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「通訳残留　４」(2008/11/10 (月) 23:23:08) の最新版変更点

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<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　昼休み、教室</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　購買で買ったバナナサンドでお昼にしようとしていると、サトリさんがやってきた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「通訳さん、一緒に食べよ？」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　机の脇に立って彼女はそう申し出る。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　特に異存はないので二つ返事で応えると、嬉しそうにして彼女の席から椅子をとってきて、机を挟んだ向かい側に座った。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「通訳さん、それ好きだねー。いっつも食べてるよね？」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「はあ・・・まあ・・・」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　視線を私の手元に向けながら、持ち主に似つかわしい、こじんまりと可愛らしい弁当箱の包みを彼女はほどく。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　それに反応して私も、自身の昼食に改めて視線を向けみた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">バナナサンドは透明な包装紙に覆われていたが、包装の接着部分はすでに剥離されていている。あとはバナナの皮をむくように中身を取り出すだけだ。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「それじゃ、いただきまーす♪」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「いただきます。」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">サトリさんはお弁当の包みを小学校時代給食の時にしていたみたいに、弁当箱の下に敷いている。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">弁当箱の中には色とりどりの野菜や果物、一口サイズにカットされた肉類が、ご飯とスペースを分かち合い行儀よく並んでいた。その中から彼女は、初めにご飯に箸をつける。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">その光景をぼんやりと見やりながら、私も昼食を口に運ぶ。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">購買は、毎週２回くらいのペースで利用している。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">料理の腕には――まあ同じ年頃の女の子より少し上、程度に過ぎないとは思うが――それなりに自身はあるので、毎日自分のお弁当を作れない事もない。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">しかし、中学時代には無かった購買が学園にあると知った父が、『毎日作るのも大変だろう』とお金を渡してくれるようになったので、今現在は父の好意に甘えて週二回だけお弁当を作るのを休ませてもらっている。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">因みに、購買では大抵このバナナサンドを買っていた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">生クリームに織り込まれたバナナの豊潤な香りとともに、ふわりとした感触のスポンジ生地を、サクリと思いきって噛み切る。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">上下の歯がかみ合った瞬間に唾液の効果によって、バナナと生クリームの甘さがスポンジを土台に絶妙のバランスで渾然一体となる。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">その感覚を病むほど愛するようになって、随分経ったような気もする。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">今日もまた、微かにではあるが普段物を口にする時より大きめに口を開けて、バナナサンドを頬張ろうとした。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">―――包装紙の冷やりとした固い感触が唇に走る</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「―――つ、通訳さんっ？それっ、まだ開いてないよっ？」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">サトリさんが素っ頓狂な声が聞こえる。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">そう言えば、まだ包装紙を取り去っていなかった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「だ、大丈夫？」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「はあ・・・まあ・・・」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">心配そうに聞いてくるので、とりあえず返事をしておく。右手と左手には、包みを剥ぎ取る作業を任せながら。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　　　・</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　　　・</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　　　・</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「それでね、中華街の特集やっててね？」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">サトリさんは、楽しそうに昨日見たらしいテレビの話をしている</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「手造り肉まんのお店とか、中国風の初詣でとか――――あ、こっちはお正月っていったら一月だけど、中国では春節って言って今頃にやるんだって」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">小柄な体の上に乗っかった人懐っこい彼女の顔は、中国四千年に今やすっかり心奪われていると言った感じだ。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「それで、私も中華街行きたいなーって」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">たまにお弁当に箸を伸ばしながらも彼女は語る。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">しかし、申し訳ないことに私は上の空だった。さらに言うと、朝、トラ吉の通訳をした瞬間から、ずっとそういう状態が続いていた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「ね、今度皆で一緒に行こうよ？中華街」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「はあ・・・・・・・」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">ぼんやりと相槌を打ちながらも、私の視線は知らず教室内を彷徨い、昼食をとっているであろう同僚くんの姿を探していた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">しかし、彼の姿は見つからない。どうやら、どこか別の場所で食事をとっているらしかった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">（私と同僚くんが似てるなんて・・・・・・訳が解らない・・・）</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">朝から何度も繰り返してきた疑問を、今また再び反芻する。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">虎吉が何故あんなことを考えたのか。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">朝からずっと考えていたけど、未だに答えが出てこなかった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">普通なら通訳した言葉の意味が解らないなんてことはないのに。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">通訳した相手の心を読めば、なぜそう思ったのかについてもすぐに解るのに。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">なのに今回は相手の心を読んでも、あくまで『なんとなく似ている』というトラ吉の実感しかわからない。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">『似ている』という想いはわかっても、『じゃあ何故似ているのか？どこが似ているのか？』という疑問については、トラ吉自身が考えていない以上、いくら心を読んでも意味がないのだ。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">事実あの後飼育小屋で虎吉の前に佇み、いろいろと探ってみたものの、ただただ『二人は似てる気がする』という想いが伝わるだけでそれ以上の事は何もわからなかった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">結局、一時間目が目の前という事もあり、数分できりあげて虎吉にしばしの別れを告げなければならなかった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">昼休みにも飼育委員の仕事があるので、サトリさんとのお昼を終えればトラ吉に会えるだろう。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">けれど、この事に関してはもう虎吉に期待はできないと思う。今やっているように、私自身で答えを見つけるしかないのだ。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">そんな訳で、今日は一日中それに関して考え続けてきた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">授業中もあれこれ考えていたせいで先生の話はほとんど聞いていなかった気もする。まあ、黒板の字は移してあるので、家に帰って読み返せば問題ないと思う。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">それから休み時間には、普段と変わらずクラスの群れから離れて一人でいる同僚くんを観察したりもした。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">ただ、彼はあまり教室にはいなかった。どうやら自由になる時間のほとんどは、クラスから離れどこか歩き回ってるらしかった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">一度、男さんに話しかけられていたけど、それもそっけなく返して、すぐまた一人に戻っていた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">結局今に至るまでにあまり芳しい結果は得られずじまいだった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">ただ、特定の誰かを観察するなんて普段やらないような事をやってみると、改めて同僚くんがクラスから浮いているな、と感じられた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">男子は女子と比べてあまり連れだって行動するイメージはないが、それでも他の男子が休み時間にふざけたり話しているなか、ふらりと教室から出ていく姿には、彼とこのクラスとの隔たりを感じずにはいられなかった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">そう言う風にして考えに没頭していたせいか、今日は誰から話しかけられても、おざなりな反応しかできなかったような気がする。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">二時間目のあとに、わざわざ隣のクラスからやってきてくれた誤解殺気さんにそっけない反応をしてしまったりもした。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">悪い事をしてしたと思う。けど、お気に入りらしいお笑いのネタをスルーされた彼女の落胆よりも、周囲の慄きのほうが強く心に伝わってきたのには苦笑してしまった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">いくら見かけが怖いとはいえ、そろそろ彼女の性格が見かけとは違うと、みんな気付いてもいいような気がする。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">彼女は知り合いの中でも私が特によく通訳している人間の一人なのだから。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">さっきもぼんやりとしすぎて、バナナサンドを包装紙のまま食べそうになってサトリさんを驚かせてしまった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">あまり考えすぎるのも良くないかもしれない。虎吉の実感が単なる思い過ごしという事もありうるのだ。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">考えすぎで生活や人間関係に支障をきたすなら、いっそ忘れた方がいいと思う。思う・・・思うけど、やっぱり引っかかる。引っかかるからこそ考えすぎてしまうのだから、いくら諦めようと思っても、また気づくと考えてしまっている。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">まるで、私自身がした通訳が消えずに残っているみたいに。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">残留して、折りあるごとに私の心の中、耳の周りに蘇ってくるみたいだった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「大丈夫？難しいかもしれないけど、あんまり考えすぎないほうが良いんじゃないかな？」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">正面から呼びかける声にハッとする。どうやらまた考え込んでいたらしい。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">机の向かい側ではサトリさんがこちらを覗きこむようにして見ている。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">大きな瞳は、まるで私の心を見透かしているような感じだ。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「ような、っていうより読めるんだけどねｗ」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">さもおかしそうにクスクスと彼女は笑う。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">私はこの同じクラスの、私と同じく心の読める友人に聞いてみることにした。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「あのサトリさん・・・彼と私って似てますか？」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「え？あ、通訳さんと一緒に飼育委員やってる・・・・・・えー、、、うーん・・・う～～・・・うゆゆゆ～～」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「わかりませんか」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「うー・・・わかんないよぉ～。っていうか通訳さん、よく一緒に仕事できるね？あの人、心が読めないけど・・・怖くないの？」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「サトリさんと同じくらいには・・・（ただまあ、動物好きには悪い人はいないと云いますし・・・）」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「そういえば飼育委員って立候補が多くて男子も女子もジャンケンで決めたんだよねー・・・</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">あ～・・・私も飼育委員やりたかったよぅ・・・あのとき通訳さんが気まぐれでグーをパーに変えなかったらっっ」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「運が良かったんですｗ」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">（あ、）</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「はい？」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">（もうすぐバレンタイン）</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「はあ・・・バレンタイン・・・」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「通訳さん、誰かチョコ渡したい人とかいる？」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「一応・・・父と皆さんに・・・」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「そだね。それから・・・・（私もお父さんと、あ、お母さんにも・・・それと私も通訳さんみたいに読心クールとか誤解殺気ちゃん達に渡さないと・・・えーと、あと、、、あとは―――（</span><span style="font-size:10pt;color:#000000;">/////</span><span style="font-size:10pt;color:#000000;">）む、無理かな？で、でもでもっ―――</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">あ、そ、そうだ、男友くんには・・・あげない方がいいかな。勘違いされそう）」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">私は、何か良くない予感めいたものを感じた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">頭の中で渡す相手を列挙するサトリさんから、このままいくと面倒なことになりそうな何かを感じたのだ。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">・・・・・多分、同僚君がらみ。そうだ。きっとこのままいくとバレンタインから恋愛談議に発展してしまうのだろう。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">彼女の性格からすると、『飼育小屋一緒に作業をしている男女』というフレーズは色恋沙汰に直結してしまうに違いない。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">こちらとしてはそれらしい事は一切無いのだが、変に勘ぐられたり落胆されたりするのも煩わしい。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">しかしお互いに心が読めるので、普通の人と同じタイミングで止めようとすると間に合わない。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">なので、こういった予感を感じたら即座に話題を変えるのが定石なのだ。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">今なら彼女もバレンタインのチョコについて考えるのに熱中しているので、心を読まれる心配もない。早いうちに止めた方がいいだろう。急がないといけない・・・</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「あ、あにょろ………っ！（</span><span style="font-size:10pt;color:#000000;">///</span><span style="font-size:10pt;color:#000000;">）」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「？」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　舌を噛んでしまう。急ぎすぎたらしい。顔が熱くなってきた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「あ、あのっ、この前お互いにお気に入りの本を交換しましたよね？</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">いかがした？私の本」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">少し前にサトリさんの提案でお互いにお気に入りの本を交換しようという話になったのを思い出して、そちらの方に話を持っていく。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">因みに私の貸した「空の境界」は分厚いうえに上下巻にわかれているので、まだ全部読みきれてはいないだろう。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">けど、私が好きな三章くらいなら話題にできるかも知れない。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「あーっ、ごめんねっ！通訳さん。その事なんだけど・・・・・・実はまだあんまり読めてなくて・・・まだ・・・一章の途中らへん・・・ごめんねっ」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「え・・・」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">サトリさんから返ってきた予想外の返答に、声が漏れる。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">すまなそうな顔で謝る彼女はさらに続ける。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「その・・・ちょっと私には合わなかったかも。なんか・・・その――――――中二病」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">空のペットボトルで頭を思い切り殴られたような、妙なショックが走る。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">なにか胸の奥が落ち込むような、それでいてそこから何かが湧きあがるような理不尽で奇妙な感覚を感じた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">二人ともしばし無言だった。その静寂の隙間に、昼間の教室のざわめきが割って入る。人いきれで十分に暖まったトロリとした空気が私達を覆ってきて、奇妙なショックから生じた奇妙な感覚に拍車をかける。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">『中二病』という言葉が頭の中でゴンゴンと鐘のように鳴り響くなか、私は口を開いた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「い、いえ。でも、ライトノベル的な見方をすればあれくらいの調子は普通―――むしろ大人しいくらい・・・」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「ホントごめん！でも・・・・ダメ、ダメ・・・なの・・・ああいうのダメ、生理的に受け付けないのっ」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　なんだろう。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　この上無く気まずい雰囲気が漂っている。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　確かに、あの本は少し気取っているような、斜に構えているようなところがある。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　けど、そういう雰囲気も耐えてくれる物だとばかり思っていた。そういう点を了解していれば、そこを耐えきりさえすれば、それなりに面白く読めると思っていたのに。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　なのにサトリさんは、それが耐えられないという。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　そこは見逃せばいいのに、見逃せないという。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　私は誰もがそういった所は割り切って読めると思っていたのに、そうでない人がいるとは思わなかった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">―――――――――ヤンデレになりそうだった。なんとなく。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　そう考えたところで、私はあることに気がついた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「ご、ごめんっ！通訳さん！怒らないで！！」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　唐突に私が立ち上がると、彼女は懇願するような声を出して引きとめようとしてきた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　その反応に、思ったより時間が早く過ぎていて驚いたからとは言え、話している最中に唐突に立ち上がるのは良くないと気がつく。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「いえ、違います。今日は飼育小屋の当番なので・・・時計を見たら思ったより時間が経っていて驚いてしまって・・・すみません。びっくりさせて」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「あ、そっか。お昼もトラ吉の面倒見ないといけないんだったね・・・わ、忘れてた（で、でもやっぱりちょっとびっくりしたよぉ。『え！？なんで？そんなに怒ること！？』って）」　</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「すみません」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　理由を説明すると、彼女もホッと胸をなでおろした。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　そのままお昼をお開きにして、私は教室の出口へ、サトリさんは自分の席へと足を進めていった。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">　</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">歩きながら考える。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">私とサトリさんは心が読める、という共通点がある。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">けれど、彼女と私はあまり似ていないように思う。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">ちょっと内気なところもあるけど、素直で根の明るいサトリさん。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">友人達のなかでは割と率先して行事を提案してくれたりもする。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">恐らく一人でいる時間が長い私よりも、友人関係は広く深いのではないのだろうか？それを羨むことはないけど、やはり性格が違いすぎるのを疑問に思ったりもする。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">結局のところ、心が読めるからと言って必ずしも性格が似てくるわけではないのだ。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">それはあくまで私達の共通点であるだけで、性格に決定的な影響を与える要因には成り得なかったという話だ。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">特に今回、私が好んだ小説が彼女には受け入れられなかった、という事実を通して、それを強く実感した。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">距離感、というほど厳しいものではなかったが、私と彼女は違う人間なのだという当たり前の現実を、情報としてではなく実感を伴ったものとして理解した。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">心が読めるという事は必ずしも同じ常識を持った人間を生み出しはしない。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">彼女は心を読めるけど、私と同じ常識を持っていない。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">その事実をかみしめると、何故だか変な気分になってきた。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">「私と同僚くんは似ている・・・」</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">また訳もなく、虎吉の通訳が蘇る。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">私とサトリさんは似ていなくて、同僚くんと私は似ている。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">一体、どういうことなのだろう。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">朝からずっと繰り返す疑問に、しかし答えはない。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">ただひとつ明らかなことと言えば。</span></div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;" align="left"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;text-indent:10pt;" align="left"><span style="font-size:10pt;color:#000000;">残留した通訳は、しばらくは消えそうにない、という事だけだった。</span></div>