちゃになった札や銀貨をウィルの手のひらに載せていく。
「毎度ありー」
ウィルは手袋の上であふれ返っている賭け金を見た。そこには札ではないものが混ざっていた。
「おいおい、だれだよ、チラシなんぞ入れた奴は」
「いけねえ、俺だ、姫様ァン」
小柄でひげを生やしたストッパーが手を伸ばして引ったくり、そのまま広げてしわを伸ばした。
“ミリィ姫様ご到来!!!”
はねっかえるような文字で、書かれていたのは、王族の中でも人気のある姫が「テイル」を訪問するという号外記事だった。
「おめえ、そんなモンきりぬいてんのか。ここにいりゃあ、真近に見られんだろに」
「そうなんすよねー。なあ、ウィル。おめえだって、姫様見たいから、間に合わせて帰ってきたんだろ」
「ん? おれは、いいや」
ウィルは賭け金をポケットに突っ込んで、手首に絡ませておいた手綱でハイビーを引っ張っりながら竜舎へと歩き始めた。その背中に小柄なストッパーが声をかける。
「へえ? だって、おめえ確か元竜騎……」
ゴイン。
途中までしゃべりかけて、親方の拳骨が頭に命中した。
「余計なことくっちゃべってんじゃねえ! 次の竜が来るぞ、急ぎやがれ!」
「「「「「「へえい! 親方!」」」」」
散り散りになって仕事に戻るストッパーたちを眺めてから、ストッパーの親方はウィルの後姿を見て呟いた。
「元竜騎士だから、見たくねえのかもしんねえだろ」
「速急便だぁ! 用意しろぉ!」
竜の駅の見張り番が叫ぶ。
「どいたどいた、どいたぁぁ!」
ストッパーと呼ばれる、いかつい男達が茶色に薄汚れた制動布を広げる。人なら四、五人分の幅に。
真紅の流星が竜の駅に落ちる。
キシャァァァァ!
雄叫びを上げる紅い肌の竜。背中の人間を花弁で保護したまま、速度を緩めようとしない。
「くるぞぉぉ! オータ! オータ!」
『体が砕けても止めろ』という意味の掛け声が竜の駅に響いた。
空気が暴れる。派手な砂埃。着陸のために伸ばした竜の足から、地面へ細く鍵爪の跡が残る。六枚の羽を広げたまま、竜は男達の広げた布に突っ込んだ。
「おおおおおおっったぁ!!」
幾重にも張られた制動布がもみくちゃにされた。
もうもうと霞んだ視界の中に短い静けさが訪れた。その中で花弁が開く。窮屈そうに操竜鞍に座った男が、ゴーグルはそのままでマフラーをずり下げた。
「ぷふぅぅぅ」
埃の中で、まばらに生えた無精ひげがニカッと笑みを浮かべる。
「ありがとさん、今日も無事停まれたぜ」
その男――竜乗りの言葉に、ストッパーたちが太い腕を振り上げて抗議する。
「「「「無茶しすぎだあ! ウィル!! この命知らず!!!」」」」
ウィルと呼ばれた男は、鐙をはずすのももどかしいように、竜から降りた。
「まあそういうなって。お前らどうせ退屈してんだろ。さってと、そいじゃあ勘定だ」
ウィルはそういいならストッパーたちの前まできて、両手のひらを仰向けに突き出した。
今まで赤い顔で悪態をついていた男たちが青ざめる。
「お、その~。配達料は事務所だぜ……」
青ざめた面々の中でも鼻だけは赤いままの、一番大柄なストッパーが言った。
「大将、とぼけんじゃねえっての。ユルグまで4日で往復したんだぜ。賭けは俺たちの勝ちだ」
ウィルの口元がさらに、ニイッと歯を見せた。
「俺たち? 俺たちって言ったな。ウィル、てめえは一人で往復するって言ったぜ」
横から背の低いストッパーが太い指を突き出しながら言った。
ウィルはそのストッパーを見ながら、ヘルメットを脱ぎ、ゴーグルを額にずりあげた。にやけた表情が似合う、青年と中年のはざまに差し掛かった顔があらわれた。
「いちゃもんなら、お門違いだぜぇ。俺はハイビーとふたりでって言ったんだ」
あくまでも涼やかに人をからかうウィルが親指を立てて、後方の愛竜を指し示すと、聞いていたかのように、ハイビーが鳴きながらウィルのほうを見た。
「キシャアアゥゥルル」
龍の小さな頭がぐるり、と旋回して、ストッパーたちのほうを向くと、轡をつけたまま、カハァッと牙をむき出した。
「わーかった、わかったよ。ほれ、おめえらも出せ」
「はぁあ」
「今度こそ勝ったと思ったんだけどな」
「普通行ってこれるわけねえっての」
ストッパーたちは自分たちのつなぎのポケットから、ぶつくさ言いながら、しわくちゃになった札や銀貨をウィルの手のひらに載せていく。
「毎度ありー」
ウィルは手袋の上であふれ返っている賭け金を見た。そこには札ではないものが混ざっていた。
「おいおい、だれだよ、チラシなんぞ入れた奴は」
「いけねえ、俺だ、姫様ァン」
小柄でひげを生やしたストッパーが手を伸ばして引ったくり、そのまま広げてしわを伸ばした。
“ミリィ姫様ご到来!!!”
はねっかえるような文字で、書かれていたのは、王族の中でも人気のある姫が「テイル」を訪問するという号外記事だった。
「おめえ、そんなモンきりぬいてんのか。ここにいりゃあ、真近に見られんだろに」
「そうなんすよねー。なあ、ウィル。おめえだって、姫様見たいから、間に合わせて帰ってきたんだろ」
「ん? おれは、いいや」
ウィルは賭け金をポケットに突っ込んで、手首に絡ませておいた手綱でハイビーを引っ張っりながら竜舎へと歩き始めた。その背中に小柄なストッパーが声をかける。
「へえ? だって、おめえ確か元竜騎……」
ゴイン。
途中までしゃべりかけて、親方の拳骨が頭に命中した。
「余計なことくっちゃべってんじゃねえ! 次の竜が来るぞ、急ぎやがれ!」
「「「「「「へえい! 親方!」」」」」
散り散りになって仕事に戻るストッパーたちを眺めてから、ストッパーの親方はウィルの後姿を見て呟いた。
「元竜騎士だから、見たくねえのかもしんねえだろ」